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セカンドライフの「その先」をもう一度考えてみる

2008/08/18 11:14
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プロフィール

佐々木俊尚

現役ジャーナリストが、長年培ってきた取材経験などを通して、IT業界のビジネス動向から事件まで、その真相をえぐり出します。
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セカンドライフは過去の思い出となった

 仮想空間サービス『Second Life(セカンドライフ)』支援コンサルタントの先駆けだったベンチャー、メルティングドッツの浅枝大志社長に久しぶりに会った。同社が設立された直後だった二〇〇七年三月に雑誌『サイゾー』の連載で取材して以来だ。設立当時のオフィスは四谷三丁目の浅枝社長の自宅マンションをそのまま使っていて、八畳ほどの部屋の中には布団が敷かれ、壁にはジャージやらスーツやらがぶら下がっていて、ものすごい散らかっていた。まだ数人だった社員は布団の上に並んで座り、コタツに向かって仕事をしていた。しかしスタートアップ直後の会社に行くというのは貴重な機会で、インタビューは非常に楽しかった。

 それから一年半が経ち、昨年のセカンドライフブームを経て、メルティングドッツは水道橋のこぎれいなビルのワンフロアに移転していた。広いオフィスには整然とデスクが並んでいて、お約束のようにゲーム機とダーツも置かれ、すっかりベンチャーっぽくなっている。

 その居心地の良いオフィスで、セカンドライフの今後について浅枝社長と話した。セカンドライフはご存じのように、電通の仕掛けによって昨年はじめごろから大企業のマーケティング部署などで大ブームとなり、一度は日経新聞に連日記事が踊るほどにまでなった。たとえば日経四紙の記事数を調べてみると、昨年一月には九件、二月六件、三月二十件、四月十五件、五月二十件、六月三十四件、七月三十七件。夏ごろにはほぼ毎日、セカンドライフ関連の記事が掲載されていたことになる。とはいえ、これらの記事の多くは、「企業がショールームを開いた」「大手広告企業がセカンドライフの進出支援ビジネスを始めた」といった内容で、つまりブームは広告業界と大企業、それにデジタルハリウッドやセカンドライフ進出支援ベンチャーなど一部業界の主導によるものでしかなかったわけだ。

 実際、二〇〇八年に入ってからは記事もあまり見かけなくなり、いまではすっかり「過去のサービス」扱いになってしまっている。

メタバースやGISの可能性は実は大きいのだが

 私はセカンドライフがなぜダメだったのかを、折りに触れてあれこれと考え続けてきた。少なくとも言えるのは、メタバース(仮想空間サービス)をはじめとして、リアルの地理空間をバーチャル世界の中に引き込んでいく地理情報空間サービス(GIS)については、決して可能性がゼロではないどころか、今後大きな可能性を秘めているだろうということだ。たとえば最近物議を醸しているグーグルストリートビュー(この件については、また別のエントリーで)や、あるいはリアル世界を撮影した画像に存在する建物や道路などのオブジェクトに、すべてメタタグを埋め込んでいこうというアースマイン(Earthmine)のようなサービスがそうだ。

 しかしそうしたGISとセカンドライフは、かなり位相が異なっているように思える。何が異なっているのだろうか。

 ストリートビューやアースマインは、リアル世界をマップに関連づけたり、あるいはメタタグを埋め込むなどして、リアル世界とユーザーとの「関係性」を表現している。つまりは関連づけ、相関関係による関係性だ。しかしセカンドライフはそうではない。セカンドライフの世界の中に存在する建物や家具などは、リアルの物理空間の中に存在するその「位置」をそのままバーチャル空間に移し替えただけで、そこにはユーザーとの間の関連づけは存在しない。

 もしリアルの物理空間の中で、私たちがオブジェクトとの間に作り上げる物理的な相関関係――たとえば手を伸ばしてコップに触ると、手に軽い反発があり、ひんやりとして硬い感触を得るという相関関係。あるいはドアの前に立って手を伸ばしてドアノブを回し、ドアの重さを感じながら押し開き、そうしてドアの向こう側の新しい風を感じながら外へと一歩踏み出す、その感覚。つまりはクオリアを内包した、そうした物理的な相関関係をバーチャル空間の中で実現できるのであれば、それはセカンドライフの世界にもユーザーとオブジェクトの間の新しく鮮烈な関係性を生み出すだろう。

 でも現実にはそんなふうにはなっておらず、アバターはドアの前で意味不明に手や足を振り回し、出会った他のアバターとはあっちの方向をお互いに見ながら、目線の決して交わらないコミュニケーションを交わしている。

 VR(Virtual Reality)のようなテクノロジがもう少し進化しなければ、セカンドライフ空間で物理的な相関関係をきちんと生み出すのは難しいということだ。だからこのセカンドライフというサービスは、興味深いけれども、実用的に使うにはあまりにも時期尚早だったのではないかというのが、私なりの現段階での結論だった。

「大切なのは3D空間ではなく、リアルタイム」

 さて浅枝社長は、私にこう話した。「よく考えてみれば、僕は3D空間がもともと好きだというわけではなかった。VRとかAR(Augmented Reality)、ネットゲームにも興味はない。じゃあなぜその僕がセカンドライフにはまったのかと言えば、セカンドライフ空間の中ではリアルタイムのコミュニケーションができたからだと思うんですよね」。現在二十五歳の彼は高校時代からIRCでのチャットにはまり、ICQ、インスタントメッセンジャー、スカイプという流れに乗って、リアルタイム・コミュニケーションのツールを使い続けてきた。そうした流れの先に、セカンドライフがあったのだという。

 「僕の感覚は、インターネット上でのコミュニケーションがどう進化していくのか、その先に何があるのか。ネットと現実が融合して当たり前になった時代に、どうなっていくのか。そういう自分の感覚を実現できるサービスを作りたいということ」

 ネットとリアルが融合した時代のコミュニケーションとはどういうものか。たとえばお店に行き、商品のことを店のスタッフに聞く。彼は親切に教えてくれる。ひょっとしたらそこから話が盛り上がり、商品以外の雑談に発展するかもしれない。もっと盛り上がれば、名前とメールアドレスでも教えあって、今度お茶でも飲みましょうということになるかもしれない。そういうふうに会話は続いていく。

 そこには「商品はどこにありますか」「ここにあります」「これはどのような商品ですか」「それはこういう商品です」といった文章だけのコミュニケーションだけでは伝わらない暗黙的な感情の流れみたいなものがあって、それがネットでは表出しにくい。だからネットを知らない高齢者に「ネットには人間の感情がない」という批判を浴びる結果になってしまっているのだが、この感情の流れ、「感情の構造」のようなものを、インターネットのコミュニケーションに組み込んでいくことができないものか――浅枝社長の問題意識というのは、かいつまんで言うとそういうことだ。

「感情の構造」を組み込んだインターネット

 感情の構造を組み込んだインターネットのアーキテクチャーとはどのようなものになるのか。浅枝社長は「必要な要素は、リアルタイムとアバターだと思う」と話した。ここで彼の話は、セカンドライフ的なサービスへと入っていく。

 まず、リアルタイム性。インターネット上の情報には、蓄積されたアーカイブとしてのストック情報と、メッセンジャーやメール、SNSのライフストリーム(たとえばミクシィ日記)などの形をとって流れていくフローの情報がある。ストック情報は知を高めるための情報であり、これらの情報アクセスには人間の感情の介在する余地はない。感情の構造の中で捉えれば、死んだ情報である。

 だがフロー情報はその流れに、常に発信者と受信者の感情が付与され、感情というストリームに沿って情報が送受信されていく。その感情の構造はうつろいやすく、いったんフローの情報がアーカイブ化され、過去の遺物として蓄積されてしまうと、そこにさっきまで存在していた生々しい感情は、少しずつ薄らいでいって消えてしまう。だからフロー情報を、そこに感情を載せたまま送受信しようとすれば、リアルタイムでのコミュニケーションを行うしかない。

 過去の遺物としての情報にアクセスして、そこに感情が生まれないわけではない。しかしそこで生まれる感情は、リアルタイムで送受信した感情とは、明らかに別のものだ。フローの感情が激情だとすれば、ストックの感情は愛惜のようなものである。フローとストックには、まったく別の感情の構造が組み込まれるのだ。

アバターによる「いまそこに存在するあなた」という感覚

 第二に、アバター。なぜアバターが必要なのか。仮にリアルタイムのコミュニケーションにしかフローの感情の構造は組み込まれないとしても、それはテキストのチャットやメッセンジャーのやりとりでも構わないのではないか――私はそういう疑問を持ったのだが、浅枝社長はこう話した。

 「コミュニケーションのサービス上に『現在、このサイトには五人のユーザーがいます』と表示されても、その人たちの存在感を得ることができない。IDにしろ名前にしろ、感情のない記号以上の感覚は得られない。そこにもしアバターがあったならば、そこにもう少し個性がつけられるのかもしれないと思う」

 つまりは「そこに彼が存在している」という感覚をどこまで得られるのかという、そういう問題意識なのだろう。「私と彼は、いま同じ場所にいるのだ」という感覚である。

 私はアバターを使ったサービスをそれほど使い込んでいないので、浅枝社長の説明するその身体感覚が、どこまで的確で一般的なものなのかは実のところよくわからない。さらに言えば、リアルの人格とアバター人格が必ずしも一致せず、アバターとして装飾された人格がバーチャル空間では作り上げられてしまい、その人格がどこまでリアルの人格の身体性をシンボルとして描けるのかどうか。あるいはそれはリアルの人格の身体性を代弁する必要もないのではないか、といった疑問も生じてくるし、このあたりはさらに実地にサービスを利用して感覚を磨いていかなければ何とも判断できない。

 だが、同じ情報を共有している人たちが、そこでお互いの身体性を実感しあえるのかどうかというのは、非常に重要なテーマだと私は考えている。先月刊行した『インフォコモンズ』(講談社)という本でも、インフォコモンズと名付けた情報共有圏の中で、情報を共有する人たちがどれだけ同じ共同体としての仲間意識のようなものを生み出せるかどうかを、さまざまな方面から考えてみた。このインフォコモンズ的テーマに沿って考えてみると、単なる情報による相関関係を持っているにしか過ぎないはてブユーザー同士やAmazon利用者同士が、そこにリアルタイム性やアバターの身体性を加味することによって、共同体意識をさらに強めることが可能になるかもしれない、というようなことも感じる。

ウェブリンは可能性を拡げるか

 いずれにせよ、浅枝社長はこういう問題意識をもとに、最近新たなサービスをスタートさせた。ドイツで開発され、他の言語ではすでにある程度のユーザーを集めているWeblin(ウェブリン)というサービスだ。このサービス/アプリケーションを導入すると、ウェブブラウザ上に自分や他のユーザーのアバターが現れる。同じウェブページを見ているアバター同士で、チャットなどが行えるのだ。たとえばどこかのブログが炎上したら、その炎上しているブログのページ上にアバターたちが集まって、「いやあ、凄いねこの炎上ぶりは」といった火事場の野次馬見物のようなこともできるようになる。

 プライベートチャットも可能で、極秘の話をしたければ「ラウンジ」機能を使うことで他のユーザーとは隔離され、少人数だけでチャットを行えるようになる。基本的にはチャットやインスタントメッセンジャー、スカイプのような使い方ができるサービスだが、従来のリアルタイムメッセージサービスと異なるのは、自分と会話してくれる他人との偶然の出会い――つまりセレンディピティを、うまく生み出すことができるという点だ。ウェブリンではリアルタイム共同体の軸は、常にいま自分のアバターが位置しているウェブページごと(正確に言うと、今のところはウェブページのドメインごと)に存在している。つまり見ているウェブページを軸にして、新たな他者と出会い、会話することができるということだ。

 「最初は会話をしなくても、同じアバターを同じサイトや似たサイトでなども見かけたら、そのうち『良く会いますね』といった会話になっていくかもしれない」と浅枝社長は言う。さらに言えば、ネットでは自分ではコンテンツを生み出さず、情報発信もあまりしない人が大多数を占めている。そうした構造は最近、Generation Vという言葉でも説明されているが、こうした情報発信のない人たちの間で、クローズドではないコミュニケーションをどう生み出してもらうのかというテーマはおそらく今後浮上してくるだろう。ウェブリンのような仕組みであれば、この問題を解消させる一助になるかもしれない。

 ウェブリンが流行するのかどうかはまだ何とも言えない。まだ日本語版はβ段階で、かなり不安定だ。おそらくメルティングドッツ社がお盆休みに入っているためだと思うが、17日の段階はレジストさえできなかった。とはいえ、興味深いサービスなので、安定してきたら一度試してみる価値はあると思っている。

今週の『ネット未来地図レポート』

 有料メールマガジン『佐々木俊尚のネット未来地図レポート』は今週、「AmazonのKindleはなぜ成功したのか 『非PC』から『PC不在』への大転換」と題して、電子書籍分野でKindleが成功した理由を掘り下げています。焦点となっているのが、ポストPC時代において、いまや『非PC』ではなく、『PC不在』――つまり垂直統合されたエコシステムの中にいっさいPCを介在させず、機器だけで完結してしまっている仕組みが登場してきていること。その意味において、Kindleと日本のケータイは真っ向から競う存在であり、今後の電子書籍市場はこの二つの機器を軸にして展開されるようになるのではないかという話を書いています。

 また毎日のwaiwai記事問題についても、読者の方との質疑応答の中で再度取り上げています。

 来週は、今回のブログのエントリーにも沿った内容となりますが、ポスト・セカンドライフ時代の地理情報空間サービスの可能性について、さまざまな見地から掘り下げてみたいと思います。お申し込みは、『佐々木俊尚公式サイト』まで。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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