■ソニーが元気になってきた・・・
10月29日に行われたソニーの2015年度第2四半期の決算会見で、第2四半期までの累計営業利益(4~9月)としては1849億円の黒字化を達成と発表(前年同期は158億円の赤字)。収益回復を牽引しているのが、スマホやデジタルカメラに用いられるイメージセンサー事業やプレイステーションが主体のゲーム事業。これらの分野を「成長牽引領域」と位置付け、さらに力を入れていく方針。
社内にも元気な雰囲気が戻ってきている中、これらをさらに後押ししていくのが「新規事業」への着手だ。ソニーはすでに2014年4月から平井社長直轄の新規事業創出プログラム「Seed Acceleration Program(以下、SAP)」を発足させ、従来の組織や事業体系の枠をこえる商品や事業の創出を目的に、ソニーグループ社員からアイデアを公募。通過したアイデアの事業化を支援する体制を組んでいる。またSAPから生まれた新規プロジェクトはソニーの「First Flight」(参考リンク参照)という、ECサイトにクラウドファンディング機能を持たせたサイト上で支援者を募り、目標を達成すると、製品化が決定するという仕組み(無料のサービス、プロダクトは除く)。
(写真)「MESH」タグとアプリ画面
今回はその中でも注目の「MESH」プロジェクトをご紹介したい。小さなブロック形状の電子タグ「MESHタグ」(以降「MESH」)を「MESHアプリ」上でつなげることにより、難しいプログラミングなしに、IoT(機械をネットワーク対応にする)を簡単に実現できるツール。
例えば、朝の目覚まし時計を止めるために、目覚まし時計のストップボタンだけを、洗面所に貼りつけられたり、遠隔でスマホのカメラのシャッターボタンを押せるなど、日常の遊び心がいとも簡単に具現化できる。
たまたま興味を持って問い合わせたところ、なんとプロジェクトのリーダーが元同僚の萩原丈博(はぎわら・たけひろ)氏。彼は現在37歳、早稲田大学基幹理工学部表現工学科の時代からインターネットを活用したメディアアート制作を精力的に活動。ソニーに入社後もSo-netでネットワークサービスの設計などの技を磨き、2011年にはスタンフォード大学訪問研究員として、米国・西海岸シリコンバレーに1年留学。帰国して社内スタートアップ「MESH project」を立ち上げた話題の人物。
これは楽しみだとさっそく話を伺った。ソニーの将来を背負う若き獅子の話をとくと一読あれ。
■アイデアは妄想から始まる・・・
>「遊び心をカタチにできる、アプリとつなげるブロック形状の電子タグ」というキャッチコピーのついている「MESH」なんですが、プロジェクトリーダーが萩原さんなんですね。萩原さんが始められたのですか?
(萩原)そうなんです。
>どんなところから「MESH」を考え出したんでしょう。
(萩原)2012年にソフトエンジニア2人で始めたんですが、最初はアイデアレベルだったんです。日常生活の中で、ボタンスイッチとかセンサーなどを、いろいろなところに付けられたりカスタマイズできたら便利なのにね、というところから始まりました。
その発想に至るきっかけになったのが「朝の目覚まし時計」。ベルを止めるボタンが、時計本体ではなくて、起き上がらないとさわれない場所なんかに付けられたら面白いと思ったんです。
ほかにも「物忘れ防止」、センサーがドアに付いていてドアが開くと忘れそうなことを教えてくれるとか、そういうちょっとしたことであれば、スマートフォンのアプリと連動させれば簡単にできるようになりました。でも家の中のハードウエアとつなぐ手段が必要だった。それを実現させようとプロジェクトが始まったんです。
(写真)萩原丈博さん
>そんな発想から、今のような小さなブロックの形になるまでには、どんなストーリーがあるんでしょう。
(萩原)最初は、小さいものを家の中に貼ると出来ちゃうみたいな妄想から始まって、ペーパープロトタイプといって、紙を使ってシミュレーションを始めました。
例えば、スピーカーを小さくプリントしたり、カメラもこのくらいの大きさ、そしてセンサーなんかもアイコン画像をつけてそれぞれ小さい消しゴムくらいの大きさに切り抜きました。
その小さいセンサーを意味する紙をドアに貼ってみる。それをみんなで眺めていろいろアイデアをふくらませる。ドアが開くと音が出るとか・・・。当時はいまのMESHよりも一回りくらい小さいものでした。妄想だったんです笑。
>そのときは「ボタン」のようなイメージが強かったんでしょうか。
(萩原)ボタンだけではなくて、センサーだったりライトだったりスピーカーだったりマイクとか・・。つまりスマートフォンに搭載されている機能、これらをバラバラに好きな場所に貼れちゃうみたいな妄想です。
>公式ホームページには「消しゴムサイズの電子タグ」とありました。現在の形状(幅24x高さ48x奥行12mm)に落ち着くまでにはどのくらいかかりました?
(萩原)1年半くらいですかね。最初は自分たちだけでデザインも設計して、ハード部分も自分で作ってたんです。今なら完全に自分たちだけでも3Dプリンタで作っちゃうとかいろいろやり方もあると思うんですが、当時はそこまで環境が揃ってなくて、いろいろ探しまわり、3Dプリンタで形つくってくれるところとか、基盤作ってくれるところとか探して、自分たちで形にしていきました。
(写真)当時のMESHプロトタイプ
(萩原)プロトタイプができたら、それを使ってワークショップも始めました。すると触ってみたいという人がどんどん増えていったので、もっと広く多くの方に使ってもらうには手づくりの試作では難しいということで、もう少し精巧なプロトタイプを作り、それがほぼ現在のモデルになっています。
>製品として発売されたのは今年(2015年)の7月1日。
(萩原)最終的なプロトタイプが出来たのが昨年の11月だったかな。そこからプロモーションビデオなんかも作り、今年の1月にクラウドファンディングを始めました。実はそのビデオに写っているのは今の製品になる前の最後のプロトタイプなんですが、映像を見てもほとんどわからないかも笑。
>MESHのブロック(タグ)が4種類(の機能)に集約されたいきさつにも何か思い入れなどありますか?
(萩原)現在、タグとしては「Buttonタグ」「LEDタグ」「Moveタグ」「GPIOタグ(市販製品とつなぐコネクタ)」の4種類になります。(10月22日からは3種増えて計7種)
最初にクラウドファンディングを始めたとき、MESHのコンセプトを何度か開催してきたワークショップの体験から導き出しました。
ボタンとLED、これでボタン押すとLEDが光る。まずこれはシンプルな入力と出力ですね。これに動きセンサー(Move)を加えて、振ったり叩いたり、ひっくり返したりとか、動きをスイッチにすることができます。この3つが基本コンセプト。
これにいろいろつなげる「GPIO」を最後に加えました。これがあることによって可能性を広げられる。なにかを作るためのツールですから、仕様が閉じないでいろいろなものと相互作用するほうが利用者のアイデアがどんどん広がると思ったんです。拡張したい方にもタグを用意しようということになったわけです。
■遊び心がカタチになる・・・
>これで「遊び心をカタチにできる新しいツール」のコンセプトがこの4つに集約されたと思うんですが、これらを組み合わせでできた「遊び心」の典型的なカタチをひとつ紹介いただけますか? 遊び心がカタチになるってどういうことなのか・・・。
(萩原)もうすぐハロウィンだったりするんですが(収録は10月14日)、ハロウィンでネタを仕込もうといろいろ準備をされるとき、「MESH」があったとします。
MESHに100円ショップで買ってきた「団扇(うちわ)」を組み合わせてみましょう。団扇って扇ぐと涼しくなるだけのものなんですが、あえてこれから何を作るか言わないでやってます・・・。
これに洗濯バサミを取り付けて・・・(Moveタグを取り付ける)と・・・
(写真)団扇 + MESH
(萩原)ハロウィンの日になにげなくリビングに団扇を置いておくと、誰かが「何だ季節外れのウチワ・・」と仰いだ途端に・・・「ワハハハ・・・」と笑い声がタブレットから出てくる・・・。
>なるほど「Moveタグ」を動かすと笑い声が出るように、タブレット側の「MESHアプリ」で設定しておけばいいわけですね。音などの仕込みはすべてタブレット側で出来てしまうんだ・・・。
(写真)「MESHアプリ」の設定画面
(萩原)音を出すというほかに、カメラを使って、驚いた瞬間を撮影するというようなことも出来ます。
ほかにも、お子さん向けには、新聞紙を丸めた筒に「Moveタグ」つけるだけで、スターウォーズのライトセーバーのようなものに早変わり! 振り回すとライトセーバーのような振り回す音を出すなんてことも出来ます。
(写真)MESH版新聞紙ライトセーバー
>(音が)本物そっくりですね笑。これが新聞紙丸めただけで出来てしまうのが、夢があっていい!!子供は大喜びだ!! 「MESH」がセンサーになって、タブレットなどと組み合わせるだけで、無限に遊び心をカタチに出来ちゃうというわけですね。
(萩原)家の中で飾り付けしたり、部屋のレイアウトを変えたり、机とか椅子とか動かしたり、カーテンの模様替えしたりするのって日常的にしていることだと思うんですが、こういうデジタルなものって、電子回路だったりプログラミングだったりが伴うと思ってるから、そこまで気軽には取り組めなかったと思うんです。
それを誰でも日常的な中で出来るようにしようと思った、これが「MESH」の存在意義なんです。
>ところで、さきほどの新聞紙のライトセーバー、振り回すとスターウォーズの戦士になった気分で音が出ますが、簡単に作れるようになったとしても、そのスターウォーズを思わせる「音」がないとどうにもならない。「MESH」には「音」のライブラリなども用意されているんでしょうか。
(萩原)いくつかの「音」については、無料の「MESHアプリ」上で提供されます。将来的には人気の音なども追加ダウンロード出来るようにしていけたら良いなと思っています。
>自分でサンプリングした「音」を使うような仕様にはなっていないんでしょうか。
(萩原)それも出来ます。アプリに録音機能が付いています。よくやるのは「がんばってー!」みたいな声を録音して、何かトレーニングマシン、例えばダンベルに「Moveタグ」を取り付けるんです。そしてカウンター機能を使って、3回に1回とか10回に1回とか設定すれば、そのたびにダンベルが「がんばって~」と言ってくれるようになります笑。
(写真)ダンベル + MESH
さらに「Moveタグ」は「向き」も設定できるので、ちゃんと上がった時だけカウントして「チャリーン」とか「がんばって~」とか音が鳴るようにすることも出来ます。
これは自分の声でやってると全く楽しくないので笑、例えばアイドルの声だったり、彼女の声だったり、はたまた松岡修造さんのように熱く応援してくれる声だったりすれば、やる気も倍増するんじゃないでしょうか。
10月からiPhoneやiPod touchにも対応(iOS8.0以降を搭載したiPad(第3世代)、iPad mini、iPhone 4S、iPod Touch第5世代以降で動作)したので、ぜひみなさんで「MESH」をお試しいただければと思います。(現時点でのAndroidへの対応はしていない、今後広げていく予定)
>あと「IFTTTとの連携」とあったんですが、これはどんなこと?
(萩原)ここまでは割と楽しい例として活用のアイデアを紹介しましたが、もっと実用的な使いみち、例えば、これまでもドアが開いたらメールを送るとか、部屋の電球をコントロールするなどできましたが、IFTTT(イフト:Webサービス同士で連携することができるオンラインサービス)と連携することで、さらにさまざまなサービスや機器と連携することが出来るようになります。(12月3日より可能になっている)
例えば、家にお菓子が入ってる箱があったとして、外出中に誰かが箱を開けたら、「誰かが箱を開けました」とメールで知らせてくれるとか、ネットワーク経由で色を自在にコントロール出来るLED電球「Philips hue」と連携させて、天候に応じてライトの色を変化させるとかが出来るようになります。
>なるほど、現実の世界とリンクさせるということなんですね。
(萩原)いろいろな世の中のIoT対応機器(ネットにつながる家電)が増えてきているので、そういったものと簡単につなげてカスタマイズできるようにするときに活用できるのがIFTTTです。電球もそうですし、最近冷蔵庫なんかもありますので、そこにちょっとした自分なりの工夫を加える・・・。
例えば、「MESH」のワークショップでヒアリングしたところ、ダイエットのために、自分が何時に冷蔵庫を開けたかを記録してみたいという意見があったんです。でも大多数は電気代が気になるから開閉回数が表示される冷蔵庫が欲しいよね、という発想で、そういう冷蔵庫は世の中にあります。
>そのままだと何時に開けたか記録できる冷蔵庫は誰も作ってくれない・・・。
(萩原)そういう少数派の意見を救い出すのが「MESH」だってことです。このあたりがリアルな世界と、複数のウエブサービスを組み合わせて更に便利にするという考えなんです。
>ちなみに、「MESH」と並んで「LittleBits」だと4種類に限らず電子ブロックのようなものが何種類もあったり、競合ということでもないと思いますが、ほかにもイギリス生まれの「SAM」とか、手書きで作れる「Touch board」や以前私も取材した「Agic」などいろいろ出てきていますが、萩原さんからこういったサービスはどのように見られていますか?
(萩原)広い意味では、どれも何かを「作るためのツール」で、ビジネスを目指しているという点では「MESH」も同じなんですが、それぞれの特徴によって、使い分けたり、連携したり出来るのではないかと思っています。
実際「MESH」を「LittleBits」と繋いだりしておられる方もいらっしゃいます。絵を書いたり工作するツールがたくさんあって、利用者はそれらを組み合わせて使っているし、油絵と水彩は似ているけど全く違ったものだし、そう考えると、競合として勝負をかけるというよりは、それぞれの得意分野を活かしていくんだろうなと思うんです。
「LittleBits」は画面を使わないで繋いで作れるものなので、空間的につなぐみたいなことは得意ではないとか、「MESH」はそこは得意ですが、タブレットなどが必要になるとか、どれとどれがつながっているかはアプリで見ないとわからない、その代わりにソフトウェア的な連携が簡単にできるとか、けっこう強みとか弱みとかそれぞれあるので、利用者が組み合わせられるようにしていけるといいなと思います。
■「MESH」が目指すトコロ・・・
>ここまで聞いてきて改めて、この「MESH」で萩原さんは何がしたいんでしょうか?
(萩原)ロングテールってあると思うんです。世の中にあるサービスと、利用者が必要とするニーズを比べたとき、ニッチなニーズがいっぱいあって、解決できないことや、あっても探せないことのほうが多数を占めていると思うんです。
最初に話した目覚まし時計のストップボタンを別のところに貼れるようにしたいとか、そういったことを解決できるようにしたいと思っているんです。
その人にとっては必要な課題(ニーズ)なんだけど、メジャーじゃない課題だから切り捨てられてしまっていること。これを簡単に解決させたい、それがやりたいことですね。
ただそれの解決策はいくつかあって、僕たちは、おもちゃ的なアプローチから入って行って、シリアスな世界に向かっていけるような、そんな解決方法を取りたいと思っているんです。
(写真)ソニー本社1Fのクリエイティブラウンジ
>マジすぎずアバウトすぎずッて感じですかね・・・。
(萩原)そういうツール(解決策)がないから、いまの消費者の中から、電気製品に温かみを感じないというか、手触り感が足りないというか・・・。
そういうツールがあれば、さきほど話したように、部屋のレイアウトを変えたり、ギフトでプレゼントするような感覚で、電子工作的なものにも触れられるというんでしょうか・・・。
>ということは、今はまだレゴのような形で、教育用のように見えているところもあるけれど、もっと本物に近いイメージなんですね。本物とコラボするのもいいと思います。例えばナイキが靴底にMESHを入れたシューズを発売するとか、そうすれば今おっしゃった、おもちゃと本物の間を埋めるツールにさらに近づくのでは・・・。
(萩原)そうなりたいですね、まだ具体的なことはできていませんが、将来的にはそういったことを目指していきたいです。
>最後に、直近の目標をお聞かせください。
(萩原)MESHの立ち上げは、クラウドファンディングから始めたので、今はアーリーアダプターの方、割と電子工作するのが好きな方に使っていただいていいます。なのでこれからは、もう少しカジュアル層というか、楽しいのは好きだけど自分から進んで何かを作ったことはないような方にもアプローチを広げていきたいと考えています。
>フォロワーにも踏み込んでいくということですね。
(萩原)「MESH」のワークショップなどを実施している、ここ「クリエイティブラウンジ」(ソニー本社1Fにある共創スペース)を活用して、ユーザーさん自らがお友達を連れて来て、ワークショップを開いてもらって楽しんでいただくようなことをやり始めています。
あと、いま「MESH」は4種類なんですが(現在すでに7種類)4つ全部揃えるとそれなりのお値段にもなるので(基本4種類で22980円が12月10日まで特価19980円。詳細は公式サイト)、ひとつからでも楽しめるというキャンペーンなども用意しています。
>タブレットなどで「MESH」とリンクさせるアプリは無料ダウンロード?
(萩原)そうです、「MESH Canvas」(iPad、iPhone用アプリ)はApp Storeからいつでもダウンロードできます。興味ある方はぜひワークショップに参加してみてください。詳しくは公式サイトを御覧ください。
>これからますます楽しくなりそうですね。今日はありがとうございました。
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(参考リンク)
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■「MESH」プロジェクトサイト
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■First Flight「MESH」サイト
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■First Flightサイト
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■IFTTT - Make Your Work Flow