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VRが進化すると人間の存在意義が気になってくる!?:第42回トンコネ・ジャム

2016/05/28 10:00
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土屋夏彦

radikoが有料で全国が聴けるようになり、いよいよ聴き逃しサービス「タイムフリー」も始まるかと思いきや、2016年になってしまいましたが、AMが在京3局も含め順次ワイドFM化を始め、TOKYOFMグループのi-dioもいよいよこの3月から始まるようで、今年の地殻変動はかなり大きいかも!
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ついにオバマ大統領が広島訪問。平和公園を訪れ、原爆慰霊碑の前に立ち、原爆の犠牲者たちに、花をささげ、核なき世界についての世紀のスピーチ。時代は進んでいると実感できる瞬間でした。

一方、ITの世界もめまぐるしい速さで進んでますね。人工知能の話題は毎週のようにニュースになりますし、ゲームや映像の世界もいよいよVR時代に突入、これはこれまでの世界観とは全く違う対応が必要のようです。

ラジオアナウンサーにしてIT使いのスペシャリストの吉田尚記さんを中心に、メディアの今を語り合う座談会「トーンコネクトジャム(略してトンコネジャム)」。

今回はこれからのVRやARの可能性を議論してみようと始めましたが、話題は人間の存在意義にまで発展。そんな世界を我々はどう進んでいけば良いのか・・・。

■VRとARの境界線・・・

>今日は最近話題のVRの可能性についてみなさんと語り合ってみたいと思います。

(吉田)VRの最大の可能性って、事務仕事とかにある気がするんです。例えば机、いまはここにしか無いんですが、VRでこうやった瞬間に周りが全部机になる。僕のEvernoteが10万枚あるとすれば、ばーっとそれを目の前に広げた状態で仕事ができる。こういう使い方にすごく意味あるような気がします。

いわゆるヴァーチャルオフィス。これまで広大なオフィスを作ってたじゃないですか。全員ヴァーチャル空間で仕事するようになれば、広いオフィスは必要なくなる。

>机に置いたものをチャッと手で払えば、綺麗に整理されちゃうとか・・・。

(吉田)じゃもう一回やってみようと言えば、デスクトップが元に戻るとか。僕はデスクトップが3Dになることの価値ってすごくあると思うんです。

(矢倉)タグを10個開いてる時に、いちいち切り替えなくてもこう(手で払うなど)やったら別のタグに切り替わるんだったらそれのほうが便利。

>実は僕は数十年前のニッポン放送時代、東大の坂村先生と仕事をしたとき、放送のコンソール(放送卓)をヴァーチャルにしてみようという取組みをしたことがあるんです。コンソールがヴァーチャルだったら、自分の使いやすいようにタップを並び替えたり、使わないところをなくしてしまうとかできるので、とても便利かなと思いました。結局作るところまでには至らなかったのですが・・・。

(加畑)30年くらいまえからそういうことは研究されているんですが、何がだめかということもわかっています。それは「触らないと人間って落ち着かない」というのをどうクリアすることなんだそうです。

目は騙せるが触覚を騙すのってかなり難しい。なのでキーボードのエミュレーションとか大変難しいそうです。スライダーとかつまみを回すとか、人間はモノがあるから回せるわけだというんです。

VRとかでつまみ(の絵)は出せるんだけど、つまめない。目の前にあるように見せるようなことは出来ても、人間がそれを触ろうとしても触れない。つまみだという感じを出すにはそこにつまみを置いておく必要がある。何も触らずに見た目だけある空間だとめちゃくちゃ疲れるということになるんだそうです。

>ということは感触というものはどういうふうになっていくんでしょうか?

(吉田)触覚については思うことがあるんです。その昔からいろいろな障害、知覚障害、聴覚障害などなどありますが「触覚障害」はないんです。何でだろうって調べたら、触覚障害になったら生きていけないからなんだそうです。触覚が命に一番近い器官。

触れていることがわからなければ、その時点で肉体が消滅していると考えるほかない。死んでいる状態。指切ってもわからない。生物の存在で一番重要な感覚は触覚なんです。

>先日ドラマにもなった小説ありましたよね。「無痛」(久坂部羊原作)だっけ。

(吉田)無痛兵士とかの話もありますよね。本当だったか話だけなのか忘れましたが、無痛兵士は作っても部隊を司ることができないんだそうです。自分の体の保持みたいなものができなくなる。体を個体として保持する考えがなくなってしまう。知らぬ間に両手両足なくなってしまっても前に進み続けるみたいな・・・。これは兵士とは言えない・・・。

(矢倉)感覚を失うと判断力が急激に下がるらしいですよ。脳内に計算はできているけど、それを自分の行動にフィードバックができなくなるそうです。

(吉田)とすると、ホーキンス博士が宇宙物理学者なのはそういうことなのかと思ってしまいますね。さまざまな感覚を放棄しているから抽象的な思考に長けるようになる・・・。学者は飯やファッションにむとんちゃくとか笑・・・。

僕はいま「アルファ碁」の話が超好き。超楽しくて何を考えてもアルファ碁以上に面白い話題がない笑。

(矢倉)ないですね。アルファ碁で価値観が変わりましたね。

(吉田)もとい、知覚障害者が空間把握のために使っている感覚は「触覚」なんですよ。手すりを伝わって歩く、ここに何がある、モノがある。空間把握は僕らのように目だけでやる必要はなく、目は2次元の網膜に3次元をヴァーチャルに投影させているだけ。

もっと言えばこの世の中は、4次元かも5次元かもしれないわけです。我々は、音の感覚で遠い近いを感じたり、目の中に3次元空間を想像で作り出しているだけですが、視覚障害者はそれを超えた4次元的な空間を生きているかもしれない。

最近そんなことが書いてある本を見つけてこれスゲーと思ったんですが「目の見えない人は世界をどう見ているのか (伊藤 亜紗 (著) 光文社新書)」これですよ。(http://www.amazon.co.jp/dp/4334038549)

(加畑)補足すると、人間の視覚を超えてこうなれば良いんじゃないかと作ったのがAR(拡張現実)。いま目の前にあるものは「お茶」に見える、そしてこれはキャップ。ここにリアルタイムで何かが投影して、キャップじゃなくて何かのつまみに見えるようにしてみる。これがAR。

さっきのVRだけの世界だとつまみもスライダーも何もないけど、ARだと何か他のものがつまみやスライダーにアサインされる。モノが存在する物理空間になるんです。そのためには、超高速なトラッキング技術や超高性能なマッピング技術が必要になってくるわけです。

人間が見たときのピントが合う合わないということを、完全に補正するようなものがないと使えないんですよ。近くにピントを合わせると遠くは合わないというのが人間の感覚。だからひとつのことに集中できるわけで、全部にピントが合ってしまったら、おぇってなる。見てる場所の周りはぼかしにするとかできるのが重要。

(矢倉)そっちの技術のほうが難しいかもしれませんね。

(加畑)VRのほうはオールバーチャルなので、処理は簡単だけど、ARで(空間を)トラッキングすることができれば、さまざまな個体に意味を持たせることができる。

(吉田)VRとARの境界って従来はあいまいだったはず。でもVRとARがつながる瞬間が来るんでしょうね。

>さきほどの話で、オフィスにVRを使うということで言えば、AR的な要素は必要かもしれませんね。完全にヴァーチャルで見た目がマンガのようなオフィスより、実際のオフィスの机とかが見えている状態で、その上にあるものに何かを投影するのが良いのかもしれません。

(加畑)目が悪くなったら世の中がどんどん見えなくなってくるじゃないですか。ところが目がよく見える人って世の中がボケて見えるという感覚がわからない。花火が綺麗に見えるとか、メガネをかけたことある人じゃないとわかんない感覚。

(矢倉)視力が悪いとどう見えるのかという感覚がわからない。

(加畑)ARだとそれがシミュレーションできる。目から入ってくる情報でそういったことができるのであれば、実空間とヴァーチャル・リアリティの組み合わせもありかもしれない。

■めがねは一番身近なAR・・・

>そう考えると、めがねはARなんですね。私の妻は結婚するまでメガネだったんですが、そのときは実はほとんど見えてなかった。ところが結婚するとき初めてコンタクトにしたことで、僕の顔がはっきり見えたと言ってました笑。コンタクト入れて一番びっくりしたのは、こんなに近くに人が行き交っていたんだと思ったそうです。そのくらいメガネの世界は拡張現実なんです笑。

(吉田)同じようなことで、目をつぶって街を歩くと、音がもの凄く近くに聞こえて、こんなに近くに車が走っているとか思ったことがあります。

(矢倉)ということは視力の悪い人のほうがVRやARになじみやすいとか笑。視力が良い人はかえって見難くなった感じなのかもしれない。

(加畑)VR空間では「身体性が失われる」という言い方があるんです。身体性を失わないようにするために、メガネを通じてみたときに自分の鼻が見えるように加工するんです。それだけで気持ち悪さが軽減されます。そこに自分の肉体が存在しているということが自分の鼻の先っちょだけで知らず知らずに判断されているということんなんです。

あ、めがねの大御所が来た笑・・・(ここから益子さん登場、益子さんはメガネ専門の雑誌の編集者をもやっています。)

(吉田)めがねはARだって話で盛り上がってます、(めがねを通した現実は)オーギュメンテッドリアリティ(拡張現実)だと言われれば、まちがいなく拡張されてますね。

>めがねによっていままではボケて見えたものが、はっきり見えるということは、その人にとっても現実を拡張していることなんでしょうか・・・。

(益子)ぼくはめがねはサイボーグのひとつだと思ってました。

(吉田)めがねとはサイボーグだと・・・。

(益子)肉体増強と言うか。

(吉田)ドーピングというか、メカトロニクスというか笑。そういうたぐいのものですね。考えてみれば。

(矢倉)ARこそがドーピングになってくるんじゃないですか?

(加畑)デジタルドーピング・・・。

(吉田)そう考えると、靴だろうが服だろうがもARだよね笑。実態を拡張させている笑。だからいまさらARは怖いとか言ってる場合じゃない。あなた靴履いてるじゃないですか、みたいな笑。

(益子)足速くなる靴を履いてますからね笑。

(吉田)そう言われると、僕らが履いてる靴も、足の裏が痛くないようにするデバイスなわけです。

>ARなんですねみんな笑

(加畑)VRではないですね。よっぴーがさっきARとVRがくっつくと言ってたけど、それがあるとすると、ARで見えるようにジェネレートする技術がVRという関係なんです。それをどんどん拡張していくと、見えているものはちょっとだけの現実と多数の作り物となっていき、最後全部が作り物になるとVRになる。リアルなもののインポートがどのくらいの割合かでARなのかVRなのか揺れ動くみたいな関係。作り物が50%を超えるとVRとか笑。

(益子)車が全自動化すると窓がいらなくなるという話を聞いたことあります。全部ビジョンにしてしまえば、そのへん走ってるのにカリフォルニアの風景が見えるとか笑。

(吉田)以前、元任天堂の方が4K映像を家の窓に配信するというの作ってるとか言ってましたよ。でもそれってただの4Kモニターですよね。窓から見る風景を四季に合わせて変えたり、配信も全部セットにしての窓サービスなんだそうですが・・・。ちなみにモニターじゃなくて、プロジェクターで壁一面に投影すると、そこにいると錯覚するんです。

(矢倉)それで一回、花見をしたことありますよ笑。

(吉田)かっこい、ヴァーチャル花見!! 今度やりたいですね。

(加畑)ヴァーチャル花火もいいね。

>先日、ドワンゴが運営する通信制高校の「N高」でVRヘッドセットでの入学式のニュースが流れてましたよね。あれはまさに沖縄が校舎で、そこに校長先生や担任の先生が並んでて、生徒たちは六本木のニコファーレに集まって、VRヘッドセットで入学式に参加してましたね。

(吉田)超いいな、僕N高に入学したいです笑。

(益子)吉田さんは、生徒じゃなくて先生でしょ笑・・・。じゃあVRしながら貧血で倒れる生徒もいるのかな笑・・・。

>今後どの通信制の高校もそうなっていくかもしれませんね。

(加畑)そのとき、さっき話したこと、周りの人がインポートされてて、ARテイストが強ければ割りとみんなで参加した気分になれるんだけど、周りが全部アニメの絵とかで、先生と自分だけポツンとかだとかなりきついかも知れないって話。生徒が増えるとVRの中でも人が増えるとかしていって初めて教室とか校庭だと認識できるらしい・・・。

(矢倉)1週間で10%づつ生徒の自動生成の割合が増えていくくらいだったら気が付かなさそうですね笑。気がついたら周りも生徒だと思ってたら、単なるAIボットだったみたいな笑・・・。

■人間はVRを生み出すための存在・・・

(吉田)そうなるとやっぱり、落合陽一さんが言う「魔法の世紀」みたいな話になっていくんですよね。人間はあくまでコンピュータを生み出すためだけの存在だった・・・。人間中心主義という「個として規律とか持ってて不思議はない」などという考え方は、16世紀以降のほんの数百年の人間観でしかなかった。コンピュータを産みだしたら人間は用済みである。コンピュータの個体数がどんどん増えている、という話。

(加畑)アシモフの「ファウンデーション」にも通じますね。

(吉田)「ファウンデーションシリーズ」の結末は結局それで良かったんじゃない、ってことになっていますけど・・・。

(加畑)ロボットを生むために僕らは生まれてきた・・・。

(益子)ヘリクツで返すなら、でも世界にはアルゼンチンの人口よりも多い牛がいるわけですよ。

(吉田)別の言い方すると「人間はとうもろこしを増やすために生まれてきた」と言ってもいいわけですよ笑。とうもろこしは異常な作物だと言われているんです。系統分類とか見ていくと、なぜこの穀物が生まれたかわかっていない。もしかすると隕石で飛来したのかもしれない。異常に人間にとって都合の良い植物なんだそうです。

(加畑)燃料にもなれば、エサにもなる。どんなに痩せた土地でも育つ驚異の作物。

(吉田)なので人間は、実は、人間を増やすためではなく、(外来植物としての)とうもろこしを増やすために操られている・・・。

(矢倉)とうもろこしって、元々世界の限られたエリアでしか自生しなくて、そこでは栄養の効率が悪いにもかかわらず、気が付くとそこを目指して人間が世界中に住むようになっていったそうなんです。

(益子)何百年後かに遺伝子のスイッチが入って、その星の侵略を始めるとか笑。だがそれを救うのは遺伝子組み換えトウモロコシだった・・・爆笑。

(吉田)ダーウィンの有名な話があるんです。ダーウィンは元々アリの研究家だった。人間一人50キロとか60キロの体重があり、そういう個体が50億とかいるわけです。アリは一匹が0.何グラムだけど何兆匹といるわけです。

なんとアリの総重量と人間の総重量を比較すると、地球規模ではアリのほうが多いんだそうです。ダーウィンに言わせれば、地球は「アリの惑星」である。地球は全然人間の星なんかじゃない。アリからすると人間なんか「少ない!」と思っているかもしれないって話です。

人間が環境破壊していると言われるけど、人間が環境を破壊できるほど力なんかないのかもしれない。環境とはそんなレベルのものではないのかもしれないんです。

(益子)それは、人間にとっての環境を破壊しているに過ぎないってことですね・・・。

>まだまだ話は尽きないので、続きは次回に持越しましょう・・・。今日はどうもありがとうございました。


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※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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