東京での新型コロナ感染拡大防止措置は、4月25日に発令された3度目の緊急事態宣言が2度の延長で6月20日までとなり、その後に迫るは東京オリンピック・パラリンピック(オリンピックの開会式は7月23日)。こんな状況の中でオリンピックを開催すべきではないなどと世論で取り沙汰されていましたが、集団ワクチン接種の対応が若者も含めて各地で急速に進み始めたことで少しづつであはりますが気持ちも緩和されオリンピックモードも回復を始めています。
史上最悪のパンデミックが全世界を震撼(20年01月からとすれば)させて以来約1年半。復興五輪(東日本大震災から立ち直った日本)と言われていたのが復興パンデミックに変わってしまったような気もしますが、これから日本が世界に向けてどんなメッセージを送るかは我々国民の意識に懸かっていることを忘れてはならないと思います。
そんな中ワクチン接種が進む今年のアメリカではセミの大量発生の話題でもちきりなのをご存知でしょうか。セミは約2億3000万年前の恐竜が支配する中生ジュラ紀から生存が確認されている生物のひとつ。その時代から現代に至るまでにアメリカとくに北米大陸では複数回氷河期が訪れましたがそこを生き抜いた影響でとてもユニークな生態が身につきました。なんと発生する周期が素数年ごとになるといういわゆる「素数ゼミ」を生み出しました。詳しくはまた別の機会にご紹介したいと思いますが、今年のアメリカはその素数年にあたるということで大量の素数ゼミが発生するというわけです。こうした生き残りをかけた昆虫を調べることで人間世界のパンデミックにも打ち勝つ知恵が導き出されるかもしれません。
■Oh No!脳が小さくなったり大きくなる蟻が発見された!?
アメリカ・ジョージア州のケネソー州立大学で生態学を研究するクリント・ペニック博士は、インドの西海岸沿いの森林に生息するインドクワガタアリを長年にわたり研究してきた中で、今回新たな発見を21年4月14日付の学術誌「英国王立協会紀要B: 生物科学」に掲載し話題になっています。
このインドクワガタアリは、女王アリが死ぬと働きアリ同士の壮絶な戦いが始まり、その勝者がなんと女王アリに変化するそうなんです。勝ったアリは女王アリになるため卵巣が大きくなり、その代わりに脳の大きさが20%も縮小することがわかっていました。さらに今回発見されたのは、その女王アリが王位を降ろされたとき、再び働きアリに戻るため卵巣がなくなり脳も元の大きさに大きくなるということがわかったそうなんです。今回のように、一度小さくなった脳がまた大きくなるという「可塑性(かそせい)」が昆虫で見つかったのは極めて珍しいこと。
ちなみに動物の世界ではたまにみかけられ、ミヤマシトド(深山シトド=鵐)という鳥の脳は、繁殖期が始まると、新しいさえずりを覚えるために新しいニューロンが6万8000個も増えるそうなんです。そのあと必要がなくなると増えたニューロンは死滅するそうなんですが、脊椎のない昆虫でこうした現象が見つかったのは世界初なんだそうです。
今回の研究で脳の大きさが何らかの生態系の変化で大きくなったり小さくなる原理がわかれば、最終的に人間の脳の発達においても何らかの発見ができるかもしれないということです。
■トンボの羽で抗菌技術が開発された!?
京都が本社の主に素材やエネルギー関係の研究を手掛ける「株式会社KRI」は、トンボの羽に抗菌作用があるのをヒントに化学物質に頼らない全く新しい発想で「抗菌素材」を開発することに成功したと21年3月に発表しました。
通常エスカレーターのベルトなどに使われる抗菌素材は、素材の表面に化学物質を付着させて細菌の増殖を抑える効果を出しているのですが、トンボの羽には化学物質がついているわけではなく、表面に数百ナノメートル(ナノは10億分の1)のとても小さな鋭い突起がいくつも並んでいて、近づいた細菌を刺すことで物理的に破壊するように出来ているそうなんです。
これをヒントにKRI研究員の吉川弥(わたる)さんは、さまざまな素材に抗菌作用をもたらす微細突起を表面に付着させることのできる「液剤」を調合することに成功。例えばアルミ材にこの液剤を使って微細突起を表面に付着させたところ(大腸菌)は1時間で99・9%が殺菌、(黒カビ)についても60日間観察し、成長が長期的に抑制されることを確認したということです。今後はこの液剤でさまざまな素材に微細突起を付着させた抗菌素材の開発をしていきたいということです。
■まさ蚊!?蚊の触覚でがんの進行度が分かる!?
がんの発見についてはAIによるもの以外でもさまざまな手法が試されていますが、東京大学と神奈川県立産業技術総合研究所の共同研究チームは、一風変わった手法を生み出しました。超小型センサーになんと蚊の触覚細胞のひとつである「嗅覚受容体」を組み込んだバイオハイブリッド型匂いセンサーを開発し、新たに検出部も複数に増やし並列化したことで、肝臓がんの進行度などを示す腫瘍マーカーと考えられている「オクテノール」ガスの検出率が90%と格段にあげることに成功しました。
昆虫の「嗅覚受容体」と呼ばれる細胞は、さまざまな匂いにとても敏感にできているため、特徴ある昆虫の受容体を組み合わせることで人間が感じ取れないさまざまな微妙なにおいを感じ取ることが可能となるそうです。
ちなみに蚊の臭覚受容体だけでも100種類もあると言われていて、センサーに組み込んでそれぞれ違う匂いのセンサーとして活用することも可能。こうした昆虫の嗅覚受容体を応用することでがんのほかにも糖尿病の早期発見、さらには麻薬・爆発物の検知、食品検査などにも応用していきたいということです。昆虫の臭覚に人類が救われる日が来るとは驚きです。
■痛くないのは蚊のおかげ?蚊の唾液が痛みを消す!?
蚊に刺されたとき、その瞬間は気が付かずそのあとかゆくなって初めて刺されたことに気がつくことが多くありませんか。それは蚊が刺したときは、蚊の唾液に含まれるタンパク質成分がヒトの痛みを感じるセンサー機能を抑える働きがあるからなんだそうです。
蚊が皮膚を刺す際には、血液が固まって針が抜けなくなることを防ぐために、唾液を放出しそれがのちにかゆみを誘発することはわかっていましたが、刺す際になぜ痛みを感じさせないのかまではよくわかっていませんでした。そこで自然科学研究機構・生理学研究所などの研究グループは、マウスの実験で足の裏などにヒリヒリする「ワサビ成分」で知られる「アリルイソチオシアネート」や「カプサイシン」を塗り込んで痛みを起こさせたあと、蚊の唾液に含まれるシアロルフィンというタンパク質成分を付与してみたところ、なんと痛みが緩和する鎮痛作用を引き起こすことを発見。この成分はマウスや他の動物の唾液にも含まれており、人間も含めて動物が傷口をなめる行為は、唾液による鎮痛作用と関係がある可能性が高いと結論づけたそうです。
今後はシアロルフィンというタンパク質など唾液に含まれる鎮痛に関連する成分を確定し、新たな鎮痛薬の開発につなげていきたいということです。この半年くらいの記事だけでもこんなにユニークな昆虫から得た知恵が様々な分野で活用され始めています。昆虫侮れません。
(出典)
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■ケネソー州立大学プレスリリース
https://news.kennesaw.edu/stories/2021/ksu-biology-research-ants-published.php
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■株式会社KRIプレスリリース
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■東京大学共同発表:蚊の匂い受容体で呼気診断
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■生理学研究所プレスリリース:蚊やマウスの唾液の鎮痛効果のメカニズムの発見