1月7日から始まった新型コロナ感染拡大にともなう首都圏第2回目の緊急事態宣言もようやく3月21日で解除となりました。3月といえば卒業、退職、引っ越しなどの別れ月。通常だったら連日送別会が行われる時期。そんな渦中に解除しても大丈夫なんでしょうか。といいつつも、もはや首都圏では「緊急事態宣言」の縛り感がほとんどなくなっています。先日久々に午前中から会合があって電車に乗ったところ思わぬ混雑で驚きました。新型コロナウイルスも変異種が次々と生まれてこれまで以上に感染しやすくなっていると聞くと、外出は徹底した感染対策をこころがけないと明日は我が身だと感じます。解除せざるを得ないのでしょうが、政府はその代償を国民に押し付けているだけにしか思えません。病床の数を増やしましたとか、ワクチン摂取のスケジュールを早めましたとか、目に見える対応が求められます。
そんな状況でも4月から学生たちは新学期が始まります。昨年はその直前の2020年2月27日、安倍内閣総理大臣は全国すべての小学校、中学校、高等学校、特別支援学校などに3月2日から春休みまでの臨時休校を要請。4月以降の入学式や新学期においてもさまざまな自粛要請が課せられました。今年は昨年ほどの自粛要請はなさそうですが、その対応策は学校関係者に委ねられています。ただこんな状況だからこそ教育現場にも進化が始まっています。教育(エデュケーション)をIT技術で進化させることを「エドテック(エデュテック=EdTech)」と呼んでいますが、これまでの教育現場をITで置き換えることで「教育の価値観」や「プロセスそのもの」を変えてしまう教育のアップデート「学校2.0」が起きています。
■「学校2.0」世界のエドテックの主な技術とは、、、
「学校2.0」に欠かせないエドテックで注目の主な技術は以下の3つと言われています。
(1)オンライン学習
新型コロナ感染拡大防止のために自宅での仕事や学習が余儀なくされ「リモート」が当たり前になっています。これまでもネットを通じて生徒と教師がコミュニケーションしながら学習をすすめる「オンライン学習」は行われてきましたが、リモート学習が普及していろいろな問題点も浮き彫りになってきました。例えば「生徒の顔色がよく読めない」「モチベーションを保ちにくい」「画面ばかり見て疲れる」など。同時にこれらの課題を処理できる家庭環境やツールも充実してきています。さらに「オンライン学習」では生徒同士のコミュニケーションが先生を助けることがわかってきています。生徒同士で助け合う状況がこれまで以上に生まれやすくなってきたのです。
(2)アダプティブラーニング
アダプティブラーニング(Adaptive Learning)とは、生徒一人一人の学習状況をフィードバックしながら即時に教育内容をオーダーメイドに組み替えていく技術のことです。これまで先生がそれぞれの生徒の強みや弱い部分を把握しながらそれに応じて課題を出したりしてきましたが、これをAIなどシステムが解決してくれます。先生の負担が減り、それぞれの生徒の強みをより伸ばす教育が期待できます。専門家の試算ではアダプティブラーニング市場は2025年末までに約55億ドル(約6千億円)に達すると言われています。
(3)バーチャルリアリティ
バーチャルリアリティ(Virtual Reality :仮想現実)はヘッドマウントディスプレイを装着して3次元的な空間のなかで学習できる方法になります。これまでは課外授業などでこうした体験をしてきましたが、これからはオンラインを活用することで自宅でも生徒全員が同じ体験を共有することができるようになります。
例えば、アマゾンの密林で生物の生態観察を体験するとか、八ヶ岳の山頂で夜の星座を観察するとか、こうしたことが誰でも疑似体験できるようになります。
■「学校2.0」世界の注目エドテック企業はこれだ、、、
こうしたエドテック技術を実現させている世界的な企業をいくつか紹介したいと思います。
◎Byju's(ビジュズ):インド
インド最大のオンライン学習企業。2011年にByju Raveendran(ビジュ・ラヴェンドラン)氏が創業。インド全土で低価格な動画コンテンツ、模擬テストなどを提供することで、インド全土に拡大しました。特にDisneyとの提携でディズニーキャラクターを活用したオンライン教材が豊富で、インド人が人生で最初に触れるオンラインサービスは「Byju's(バイジューズ)」だと言われるほどになっているそうです。
昨年9月にはアプリには6400万人以上の学生が登録しており、年間420万人の有料購読者を獲得。外部企業からの1000億円規模の投資が実現する注目企業となっています。
◎Zuoyebang(作业帮:さぎょうパン=中国よみ:ズォイェバン):中国
2014年中国創業のオンライン教育企業。創業当時は検索サービスでおなじみの「バイドゥ(百度)」傘下で始まりましたが、そこからスピンアウトして新たなオンライン教育の道が始まりました。ここ金つぶでも1月に紹介した「宿題アプリ」が大爆発し、中国内の5~14歳の人口約1億7000万人の半数以上が利用していると言われています。
宿題アプリとは宿題で出た問題や知りたい問題をスマホで写メ撮って送るだけで、その回答を探し出して解説とともに返信してくれるサービスです。基本無料ですが、有料コースを選べば、人間の講師が出てきてその問題についていろいろ解説までしてくれたり、お気に入りの講師をリクエストもできるそうです。
作業帮(作業パン)とユーザーを二分しているサービスに猿輔導(エンホド=おさるコーチ)の「小猿捜題(コザルけんさく)」というサービスもあります。
◎デジタル・ナレッジ:日本
日本にも注目のエドテック企業があります。2000以上の導入実績を誇る日本のeラーニング専門ソリューション企業である「デジタル・ナレッジ」は、昨年1月、アダプティブラーニングの元祖「Knewton(ニュートン)社:企業名:John Wiley & Sons, Inc.,)と業務提携を果たし、学習者に最適化された学びの提供を開始しています。
「Knewton(ニュートン)」はアメリカのアダプティブラーニングの先駆企業で、独自の教育最適化エンジンを開発運営し、世界中の教育IT企業にエンジンを提供しています。
一人ひとりの学習者の単元に対する理解度の変化を常に計測し、目標達成すれば次の単元に進む「ナレッジグラフ評価サービス」と限られた時間内で、一定の学習内容の理解を定着させるのに適している「系統トレースサービス」を兼ね備えています。
■「宿題アプリ」は先生の役割や生徒のモチベーションを変える
「学校2.0」=学校のアップデートは、これまでの教育現場をITで置き換えることで「教育の価値観」や「プロセスそのもの」を変えてしまうと言いましたが、それはどういうことなんでしょうか。
これまでは宿題が出されると、教育レベルの高い生徒は、その問題に関係ある教科書の解説を見つけ出したり記憶を蘇らせて解答を導き出すことができますが、教育レベルが低いと記憶もされていないし教科書から見つけ出すこともできないためだんだん宿題が嫌いになっていくことになります。ここでの教師の役割は何かといえば、問題が出されたときに、その問題を解くための知識がどこにあるかの連想記憶をどんな生徒にでも身に着けさせるサポートということになります。
人間も含めて動物は自分が経験したことの記憶をたどって物事を判断するように設計されていますので、経験がないものについては原則判断(回答)はできません。つまりこれまでの先生の役割は、家庭だけでは得られないさまざまな経験をできる限り多く学校で提供することでした。その経験を活用することでさまざまな問題や課題を解くことができるようになるからです。
しかしこうした経験をすぐに活用できる生徒もいれば、なかなか活用できない生徒もいるわけです。ここには生徒それぞれの「モチベーション」が関係していると言われています。
さきほどの「宿題アプリ」について改めて考えてみたいと思います。先生から様々な知識を教えてはもらいますが、覚えるモチベーションの低い生徒はどこに何があったのか忘れてしまいます。でも「宿題アプリ」を使えばその知識がどこにあったかをピタリと検索してくれるのです。ピタリと検索してくれるということがモチベーションとなって誰もが利用します。先生が教える知識よりずっと記憶に残る可能性があるうえもっと調べたくなってしまうかもしれません。つまり「宿題アプリ」は先生の役割や生徒のモチベーションを変えてしまったんです。
これは先程の生徒のモチベーションに応じた知識の蓄積がされる「アダプティブラーニング」においても同様の効果が発揮されることになります。
■「学校2.0」は教育のリワイヤリング、、、
新型コロナ感染拡大防止のため、全国の学校ではこの1年さまざまなIT導入が検討されました。一部の学校では子どもたち一人ひとりにすでにタブレットなどの情報端末が与えられていたため、これまでどおりのオンラインによる予習復習に加えて授業の代わりのオンライン学習などでの強化で教育の質をそれほど落とさずに進められました。その一方、こうしたICT環境が整備されていない学校では、先生が紙のプリントを持って感染を恐れながら各家庭を回ったり、それを受けた親の手間が増えて不満が爆発するような事態が次々起きるなど、教育の格差が浮き彫りとなっていったそうなんです。
そこで改めて考えさせられたことは「そもそも学校とは何なのか」ということだったそうです。政府はすでに令和元年(2019年12月13日)に「子ども1人に1台の端末と高速大容量の通信ネットワークを全国の小学校に整備する」ことを実現させる「GIGAスクール構想」が閣議決定され、それぞれの自治体や教育現場でどう対応していくか準備が始まっていました。これが新型コロナの感染拡大でスピードアップされることになり、さらに「学校とは何なのか」「教師とは何なのか」「教育とは何なのか」を改めて考える必要が出てきたというわけです。
学習プロセスのひとつに「反転学習」というものがあるそうです。通常の授業では、先生が教壇で全員に様々な知識を教え、宿題を出して個別能力にあわせた学習強化を行いますが、反転学習では、先生が教壇で行ってきた基礎知識は自宅で動画などで学習させ、授業ではそこから導き出されるさまざまな問題について生徒同士が話し合ったり個別強化を行っていくものだそうです。先ほど取り上げた「宿題アプリ」はまさにこの「反転教育」に絶好のツールになりつつあります。
「GIGAスクール構想」に拍車がかかり、教育現場でのIT環境も急速に整い始めてきています。先生の基本授業は動画などで自宅学習できます。またインターネットを活用することで生徒それぞれの資質にあった知識が蓄積できます。そこから導き出された個々の生徒たちに興味あることや課題を「反転教育」で補っていく。これはまさに先生や生徒と知識や教養のリワイヤリング=紐付け方のアップデートと言えます。
この「教育のリワイヤリング」こそが、まさに学校という教育の仕組みをアップデートする「学校2.0」になっていくのではないかと思います。ただ教育現場ではまだいくつかの課題を抱えているでしょう。一人1台PCの普及が遅れている学校も少なくありませんし、基本授業の動画撮影やオンライン化などの作業が進まない学校もまだ多いかもしれません。でもいまこそ生徒たちが学校で学ばなければならないことは、さまざまな知識や知恵や経験はインターネット上にあって、それをどう活用するかなんです。これまでの教育が「限られた知識を先生の言われたとおり活用する」だとしたら、これからは「インターネットで共有された世界の膨大な知識や知恵を個々の資質に合わせて活用する」なのではないかと思うのです。