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世界恐慌時代を生き抜くベンチャースピリット

2008/11/17 17:54
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佐々木俊尚

現役ジャーナリストが、長年培ってきた取材経験などを通して、IT業界のビジネス動向から事件まで、その真相をえぐり出します。
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高級賃貸がいっせい解約されている

 

 都心には家賃が月額70〜100万円の超高級賃貸マンションがたくさん存在している。金融資産が数十億円以上もある人であればこうした家賃を支払うのは何の苦労もないだろうが、そうした人の多く――特に結婚して子供のいる場合には、世田谷区や目黒区の住宅街に一戸建てを購入し、教育環境を整える方向へと進む場合が多い。

 

 だから高級賃貸に住んでいるのは、子供のいない新興企業ファウンダーか、そうでなければ外資系金融企業の社員だ。投資銀行を中心とする外資系金融企業の多くは都心の超高級賃貸マンションを数十室まるごと借り受け、社宅として使っていることが多い。私は以前、月刊文藝春秋で『平成ニューリッチの金銭道』という長い記事を書いたことがあり、この取材ではそうした話をあれこれと機器歩いた。

 

 ところが金融危機でその状況は一変している。高級賃貸を多く取り扱っている不動産業界の知人に聞いたところ、いまや外資系金融企業はそうした高級賃貸を一斉に解約し始めているという。だから誰でも名前を知っているような高層マンションの高級賃貸がどんどんがら空きになってきているのだ。

 

 そうしたマンションに住んでいた外資系金融の社員たちはどうしているのか。これまでは30歳代でも年収が数千万ももらっていて、我が世の春を謳歌していた。住まいはもちろん会社の借り上げの超高級賃貸。おまけに年に一度の長期休暇は、飛行機代とホテル代が会社持ちで海外に遊びに行けた。もちろんフライトはビジネスクラス、そして滞在先はアマンのような5つ星リゾートホテルである。

 

 

バブル期には気づかなかった幻想

 

 私が以前会った外資系投資銀行の社員は、こんなことを話していたことがある。2006年ごろの話だ。「いま別の投資銀行への転職の話を進めているんだけど、まだ条件の折り合いがついてないんだよね。こっちはバカンスの飛行機をファーストクラスにしてくれって言ってるんだけど、先方はビジネスで我慢してくれって」

 

 「ふざけるな」と思わないでもなかったが、しかし当時はアメリカを中心とした金融王国がこれからも永遠と続くように思われ、この帝国の時代には金融を握る彼のような人物が世界を支配していくのだろうかと考えたりした。いま思えばそれは単なる幻想でしかなかったのだが、しかし1980年代の日本のバブル期のさなかにはその行く末を予測できた人がほとんどいなかったのと同じように、しばらく前までは誰もアメリカ金融王国の終焉をまじめに考えていなかった。

 

 さて、その王国崩壊によって投資銀行というビジネスそのものが消滅しつつあって、外資系金融に勤めていた人たちの多くは、転職先がそもそも存在しないという愕然とする状況に直面している。もちろん年収を1000万円以下にまで落とせば転職先はあるだろうが、しかしこれまで3000〜4000万円の年収を取っていたような人たちが、そうした年収には気持ちはなかなかついていけないだろう。贅沢な生活のレベルを落とせなかった小室哲哉氏のように、自分の生活をランクダウンさせるのは、富裕層であればあるほど困難だ。

 

 

マンションを借りられなくなった外資系金融マンたち

 

 住まいも同様だ。会社の借り上げマンションが解約され、レイオフされてしまって、いきなり住まいがなくなるという事態になって、彼らはあわてて引っ越しの準備を始めている。とはいえ、いきなり狭い部屋には引っ越せない。100平方メートルの部屋に鎮座していた高級家具だってたくさんある。とはいえ今までのように家賃に70万も80万もかけられないので、家賃30万円前後のマンションを探して、彼らは街の不動産屋を探し回っている。家賃30万円というと、港区あたりでは1LDK。100平方メートルクラスを借りようと思うと、文京区や新宿区の端の方にまで後退しなければならない。

 

 しかし不動産業界の知人はこう話した。「いくら今まで豪華な生活をしていたといっても、しょせんは無職なんですよね。無職だと家賃30万円のマンションは絶対に借りられない。無職でも入居できるのは、せいぜい10万円以下のマンションまでです。それで僕らとしては『お父さん名義で借りてはいかがですか』と勧めたりするんだけど、父親が年収500万円ぐらいだったりすると、やっぱり家賃15万円ぐらいまでしか借りられない」

 

 そうして元外資系金融マンたちは、住まいもなくなって途方に暮れているのだという。

 

 

美容皮膚科やエステの客が減っている?

 

 この金融王国崩壊が、どこまで波及していくのか。アメリカやヨーロッパでは消費の冷え込みが異様なまでに厳しくなっていることが報道されているが、日本ではさほどではない。しかし美容皮膚科の開業医に聞いてみると、「これまで美容皮膚科やエステティック、フィットネスに多額の投資をしていたのは女性の中でもかなりの富裕層。そうした富裕層が日本では急にしぼみつつあって、私のような仕事にはけっこう影響が大きい。だって美容皮膚科なんて不急の投資はやっぱり最初に削られるから」

 

 そうして彼はこう付け加えた。「たいした仕事もしてないのに億近い年収を得ていた連中がつぶれているのを見ると『ざまあみろ』って思うけど、でも自分に振りかぶってくるとねえ」

 

 

シリコンバレーで起きた惨劇

 

 ITのベンチャー業界への影響はどうなのだろう。アメリカではシリコンバレーでレイオフが始まっていて、相当深刻な状況になっているらしい。先週も解雇を理由にひどい殺人事件が起きた。

 

 事件の舞台となったのは、シリコンバレーのサンタクララだ。スタートアップベンチャーに勤めていた47際の中国系エンジニアが解雇に腹を立て、CEO(56歳)と副社長(47歳)、女性人事部長(67歳)を殺害して逃亡するという事件が先週金曜日に起きた。容疑者は土曜日の朝、逃走中にマウンテンビューで逮捕されている。

 

 現場となったのは2004年に設立された半導体ベンチャーのSiPort社。容疑者は金曜日の朝に解雇を通告された。午後3時に会社に戻ってきて、今後再雇用の可能性があるかどうかについてのミーティングを求め、そのミーティングの最中に突然9ミリ拳銃を取り出して立て続けに発射したという。

 

 容疑者はそのまま他の社員には見向きもせずにオフィスを飛び出し、駐めてあった愛車のSUVに飛び乗って逃走した。被害者3人は即死だった。

 

 

平和な家庭を営んでいたのに……

 

 事件を報じたサンフランシスコ・クロニクル紙によると、容疑者は二階建ての3ベッドルームの自宅に10年以上も住んでいて、妻と3人の子供がいた。上の2人は6歳の双子で、3人目は2歳の幼児。容疑者は双子と一緒によく家の前でバスケットをしたり、近くの公営プールに連れて行ったりしていたという。夫婦に友人は多くはなかったようだが、しかしとてもフレンドリーな人たちだった――と、近所の人たちは証言している。

 

 警察によれば、容疑者は過去に精神病歴や暴力歴はなかったという。彼が拳銃をどこで入手したのかは、まだ判明していない。この解雇が、アメリカを襲っている大不況のためかどうかははっきりわかっていない。そもそもSiPort社でこの時期解雇されたのは、容疑者だけだったという社内の証言もある。しかしシリコンバレーで解雇の嵐が吹き荒れているのは間違いなく、金融危機がついにこういう事態を引き起こしてしまったのかという印象を人々に与えたのだった。

 

 

カラカニスさんの悲劇的な予測

 

 先週、私は宮崎シーガイアで開かれたインフィニティ・ベンチャーズ・サミット(IVS)に参加してきた。2日間のイベントで最初にスピーカーとして壇上に立ったのは、新興検索エンジン企業のマハロ(Mahalo)CEOであるジェイソン・カラカニスさん。基調講演であるのにも関わらず、話はいきなりアメリカの大不況から始まった。

 

 カラカニスさんは少し前に、発行している有料メールマガジンで「これからの18カ月で、現在存在するスタートアップベンチャーの50〜80%は破綻するだろう」とぶち上げて、話題をさらった。宮崎での講演でも同じような話になり、「グーグルでさえもおそらくレイオフをしなければならない状況になるのではないか。同社が設立されて初めての事態になるだろう」という恐ろしい予測を立てた。

 

 冒頭からいきなり暗い話ばかりである。外は宮崎の穏やかな海が水平線にまで続き、透明感のある青空が広がっているのに、シーガイアの会議場は真っ暗で、陰気な話ばかりが続いた。

 

 さらに彼は、こんなことも言った――アメリカでのIT業界の成長は、古い企業が後退してスタートアップベンチャーがのし上がるというサイクルでこれまで進んできた。たとえばミニコンを作っていたDECが沈み、パソコンベンダーとしてのIBMが浮上し、IBMが沈んだ後にはマイクロソフトがやってきて、そしてマイクロソフトを押しのけて今度はグーグルやアマゾンが台頭し……というサイクルだ。しかしこの大不況のあおりで、こうしたスタートアップベンチャーをテコにした成長サイクルが止まってしまうのではないか、とカラカニスさんは予測した。

 

 

しかしこの不況は新しい時代の幕開けでもある

 

 とはいえ、こういう不況の時期が実は大事なのだ、とカラカニスさんは続けた。たとえばネットバブルが2000年に崩壊してみんな酷い目に遭ったが、しかしその後の数年間で「この景気の悪いときだから必死で効率の良いサービスを作らねば」とみんなが努力し、この結果、テクノロジーは劇的に進化した。景気が良ければ資金を集め、事業を拡大し、さらには売却してイグジットするのが良いが、不景気の時はひたすら堪え忍び、こういう時期にしかできないこと――つまりテクノロジの開発や改良に必死で努めよう、と。そうすればいずれは景気が上向いたときに、それらのテクノロジが花開き、大きなリターンを得られるようになる。

 

 おまけに90年代と比べれば、回線やサーバ、ソフトウェアなどが劇的に安くなり、ほとんどコストゼロでサービスを立ち上げられるようになってきている。彼はそれを「ゼロコストスタートアップ」という言葉で呼んで、「起業家は自分のアイデアを具現化することだけを考えれば、すぐにでもサービスを立ち上げられる。こんな条件の良い時代はない」と説いたのだった。

 

 不況の時代には不況の時代としての意味がある。たとえば第二次世界大戦後の世界の文化に関して言えば、ドイツで最も刺激的だったのは東西冷戦下の閉鎖的な西ベルリンの街だったし、アメリカは1990年代のジェネレーションX時代に素晴らしい文化が生まれた。日本も実のところ1980年代のバブル期にはろくなものが存在せず、海外で日本の現代文化が高く評価されるようになったのは、1990年代後半の大不況期に入ってからである。

 

 ビジネスも同様だ。新しいテクノロジー、新しいサービス、新しいアイデアは、つねにビハインドの時代に生まれる。過去、多くの起業家がそうやってビハインドをバネにして成功してきた。そういうケースは枚挙にいとまがない。

 

 

カラオケボックスをどう再生したのか

 

 社長名鑑というサイトがある。レイスという人材採用コンサルティング企業が運営している社長インタビューサイトで、約150人のベンチャー経営者たちのインタビュー動画が無料で閲覧できる。このインタビューの集大成は、見ていて飽きない。ある程度離陸に成功した経営者たちの話を集めているのだから、面白いのは当然なのだが、しかしそれだけでなく、インタビューにはさまざまなヒントがある。「自分がこれからどう生きていくのか」「苦難に直面した場合にはどうしたらいいのか」といったことをさまざまに考えさせられる。

 

 たとえばカラオケ「まねきねこ」チェーンを運営している株式会社コシダカの腰高博社長(48歳)のインタビュー

 

 もともとラーメン屋を経営していたが、うまくいかない。この停滞している状況を何とか打破しようと、新規事業を考えた。そうしてカラオケ店運営に進出。「まったく新しい事業は無理だけど、ラーメンとカラオケなら何となく似ているから……」というどうしようもない理由である。これで終わっていたら、地方の他の平凡な経営者と何ら変わりはなく、あいかわらずリスキーな水商売をやっている人という範囲は超えないはずだった。

 

 腰高社長がその域から脱するのに役立ったのは、苦境に陥ったことだった。カラオケ店を何とか3店舗出して、しかし相変わらず経営は非常に苦しく、先が見えない。おまけに金融機関からは「これ以上お金は貸せませんよ」と言われてしまった。将来がないと判断されて、見捨てられてしまったのだ。

 

 そんなときにちょうど、ある人物から「潰れたカラオケ店を運営しないか」と話が持ち込まれた。最初は「そんなのできるわけがない」と思った。潰れる店というのは、潰れる理由があるんだから潰れたわけで、だったら運営し直したって同じことだろうと考えたのだ。

 

 

どん詰まりの状況が、突破口を生んだ

 

 でも銀行からもう見捨てられてしまって、これ以上融資は受けられないという状況の中で、きちんと新しく店を出せるような可能性もなかった。だったら「これをチャンスにするしかない」と開き直り、その潰れたカラオケ店を引き受けて、居抜きでオープンした。初期投資はこれまでの20分の1ですんだから、銀行からの融資が無くてもなんとかなったのだった。

 

 ところがスタートしてみると、初期投資はわずか三ヶ月で回収できた。「これはひょっとしたらうまくいくのかも」と考えるようになる。そうして続けて潰れたカラオケ店を借り受け、居抜きの店を続々と出店させるようになる。

 

 そうして気がつけば居抜き店舗ばかり250店舗、全国に展開する成長企業になっていたのだった。

 

 成功の秘密は何のことはない、お店の運営をきちんと変えたことだった。立地や設備ももちろん重要な要素だが、接客業の基本はやはり接客である、というごく当たり前のことを愚直に実現したのに過ぎない。腰高社長はインタビューの中でこう語っている。

 

 「最初どう思ったかというと、ラーメンが苦しくて、何とかカラオケで一発当ててもうけてやろうと思った。でもそれだとお客さんがきてくれないなと、身をもって感じたんです。お客さんにきてもらうためには、喜んでもらえないといけない。それを毎日仕事をしていて強く感じた。それで経営理念の一番に持ってきているんです。これを私たちはM&M接客と呼んでいる。マスター・アンド・ママの略です。スナックとかバーのママ、マスターのような接客をしましょうという意味。これが社内で一人歩きして「M&Mやったか?」といった挨拶がわりの言葉になっていたりします。どれだけコミュニケーションとれてるか、どれだけ気配りできてるか。そういう姿勢でやっているんです」

 

 

ベンチャースピリットで大切なのは、底抜けの明るさだ

 

 いまもいろんな試みを、腰高社長は続けているという。最近注目しているのは、「ひとりカラオケ」。まねきねこの浅草店には、ひとりカラオケルームを6室設置した。「いままでのカラオケ店では、『何名様ですか?』と聞かれて『ひとりです』と答えると、『えっ?』と絶句された。でもひとりカラオケは、私も好きなんですが本当に楽しいんです。一人用のカラオケ施設はこれから増えるはずで、その先鞭として作ってみました。このニーズは相当あると思います」

  以上、紹介してみた。こういう話はベンチャー業界にはいくらでもあって、驚くほどではないかもしれない。しかしこうした「ちょっといい話」がいくらでもあって、そうしたチャンスを生かせる経営者がたくさんいるという事実そのものが逆に、日本のベンチャーの将来を明るく照らし出しているようにも思える。

 こういう前向きで底抜けに明るい気概が、ベンチャースピリットには必要だ。深刻に考えるのと、真剣に考えるのは全然違う。笑い飛ばして前に進んでいくような人たちが、いま求められている。そうしたスピリットがある限り、金融王国の崩壊はチャンスにこそなっても、決してビジネスを後ろ向きにする材料にはならないと思うのだ。

 

 

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11月24日 クラシファイド(案内)広告の将来と地方新聞の生き残り

12月1日 誰もが自分の文章や映像を販売できる「デジタルコンテンツ市場」

12月8日 「広告はラブレター」論はどう進化していくべきなのか

12月15日 NTTドコモが仕掛ける「iコンシェル」の可能性

 

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※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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