■最速の仕事術を知ってる業種は・・・
今年の春先に都内の学習塾が、スマートフォン用アプリを作るプログラミング講座を小学生向けに開講したところ、大人気になったというニュースがネットを駆け巡りました。いまやプログラミングは英会話や音楽に並ぶ子どもたちの情操教育に必要な「教養」になってきています。
そんなことをずっと前から言い続けていたユビキタスエンターテインメントの清水亮社長が、最近出版された「最速の仕事術はプログラマーが知っている」という本がまたまた人気を博しているらしいんです。これは、いわゆるプログラマなどのエンジニア的なもの考え方が、実は世界のビジネス手法を牛耳っているという話題。
小さい頃からプログラミングを学んだり、電子回路を組み立てたり、そういった「モノの原理」を身につけることがすなわち、ビジネスの原理をも動かせるということなんだそうです。
今回はクラウドファンディングなどで話題になって、来年には全国の小学校でも導入を決めたという、そんな話題にピッタリの、面白グッズを引っさげてベンチャー会社を立ち上げたAgIC株式会社の清水信哉社長/CEOをご紹介したいと思います。
なんと彼が開発された「回路マーカー」というペンを使うと、専用紙に絵を描くような要領で、電子回路が書けてしまうんだそうです。これを応用すれば、プリンタで精密な電子回路を簡単にプリント出来るようになり、それを応用すれば、世の中の紙がすべて電子回路、すなわち「IC」にすることだって可能という、夢のような話・・・。それでは始まり始まり・・・。
■導電性インクとの出会い・・・
>大学時代の研究から広がって、2014年に起業されたということですが・・・
(清水)起業したのは昨年なんですけれども、それから商品等の開発をやってまして、最近けっこうコンスーマ向けの商品も手がけるようになってきています。
このペンで回路を書けるというコンスーマ商品(回路マーカー)、印刷も出来るんですが、印刷でポスターとか、近づいたら光るポスターとか、そういったものを作るのもやっています。
両方共最近事業が拡大しているんで、ちょうど先日取材をいただいて日経動画ニュースに掲載いただいたところだったんです。
>今回、お話伺いたいなと思ったのは、昔でいうところの「エレキット」みたいな利用価値の魅力をお聞きしたかったこと。そしてよく言われている話かもしれませんが、大手エレキ会社が次々倒れ始めていく理由の一つに、すべての集積回路が印刷技術で出来てしまい、韓国企業など海外エレキ会社でも誰でもすぐに真似できるようになったこと。半導体技術とかもある意味印刷ですから、回路の設計図さえあれば、誰でも複製が可能、これをを逆手に取っている商品だなと思ったところ。
トリニトロンブラウン管みたいな技術が必要なくなって、すべて液晶モニターを制御するICさえあれば良くなった。ICは印刷でいくらでも複製できる。世の中の進化は「印刷技術」で進んでるんじゃないか、そこをAgICは狙ってるんじゃないかな、と思ったわけです。
そんな中、印刷じゃなくて「手書き」だったり、簡単な家庭用プリンタなどでも実現させていくという、ある意味「ローテク」な感じもすごく面白いなと感じました。
(清水)仰るとおりでまさにローテクなところに注目したわけです。人間の書くという動作、子供でもどんな技術力のない人でも出来る行為と、電気回路の設計というレベルの高い技術を一体化させて、電気回路など全くわからないような子供でも回路設計ができるようにしたい、という思いでここまで来ました。
回路マーカーで専用紙に手書きしたところ
手書きした回路が導電しているところ
そもそも私自身は、電気回路のエンジニアなんで、回路設計が専門なんで、日常のことではあるんですが、世の中で言えば、理系文系の壁じゃないですが、一般からするととても遠い存在、難しいというイメージがあると思うんです。
最近プログラミングなどは文系の方でも学生時代から始めるようになりましたが、電気回路となると、やっぱけっこう専門的というか、難しいよねと、そういう認識だと思い、でも実際そんなこともないのになと思っていたこともあったわけです。
実際、書いて電気回路設計して、電気を通して、とやってみると、結構学びがあるんです。ショートしちゃうとか、あとLEDだったら、直列に並べて、電圧低いと光らないとか、学べたりするわけです。これってすごくいいなと思ったんです。
教材にはもちろん使えるし、特に最近、理科とか工学とかの教育ってやっぱりみなさん力入ってるところもあって、これからの時代、科学のリテラシーがないと、けっこう生活大変になってくるなんて話もあるんで、良いタイミングなんじゃないかなと思ったからというのもあります。
>改めてこれは大学時代の研究の延長みたいなところがあるんですか?
(清水)いやそうではないです。確かにAgIC株式会社は東京大学発ベンチャーで、川原圭博准教授と一緒にやっているものなんですが、正確に言えば、そもそも私が川原先生の研究を手伝っていたわけではなくて、大学時代は私は、別の研究室でぜんぜん違う研究をしていたんです。
音声認識の研究だったんですが、ぜんぜん別の情報系の研究でした。私は大学卒業後、マッキンゼーというコンサル会社に就職しました。
>一度就職経験もあるんですね。
(清水)それまでずっとエンジニアで電気回路の設計とかプログラミングとかいろいろやっていました。起業とかも興味はあったんですが、エンジニアだったので、ビジネスのことが全くわからないと思って、勉強しようとマッキンゼーに2年くらいいたんです。
>マッキンゼーってそういった技術系のエンジニアとかも就職できるんですね。
(清水)理系の人も多いです。私の同期は理系の院生(修士号保持者)が多かったです。
>コンサルティングの会社ですよね。
(清水)そうです。理系だと論文を書いたり実験したりみたいなプロセスで、仮説を立てて検証して修正してみたいなことは、ビジネス上でもまさに利用しやすいプロセスなので、実は研究者はビジネスにも強いという側面があると思っています。実際マッキンゼーはグローバルでそういう傾向で、一割以上が博士号保持者だと聞いています。
その2年の後半でボストンに留学することになったのですが、川原先生が当時、MITメディアラボの客員助教をやられていて、ここで再会したわけです。
最近どういう研究してるんですか、みたいな話から、川原先生の「導電性インク」の研究のことを聞いたわけです。それを聞いて僕はすぐに「ビジネスになるんじゃないですか、研究室の中だけにするのはもったいないですよね」という話になったのですが、川原先生も研究の傍らでビジネスもやることはなかなか難しいところもあるので、だったら僕がやりましょうかとなったわけです。
>まさにコンサルティングの立場で起業を促進させたということなんですね。
(清水)そういう感じですね、私が長年研究してきてビジネス化したわけではないんです。
>ボストンでの出会いが非常に大きかったですね。
(清水)そうです、その時ちょうど、2013年の10月頃だったと思うんですが、世の中では3Dプリンタのブームが一段落したところで、(立体の)回路が作れるプリンタ技術も若干世に出てき始めていたくらいの状態でした。これもこれから来るなと思っていたんですが、3Dプリンタでの回路プリントだと精度にも大きさにも制限がありますが、「導電性インク」なら精度高く大きさの制限もなく回路が作れる、これは3Dプリンタのさらに先を行けるんじゃないかなと思い、そこから起業を決心しました。
>面白いですね。そして2014年1月には創業されたわけですから、思い立ってわずか3ヶ月くらいで立ち上げちゃったんですね。
(清水)2013年12月に私が日本に帰国して、投資家の方に何人かお会いするなか、鎌田富久さん(TomyK Ltd.代表)という元株式会社ACCESS共同創業者の方が、投資いただけることになり、そこで私もマッキンゼーを退社して1月にAgIC株式会社を創業しました。
スピードが重要だと思ったんです。ベンチャーならどこでもそうだと思いますが、あらゆる技術って、1年遅れるとあっという間に陳腐化してしまうというか、環境も変わってしまうんで、優位性のあるうちにやらないとと思ったんで、さっと始めちゃいました。
清水信哉氏
>この「導電性インク」というのは、昔からあったものなんですか?
(清水)カテゴリーとしては以前からあったものなんですが、我々が使っている「導電性インク」は割と最近開発されたものです。
というのは「導電性インク」って我々以前のものは、ペースト状のものを絞り出してつなげていくようなものだったんです。
>回路部分が盛り上がる感じですね。
(清水)それと乾くのに1時間くらいかかるんです。いまのはフェルトペンのように厚みもなく書けて、2,3秒で乾いてしまう。さらに導電率も100倍くらい良くなっています。性能としても違う。
昔からあった技術ではありますが、以前のものだったら、授業で使うなんて出来なかったわけです、乾くのに1時間もかかってしまってたわけだから。
>それは以前の「導電性インク」から現在に至る部分を川原先生が研究されたということなんでしょうか。
(清水)そうなりますね。そこが面白いところですね。今回の「導電性インク」は書く紙も特殊なんです。
>あ、普通の紙に書くんではないんですね。
(清水)専用の紙を開発しました。これが今回の特徴的なところでもあります。以前のペースト状のものはどんな紙でも書けましたが、乾きが悪かったり、盛りになってしまっていた。今回のものは、紙は選ぶんですが、非常に性能が良い。
どういう原理になっているかというと、インクの中に銀(Ag)が入っていて、特殊な紙の上で銀入りインクで書くと、インクに含まれる水や溶媒は紙の中に吸収されて、銀だけが表面に残るようになっています。これによって3,4秒で使えるようになったというわけです。
昔のもののように「乾かす」という考えから「吸収させる」という発想に変えたわけですね。
■アイデアがあれば活用法は無限大・・・
>これは清水さんが初めて見たのはボストンですか?
(清水)そうです。そのときすぐに面白いと思いましたね。
>そのときどんな夢が描かれました?
(清水)ひとつは、いわゆるプリント基板などあると思うんですが、あれをこの紙とインクで置き換えられると思いましたね。実はやってみるとそう簡単ではなかったんですが。
あと例えば壁紙にこの紙とインクを使うことで、壁面全体をインターフェースにしてしまうとかも考えられますよね。
もちろん教育の教材としても活用できるでしょうし・・・。
>去年のお正月に起業されて、その後Kickstarterで資金集めをされ、ペンを発売したのが昨年末・・・
(清水)ペン(回路マーカー)として発売したのが昨年8月ですね。
>その後、今年1月には「消しペン」を発売された・・・。最初は書くだけだったけど、消しペンで修正もできるようになった・・・。
(清水)そうですね。ペンと専用紙を発売して、その後要望が大きかった消しペンを、特殊な溶剤を使って作成しました。そもそも我々の中では、消すということは全く発想になかったんですね。消し方をぜんぜん思いついてないままペンと紙を発売していて、あるとき特定の溶剤をつければ簡単に剥がれることを発見して「消しペン」が完成したわけです。
>そもそもが「手書き」というとアナログな感じですが、逆にプリンタで印刷するなら、イラストレーターなどの画像ソフトで事前に作っておけば、修正する必要はないわけですね。
(清水)そうなんですね。でも手書きの良さも残しておくために消しペンも作りました。
消しペンで回路を修正
>今現在どんな状況ですか?
(清水)ペンに関しては、最近では一般の小売店にも置いていただけるようになっていて、それと、内田洋行さんと連携して、公立の小学校の教材として使っていただく準備を進めています。
先日6月頭に行われた「New Education Expo」(東京会場はTFT)で一連の商品(回路マーカー、回路インク、回路インクカートリッジなど)を発表したんですが、いわゆる小学校の理科で習う「直列とか並列の回路を組め」といった演習を、これまでだったら電線をつないで作らなければならなかったものを、紙に書くだけで実験することが出来るという教材が大変人気になりました。
これを気に入っていただいた内田洋行さんを通じて来年以降の公立小学校の教材として利用していただけるよう準備を始めているところです。
これを機にキット的なもの、例えば電気で動くペーパークラフトキットなどを考え中です。自分でイマジネーションを持って好きなモノを作れるようになると良いなと思います。作ったものを見せあったりするコミュニティが広がっていければいいですね。
それとプリンタのほうですが、これはペンと方向性は違うんですが、企業からの依頼で広告のポスターとか、屋外の印刷物をデジタル化することを考えています。言うなれば、あらゆる紙自体をデジタルデバイス化する、電子回路が埋め込めるんで、ということです。
家庭用プリンタで回路を印刷
かなり精密な回路まで家庭用プリンタで印刷可能
>ポスターの印刷の場合も、専用紙でなければならないんですよね。
(清水)そうです。基本的にこの専用紙の大きなものを特注で作っていくわけです。ここに大きなプリンタで回路を印刷して、その上にグラフィックも印刷する、貼り付ける。
これで、例えば、人が近づいてくると光るポスターとか、「Bluetooth(ブルートゥース)」のモジュールを搭載してポスターからクーポンがダウンロード出来るようにするとか、3Gモジュールを載せればデータを遠隔地と随時送受信することもできますよね。これができればリアルタイムの情報を取得もできるようになるので、どこのポスターで何時ころにどういう人がダウンロードしたとかもリアルタイムで集計できるようになります。広告会社からすると使いでがありますよね。こちらのほうがコンスーマ向けよりビジネスになるのかもしれません・・・。
>「導電性インク」の使い道のアイデアがたくさん必要ってことですね。
(清水)そうですね、我々は基礎技術に近い部分を形にしただけなので、応用というか、いろいろなところで使って頂くなど、私達以外のアイデアもどんどん盛り込んで行って欲しいですね。
できるだけ我々だけで閉じるのではなく、いろいろな人に使っていただいて、新たな使い道を考えていただけるようになると良いなと思います。
>やっぱりキットみたいになっていたほうが使いやすそうですね・・・
(清水)現在、電気回路入門用の「サーキットステッカー・スターターキット」や「光るカードスタンドを作ってみよう!キット」などを販売中です。
解説書なんかもけっこうまじめに作っていて、順番に進めていけば、基礎原理を学びながら、実際のモノも出来上がるようになっています。
>ちなみにこれらの製品は御社が直接在庫管理をされている?
(清水)そうです、製造から販売までやってます。
>現在はどんなところに重点を置いて進めている状況ですか、例えば、こういった新たなキットみたいなものを考えるところなのか、先ほどの広告利用のBtoB的なことなのか・・・
(清水)課題という意味では、ポスター等の大型紙を印刷して部品を上に貼り付けるときの生産ラインをどう作るかですね。通常の印刷屋さんにはないわけです。独自に作らなければならないと。弊社の方で大型プリンタを並べて生産ラインを作ろうとしているんですが、いつ出来上がるか、これが重点課題ですね。
>プリンタの場合、インクカートリッジを導電性インクのカートリッジに変えればこれまでのプリンタでも対応できるんですか?
(清水)一部家庭用では、ブラザーさんのプリンタ用のカートリッジは発売しています。でも大型ポスターなどのプリント用の業務用プリンタでは、プリント部自体を専用に改造する必要がありますね。それも含めて専門のプリンタ機器会社と準備をしているところです。
■目指すはアジアマーケット・・・
>これからの具体的な目標ってありますか?
(清水)今後この市場に競合が出てくると思うんです。ただ我々が世界で一番先行していることは間違いないわけで、そのポジションをずっとキープして、5年後に街で見かけるインタラクティブなポスターは全部弊社の製品になっているようにすることが目標ですね。インタラクティブな紙(インタラクティブペーパーと呼ばせていただきます)に関してのデファクトスタンダードをAgICが抑えられるようにしたいですね。
>そこのポジションを保つための御社の持つパテントみたいなものはあるんですか?
(清水)パテントはいくつかありますが、これで抑えられる範囲ってけっこう少ないんです。特に中国などの海外となると、もはや関係なくなってしまう。なのでパテントではなくて、オープンにいろいろな方に使っていただいて「使いやすくて便利だからみんな使っている」となるのが理想ですね。
>今あるもので御社の自信作と言えばどれですか?
(清水)アディダスさん向けに作った海外用のポスターなんですが、触れると点滅するポスター。紙のポスターなのにディスプレイのように点灯する。現時点では、これは我々の技術以外では作ることは出来ないと思います。
アディダスのインタラクティブポスター
また、ドコモさん向けに昨年クリスマスに作ったものでは、二人で同時にポスターのタッチパネル部分を押すとクリスマスツリーが光る、といったものもありました。
カラフルなインタラクティブポスター
電光掲示板のようなポスター
>夢が広がって楽しそうですね。
(清水)ありがとうございます。
>とにかくより多くの人に見てもらうのが大切かもしれませんね。
(清水)いま中国で展開していることが多くて、なかなか日本国内でお店出来る機会がまだ少ないんですが、中国のほうが新しいものに対して寛容らしいんです。新しいものに飛びつく、価値を高く見てくれる、(日本はこれ以上新しいものをわざわざやる必要がないのに対し)中国はどんどん新しい需要が増えていって、新しい広告手法をどんどん打っていかないと競争に勝てない・・・。
>アジア全体がそうなっているのかもしれませんね。
(清水)日本は市場が出来上がってしまっているように感じます。中国は新しい技術があったらどんどん使いたいという感じ・・・。最適なマーケットです、中国は・・・。
>なるほど、こりゃおもしろいものは中国にどんどん行っちゃいますね・・・。
今日はありがとうございました。
(参考リンク)
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■AgIC株式会社