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ソーシャルメディアの終焉の先にあるもの 第25回トンコネ・ジャム

2014/09/30 13:00
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土屋夏彦

radikoが有料で全国が聴けるようになり、いよいよ聴き逃しサービス「タイムフリー」も始まるかと思いきや、2016年になってしまいましたが、AMが在京3局も含め順次ワイドFM化を始め、TOKYOFMグループのi-dioもいよいよこの3月から始まるようで、今年の地殻変動はかなり大きいかも!
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■なぜ旅が必要なのか・・・

2010年ころから急速に世の中を飲み込んだ「ソーシャルメディア」。それがわずか3〜4年しかたってない今、終焉に向かい始めていると言う。

それもそのはず、現実での人間関係がうまくいかず、仮面の関係やヴァーチャルな関係でもゆるいコミュニケーションが成り立つ「ソーシャルメディア」がどうもそうでもなくなりつつあるというのだ。

IoT(モノがすべてインターネットに繋がる時代)が進むことでネットがよりリアルに近づき始め、「ネットは人が所属するコミュニティの中の人間関係をより深め、固定し、そこから逃げ出せなくするメディア」(『弱いつながり』東浩紀著より)に変化してきており、ネットのほうがリアルより強い絆を求めるように変化した。

これまでのようなゆるいつながりを求めたいなら「旅」で人と出会うことがこれからの手段ではないかとも言っている。

また「ツイッターとフェイスブックそしてホリエモンの時代は終わった(梅崎健理著)」でもうめけん氏は「人と人とのつながりや交流はよりアナログ的な手法で(デジタルで)実現されるべき」と言い、それを「ニューアナログ」と命名した。

IT使いのスペシャリストでラジオパーソナリティの吉田尚記氏、音のQRコード「トーンコネクト(Toneconnect)」を生み出した株式会社トーンコネクト社長CEOの加畑健志氏、そしてスーパー大学生のTehuさんをメンバーに、最近気になるネットとラジオの近未来をトークセッションする月例会トーンコネクト・トークジャム(略してトンコネ・ジャム)。

今回は、前回の「ソーシャルシステム議論」を更に掘り下げて「ソーシャルメディアがなぜつまらなくなったか」について議論しています。

■ネットは楽に渡り合う方向に向かっている・・・

>ソーシャルメディアがどんどんつまらなくなってきていますよね。

(吉田)ラジオはまだまだ面白いところがあると思うんですが、生アニメ企画で取材をした際に宇野さんが最近言われてた「インターネットは必然のメディアである」に共感しました。

偶発性(偶然性)がなさすぎる。つまり検索するじゃないですか。そういった偶発性のない世界でどんどん閉じてる感が本当にいま限界まで来ている。アニメ関係者もアニメしか見えていない。全然よろしくない。

Tehuくんは初めて検索したのは幼稚園とか話してませんでしたっけ?

(Tehu)ちょうど小学校入りたての頃ですね。

(吉田)僕は大学出て社会人になってからしか検索をしたことがない。SPA!のひろゆきの連載が面白かった。ネットオンチとかITオンチはまずいけど、スマホオンチはそのままで良いんじゃないかという話。

何故かというとソーシャルゲームがよろしくない、いままで本だったり映画だったりアニメにしても、何らかの体系(コンテキスト)があってもろもろを伝えようと言う意図があったわけです。それに対して、ソーシャルゲームは体系を伝えるという気持ちは全くない。

あくまでそこに滞留してもらうことのみ。言われてみると、世の中のものごともすべて「滞留」が前提で回っているように見えてきませんか。

そこに留まっていることに対して、お金を払うことで、本来の義務を軽減する、それってどうなの?

ラウンドワンだったり漫画喫茶だったり、この数年で伸してきているものだとすれば、どれもそうなっているなと。

>まさにそれが「マイルドヤンキー」の話じゃないですか。

(吉田)そうです。ちなみにマイルドヤンキーがたむろすショッピングセンターは、今年中に世界で3800万平米出来るんだそうです。でもその大半は中国だという話。

そんな中カンボジアに新しくできるショッピングモールの話。カンボジアのGDPは日本の40分の1くらいしかない(カンボジア:1,016ドル、日本:38,491ドル ※2013年)。でも中産階級が育ち始めているのでショッピングモールが出来始めた。そこに「銀だこ」など日本の企業も入ってる。

東浩紀さんが書かれた本の中に、いろいろな場所でクロックスはいている人同士で笑いあうという動きがあって、確かに新たなショッピングモールには必ずクロックスのショップがある。中産階級がネットが出来た(ソーシャルメディアの普及)ことによって、暮らし方がみんな同じになっているというんです。それも世界中で。

それって超ツマンネーって思うわけですよ。元々「旅先でマクドナルド行く人は死ね」と思っていたんですが笑。

(加畑)オーストラリア行った時、マクドナルドがあって心底助かったと思ったことありますが・・。何食っても死ぬほどまずくて・・・笑。

(吉田)そう言えば、オーストラリアではスターバックスの進出が失敗したんですよね。撤退したというニュースありましたよね。スターバックスが進出できない国こそ素晴らしいと思うんです。

世間で何か流行っているがこちとら何の関係ねーよと言えるところが最終的に面白い気がします。カンボジア行って銀だこ食わないですよね。

>カンボジア人にとっては「銀だこ」は新鮮(偶然!)かもしれませんよ・・・笑。

(吉田)一度生理(機能)をリセットするべきだと思うんです。マクドナルドは(気が)楽だから食べちゃうじゃないですか。楽かどうかじゃなくて好奇心で行く、食べる。めんどうくさいことをチョイスするほうが、僕は楽しい。だからそんな楽だからという感触をリセットする。

>つまりネットは楽に楽に世の中を渡り合うほうに傾いていってしまってるからつまらなくなっていると・・・。

(吉田)だからリセットするんです。そうすると現状で用意されているインフラ(ソーシャルメディア)ってものすごい使い勝手が良い、チャンスもいっぱいある。そういったツールを使いこなす意識があればいいのですが、現代社会の社会的組織として持っているのが楽に向かって生きる人たちを大量に生むシステム。システム(ネット)を乗りこなしていない。乗りこなせてない・・・。

>便利になればなるほど、幸せになればなるほど、そこにゆがみが出てくる。今の日本は幸福であるがゆえにいじめが横行してしまう・・。不便だったらみんなが便利にしようとするから新しいことがどんどん生まれて行く。いまはどちらかと言えばすべてが便利なので、それに乗せられてしまうからつまらない・・・。

(加畑)安心安全と言うじゃないですか。これを目指すとリスクもなくなるけど面白くなくなる。世の中はここを目指したがる、リスクを取りたがらない人が多いから。

■馬鹿なことをやるのは面倒・・・

(吉田)いま世の中には「フールプルーフ」がいっぱいあるのに誰も使っていないんです。(フールプルーフ:工業製品や生産設備、ソフトウェアなどで、利用者が誤った操作をしても危険に晒されることがないよう、設計の段階で安全対策を施しておくこと。よくわかってない人が使っても安全に使える仕様を表す。)

つまり「馬鹿なこと」をやっても安全な世の中になったのに、やってる人がすごく少ない(誰もやんなくなってる)。私はあえて馬鹿なことを進んでやってます。やってみてわかったんですが、すっごく言われない、足引っ張られない。みんな馬鹿なことやるのを期待している。ネット上の話ですが超順風です。

(加畑)だからちょっと心配なところもあるんですけどね・・・笑。

(吉田)僕は始めるときに「無責任になりますよ」と言った上で始めていることなので、そんな心配はないと思っています。ただ社会的にはどうかとは思いますが。でも少なくとも世の中は誰かが馬鹿なことやってくれたらなと思っているのに、どっちかといえばラジオですら安全なほうを選んでいる、おかしいと常々思っているわけです。

(今仕掛けを始めている)生放送のアニメなんかも、わけわかんないと言いながら、みんな話に乗っかってきて、もうチャレンジ感だけでみんなが乗ってきちゃってる。

>「馬鹿なことやる」とはまさに「めんどくさいことやる」わけで、いろいろ考えないと出来ないこと。だからそこに時間もかかる、責任もあるし、リスクもある。吉田さんはそれだけ手間をかけてちゃんとやるから、面白いものを生み出していってるんだという話ですね。みんなわかってるんだけど、そこに行けない・・・。

(加畑)みんな余裕がないので失敗を恐れているのでは・・・。

(吉田)みんな余裕ありますよ。昔はみんなが広く見るものはリソースが限られていた、テレビとかしかなかった。だからつまんないことやれば批判されるし、批判が(ある意味)「芸」にもなり得た。

>既存メディアの時代は、人の失敗が見世物になっていたというわけですね。

(吉田)でもネットコンテンツに時代になり、今やこんなにあるんだから、なんかつまらないものを見たら「はい次」でいい、つまらないものにこだわって批判し続けている理由が無い・・・。

(加畑)でも一方で批判することで自分を表現できると思っている人がいるのも事実・・・。

(吉田)なので金額的なリスクさえ交わせるのであれば、もう何をしてもいいと思うんです。それが一番おもしろいプレーヤーになり得るので、僕だったらそういうボールの蹴り方をする。でもなぜこうする人がいないんだろう、少ないんだろう・・ということじゃないですかね。

(加畑)さっきの検索の話じゃないけど、世の中にあることはワードとして存在しているので検索で取り出せる。しかしあまり見たこともないようなことは、そもそも検索ワードとして上がってこないから、検索対象にも上がらない。上がらないと存在していないことと同じという理屈。

よっぴーが面白いなと思っている何かは、世の中には「そこそこ」存在している(はずな)のに、それは検索可能ではないので、接することができないだけなのでは・・・。

■旅をする意味がわかってきた・・・

>なるほど、だからおもしろいものはいっぱいあるのに、なんとなくつまらなく感じるんですね。そうさせてしまったのがソーシャルメディアでのあふれる必然性。面白いものがソーシャルメディアから弾き飛ばされている・・・。

整理すると、ソーシャルメディアはここ数年で我々の生活を急激に便利なものにしてくれた。そのせいでネットから得たものが偶然から必然に変わってきてしまった。そこでたむろしているだけでは、全く好奇心を満足させられなくなってしまった。

一方必然ばかりの環境によって、人の抜きに出るようなことも、批判を恐れて誰もやりたがらない。ネットの便利で満足せざるを得ない。結果ネットには面白いものが現れなくなった・・・。

(吉田)僕の場合は面白いことの種は相変わらず自分の周りにいっぱいあるんですが、伝播しない・・・。

(加畑)その一つの答えがなんとなく見えてきたんです。その伝播しないところを何とかする方法。

面白いことはまるで島(アイランド)のように点在していると考えられます。小さい丸(クラスター)がいっぱいある。クラスター同士はくつつかない。2つのクラスターが集まると大きくなると思うんですが、そうはならない。

だったらなるべく物理的に近くに島を置く、面白い場所の割と近いところに(別の面白いものを)置くんです。それらが諸島(archipelago:アーキペラーゴ)を成す。そしてルールを作って島の間で強制的に人的交流をする。

(Tehu)物理的に近いとはどのくらいのことなんですか? シェアオフィスみたいなのをイメージしましたが・・・。

(加畑)近いイメージですね。ただシェアオフィスは人的交流にルールはないのでルールが必要です。例えばあるテーマをクリアしたら次の島に行くとして、その次の島に行くときに前の島の人間を2人以上連れていかなければ移動はできないと決めるんです。

>なるほど、面白いと思ってる人が自ら伝播させていくということですね。

(加畑)昔、読書会ってなかったですか?

(吉田)いま丁度、宇野さんが読書会やりたいと言ってました。宇野さんが言ってて良いなと思ったのは、今若者が本を読まなくなったとかではなく、雑談の力が弱くなってきた、その力をつけるためには読書会が一番だとおっしゃってたこと。

>まさに東浩紀氏が「旅をしよう」と言っておられるのと同じ結論ですね。ソーシャルシステムの終焉の先には読書会や旅などのリアルなコミュニケーションが待っている。それもデジタル時代ならではのルールが読書会や旅を全く違ったものに変えていく・・・。今日もありがとうございました。

世の中をもっと面白くするためには何をすればいいのか。日本にはまだまだ世界に向けて発信できることが溢れているはず。それを掘り起こすにはネットに頼るだけでなく、リアルなゆるい関係をを再認識する必要があるようです。


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※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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