もはやAI(人工知能)によるさまざまなサービスはあたりまえになってきています。今年もAIの進化はさらに加速していくことは間違いありませんが、ここでみなさんにもうひとつ注目しておいてほしいIT技術があるわけです。それが「量子コンピュータ」です。なぜ「量子コンピュータ」が注目なのかといえば、ひとつにはこれが実現するとAIの進化がさらに飛躍するからなんです。
正直「量子コンピュータ」のしくみは非常に難解で、僕のような専門家でもない人間が解説するのはおこがましい限りですが、でもそんなわけがわからない技術がいよいよ我々にも身近になろうとしている、いよいよ「量子コンピュータ」が今年1年間で飛躍的に進化する可能性がありそうだ!ということでラジオでも正月明けに取り上げましたので、今回はそのまとめです。
■現在のコンピュータはどうなっているのか・・・
「量子コンピュータ」を説明するには、現在我々が使っているコンピュータと比較する必要があります。まずいまや日常的に我々の生活にかかわっている「コンピュータ」と言えばどういうものでしょうか? インターネットを見るためのパソコンやスマートフォンは代表的なコンピュータのひとつですね。これで文章を書いたり絵を書いたり印刷したりもしていますね。会社の売上や利益率、その経年変化なども計算しますね。つまり、コンピュータは我々がふだんやっていることを「高速」で「計算」してくれたり「代行」してくれたりするものだというわけです。
こうした現在のコンピュータのしくみの原型は、イギリスの数学者のアラン・チューリングが第2次世界対戦など暗号解読にも応用された「チューリングマシン」と言われる計算アルゴリズムだと言われています。アルゴリズムとはものごとを効率よく解決するための手順のこと。こうした手順(アルゴリズム)をそのまま機械に置き換えたものが、現在われわれが手にしているコンピュータで、これを「ノイマン型コンピュータ」と呼んでいます。我々が通常やっている手順を、演算装置やメモリを使って、命令を順次解釈して実行していくというしくみです。
つまりノイマン型コンピュータは、命令やデータをひとつひとつ処理していくため、情報量が多くなるほど演算回路の密度を上げていかないと同じ速度で処理ができなくなります。そのためデータが多くなっていくことに対応して、コンピュータが我々の生活に入り始めた1980年ころから、世界中が技術力を発揮して回路の集積度を限りなく上げ続けてきたわけです。
ところが40年たったいま、ついにその集積技術も限界が見えてきたんです。つまり、このままデータが多くなると、ノイマン型コンピュータでは対応できなくなってくる時代に突入するわけです。
■量子コンピュータには「量子の重ね合わせ」と「量子のもつれ」がある・・・
そこに登場するのが「量子コンピュータ」、つまりこれまでのコンピュータとはまったく構造が違う「非ノイマン型コンピュータ」なんです。「量子コンピュータ」なら、いまのコンピュータが何百年も何千年もかかるような計算を、集積技術をアップしなくてもあっというまに解くことが可能になります。
そのしくみにはエネルギーの最小単位とも言われる「量子」の性質が大きく関わっています。例えば、一滴の水をどんどん細かくしていくことができたとしたら、これ以上細かく分けられなくなった最小の状態を「分子」といいます。水の「分子」は水の性質を持った最小の単位になります。この「分子」を構成するのが「原子」と呼ばれるもので、原子は「電子」や「陽子」「中性子」が組み合わさったもの。この原子を構成する「電子」「陽子」「中性子」などをひとまとめに「量子」と言っています。
この量子の世界では、我々の世界の物理法則とはまた別の法則でものごとが進みます。つまり「量子コンピュータ」は、そのありえない性質を応用することで超高速にものごとを処理できるようにしたものになります。
まず我々の世界ではある瞬間に0と1が同時に起こることはありませんが、量子の世界では0と1が同時に現れるそうなんです。これを「量子の重ね合わせ」といい、1つの量子で2通りの状態を同時に表すことができるので、2つ量子があれば4通り、4つあれば16通りの状態を一度に表現できることになります。こうした量子の性質を使うことで、これまでのコンピュータの何百倍何千倍にもスピードがアップするというわけです。
もうひとつ量子の特徴に「量子のもつれ」という現象があります。これはある量子を操作するともつれ状態にある別の量子にも影響が出るという現象。これをうまく利用すると同時にいくつもの操作=つまり計算ができるようになるというわけです。こうした量子の特殊な性質を活かして作られるのが「量子コンピュータ」となるわけです。
■量子コンピュータにはどんなものがあるか
「量子の重ね合わせ」や「量子のもつれ」などの量子の特殊な性質を活かして作られた「量子コンピュータ」ですが、そもそも完成されているんでしょうか。実は量子に関してはまだまださまざまな不明な現象があり、量子の使い方に関してもさまざまな方法が考えられているため、これが「量子コンピュータ」というひとつのものには集約されていないのです。テレビの録画装置としてVHSデッキやベータデッキ、DVDデッキ、Blue−Rayデッキなどが並行してあったように、現在はあくまでこれまでの「ノイマン型コンピュータ」に使われてきた「半導体チップ」を利用されたものが中心となってさまざまなしくみの「量子コンピュータ」が開発途上になっています。
それでは現在公開されている主な「量子コンピュータ」にはどんなものがあるんでしょうか。従来のコンピュータの心臓部である演算装置は「CPU(Central Processing Unit)」と呼ばれますが、「量子コンピュータ」の演算部分は「QPU(Quantum Processing Unit)」と言われ、この「QPU」を半導体を使って実現するためには「超電導」状態が必要となります。そのためには極限まで冷却して電気抵抗をゼロにする「超低温(−273度)」状態が保たれる必要があります。さらに計算する際に発生するノイズの除去方法などの課題も加わります。なのでこれらを実現できているのは、こうした設備を持つ企業や研究施設のみになっています。
そのひとつが、2011年にカナダのD-Wave社が公開した、機能を限定した128量子ビットの量子アニーリング方式のコンピュータです。なんとこの量子アニーリング方式を発明したのは東京工業大学の西森秀稔(にしもり ひでとし)教授なんです。これは現在2000量子ビットにまで改良されており、先程の計算で言えば、2の2000乗のことが同時に行えるということになりますね。ちなみに日本のNECも、D-Wave社と協業して本格的に量子コンピュータ領域に本格参入すると12月20日に発表しました。
また汎用型と呼ばれる量子ゲート型コンピュータでは2016年に公開し、昨年9月には53量子ビットにまで開発が進んでいる「IBMーQ」があげられます。汎用型はアメリカや中国の研究機関による開発が多いようです。
実はこうした流れの中でこういった研究施設が、誰でも試すことができるように量子コンピュータの「クラウドサービス」も公開が始まっています。D-Waveは「Leap」というサービスを公開。例えばD-Waveと同じ「量子コンピュータ」を設置するには1500万ドル(約17億円)程度かかるそうなんですが、これがクラウドだと1カ月あたり1分間分までならば無料、1時間あたり2700ドル(約30万円)払えばいつでも使えるそうです。高額な先行投資なしに量子コンピュータの開発や研究ができるようになってきたのです。これが我々をさらにに「量子コンピュータ」を身近にさせることとなっています。
また「量子コンピュータ」そのものはコストやリスクがかかるという企業のために、従来のコンピュータ上で「量子コンピュータ」と全く同じしくみや計算をシミュレートできる「シミュレータ」サービスも多数公開され始めています。その中のひとつに「blueqat(ブルーキャット)」というオープンプログラムがあります。オープンなので誰でも登録すれば無料で使えます。これで「量子の重ね合わせ」や「量子のもつれ」がプログラミングで体験できます。時間は本物の「量子コンピュータ」のようにはいきませんが、答えは本物と変わらず出るそうです。これは量子ゲート型(汎用型)の量子コンピュータのシミュレータですが、量子アニーリング型のシミュレータも「Wildqat(ウィルドキャット)」というのが用意されています。プログラミングにはpython(パイソン)という現在AI(人工知能)などにも使われている言語が使われているため、プログラミングをかじったことがある方ならすぐに始められると思います。
■量子コンピュータが期待される分野〜これから
こうして「量子コンピュータ」が思いのほか身近になってきたことがおわかりになったと思いますが、肝心の「量子コンピュータ」の活用分野はどういったところにあるんでしょうか?
現在考えられる分野では、まずなんと言っても「AI(人工知能)」の分野。これについては「量子コンピュータ」の実現で飛躍的なAIの進化が期待されます。たとえば名人棋士を負かした「アルファ碁」は、その能力を発揮させるために、約1000台のコンピュータをつなぎ合わせて25万ワットもの電力がかかったとあります。運用費用は30億円にものぼると・・・。それが量子コンピュータになれば、超高速に判断できるようになるわけですから、量子コンピュータの設置費用を別に考えれば、限りなくゼロに近づきます。これまでできなかった汎用型の人工知能の開発=つまり囲碁が打ててお料理もできて自動車の運転もできるような多機能な人工知能の開発も始まることになります。当然ながらGoogleやAmazonなどが積極的に参入を始めています。
また大量の情報データを分析しなければならない分野として「化学」の分野では、新材料や新薬の開発において分子の並べ方を瞬時に計算することで全く新しい素材が見つかると期待されています。また交通制御などの「モビリティ」分野にも「量子コンピュータ」は成果を出すと期待されています。大都市の交通規制をリアルタイムで制御できるようになるので、全部の車が自動運転で動く、交通事故ゼロ社会が実現できます。
同様に「金融」分野でも世界の金融市場の最適化が同時に行えるようになるかもしれません。そうなればゆくゆくは世界共通の貨幣ができるようになるかもしれません。こうした分野にもGoogleやAmazon、Facebookなど世界的なコミュニティ企業が続々参入を始めています。
量子暗号による全世界の個人データが安全に運用できるシステムも実現できるようになるでしょうから、自分の病気や体調にあった医者や医療が世界のどこにあるのかもたちどろこにわかるようになるかもしれません。
さらには量子コンピュータで実現される「量子のもつれ」で現れる「量子テレポーテーション」を応用することで、あるものを別の場所に一瞬で届けるようなことも実現できるようになるかもしれません。
■量子コンピュータで侵食される分野・・・
ただし「量子コンピュータ」だからといって良いことばかりではありません。ひとつはこれまで解けないとされて日常的に銀行などで利用されている「公開鍵暗号方式」の暗号が解けてしまう可能性が出てきます。これは仮想通貨で使われているブロックチェーン技術も破られてしまうほどの威力です。それに対抗する解けない暗号を作り出す必要が出てきますが、現時点ではそれができるかどうかまだわかっていません。
またこれまでの従来型コンピュータでも計算できるものの多くは「量子コンピュータ」になったからと言ってそれ以上に早くならないものもあります。例えば円周率を何億桁まで出すことは早くなりますがいつもみなさんがやっているエクセルでの表計算などはさほど早くならないでしょう。そもそもそんなことに「超電導」状態や「超低温」状態で計算させることがナンセンスです。
ただ、常温で「超電導」状態を実現させる研究も続けられています。近い将来にはノートブック型の量子コンピュータが実現する可能性は十分あります。そのためには我々は何をしておかなければならないのでしょうか。
イスラエルの歴史学者・ユヴァル・ノア・ハラリ氏によれば、これからの人類の未来像を描いた著書「ホモデウス」で、人類はついに遺伝子工学や人工知能(AI)、量子コンピュータなどの武器を得て「ホモサピエンス」から「ホモ・デウス=神のヒト」になると言及しました。さらに最新著書である「21Lesson(レッスン)」では、こうした武器を正しく活用するための21のレッスンが必要だと解き明かしています。
便利なものが生まれれば必ずそれを悪用するものも現れます。人類の歴史はその繰り返しです。それで平和にも戦争にもなります。我々はそんな途上にいるのです。これからの「量子コンピュータ」の動向から目が話せません。