■いよいよこの秋からAMラジオ各局が本格的に「ワイドFM」スタート・・・
平成23年(2011年)7月24日、地上波テレビ放送は地上アナログ放送を終了し、地上デジタル放送に完全移行しました。あれからもう4年も経つんですね。あのときは、かなりの大騒ぎだったと記憶しています。いまさらながら確認で、「地デジ化」の目的を総務省の「なぜ放送をデジタル化するの?」というページから概略をまとめると、
- (1)日本で使用できる周波数に限界が来ている、デジタル化することで、空いた周波数を他の用途への有効利用が可能になる。
- (2)世界の潮流として放送のデジタル化が進んでいるので日本もその例に合わせて国際化を進める。
- (3)テレビをデジタル化することで、誰もが情報通信技術の恩恵を受けられるような社会にすることは国の重要な未来戦略であり遅らせることのできない施策である。
こういったことをお上から言われて、国民もなんとなく騙された気分になりながらも、自己資金でデジタルテレビに買い換えた・・・これが「地デジ化」でした。ちなみに日本での地デジ化はほとんど混乱もなく移行、これは国際的に見ても稀なケースだったようです。なんて従順な国民なんでしょう。
そんな国民が今回の「安保法制改革」に関しては全く黙りませんでした。これはやはり改めて政府も改革のやり方を見直す必要があるのではないでしょうか。この話はここまで。話を元に戻しましょう・・・。
実は「地上デジタル化(地デジ化)」にはもうひとつの顔(地上)がありました。それが「ラジオ(音声)メディア」です。元々はテレビの地デジ化と同時期にラジオのデジタル化も予定されていました。しかし議論していくうちに、テレビのようなはっきりした目的が見えなくなり、一旦は白紙のようになっていました。
それが2011年3月11日の東日本大震災で改めて、音声メディアの重要性を思い知ることとなり、ここから再び「日本のラジオの未来」を考える検討会に熱が注がれるようになりました。それから約4年、ついにそれが形になって、ラジオ(音声)メディアの新たな潮流として動き始めました。
でもテレビの地デジ化のときほどラジオの話題が聞こえてきませんよね。でも今回のラジオの新潮流は我々にとってもとても大事なものだということを取材して改めて感じました。ぜひみなさんにも聞いていただきたい。
今回は元私の同僚でもあり、現在メディアプロデューサーとしてラジオメディアを中心に活動されている入江たのしさんに、今回の「ラジオメディアの新潮流」についてお話を伺いました。
■ラジオの地デジ化はどうなった・・・
>9月8日、在京AM局3社(TBS,文化放送、ニッポン放送)が現在の番組をFM波でも同時に流す「ワイドFM(FM補完放送)」の本放送を12月から始める予定と正式に発表しましたね。
(入江)全国で言えば「ワイドFM」はもう始まっている地域もあります。例えば富山(KNB北日本放送)や愛媛(RNB南海放送)では昨年12月から、鹿児島(MBC南日本放送)は今年1月から、その後ABS秋田放送(3月)、IBC岩手放送(7月)、山口放送(7月)、茨城放送(8月)と続々本放送を開始していますよ。
>在京AM局3社ということではまとまってスタートするようですが、全国的に見るとバラバラと始まっていく感じで「ワイドFM一斉にスタート」みたいなタイミングというのは無いんですか?
(入江)各地域ごとの電波管理局(通信局)が電波を割り当てていくので、順次という感じになりますね。実はまだ予定されていない地域、例えば西日本なども今後名乗りをあげてくる可能性があります。
>調べてみたところ、このFM補完中継局は、全てのAMラジオ局に周波数を割り当てるが、2020(H32)年3月31日までに開始しない局の周波数は割当が削除されるとありましたが・・・。
入江たのし氏
(入江)元はと言えば、安倍内閣の「国土強靭化計画」と言っていわゆるインフラの耐震性強化に着手することを掲げて2013年に基本法が成立したものから始まっています。
AMラジオの送信所(アンテナ)って、場所はご存知のように、ニッポン放送は木更津、TBSは戸田、RFは多摩川(川崎)だったりするんですが、実はどこも湿地帯なんです。電波を出すには湿った土地の方が有利なんです。
ところが、東日本大震災で東北放送の送信所に津波が来て、アンテナは水浸しになり、使えなくなったわけです。そこで、本社の予備アンテナで自家発電で放送を続けたんですが、自家発電するための燃料(重油)が足りなくなり、一時停波する事態に追い込まれたわけです。
ここから二度とこういうことにならないように、FMも始めましょう、設立のために国から補助金も出しましょう、例えば都市型の難聴取地域を持つ局は半分の補助金を出す、地方型難聴取地域は30%出すとか、取り決められました。そして2014年から全国のAM局への申請の呼びかけが始まり、現在に至っているというわけです。
>なるほどそうだったんですね。こういった話になる前までは、テレビの地デジ化に倣って、TOKYO FMが主体になって現在も進行中の「V−Lowマルチメディア放送」など、ラジオ放送のデジタル化の動きというのもありましたよね。ラジオのデジタル化に関しては断念したという形になっているんでしょうか。
(入江)デジタル放送という意味では「V−Lowマルチメディア」のみで、その他のラジオの地デジ化ということはやめたわけです。
地デジ放送に関する懇談会の中で、2007年から始まった「電波の有効利用のための技術条件」に関する検討会では、既存の地上波ラジオの放送内容とは別のもの=サイマルではない別コンテンツ(免許上)で、VHF帯(アナログテレビ時代)の7チャンネル周波数を使って試験放送をしていたわけです。(TBS:OTTAVA、QR:超!A&G+、LF:Suono Dolceなど、現在もネットラジオとして残っています)
これらが結局、普及もままならない上、既存番組とは別コンテンツの制作費用を維持できる局がどのくらいいるかという議論にもなり、暗礁に乗り上げました。そして最終的な結論として、やはりサイマル(現在の放送の再送信)で考えるということ、デジタルは検討しようとなったんですが、そこでNHKだけ手を挙げなかった。ここで全国AM・FMを統一したデジタルインフラの構想は頓挫したんです。
その後再び、東日本大震災の教訓などもあって、「国土強靭化計画」に関する検討会から「ワイドFM」という考え方が導入されました。
一方、TOKYO FMグループは「V−Lowマルチメディア放送」を独自で進めるということでその他AM局とは別の路線を進めることになりました。「V−Lowマルチメディア放送」は、全国のV−Low帯を3セグ分取得したいということになり、結果、90M~95MHzをワイドFM、99M~108MHzをV−Lowマルチメディア放送に割り当てることになりました。(95M~99MHzは、混信を防ぐためのガードバンド)※以前にV−Lowマルチメディア放送を取材した記事は「こちら」(http://japan.cnet.com/blog/natsuhiko_tsuchiya/2014/01/18/entry_30022642/)
>今回、ワイドFMがあってV−Lowマルチメディア放送も残り、いよいよラジオの新潮流が動き始めたわけですが、それとは別に、InterFMがこれまでの76.1MHzから89.7MHzに周波数を変更(6月30日よりスタート、76.1MHzは10月31日をもって終了)しましたが、これも新潮流の一つなんでしょうか?
(入江)そうですね、InterFMの周波数変更ですが、関東の場合以前は90MHzより上の周波数がテレビで使われていたため(混信を避ける)ためのガードバンドも含めると85MHz以上は使えなかったわけです。85MHzから90MHzはV−Low帯ではないですが、このタイミングで周波数を上げることにしたようです。
>FM帯も低い周波数は周波数で携帯電話など様々な用途に使われていてなかなか広範囲に飛ばせないという事情もあったようで、今回の89.7MHzは東京タワーの一番上の方に送信アンテナも設置出来、より遠くまで飛ばせるようになったということのようですね。
(入江)2012年に地デジ化のタイミングで、実はJ-WAVEとNHK-FMが送信所を東京タワーからスカイツリーに引っ越したわけです。その際、NHKテレビのアンテナがあった(東京タワーの)場所にTOKYO FMが送信機を移(上のほうに移動)しました。そして今回、後発で下にアンテナがあったInterFMの送信機も高い場所に移動したんですね。
■ワイドFMなどのための受信機の普及は・・・
>もうひとつ、名古屋の「InterFM NAGOYA」はこの10月から「InterFM」の看板を外して「RADIO NEO」と名称も変え、地元に根付いた放送局として生まれ変わらせるそうですね。(放送エリア、周波数、出力などに変更はなし)
(入江)これまでは完全にInterFMの番組の再送信だったわけですから、かなりの力の入れようですね。
>ということでFM補完放送(ワイドFM)に話を戻すと、現状、問題点や課題はあるんでしょうか。
(入江)受信機の課題はありますね。現在販売されているラジオチューナーで海外用、または以前のテレビ音声が3チャンネルまで聞けるものであれば、今回のワイドFMの周波数帯も受信できるわけですが、現在国内の車に設置されているカーステレオやカーナビは今回の周波数帯が受信できるものがまだないですね。
現在ラジオの場合は、移動体(車など)で聞いているリスナーが多いわけですから、ここでカーステレオの対応をどうするかは大きな課題です。
>さらに心配なのは、ワイドFMに加えてV−Lowマルチメディア放送の周波数帯(99M~108MHz)の受信機の普及も必要になってきませんか? これらは一緒になって普及をさせていける話なのか、別のチューナーになってしまうのか・・・。
(入江)ワイドFMは現状のアナログチューナーで受信できますが、V−Lowマルチメディアは周波数帯域の問題だけではなくて、デジタルチューナーでないと受信できませんから、全くの別物になりますね。
ただ、海外向けチューナーはほぼどれも108MHzくらいまで受信できるようになっているため、デジタルチューナーにするなどの変更はあるものの、製造過程でのラインはそれほど変更する必要はないと言われています。
>でもワイドFMとV−Lowマルチメディアではチューナーそのものが違うとなると、カーステレオを載せ替えると言っても、どちらにしますかみたいな話になってしまうのでは・・・。
(入江)そういう意味では、まずはワイドFM対応のカーステレオが準備されていくと思いますが、V−Lowマルチメディア用のデジタルチューナーに関しては、そもそも一般ユーザーのカーステレオとして取り付けていくのかまだ未定だと思います。
V−Lowマルチメディアの活用方法は、既存の放送的な概念とはかなり違っていて、例えば、自動車メーカー(ホンダなど)がV−Lowマルチメディアの一部のチャンネルを利用して独自のサービス(音声コンシェルジュなど)を展開するなどを想定しています。利用する周波数帯がワイドFM(90M~95MHz)の上になるというだけで、これまでのようなラジオ番組を流すチャンネルとして利用するとは限らないわけです。
V−Lowマルチメディア放送としては、音声+データ放送という想定で、この秋(11月予定)から九州で始まるんですが、用途としては西鉄バスのためのサービスチャンネルなどを準備中で、ここではバス車内のデジタルサイネージ用の動画を配信するようです。なので今後も個人が受信するという概念のものにならないことも考えられます。
>一方、カーステレオ受信機の普及の問題もさることながら、送信する側(放送局)の設備投資的な課題はありますか?
(入江)ワイドFMを送信するに当っては、当然これまでのAM送信機とは別にFM送信機も運営することになるわけですが、そもそもFM局のほうがAM局よりも規模が小さく立ち上げられたことを考えれば、AM局がFM送信機も運営する程度のことはそれほどの負担にはならないでしょう。
>なるほど、だから地方のAM局もFMサイマルを始められるというわけですね。でも、この機会にワイドFMが始まるということがあまり知られないまま時が過ぎていっている感じがするんですが・・・。地デジ化のときのような全体でのキャンペーンなどはないんでしょうか。
(入江)各局ごとでは相当やってますよ。例えばニッポン放送だったら連日「ハッピーエフエム93」のアテンションが流れていますし笑・・・。
また在京3局(TBS,文化放送、ニッポン放送)のワイドFMが始まる12月には、3局で一緒になって何らかのキャンペーンもやると思います。
>キャンペーン頑張って欲しいと思ったのと、もうひとつは、リスナーの環境から考えて、日常を考えれば、まずはスマートフォン(携帯電話)じゃないですか。今回のワイドFMをスマートフォンで聞けるかということになると、FMチューナーを搭載させる以前に、すでにRadikoで聞けてしまうわけです。このことはどう思いますか。スマホユーザーはワイドFMに行かなくともRadikoで十分みたいな・・・。
(入江)そういうことですね。少なくともティーンのリスナーはそうなるでしょうね。そもそもAMステレオチューナーは製造中止になっても、AM局の放送はステレオで放送していて、それを受信できるのはRadikoだけですよね。Radikoで聞く限りは、AMだろうがFMだろうが同じ音質で聞けるわけで、ワイドFMが始まると言っても、それがどのくらいリスナーにインパクトがあるかということになると、なんとも言えないですね。
>なおかつ、今回のワイドFMの始まりからひもとけば、311だったり災害対策、国土強靭化計画から始まっていることであり、難聴取地域の対策や送信所を津波から守るとか言っている割には、そういった環境になったときに重要なものこそ「スマートフォン」なわけで、だったらRadikoをもっと普及させる工夫に力を入れるほうが良いのではとも考えてしまうわけです・・・。
(入江)まあそれはそれで、radikoの場合、災害が起きたとき、どんな地域でも確実に聞けるのかとか、ネット回線だけで何十万人もの命を預けられるのかとかになりますし、停電してしまえば、継続してネットラジオが聴き続けられるのかとか、さまざまな課題が山積するわけです。
それを考えると、まだまだ地上波としてのラジオの役割は大きいわけです。電池だけで長時間聞けますし、電波さえ届けば同時に1億人でも聞くことが出来る。リスクマネジメントとしてはラジオはまだまだ一定の意味はある。ただそれを一般リスナーがどのくらい理解できているかはありますね。
>結果としては、災害の時にラジオを持っているか持っていないかとなるわけですが、そこに向けて、ワイドFMを始めることを利用して、手持ちのFMラジオで聞けるかどうか試してみようとか、興味を持ってもらうことが重要なのではないかと思いました。
(入江)そういうことでは、実際、愛媛(南海放送)ではFMラジオを配ったりしていますね。FMラジオって一台1000円以下で作れるんですよ。プレゼント用のノベルティにも最適なので、全国で「ワイドFMラジオ100万台プレゼント」とかやって欲しいですね笑。
■競争が激しくなるところに繁栄がある・・・
>最後に入江さんがこれからのラジオメディアに期待したいところなどありますか?
(入江)実は、個人的には、ワイドFMとかよりもLINEミュージックやAWAなどの動きに注目しています。ちなみに今やヘッドフォンのブームも盛り上がってますよね。家電量販店にはヘッドフォンコーナーはとても充実しています。すなわち「耳」の奪い合いになっているわけです。radiko聞くのか、BEATSミュージック聞くのか、FMかはたまたAMか。それも良い音で聞きたいと誰もが思っている。「耳」を奪い合う競合が増えてきたことは良いことだと思うんです。
競争が激しくなれば、聞く側もあれも聞きたいこれも聞きたいとなるわけです。逆にヘッドフォンブームが去って興味なくなってしまえば、結局ラジオだって聞いてもらえなくなる・・・。ゲームだけやってればいいみたいなのが一番困る・・・。それでもゲームをしながらラジオ(radiko)も聞けるというのは凄い良いことだと思うんですけどね・・・。
一番重要なことは、注目されている間に、続けて聞きたくなるような番組に出会えるかどうかです。
>そういう意味では現在のラジオ局のほうが、ネットラジオ局よりも資金も経験も持ってるし、クリエイティブだって手も混んでいるわけだから、負けるはずはないですよね。そこで万が一LINEミュージックとかに負けちゃうのは困ります。
(入江)そのとおりですね。でもネットラジオの方も選曲に力を入れたり、どんどん攻めてき来るので、油断せずに、この機会に地上波ラジオの本気を出してもらいたいと思います。
>今日はありがとうございました。
私も引き続き音声メディア「ラジオ」のこれからを注目していきたいと思います。
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(参考リンク)
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■ワイドFMって何?(sonyの説明サイト)
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■V-Lowマルチメディア放送自治体連絡会