前回の記事ではFacebookなどのグローバルな企業が日本市場に参入する場合に問題となる点を整理しました。今回はその事実を踏まえて、ソーシャルゲームの先輩市場であるコンシュマーゲームの市場環境を俯瞰し、ソーシャルゲームが辿るであろう道を考えてみましょう。
自国以外の市場への挑戦
日本の会社が日本でビジネスをする場合、日本→世界 の順番で市場を広げるのは当然の発想ですが、ネットの世界においては初めから世界市場を睨むことも比較的容易です。事ソーシャルアプリにおいては更に容易です。日本のみで展開されているmixiやモバゲーのプラットフォーム(以後『PF』と呼称)ではなく、世界規模でユーザを抱えるFacebook に参入してしまえば良いのですから。
しかし、自国での成功をもって他国(≒世界)市場に挑戦する場合、前回の記事で紹介したローカライズコストを重視する必要があります。
- ローカライズコスト > 参入市場からの期待収益
ではローカライズしてまでその市場に参入する意味はありません。これは日本→海外の場合でも、海外→日本でも同じことがいえます。
日本国内のソーシャルPFで成功した企業は、その成功したコンテンツをもって4億人の市場を持つFacebookに参入したくなるのは当然だと思います。しかし事はそう簡単には運ばないのではないでしょうか。そこで本記事ではソーシャルゲーム市場の先輩であるコンシュマーゲーム市場の歴史を振り返り、自国以外の市場に参入した成功例、失敗例から学びたいと思います。
コンシュマーゲームにおける自国以外の市場参入例
私が調べた限り、パターンとして以下の2つが見つかりました。
- 1. 日本での成功 → 海外で展開 (成功 or 失敗)
- 2. 海外での成功 → 日本で展開 (失敗)
2. で日本市場での成功例を探したのですが、日本市場において著しく受け入れられた例は無いようです。ただし全世界レベルで見た場合、非常に成功しており、そのごく一部を日本市場が担っているという例はありました。
なるべく最近の例で上記2つを順番に見て行きましょう。
1. 日本での成功 → 海外で展開
成功例は意外と多く見つけることができます。Wiiの「NEWスーパーマリオブラザーズ」は2010年1月に全世界での売上が1,000万本に達しており、日本→海外展開の典型的な成功例です。しかしこの例は既に海外にしっかりとした販路とブランドを確立している任天堂だからこそであって、この記事を見られている日本のSAP(Social Application Provider)の方々には参考にならないでしょう。
日本のSAPの方々には、WIRED NEWSの「日本のゲーム業界を復活させるには:(2)カプコン竹内潤氏に聞く」が非常に参考になります。カプコンは2009年より海外への積極的な進出を打ち出しており、日本のゲームソフトメーカーでは最も成功している会社の1つです。
出典:WIRED NEWS (2009年6月19日)
この記事で注目すべきは以下のくだりです。
「経営と事業の側では、日本でお金になるなら、欧米で売れるのはオマケだという考え方になってしまいがちだ」と竹内氏は語った。「これによってわれわれは、日本でお金を稼ぐという戦略に従うことになり、北米や欧州で成功するようなゲームを制作できなかった」。
竹内氏は、自身の試算では、日本の国内市場は世界のゲーム売り上げの7%にすぎないと指摘した。つまり、「日本国内で稼ぐゲーム」を制作する場合、開発に多くの資金を投入できないのだ。
上記は以下の2点に要約されます。
- 「日本市場で成功していればいい」という考えは危険
- 世界市場で勝負することを前提にすれば大きな予算を確保できる
これは非常に重要な考え方であり、日本市場にこだわり過ぎてはいけないことを示唆しています。
次は失敗例を見てみましょう。全世界では400万本を売り上げているカプコンさんの「モンスターハンターポータブル2nd G」ですが、海外での販売本数はうち50万本程度に過ぎません。これについては「モンスターハンター3(トライ)、目標200万本の根拠に迫れ」の記事がカプコンさんのIR情報を元に販売本数が算出されており参考になります。
モンスターハンターが海外で売れないことについては「日本で大ヒットの『モンハン』、なぜ海外で売れないのか」が参考になります。リンク先の記事ではその原因を、「ゲーム性が海外の人に理解されにくい」、「海外でのPSPの遊び方にマッチしていない」などと分析しています。
この例は海外でのローカライズが上手くいかなかった典型といえるでしょう。この事実は日本でヒットしたからといってそのタイトルがそのまま海外で受け入れられる訳ではないことを示唆しています。
ただしカプコンさんも「モンスターハンターポータブル2nd G」の海外展開の失敗から学び、「モンスターハンター3」では海外で圧倒的な販売台数を誇るWiiをプラットフォームに選んだり、任天堂のバックアップを得るなどの対策を打っています。
2. 海外での成功 → 日本で展開
これは日本市場を重視していない例(≒ある意味で失敗?)しか見つけることが出来ませんでした。
世界最高峰のFPSといわれる「Call of Duty: Modern Warfare 2(以下『CDMW2』と呼称)」ですが、2010年1月時点で全世界の総売上が10億ドルを突破したそうです。同ゲームはコンシュマーゲーム機やオンラインプレイなどマルチプラットフォーム戦略を取っているので、出荷本数ではなく売上額による発表となっていますが、単純にコンシュマーゲーム機のソフト代金に換算すると1,300万本程度は売れている計算になります。日本での販売元はスクエア・エニックスさんです。
ちなみに前作の「Call of Duty 4: Modern Warfar」は全世界で1,400万本程度売り上げたそうです。
CDMW2ですが直近での国内販売本数のデータはありませんでしたが、初日の販売本数データがあったのでご紹介します。
- 北米(アメリカ、イギリス、カナダ):470万本
- 日本:10万6,000本
北米での初日の総売上は日本の44倍です。北米の総人口は日本の3.1倍程度なので、この販売本数は如何に日本以外の市場で大ヒットしているかが伺えます。
ただし海外のゲームが日本で10万本超えしたことは評価すべきと思います。
同じような例に「ゴッド・オブ・ウォー?」(以後『GOW?』と呼称)があります。
『ゴッド・オブ・ウォー』は、2006年にゲーム・オブ・ザ・イヤーを含む9つのAIAS賞(The Academy of Interactive Arts & Sciences)、2007年には『ゴッド・オブ・ウォー?』でBAFTA(The British Academy of Film and Television Arts)のテクニカル・アチーブメント賞およびストーリー・アンド・キャラクター賞など、世界各国で数多くの賞を受賞しています。同タイトルはその3作目です。ソニー・コンピュータエンタテインメントのサンタモニカスタジオが開発しています。
同ソフトはPS3で発売されていますが、海外では発売後2日で100万本を売上げていますが、日本での初週の発売本数は4万3,000本に留まっています。同時期に発売された北斗無双の38万本と比べるとかなり少ないといえます。
データから導かれる仮説
CDMW2にしてもGOW?にしても日本での知名度があまりないことから、マーケティングローカライズのコストをあまり掛けていないことが伺えます。もちろんゲーム自体は言語のローカライズがきちんと行われていますが、その他のローカライズにコストを費やしていないようです。
CDMWの言語のローカライズについては「コール オブ デューティ モダン・ウォーフェア2 スクウェア・エニックスのローカライズ事情とは?」で詳しく紹介されていました。ローカライズコストがかさむ場合、現地の企業にローカライズ作業及び販売代理を任せるというのは一般に有効な手法です。
両タイトル共に海外で前作が圧倒的な売上実績と知名度を誇っている割に、続編の日本展開においてはそれらを有効に利用したマーケティングが全くと言っていいほど行われていません。そしてここから導かれるのは日本市場をそこまで重視しておらず、むしろアジア市場の一部としてしか捉えていないということです。これは海外にいる場合はすんなりと受け入れられる事実ですが、日本の中にいると意外と見逃してしまいがちです。
コンシュマーゲームに学ぶ正しい海外展開指針
上述のデータからソーシャルゲームの海外展開における重要な考え方を学ぶことができます。それを一言で言うと、
- 日本人と日本市場へのこだわりを捨てる
ということです。 繰り返し述べているように自国でヒットしたタイトルを国外に展開しようとしても必ずローカライズを必要とし、それにコストが掛かります。つまり自国でヒットしたタイトルはそのままでは使えないのです。そこから導かれるのは、自国の人口が少ない場合、海外展開をするにあたっては自国でのヒットは必須ではないという考え方です。
これは非常に重要な考え方です。自国が中国であり10億規模の市場を内在している場合は話が違いますが、世界に比べて市場規模の小さい日本においては、日本人の嗜好に合ったゲームをリリースして国内でヒットさせることは海外展開を考える上であまり意味をなしません。
もちろん全く意味が無いとは言いませんが、最初から海外展開を視野に入れている場合は、こだわるべきではないということです。
ソーシャルゲームがコンシュマーゲームと同じ道を辿るとは言えませんが、コンシュマーゲームよりも遥かに国境を越えやすいソーシャルゲームの市場にあって、この考え方は非常に大切だと思います。
次回予告
次回は上記の海外展開方針を理解した上で、実際に海外展開する場合の具体的な戦略について解説したいと思います。