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マスメディア崩壊という共同幻想

2010/04/01 09:00
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佐々木俊尚

現役ジャーナリストが、長年培ってきた取材経験などを通して、IT業界のビジネス動向から事件まで、その真相をえぐり出します。
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「激震マスメディア」が露わにしたもの

 

 3月22日に生放送されたNHKスペシャルの『激震マスメディア』に出演した。この番組については多くの人が多くのことを語っていて、今さらその内容について私が付け加えることはほとんどない。ただひとつだけ言っておくと、会話がかみ合わないことは事前から十分に予想できたことで、そもそも企画したNHKのスタッフだって「かみ合った議論」を期待していたわけじゃないと思う。そうでなければ新聞協会会長、民放連顧問なんていう巨塔を出演者としてぶつけてくるわけがない。

 

 それをNHKが狙っていたのかどうかは別にして、あの討論に意味があったとすれば、新聞やテレビという亡びていく巨象にわかりやすい「顔」を与えたことだった。新聞にしろテレビにしろ、一部の有名記者やコメンテーター、タレントを除けば、どのような人たちがそうした組織を維持し、世論を作り出しているのかという生身の姿はほとんど見えない。新聞のコラム(たとえば『よみうり寸評』)がTwitterについてどんなに的外れなことを書こうが、それがいったいどのような人たちによってどのような表情で語られているのかは見えてこなかったということだ。

 

 『激震マスメディア』では、新聞協会会長と民放連顧問という業界を代表するお二人が、その「顔の見えない巨象」についにきちんと顔とことばを与えた。多くの視聴者に対して「ああ、このような人たちがマスメディアを体現しているのか」「この人たちはこんなことを考えていたのか」という認識を実体として提供することができたということだ。つまりはマスメディアを象徴するアバター(仮想分身)である。

 

 

マスメディア崩壊という共同幻想

 

 いずれにせよ、あのような討論の有無には関係なく事態は粛々と進行している。昨年初めごろまでは「本当にマスメディアは崩壊するのか?」というような疑念を持っていた人はネット業界においても少なくなかった。しかしいまやその崩壊は確実に進行しつつある事実認識として、徐々に人々の間に共有されつつある――もちろん、マスメディアの中の人たちにも。

 

 これは必ずしも、企業体としての新聞社や放送局がみんな破綻して消えてなくなるという意味ではない。昨年上梓した『2011年新聞・テレビ消滅』という本でも書いたが、新聞やテレビが全国民と接続される「マスのメディア」としての機能は間もなく失われ、今後は多様なメディア空間が展開されてくる。そしてそのメディア空間の出現を、多くの人が実感として認識するようになるということだ。

 

 もともとマスメディアなどというのは、しょせんは幻想の共同体にすぎなかった。しかしその幻想をマスメディア自身が構築し、国民にその幻想を放射することによって、マスメディア企業はマスメディアとして巨大化していった。それがこの戦後65年間の間に起きてきたことだ。

 

 いまはまだマスメディアの崩壊という認識は、インターネットの論壇界隈に接点を持っている一部の人たちに共有されているにすぎない。しかしその認識は、週刊東洋経済や週刊ダイヤモンド、SAPIOといった週刊誌・月刊誌がさかんに組む特集によって増幅され、さらには今回のNHKスペシャルによってさらに広範囲の視聴者にも送り込まれている。

 

 こうした情報配信が繰り返されることによって、「新聞やテレビはもう終わりなんだ」というイメージは徐々に浸透していく。つまりはかつてマスメディアが自身を幻想化して巨大化していったのと同じように、いまやマスメディアの側がみずからの崩壊イメージを構築しはじめているのだ。「これから新聞とテレビはなくなりますよ!」というイメージを、マスメディアの側が再生産しはじめているのである。

 

 

マスメディア崩壊をマスメディアが後押しする

 

 そしてそのイメージは、まさにマスメディアがマスメディアであるゆえんによって補強されていく。幻想を産み出すマスメディアが流すからこそ、「マスメディアの崩壊」は自明の理として認識されるようになるという何とも逆説的な現象が起きはじめている。

 

 その事態の進行はかなり興味深い。今回NHKがマスメディアの崩壊を取り上げたように、朝日新聞は「苦境・新聞業界」「社員、リストラに不安も」と毎日新聞の共同通信再加盟を大きく報じ、週刊東洋経済は「新聞・テレビ陥落」「新聞・テレビ断末魔」と大特集し、週刊ダイヤモンドは「新聞・テレビ複合不況」とぶち上げた。だが自分のところがどれだけ危機的状況にあるのかは、どの企業もほとんど報じていない。そのあたりの「他人事」感覚は、週刊ダイヤモンドが予定していた電子書籍特集を、直前になって経営陣の鶴の一声でつぶしてしまった事件に象徴されている。

 

 だがこれは過渡期でしかない。間もなく新聞もテレビも総合週刊誌もみずからの崩壊を語り、論じなければならない時期がやってくる。それが記事の体裁をとるのか社告や識者座談会のような形式になるのかはまだわからないが、いずれにしてもそれはビッグバンからビッグクランチへと転じるマスメディア幻想の最後の号砲となるはずだ。

 

 いまやマスメディアの崩壊は、議論の前提である。そういう段階に差し掛かっているのだ。そうであればこれからメディアの世界で考えていかなければならないのは、その先にいったい何が待っているのかというビジョンだ。これについては、別のエントリーを立てよう。

 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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