■「なりきろいど」にビビッと来た・・・
四半世紀も昔のこと、ラジオ番組の制作を担当していたときにとんでもないことを試したことがあった。それはまだ携帯電話もない頃、スタジオのパソコン上に飛び交う文字動画を、「ピーガチャガチャ・・・」という通信音をラジオの電波に乗せて、リスナーの手元のパソコンで再生してもらうという試み。
当然リアルタイムで再生することは出来なかったので、いったんカセットテープにその通信音を録ってもらって、それをパソコンに読み込ませると、パソコン画面に浮かび上がる。(初期の頃のパソコンは、カセットテープがデータ保存デバイスだった)
このとき何と表示されるかをクイズにして募集したところ、なんと、全国から解答のハガキが寄せられ、見事に正解を言い当てた方が大半を占めた。
実はラジオでは「リスナーが理解できるものしか流してはいけない」という電波法の縛りがあるため、パソコンの通信音などを何秒にも渡って流すことは禁じられているわけだが、ラジオの電波で音声以外の情報を伝えることができるという証明ができたことには間違いはない・・・。
こうした手法はその後進化し、今では音声に混じらせて、聞いていても気にならない音で送信。受信側もパソコンからスマートフォンに進化し、ニュースと共に緊急速報などを文字で伝えるようなこともできるようになってきている。そのひとつが、このコラムでも度々紹介している「Toneconnect(トーンコネクト)」というニッポン放送が開発したサービス。プッシュフォンの「ピッポッパ音」でラジオ音声と共に文字列や画像を送ることが出来る。
しかし、今回ご紹介する「なりきろいど」の情報が、4月初旬にフェイスブックなどで注目を集め始めたとき、これならラジオパーソナリティ自体も手元のスマートフォンにリアルタイム再生させることができるとビビッと来てしまった。それどころか、誰でもスマートフォンを持っていれば、自分がラジオパーソナリティに「なりき」ることすらできるではないか、これは取材せねば・・・。
ということで、このサービスの開発・運営を手がけているヤフー株式会社のスマートデバイス推進本部 エンジニア・吉田一星(いっせい)さん、デザイナー・香島有里さん、そしてコーポレートコミュニケーション本部広報室・矢内博之さんにお話を伺って参りました。
■高度なモーションキャプチャー技術をスマホアプリで実現!?
>4月7日に自分のアバターを写真から作成できるサービスとして「なりきろいど」がリリースされました。今回はiOS版のみ。夏までにはandroid版もリリース予定とのことですが、リリース時にはかなりフェイスブックやツイッターで大きな話題になっていましたね。フェイスタイムなどで、作成したアバターの表情が実際の眼や口の動きを認識して自動的にアニメーションするというのがとても楽しそうだと思いました。またこれまでテレビなどでも、例えばカウントダウンTVに登場するキャラクターのように、アニメを人間の動作に合わせて動かす技術は各所で使われていましたが、これほど簡単にできるようになったことが驚きでした。「なりきろいど」が開発されたいきさつをお聞かせいただけますか。
(吉田)昔から映画のアバターとかでは、顔のモーションキャプチャーでCGアニメーションを動かしたりしていますが、あれは顔にマーカーを付けて動きをトラッキングする必要があります。あくまでプロ仕様のもので、一般ユーザーが使えるレベルまでにはなっていませんでした。
以前私が「怪人百面相」というアプリを作ったことがあって(現在もサービス中)、これもフェーストラッキング(顔認識技術)を活用したアプリで、モナリザなど有名な顔に変身して動画を作成できるものでした。
そこからさらにこの「顔認識技術」をコミュニケーションで活用したいという思いから「なりきろいど」が生まれました。
スマートフォンってフロントカメラが標準装備じゃないですか。このフロントカメラを活用したアプリはなかなかないと思ったんです。タッチしてキーボード入力みたいなものはいくらでもあるんですが、常にスマホに顔を向けた状態なんだから、顔で何かを入力してコミュニケーションするというのはどうだろうと思い、それを活用してみようとなったわけです。これまでも「顔認識」に関するライブラリをいろいろ開発してきたので、これらも活用できますし・・・。
これは技術的な面でのいきさつですが、もうひとつは、常々思っていたことなんですが、対面以上のコミュニケーションはなかなか難しいと感じていたことです。例えばビデオチャットするときも、相手が遠く感じる、誰が何言ってるのか判断が(意外に)難しいと感じていました。結局、相手になにか伝えるには、実際に会う以上のものはないのか、、、と思っていたんです。
>>「なりきろいど」チャット画面
そんな中、「なりきろいど」でそれを越えられたとまでは思っていませんが、対面とはまた別の次元で、コミュニケーションを楽しく、例えばユニークな表情(漫画的な演出)で伝えられたりすれば、ビデオチャット以上のものが実現できると感じました。
LINEスタンプって楽しいじゃないですか。あの楽しさをリアルタイムコミュニケーションでも実現できれば円滑なコミュニケーションが実現できる・・・。そんな思いが開発の原動力になりました。
>顔認識技術のことですが、アバターに変換する技術は、汎用的な「LIVE2D」というものを利用しているとありましたが・・・
(吉田)「LIVE2D」は2D(平面)を3D(立体)に見せるための技術ですね。2Dの質感を保ったまま、立体にすることができます。
>カヤックさんが開発された「Lobi」とも連携されているとありますが・・・
(吉田)「なりきろいど」には録画機能というのがありまして、しゃべったりコミュニケーションした動画を録画して投稿できるんですがその先が「Lobi」になります。(「Lobi」は主にオンラインゲームなどのプレイ動画を共有できるサービス)
>ということは、顔認識やフェイストラックの技術は吉田さんのオリジナルの技術なんですか?
(吉田)そうです。独自の技術をどう活かそうかということが発想の原点ですね。
>こういった技術はかなり昔からありましたよね・・・
(吉田)あったといえばそうなんですが、マーカーを付けないと認識しないとか、マイクロソフトの「Kinect(キネクト)」だと赤外線パターンを投影し、それを2つの赤外線カメラで読み取る形での立体認識になります。僕はあくまでスマートフォンのカメラでもできるということと、スマホの限られた性能で顔認識ができるということを実現させたいと考えました。これは今までにないものになります。
>つまりスマートフォンのレベルでは、吉田さんが世界で初めて実現させた技術ということになりますか?
(吉田)アプリで実際に出ている例は他に聞いたことはないですね。さらに通話などのコミュニケーションと組み合わせたという意味では世界初なのではないかと思います。
>吉田さんは、元々こういった基礎技術の開発をされていた方なんですか?
(吉田)興味は持っていた中で、このフェーストラッキング(顔認識)は様々な場面で活用ができるとは思っていました。
>>「なりきろいど」顔認識画面
>話が脱線してしまうかもしれませんが、監視カメラなどにも応用できますよね。
(吉田)そういうところでも活用できますね。
>ところで「なりきろいど」には「ランダムワープ」という機能があるそうなんですが・・
(吉田)そうですね、初めての人同士がランダムでつながって新しい友達の輪を広げるような機能です。顔が匿名化されていますので、本当の自分が隠せることで、ランダムワープで新しい友だちを作るのも抵抗なくできるかなと・・・。
■なりきり動画が半端ない!?
>4月7日にリリースして2週間くらいですが、現状としてはどんな反応でしょう。
(吉田)かなり色々な使い方をする人が現れていて楽しいです。特にテキストチャットはかなり使われていますね。人によっては海外の方とつながるなど予想もしない人とコミュニケーション出来たと喜ばれています。知り合いとのコミュニケーションというよりも、アバターを介してツッコミができることで、新しい友だちをつくる流れができ始めています。
>「なりきろいど」での相手は、新たに作る必要がありますか? それともフェイスブックやLINEなどからつながれるのか・・・。
(吉田)最初ニックネームだけ入力して頂いて、ほかのSNSのIDとも連携せずに新たに立ち上がるように出来ています。なのでFBなどの現実の人間関係とは別の世界でのコミュニケーションになります。
もうひとつは、さきほどの「録画機能」なんですが、当初どのくらい利用されるのかわからなかったので、少々奥まった場所にサービスページを置いてしまったんですが、それにもかかわらず、予想を大きく上回って利用されています。例えば「踊ってみた」「歌ってみた」などの「なりきり動画」で、声優さん顔負けのアニメ動画が多くアップされています。
>作ったものは自分のタイムラインに残る以外にどこかに投稿ができるんですか?
(吉田)現状では既存のSNS(フェイスブックなど)のほかLobiとかニコ動とかにも投稿できます。海外の人は、何言ってるのかわからないんですが、アニメ顔で歌ってるのがかなり楽しいです。
>>なりきり動画の投稿サイト「AvatarPhone(なりきろいど)動画」
(吉田)なりきり動画に関しては予想を超えてますね。録画機能についてはもっと使いやすいようにさらに改善させていきたいと思います。
>LINEだったりフェイスブックだったり、既存のSNSと共存するのか、対峙するのか微妙だと思っていたんですが、「なりきり動画」を投稿して、そこから友達が広がっていくのは新しいかもしれませんね。全然違った世界が広がってきている感じがします。
(吉田)バーチャルグラフにおいて、リアルな友達というか、オンラインゲーム上での仲間とかみたいな気軽さで、(同じ趣味嗜好で)新たなともだちも作れるところが良いかもしれません。
>動画以外のところでは何か改良したいとか盛り上げたいとかありますか?
(吉田)(FaceTimeでの)通話というところが元々のポイントでしたので、もっと通話でなりきりアバターを使ってもらえるようにしたいです。先日のアップデートで、通話したい人同士がつながる場も作って強化しました。これを使えば、今なりきり通話ができる人とランダムワープでつながるので、今すぐにでも通話が試せるわけです。期待したいですね。
>>「なりきろいど」通話画面
>相手を探す簡単な方法がキーポイントになるんじゃないでしょうか。
(吉田)そういう意味ではタグが設定ができるので、ランダムワープで同じような趣味の人同士がつながるようなことも始めています。例えば漫画好きだったら、#mangaとかタグ付けをすることで見つけてもらえるみたいな・・・。
>とてもおもしろそうだとは思いますが、その反面、例えば鉄道好きの人を探して、その人となりきりチャットしたとして、いきなり見知らぬ人に鉄道の話を持ちかけるのってけっこう勇気が要りませんかね・・・・。
(香島)最初は画面タッチで、顔スリスリとかから始めて、そこから仲良くなっていくとか、そんな出会のパターンが多いみたいですよ笑。
>私が以前担当していた「リヴリーアイランド」というサービスでも、お互い見知らぬ同士なので、いきなり具体的な話題でコミュニケーション取るというよりも、いくつかみんなが集まっている広場などで、魔術を掛け合ったり、テキストチャットしたりするところから始まるんです。こうしたコミュニケーションの広場みたいなものがあってもいいかもしれませんね。
(吉田)まさにそういった場があるといいですし、ゲーム的な要素もあれば楽しくなるだろうなと思います。そのあたりはいろいろ反応を見つつ進めていきたいですね。
>いろいろな面で可能性が広がりますね。
(吉田)従来のアバターサービスとは根本的に違うところからの発想なので、アバターサービスでもないし、単なるチャットサービスでもないところが「なりきろいど」のポイントだと思っています。
>>左から吉田一星さん、香島有里さん
>「なりきろいど」でユーチューバーとかやるのも良いかもしれませんね。HIKAKINに代わるキャラクターが誕生するかもしれない・・・。そういうキャラがいくつも出てくれば、「なりきろいど」が放送局みたいになってくる・・・。
(吉田)いまでもすでにユーチューバーの方が「なりきろいど」で投稿されてますよ笑。
>見る側としては、キャラになりきっての情報発信コンテンツが並んでれば、見に行きたくなりますね。発信する側も、何かになりきって実力が発揮できる・・・。通話することとは別の機能になりますが、これはこれで発展形がいろいろ考えられますね。
(吉田)みなさんからの要望もあって、次にやりたいことはまさにそこで、ニコ生だったりで、顔出しNGの方々に「なりきろいど」を使ってもらえるようにしていきたいですね。
あと「凸待ち(とつまち)放送」というのがニコ生にはあるんですが、どういうのかというと、放送中に「Skype」などのIDを公開して通話を待ち、突撃してきた人と通話している模様をそのまま生配信することなんです。これがまさに「なりきろいど」で出来ますので、そういった使い方も普及していけばいいなと思っています。
■あなたも今なら寄生獣のミギーになれる!?
>吉田さんの当面の目標は・・・
(吉田)まずは最低限のユーザー確保とコミュニティとして機能することが第一ですね。まだプロモーションも大きくはしてませんので、アプリ自体をみんなに受け入れてもらえるように日々改善を続けている最中です。
それが出来た段階で、今後はコミュニティをどういう方向に絞っていくかに向けて、例えばアバター課金であるとか、ビジネス的な試みも加えて事業として成功に導いて行ければと思っています。
>吉田さんとして「なりきろいど」がこうなってくれたらいいなという夢ありますか?
(吉田)さまざまな展開を夢見ているんですが、先程も言ったニコ生で使われるようになったり、声優オーディションに使われるようになったり、コールセンターで採用されたり、かなりいろいろな方向性を秘めていると感じてます。
今後はさまざまな業態に話を持っていけると思っています。そのためにまずは「なりきろいど」としてどういう方向性が正しいかを見極めること、そしてビジネス的にもアバター配信などで回っていくことがポイントですね。あげればきりがないくらい可能性はある。現時点では軸足を固めることが大事でしょう。
>いろいろ話を聞いてきて、やはり「顔認識」技術が誰にも真似できないユニークであることが最大の特徴なので、ある意味、いろいろな展開をてがけることで、その技術をいろいろな人に伝えることが出来る。それによって、他の人もどんどん技術の使い道やサービス展開を考えだしてくれる。そんな展開が待ち受けているように思いました。
(吉田)ありがとうございます。現在映画「寄生獣完結編」公開記念としてミギーになりきれるアバターを配信しています。サービス始まって初めてのコラボ企画です。大人気サービス中ですので、ぜひこの機会に「なりきろいど」を体験してみていただければ幸いです。
>これはみんなやっちゃうな・・・。今日はありがとうございました。
>>「寄生獣」ミギーになりきろいど!
(参考リンク)
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■なりきろいど
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■怪人百面相
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■AvatarPhone(なりきろいど)動画