■AIは「ホモ・デウス=神のヒト」への1歩・・・
全世界で800万部を超える大ベストセラーの「サピエンス全史」(2016年刊)は、7万年の我々人類の進化の歴史を壮大なスケールで描いたものでしたが、その著者のイスラエルの歴史学者・ユヴァル・ノア・ハラリ氏が昨年(2018年)出版したのが「ホモ・デウス」。これは「サピエンス全史」の続編という位置づけで、これからの人類の未来像、つまり、遺伝子工学や人工知能(AI)、量子コンピュータなどの武器を得て、人類は「ホモ・サピエンス」から「ホモ・デウス=神のヒト」になるという未来像を描きました。
ハラリ氏によれば、人類が遺伝子工学や人工知能(AI)、量子コンピュータなどの武器を得て、「創造主」のような力を手に入れ、まさにいま、「生命に関わる根源的な法則」を変えようとしている、すなわち「人類史上もっとも重要な決断が目の前にある」というのです。
今年2019年元日の日経1面も「つながる100億の脳」と題して、iPS細胞から作った人工脳の話と脳と脳を繋ぐ「ブレイン・ネットワーキング」の記事から始まりました。今年はいよいよ人工知能(AI)が人間を超える時代=「シンギュラリティ」へ一歩踏み出すのか、人工知能(AI)が「生命に関わる根源的な技術」にどこまで近づいてきたのか、そんなAIとどう付き合っていけばいいか、改めてみなさんと考えてみたいとおもいます。
■AIがこの3年で変わったこと・・・
人工知能(AI)が話題になってきたのは、もうかれこれ3年前の2016年ころからでした。その後AIに関連したフィンテックや仮想通貨、ブロックチェーン、自動運転などもだんだん我々の耳に入るようになってきて、2016年3月にGoogleの「アルファ碁」が囲碁でイ・セドル氏を倒したことでAIに更に注目が集まるようになりました。それでも当時は「三井住友銀行がIBMの人工知能「ワトソン」を活用したコールセンター業務を始めた」とか「国立情報学研究所の「東ロボくん」が大学入試センター試験模試で東大入学には及ばないが、数学と世界史の計3科目で偏差値60を超える成績を記録したなどが主なAIの活動だったように思います。
当時、AIの進化で注目すべき分野は「医療」「農業」「自動運転」だと言われていましたが、このあたりは現在もその方向で進んでいるでしょうか。人間と人工知能の役割分担としては「人工知能は知識、人間は知恵」だということもいまでもそう言い切れるのでしょうか・・・。
とにかく一番変わったこと、それは「AIが本格的に我々の生活に密着してきていること=AIは日常」だということではないでしょうか。3年前はまだ、AIの活躍は他人事だったような気がします。ところがいまや、自動運転のタクシーはほぼ実用化が始まっている、AIによる画像認識カメラで万引き防止も始まっている、がんの早期発見にもAIが使われ始めている。キャッシュレス決済にもAIによる顔認識が導入されている。ひいては会社の人事マネジメントにまでAIが導入され始めている。AIと向き合っていかざるを得ない状況があると思うのです。
■身近になったAIとはどんなものか・・・
誤解をおそれず言えば、まさに今年は「AIが我々の生活になくてはならないものになると受け入れる年」なのではないかと思います。印刷技術が発明されて、それまで筆記をしていた人が職を失い急速に生活に印刷物が入り込んだように、蒸気機関車やガソリン自動車が発明されて、我々の生活範囲が一気に広がったように、コンピュータや携帯電話が発明されて、コミュニケーションや情報のありかたが変わったように、AIによって我々の生活が一変することを受け入れる心構えが必要だと思います。
ちなみに私は現在、AIのしくみや考え方をプログラミングの観点から解説する「AIプログラミングセミナー」を毎月行っているんですが、参加される方々はごく一般的なサラリーマンで、特にプログラミングの知識がなくても、そのしくみを学んで、こんなにも身近なことなんだということに感激されるんです。そんな身近になったAIとはいったいどんなものなんでしょうか。
■強いAIと弱いAI
改めてAI=人工知能についてどんなものなのか、わかりやすく解説してみたいとおもいます。
AIとは「人工的にコンピュータ上などで人間と同様の知能を実現させたもの」のことをいいますが、一般的に「強いAI」と「弱いAI」があることを覚えましょう。
強いAI:汎用AI:人間と同じように考えて行動することを再現しようとするAI(いわゆる人間同様の知能が実現)
>>アニメなどで出てくる人型ロボットなどに搭載されているものですが、まだ実現されていません
弱いAI:特化型AI:特定の分野のデータを解析してその中から特徴やルールを見出し予測や判断するAI(知識のレベル)
>>AlphaGo、自動運転、お掃除ロボット・・・現在AIというとこちらのことを指します
AIに学習させる(機械学習)とか、ディープラーニング(深層学習)させるというのは、この弱いAI(特化型AI)へのアプローチの手法のひとつのことになります。
■機械学習(Machine Learning)とニューラルネット
AIを活用するためには、いわゆるビッグデータなどを読み込ませて、その中から規則性や判断基準を見つけ出し、それを使って未知のものを予測することになります。これを「機械学習」といいます。例えば、スパムメールを見つけ出す、猫の画像を取り出す、翻訳する、病気診断するなど、それぞれの内容に応じて学習させる内容も変わります。
この機械学習をどうやってやるかなんですが、ここが3年前と全く違っています。以前は、まず膨大なデータを人間が指示をして分類させます。例えば「ヒゲが生えている」「耳が立っている」「全身に毛がある」などです。そして分類された写真データを元に、新たな写真を見たときにどの分類に「確率的に」近いかを判断させていました。
こうしたAIへの確率的アプローチと並行して、人間の脳の神経回路の動きをコンピュータ上にそっくりシミュレートさせてみたらどうなるんだろうという研究もされてきていました。これがコンピュータの性能の向上で、2016年ころから一気に研究が進み、人間のニューロン(神経回路)をモデル化(パーセプトロン)して学習させたり判断させたりすることができるようになったんです。これを「ニューラルネット(ワーク)」といいます。
人間の脳には千数百億個のニューロンがあると言われていて、ひとつのニューロン(神経細胞)が受け取った信号を別のニューロンに伝えることでさまざまな複雑な結果(信号)を判断しています。これをそっくりコンピュータ上に作って動かしてみたら、なんと人間と同じような判断ができるようになっちゃったんです。
ちなみにコンピュータ上に数千億個のニューロンは作れませんが、ミツバチには96万個のニューロンで空を飛んだりはちみつを集めたりできますし、みみずのような線虫は302個しかニューロンがなくてもちゃんと栄養を補給して生きています。現在のコンピュータ上には、ミツバチに迫るくらいのニューラルネットの実現ができ始めているんです。
このニューラルネットが3年前の確率的に判断する人工知能との大きな違いは「人が分類の指示を出さなくてもAIが自分で分類できるようになった」ことなんです。つまりこれは、事前に「ネコ」であると人工知能に指示しなくても、同じようなものを集めて勝手に名前をつけて、それが人間は「ネコ」と言っているらしいね、とまでできるようになっているというわけです。しかもその人工知能(ニューラルネット)は、さらに判断の経験を積めばそれも学習してどんどん判断レベルが向上するようになったんです。まさに人間の脳と同じ動きをコンピュータ上で実現できてしまったというわけなんです。
■AIが労働を変える(HRテック:人事、組織運営・・・
まず、AIが変えようとしていることの一つに「会社の人事」「組織運営」があります。
すでに数年前から人事・経営の分野では「ヒューマンリソーステクノロジー(HRテック)」「ピープルアナリティクス」という言葉が飛び交っていて、人材に関するビッグデータをAIが解析してその企業のニーズに合った人材を採用したり、適材適所の効率化を図り成果を出している会社が続々登場しています。
調べによれば、ソフトバンクは2017年の採用からIBMのワトソンの自然言語処理のAIツールを使って応募者のエントリーシートを読み込ませて初期選考の効率化を図っているそうです。これによってエントリーシートの確認作業の時間を75%削減出来、かつ読み飛ばしも防ぐことができるようになったそうです。
また「HireVue(ハイアービュー)」というアメリカ生まれのAI人事ソフトは、録画された動画面接映像を直接読み込んで、AIが音声と映像から分析して、それぞれの会社に最適な人材を探し出すことができるそうです。米国IBM、Apple、Amazon.comなど世界の名だたるグローバル企業700社以上で導入されているそうです。
日本でも、タレントアンドアセスメント社が開発した「シャイン(SHaiN)」という人事採用ソフトが開発され、国内30社以上が導入。これは24時間いつでもどこでもスマートフォンさえあれば、応募者が動画で面接をアップロードするだけで、AIが分析判断して採用面接をしてくれるもの。これで応募者がそれまでの3倍以上になったという会社まであるようです。
ほかにも最近では社員の現状を可視化するためのAIツールの採用も目まぐるしいようです。これは社員に定期的にさまざまな質問を行ってその回答から、社員の健康状況や人間関係、仕事への愛着などをAIが分析して、仕事環境の最適化を図るとともに、離職を未然に防ぐことができるそうです。エン・ジャパンが開発した「HR OnBoard」では、企業の平均離職率が13.6%に対して、「HR OnBoard」を使ったことで半分以下の5.3%にすることができたそうです。
■AIが金融を変える(フィンテック:銀行、キャッシュレス・・・
続いてAIの進化でがらりと変わってしまいそうなのが、銀行やお金に関する金融テクノロジー(フィンテック)です。すでにモバイル決済やQR決済などが普及を始め現金を持たなくてもショッピングができるようになったり、お金をためておく場所も、これまでの銀行の預金口座から、LINEやフリマアプリなどのアカウントでもできるようになり、お金の流通が急速な変化を起こしています。でもそれはフィンテックの中のほんの一部の変化で、もっと大きな変化はAIが伴ったフィンテックで起きるんです。
まず「ロボアドバイザー」。いわゆるAIによる資産運用システムのこと。AIがこれまでの株などの動きのパターンを学習してこれからの予測をたててくれます。基本的には必要な条件例えば「リスクをとりたくない」「リターンを重視したい」などを設定すれば、最適な投資方法をアドバイスしてくれて、決定は自分でやる「助言型」になりますが、その結果「1年で何%増やしたい」などの結果重視で運用もAIがめんどうみてくれる「運用型」もあります。すでに多くの方が利用を始めていて、特に初心者にとっては安心して資産運用できると好評のようです。
こうしたAIの金融への活用がプロの間でも起きています。金融大手のゴールドマン・サックスでは、2000年には600人を超すトレーダーが日々の株取引を行っていましたが、いまでは2人しかいなくなったそうです。その代わりにAIによる自動株式売買システムが株価変動や経済ニュースを24時間チェックして最適な瞬間に最適な価格で売買を行っているんだそうです。このAIシステムに変更したことで、人件費は年間300億円もの節約ができたということです。
AIによる自動株式売買は、いまや株価などの数字を追いかけるだけでなく、衛星写真の画像認識による解析から、田畑の育成状態やスーパーや小売店、レストランチェーンなどへの混雑状況まで独自に把握してトレードを実施しているそうです。
そんなことが災いしてか、今年の1月3日の早朝にドル円の為替レートが1ドル106.5にまで急激に下げたのをご存知でしょうか。前日が1ドル109円台だったので、一晩で3円も動くことは常識的には考えられないことなので、何が起こったのか話題になりました。
こうした現象を「フラッシュ・クラッシュ」と言うそうなんですが、専門家の分析によれば、これこそが「人工知能(AI)による円買い」だったようなのです。たまたまある方のAIが円を買い始め、ほかの参加者が薄かったこともあって、その歯止めが効かなくなってしまったということだったそうです。AIがトレードを始めたことで、こうした人間だけでは起きない現象も今後起きていく可能性があるということを認識しておく必要がありそうです。
■AIが産業を変える(ロボテック:自動運転、ロボット・・・
もうひとつご紹介する、AIによってものすごく大きな変革が起きるところ、それはさまざまな場所におけるロボットによる人間との置き換え=ロボテックです。
これまでもいわゆる工業用ロボットは全世界の様々な分野で活躍してきました。でもこれらのロボットは、あくまで人間が操作をして人間が出せない力や計算を補うものでした。ここにAIが加わることで人間の操作が必要なくなり、完全に人の代替えが実現します。
その典型的な例が、群馬県にあるプリンタ部品を製造するOKIデータの工場にあるそうです。それが「セル生産方式」の作業をそっくり代替えしてくれる部品組み立てロボットです。
「セル生産方式」とは、一人の作業員が部品を組み立てて一つの製品に仕上げる方式のことで、部品の種類や組み立て方の複雑さから、これまではロボットではなかなかうまくできませんでした。ところがAIの登場で、組み立て動作や作業の時間短縮のデータを学習させると、AIが自分で分析して最善の方法で組み立てていけるようになったそうです。これをすべてのパターンをいちいち覚えさせようとすると、動作の種類が487通りあり、組み立て工程が400ステップあることから、487の400乗のパターンを教え込む必要があり、とても実現不可能だったものが、AIが自分で学習することで実現できるようになったわけです。
現在ではこのセル生産ロボットは、さらに自分でも学習し、人間以上の効率化がはかれ、これまでの作業時間を15%も削減できるようになったそうです。
このように人間の単純作業の代替えをロボットにすることで、さまざまな産業の自動無人化が実現していきます。農業の自動化やタクシーなどの自動運転はもとより、コンビニの無人化、さらにはオフィスにおける単純作業のオートメーション化、例えば送られてくるFAXを内容によって部署ごとに仕分けするとか、定時レポートの作成とか、こうしたパソコンの自動操作のことを「RPA(ロボティックプロセスオートメーション)」と言い、いまやオフィスまでをも含む企業現場でのAI活用に拍車がかかっています。
■量子コンピュータでAIの速さが変わる
そのほか「教育」や「医療」「治安」などの分野においても、AIの導入で、どんどん効率的で便利になっていくなか、さらなるAIの進化のためになくてはならないのが「量子コンピュータ」の登場です。
現在のコンピュータはいわゆる数学者のフォン・ノイマン氏が考え出した原理が元にになっていることから「ノイマン型コンピュータ」と言います。これはメモリに0と1の並びを格納してデータと命令を順番に実行していくものです。なので通常は1つの命令を実行しないと次の命令は読み込まれません。
そこで、同時に並列で命令を読み込ませていくつもの命令を同時並行で処理させることで処理能力をアップさせたのがスーパーコンピュータです。でも大量の並列処理をさせるためには、機械が巨大になるとともに電力が膨大にかかってしまいます。
これを超越させたのが量子コンピュータです。量子の特殊な現象(重ね合わせ現象)を利用することで、たった一つの処理だけでいまのパソコンの1億倍の速さで計算ができると言われています。
すでに世界では量子コンピュータが開発され実用化も始まっています。有名なものでは、カナダで創業した量子コンピュータメーカーの「D-Wave Systems」があります。これは、日本の東京工業大学の西森教授の研究室で開発された「量子アニーリング」という理論に基づいて実現させたものだそうです。
ただし量子の特殊な現象を起こるようにするために、素子を絶対零度に近くまで冷却する必要があるなど運用についてはまだ大変なため、誰もが持てるようにはまだなっていません。
しかし量子コンピュータがどんどんコンパクトになって実用化されていくことは間違いなく、現在のパソコンの1億倍もの処理スピードになることで、AIが日常化した社会はさらに進んでいくのです。
そんな日がもう間もなく訪れようとしています。AIにどんどん置き換えられていく中で、我々は何をしていけばいいのか、真剣に考えて行かねばならないのかもしれません。