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互いの価値観を尊重する社会:不自然な民主主義:第36回トンコネ・ジャム

2015/10/13 22:00
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プロフィール

土屋夏彦

radikoが有料で全国が聴けるようになり、いよいよ聴き逃しサービス「タイムフリー」も始まるかと思いきや、2016年になってしまいましたが、AMが在京3局も含め順次ワイドFM化を始め、TOKYOFMグループのi-dioもいよいよこの3月から始まるようで、今年の地殻変動はかなり大きいかも!
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■情報リテラシー格差社会に生きる・・・

IT使いのスペシャリストでラジオパーソナリティの吉田尚記さんと、吉田さんも共同参画する株式会社トーンコネクト社長CEOの加畑健志さんをメンバーに、最近気になるネットとラジオの近未来をトークセッションする月例会「トーンコネクト・トークジャム(略してトンコネ・ジャム)」。

今回フルメンバー、スーパー大学生のTehuさん、そしてTehuさんの後輩で同じくスーパー大学生の矢倉大夢さん、さらに「吉田ルーム」の大番頭さんの益子和隆さんを迎えてお送りします。

「好き」に関する考察も前回で一段落、みなさん「好き」を見つけて幸わせになれているでしょうか。そんな中、吉田さんはどうやらさらなる興味を見つけた様子。それは現代人の情報リテラシーの格差がなんと民主主義のご都合主義から来ているという話。さっそく聞いてみましょう。

■価値観の多様化を認める社会・・・

>記録的な暑さでクソ暑い中(8月5日収録)、前回まで「好きを見つけると幸せになる」についてすすめてきましたが一段落がついたので、今夜はもうちょっとざっくばらんに、これからのテーマ探しということで、みなさんが今興味がある気になっていることなどを出しあうという感じで進めたいと思います。

(吉田)とにかく対談に呼ばれる機会が増えましたね。最近で面白かったのは、映画プロデューサーの川村元気さんの発言。「僕のお客さんは一体何人いるのか」を考えた時、出身地が大切だっていうんです。

(益子)自分の出処(主に働いている場所)が「本」なのか「映画」なのか「テレビ」なのか「ラジオ」なのかによって「自分のお客さんの規模感」が違ってくるという話。例えば川村さんは、最大100万人から1500円なり1800円(映画鑑賞の規模感)いただけている。これは「映画」という「出身地」がそうさせていると言うんです。そこに関してのテクニックはたくさん磨いてきたけども、タダで1000万人に勝負するようなことは出来ないとおっしゃっていました。

テレビやネットが出身の人はタダでどんだけ多くの人に伝えるかになっている。僕(益子)は雑誌出身なので、15万人から2000円取るくらいの規模感ですね。ラジオもここに近いのかなと思います。どこから経験を積んできたかが「出身」になり、出身によって戦い方や武器が全然違うという話題。

>戦わずして自然にそうなるんじゃないですかね。

(吉田)そう思います。

(加畑)戦い方を習得するのには少し時間がかかるのかもしれない。ひとつ戦い方を覚えれば、応用が利くようになるとか・・・。

(益子)それぞれの出身でビジネスモデルが全く違うということが大きいですね。使える(応用が利く)部分もあれば、使えない部分もある。

>川村さんの出身は映画。2005年に映画「電車男」を企画・プロデュースして35億円の大ヒットを記録、その後次々と映画のヒットを飛ばした後、2012年に『世界から猫が消えたなら』で作家デビュー。この10月には最新プロデュース作品の映画「バクマン」が公開し、今の映画界のエース的存在になってますね。

(益子)「情熱大陸」からの出演オファーが来ててもおかしくない人ですよね。テレビに出るとめんどうなことになるから出ないのだと思いますが。世のクリエイターはゴールが「情熱大陸」だと思ってる昨今・・・。

(吉田)Tehuくんは「情熱大陸」から話はないの?

(Tehu)昔一回だけ話があったような気がします笑。そのときはまだ早いので10年後にお願いしますって言っちゃった笑。18歳で出るのはちょっと恥ずかしかった・・・。

(吉田)そんな出身業界の認識一つとってもそうなんですが、いま気づくのは、物凄い距離を走っている実感はあるんですが、アイドルなどの文化領域でも、ビジネス領域でも、人によるリテラシー(理解度)の差が激しい感じがあります。この状況って何なんだと思ってしまうんです。

例えば、先日弊社で何か企画を出さねばと提案した際、自分の理解では、いま東京周辺にライブハウスが全然足りていない、2000人から5000人の規模の小屋がほとんどなくなってしまった。なのでこの規模のライブハウスを経営するという企画は絶対イケると思いました。

また、ラジオのポータル(ネットの入り口)がないので作りましょうというのもありました。そんなときに、ある人が言ったんです。みなさんのお財布の中にいっぱいあるポイントカードを一つにまとめられるサービスががあったら便利じゃないか・・・。おいおい、そんな話題何年も前から実用化されてるだろうと。プロの世界の中でも「情報リテラシー」の差が激しくなってきているんです。

この情報格差をどうすりゃいいんだろうと思って・・・。


左から吉田さん、Tehuさん、矢倉さん、加畑さん、益子さん

>とりあえずなんだかんだあっても、低レベルの情報は淘汰されますから、言わないより言ったほうが断然前向きだと思いますよ。

(吉田)僕はそれより、この活動を通じてみんなの世の中の動きに対するリテラシーレベルがこういうもんなんだということを確認することでは意味があると思ったんですが、レベルの低さについてはどうなんだと・・。加畑さんがいつも考えていることがあって、それに加畑さんが飽きてしまうことのほうが、世の中が進むスピードの何百倍も早いじゃないですか・・・。

(加畑)よっぴに言われたくない笑。

>これまでもこの会で話してきたことにもつながると思いますが、世の中の価値観が多様になっているということなんじゃないですかね。こういう価値観もありだし、ああいう価値観も受け入れるしかないみたいな・・・。いつもこの話題で思い出すのが「マイブーム」という価値観。それぞれ個人の価値観をお互いに認め合うという社会の構造がある頃から常識になって来た。街全体がひとつの価値観で統一されていた時代が終わって、それぞれ個々の価値観をお互いに尊重しあう・・・。だからこそ「情報リテラシー」の振れ幅は広がるばかりなのかもしれません。

(吉田)それがいいことなのか悪いことなのか・・・。

(益子)windows95が出て、一般的にネットが普及を始めてから価値観の多様化が始まったと言われていますね。バブルが弾けたというタイミングも重なってさらにその多様化が進行しました。

(加畑)価値観がネットによって可視化されたんですよね。少数派の考えでもネットで可視化されることによって価値が生まれて行ったという流れがありますね。

(矢倉)価値観が他の人と異なっていても生きていけることが、ネットで自覚できるようになったということだと思います。

(加畑)ネットで自分の主張が少数意見でも存在することがわかって心強くなり、さらにネットでブーストされ、自分の主張が認められた感が出てきた・・・。

(益子)言いたいのは、そうなってから既に20年弱もその状態が続いているわけです。僕はバブル世代ではないですが、以前のように価値観をみんなと合わせなければ生きていけなかった時代のことは、知らない世代のほうが今は多いかもしれないわけです。

■民主主義の本質とは・・・

>だから価値観の多様性が定着し、情報リテラシーにも格差が生まれているわけですね。

(吉田)みんなが「紺ブレ(紺のブレザー)」着ていた時代ってTehuくんや矢倉くんたちに想像できるのか・・。

(矢倉)想像するに「シュール」としか言いようが無いです。

(吉田)そうか、流行は「シュール」なんだ、みんなの世代からすると。

(益子)以前は世の中で流行っているものを「知らない」と言ってしまう「恐怖心」さえあった。

(吉田)流行は「シュール」。改めて考えれば、そうなのかもしれませんね。みんなで同じ格好をするわけですから・・・。そういう意味では「流行とは何か」ということに興味が出てきました。それとそのシュールと言う話を聞いて、みんなが知っていることを知らないと恥ずかしいかどうか聞きたい、矢倉くん。

(矢倉)小学生だったらそういう感情があると思いますが、僕らはあまりそうでもないような気がしますね。小学生だとみんなが見ているテレビについて知っていないとそこで情報格差が生まれ、それに対する劣等感がを感じるというのは今でもあると思います。でも年齢が上がっていくと、コミュニティが分散しているというか、テレビを見ない人同士のところにラインが引かれている、この人達だけでコミュニティが作れるので、ほかのコミュニティに対する劣等感はどんどんなくなってくるかな・・・。

(吉田)ちなみに矢倉くんが小学校を卒業したのが・・・

(矢倉)2009年・・・。

(吉田)ついこないだじゃないですか笑。

>それってまさに、スマホを持ってるか持ってないかみたいなことに関係あるように思いますね。だから矢倉くんが小学生の頃はスマホは持っていなかったから少数派でのコミュニティが形成されなくて、スマホを持つようになってからは、それぞれのコミュニティがスマホ上で出来上がった・・・。だから今の小学生はスマホをもう持っているかもしれないので、その場合は、小学校からもうすでに多様化が始まっているのかもしれません・・・。

(加畑)あるデバイスやあるメディアがあるとか、つまりテレビがあるとかないとか、そういうことで人とのつきあい方は全く変わって来たわけですね。僕は人によってはテレビが無い子もいた時代だった。

(吉田)Tehuくんや矢倉くんからすると想像もつかないよね。

(加畑)だから一番の共有情報がラジオだった。親に内緒で布団かぶって深夜にラジオ聴いていたわけで、そこで得られた情報の共通認識たるや凄かったわけです。

(益子)次の日にラジオの話題になる・・・。

(加畑)それしか話題がないわけだからあたりまえだった・・・。

(吉田)それで思い出した最近聞いた話で面白かったこと。民主主義とはなにかを合理的に進める手法という話題。僕は元々ポピュリズム(一般大衆が知識人と対決する政治思想)が批判される理由がよくわからなかった。ポピュリズムは「みんなが言っていることは正しい」という論理を掲げるわけですが、それってまさに民主主義ではないですか。批判される根拠がわからなかった・・・。

では民主主義とは何のためにあるのかと考えた時、考えるに、人間は放っておくと必ず内戦を始めるんです。殺し合いになる。民主主義の本質は「殺し合いをしないようにする」こと。コミュニティがどんなにまずいところに行き着こうとも、それより恐ろしいのは内戦・殺し合いである。だから「殴ってはいけない」という約束が「民主主義」なんですよ。

殴らない代わりに選挙活動(言葉での圧力)はいくらかけてもいい。これが本質だと思うんです。

(益子)選挙は革命みたいなものだという人もいます。

(吉田)でも選挙なら誰も血を流さなくて済むじゃないという、非暴力主義が核になっているものこそが民主主義だと・・・。ハイパフォーマンスを求めることは元々問題にしていない、だから中国のように民主主義ではない国がハイパフォーマンスを叩きだそうとすると、そりゃ当然来るわけですよ。オリンピックするために、会場となる場所の住民を(力で)どかすことができる、ある意味ハイパフォーマンスが出せる。

結局何をしてはいけないかと言えば、殴っちゃいけないだけなんですよ、民主主義は。みんなそこで語るのは、日本の国益みたいなことを言いますが、実際は国益を第一に考えるなんて無理なんです。

だから法律的な何かを旗印に(民主主義で)何かを語ろうとしている人たちはいっぱいいるんだけど、それは大間違いで、自分たちの安全保障とかも言うけども、そんなことより、人を殴るのはいけないことだから派遣は出来ないといえばそれでが一番の国益にかなうことなんじゃないかと思うわけです。安全ということが益だとすればの話ですが・・・。

(加畑)過去の歴史を振り返ってみると、民主主義が確立したあとで、民主主義同士の国が戦争したケースはほとんどなかったと思います。

(吉田)そのとおりですね。民主主義の本質は「非暴力主義」なんです。内戦もしない。

(加畑)日本の歴史からして、戦国時代でも、戦争をしないために「同盟を結ぶ」わけです。お互いが民主主義であれば、それ以上戦争は起こらない。経済的な関係も築ければ、戦争をする理由が見当たらなくなる。その考えを増やしていって平和な社会を築こうということ。

(吉田)別の言い方を考えると、民主主義というのは、ポイントは非暴力であり、集団としてのハイパフォーマンスを目指すものではない。だとすると、会社(ビジネス)は民主主義では成り立たない、会社はハイパフォーマンスを求めるものであり、合議制では実力が発揮できないから・・・。

(加畑)民主主義的(合議制)な会社は潰れるんです。

■不自然な民主主義が価値観の多様化を生み出した・・・

>なるほど、民主主義的な経営手法では、争いはなくなるもののハイパフォーマンスは望めないというわけですね。私もこれまで、金儲けやビジネスの企画となると言い争って喧嘩してそれでも生き残った企画こそがハイパフォーマンスを発揮できたと改めて思います。でも今は争いをすごく嫌います。

(吉田)そう、みんなで仲良くやろうよになりますね。仲良くやってちゃダメなんだ、ハイパフォーマンスは望まないと言ってるようなものなんです。

>新しいものを生み出すときに争いが起こることは当たり前で、なぜならこれまでの価値観を切り崩すようなものだからです。ビジネスから争いをなくして、同盟を組むことになれば、新しい価値観は生まれない、即ちハイパフォーマンスは望めない・・・。

(矢倉)コンピュータも戦争している時が一番進化しましたからね。

>つまり争いが絶えなかった昔は、あるひとつの言論というか主義に集中してみんなでまとまり、争いのない社会を作るようにしてきたわけです。ところが平和になり、さまざまな価値観が生まれ、それぞれを尊重する価値観の多様化が起き、個々の価値観を認め合うようになった現在、これを我々はなんとなく変だと思い始めた。

(加畑)インターネットで言えば、個人同盟的なものが出来上がり、そのカウンターとしてテロが現れた。

>人間は本能的に進化を望むわけなので、他人の価値観など認め合うはずはないんです。民主化が争いをなくそうというためのものであるかぎり、ビジネスは民主的であってはハイパフォーマンスは望めないということなんですね。

今日はどうもありがとうございました。

今の我々が直面しているビジネスの世界では、あえて争いを平和的に起こしていかなければならならないわけです。それは一体どんなやり方があるのか、そこにMBA的な手法だったり、マッキンゼーの「イシュー」のような手法が叫ばれたりしていますが、これぞ完璧なる答えは未だ現れてないように思います。だから世の中の流れに敏感な方々には、今の「不自然な民主主義」に欲求不満が貯まるというわけなんですね。これは大発見です。


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※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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