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スモールクラスター化社会に生きる:第19回トンコネ・ジャム

2014/02/26 16:00
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土屋夏彦

radikoが有料で全国が聴けるようになり、いよいよ聴き逃しサービス「タイムフリー」も始まるかと思いきや、2016年になってしまいましたが、AMが在京3局も含め順次ワイドFM化を始め、TOKYOFMグループのi-dioもいよいよこの3月から始まるようで、今年の地殻変動はかなり大きいかも!
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■小ロットでハードウエアを作れるようになった背景に・・・

前回のトンコネ・ジャムで取り上げた「Lean Hardware」という話題が世間を駆け巡っています。昔だったらなかなかビジネスにならなかった「小ロットでハードウエアを作る」が、ネットワークサービスを付加することで次々と実現可能になるというこの手法。

2月15日に紹介した「ワンモア」社の沼田氏が手掛けるモール型クラウドファンディングサイト『GREEN FUNDING』の記事で、サービスに付加価値を付けるために「情緒」を大切にしたという話はまさに「Lean Hardware」モデルがビジネスになったことと大いに重なると感じます。

さて、IT使いのスペシャリストでラジオパーソナリティの吉田尚記氏、音のQRコード「トーンコネクト(Toneconnect)」を生み出した株式会社トーンコネクト社長CEOの加畑健志氏と共に、最近気になるネットとラジオの近未来をトークセッションする月例会トーンコネクト・トークジャム(略してトンコネ・ジャム)。
もはやレギュラーメンバーとなったスーパー高校生のTehuさんも参加して、今回も引き続き「Lean Hardware」の延長線上にある話題を議論します。

■「聞くは一時の恥」だったらやらない・・・

>前回の「ネットワーク連携によって小ロットのハードウエアビジネスが可能に」という話題は、多方面の方々から反響をいただきました。今回はこういったことが可能になった背景に、世の中にどんな変化が起きているのかについて話し合いたいと思うのですが・・・。


参加メンバー(左から加畑氏、吉田氏、Tehu氏)

(吉田)今僕が常々ほぼ毎日、ある疑問にぶち当たります。それは「いろんなことがクラスター化しすぎてて、隣がとなりのことを知らない」ということに毎回たどり着くんですよ。

ある業界の超有名人のことは、となりの業界では誰も知らない、ということがものすごくいっぱい起きまくってて、これが良いことなのか悪いことなのか、それはともかく、新しい状況であることは確かですね。

>自分たちのクラスタはとなりのクラスタのことをあんまり知らないということ・・・。

(加畑)これまでは誰かに助け舟出してもらわないとお互い生きていけなかった。ところが家の中に引きこもってても、全部アマゾンで買える、人と話をしないでも、ネットさえあれば生きて行けるような社会になった。良い社会じゃん、便利じゃん、ということですね。

(吉田)例えばいま僕は「キルラキル」(*)というアニメが好きなんですが、それに対して「桜Trick」(*)というアニメも超盛り上がってるんですよ。女の子たちが教室でレズのようにキスしたりって作品。

この2つの作品の間では、各々見てる人だけで成立する会話があり、それは選択的であって、互いに規制もされていない。傍から見たらどちらもアニメファンで、見た目も一緒。でもとなりの作品で何が起こっているかさっぱり知らない。そんな差が生まれちゃっているわけです。

(加畑)実は、割りと単機能のハードウエアは、クラスターを軽々と飛び越えます。昔はそれが「本」だったような気がするんです、物理的なデバイスとしての「本」。

(吉田)「本」は単機能ハードウエアなんだ!

(加畑)すげー単機能。字が書いてあるだけ。でも「本」は渡さないと伝わらなかった。渡さないと物理的に「知識」や「情報」も移動しなかった。

この本の貸し借りということにおいて人間との接触が生まれた。あとは本屋さんか図書館・・・。大学とかだったら、必ず誰か先生に本を借りに行くとか、めちゃ普通だったわけですよ。オレの友達がその本持ってるからそこに借りに行きなとか・・。嫌が上でも知識や情報を得るためにはクラスターを飛び越える必要があったわけです。

余談ですけど、電子書籍が本を越えられないというのは、渡せない(クラスターを越えられない)からなんだよね。物理的なものとしてハイって渡せないから、何か微妙な感じになる。知ってる範囲でしか面白い本が回らないのが電子書籍。

>まさに昔は外に出てって貸し借りしないとだめだったのが、今やは検索で済むようになったと・・。

(Tehu)僕が初めて検索したのは「幼稚園」じゃないかな・・。yahoo!の一番古いデザインを今でも覚えてますから・・・。

(吉田)僕はMosaic(モザイク)を使ってみようとSFC(慶応大学の藤沢キャンパス)まで行ったんだから・・・。(吉田さんは慶応大学文学部卒業)たった20年くらいまでの話ですけど。

でも今やインターネットの登場によって、ひとつことわざが死にました。「聞くは一時の恥、知らぬは一生の恥」。

もう検索があるから聞く必要がない。その程度で恥じるなら誰もやらない。そういう状況のあとなんですよ。だから世界は変わってるんです。

■ずっと夢の世界で生きれる時代・・・

(加畑)みんな恥かきたくないんですよ・・・。僕の本来の仕事、いろんなところ見てまわる、旅人であり、恥かきまくりなんです。旅の恥は掻き捨てて、まさに旅人(笑)。

本をいっぱい読んで、人といっぱい話して、自分の考えを深めていくときに、「人間対人間」というものが切り離せなかった。今だと、よっぴーの公録イベントで茂木さんがいらしたときに「もう大学はいらない」と言ってました。大学がいらないならどうやってその情報の理解を深めていくのか、その方法を教えてくれるのが大学だった・・・。

でも今は、周りに深められる人がいなくてネットしかない人でも、スタンフォード大学白熱講座を聞いて理解を深めることができる。大学の先生にいきなり会いに行くとかのチャンスもあって、ガンガン行ける状態にはなったとしても実際は行かないんですよ。恥かきたくないから・・・。そんな中Tehuくんみたいに行っちゃう人がいると、みんなすげーなとなるんだけどね・・・。

(吉田)だからTehuくんがなんでここにいるのということですよ。ずーっと家にいたほうが自然なんですよ。少なくともTehuくん世代の発想は。家にこもりきりの人多いのかな・・。

(Tehu)多いと思います。大多数とは言えないけど、コンピュータやってるやつとか、普通の学生も。よく言えば、ネットをフル活用している。

(吉田)僕の場合はネットを相対化できます。世代がTehuくんらのずっと前だから。紙と鉛筆だけで仕事しろと言われてもできる。Tehuくんら同世代の人は、紙と鉛筆と電話だけで仕事しろと言われたら出来るかな・・・。

(Tehu)ギリギリ出来る世代かもしれないです。いまのゼロ代の若者は絶対無理だと思う。物心ついた段階から手元にコンピュータがある世代だから。僕らは、今思い返してみると、意外とインターネットがみんな使えるよねとなったのは小学校3年くらいですから・・・。

>これはさきほどの大学は要らないという話と同じで「学校は要らない」ということですね。学校ってある意味コミュニケーション能力を深める場になっている。だから面と向かってコミュニケーションする必要がなくなって、パソコンさえあれば、どこかに出向かなくてもできる。わざわざ高校に出向く必要がない。いじめもなくなる・・。

(吉田)学校に必要なのは、情報伝達手段(の鍛錬)ではなくて、コミュニティだったんです。今やコミュニティが(リアルな)学校である必要はない。ネットだろうがなんだろうが、情報共有できる場所なら何処でも良くなっちゃったんです。場所に縛られないからいじめもなくなる(群れる必要がない)。

(加畑)コミュニティの役割だけじゃなくて、学校ってけっこう人生のリセットの場でもあったんです。幼稚園から小学校、小学校から中学、中学から高校。それぞれの節目で、あなたの人生が終わるんです。そこまでの人生を終わらせることが出来たんです。

昔は終わらせることが出来たので、中学で失敗しちゃったから高校ではこうしてみようとか、そんなチャレンジが「国家レベル」で保証されていた。若者は何度も失敗するからリセットのチャンスは必要だった。

ところが今や、LINEだったり、ちょっと昔だったらプロフだったりがあって、人生をリセットできなくなっちゃったんです。で、何が起きるかというと、中二病(*)で生きてきたクラスターがずっとネットの上に保存されてるなら、僕だったらそこに行く、リセットできないなら中二病を継続する方に行く。

(もっと言えば)誰も学校が変わるたびにリセットしたかったわけではない。今まで自分の脳の中でしかなかったのが、インターネットの充実で、ヴァーチャルだけど、ネット上に存在してしまった。でもほかでも同じようなこと考えているやつがいて同じ世界を形成してる。周りもそれを認めてくれると知れば、リセットする必要がなくなるわけです。

その原点とも言えるものが映画の「ビューティフル・ドリーマー(うる星やつら2)」(*)なんですよ。繰り返される学園祭の前日という設定。「ずっとその夢の世界の中で生きていたい」という話です。でも生きていけなかったんだけど、あのときは・・・。

でも今は生きていける、現実と夢の世界を両立できるものを作ってしまったんですよ、我々が・・・。

■リアルはヴァーチャルを支えるもの・・・

>そういう話をしている中で、今ってイベントが流行ってるじゃないですか。リアルなイベントに参加するということ、そこに行かないとわからないみたいなことって、理想と空想の入り交じった世界があるんだけど、武道館に実際に行くとかは、どういうことになるんでしょ?

(加畑)昔はリアルの世界に空想の世界が少し混じってる程度だったのが、今や、リアルの世界の半分くらいがヴァーチャルな世界と交わっていると思います。この交わったところに「イベント」が存在している。ヴァーチャルの世界に生きてる人たちが増えたために、どんどんリアルな世界を侵食してきています。

>ヴァーチャルの世界でも食えますよ、生活できますよ、リアルな世界はほんの一部でいいんですよ。そうなってしまうんならそれもアリなのかも知れませんが、これからどうなるんでしょう・・。そうなってしまうっていう話なのか、それともリアルな世界も絶対残していかなければならないのか・・。

(吉田)先日の茂木さんのトークイベントで、シンガーソングライターの谷澤智文さんが、事務所の契約が切れたので、1年かけて世界一周回って帰ってきたという話がありました。これで何がわかるかというと、リアルな世界には、ヴァーチャルなものを生み出すための一番始めのきっかけとなるような要素が山のようにあるってこと。

逆に言うと、リアルな要素と完全にかけ離れたヴァーチャルには実は面白みがない。彼はリアルの世界一周からヴァーチャル(自分のライブイベント)で活用できる元ネタをいっぱい仕入れてきたということなんです。彼は豊かなヴァーチャル世界を持つことをリアルをエクスプローすることで成功させたんです。なのでリアルな世界はそういう使い道で価値を発揮するわけです。

>ありがとうございました。

なるほど、小ロットのハードウエアビジネスが可能になった背景には、ネットのソーシャル化によって、互いに交わりのないクラスター社会が形成され、それぞれが平和に回り始めているということがあるわけですね。

だったらなぜ世界中が平和にならないのか、という疑問が沸き起こります。それもこれらの社会のスモールクラスター化で説明がつくと言います。

自分の心地よいクラスターを選ぶ「選択の自由」、そのクラスターをみんなで盛り上げるなどの義務からの解放、そして自分の戻れる場所(家)の存在・・・。

いじめのない社会、世界平和、何か身近なものになった気がします。


(参考資料)

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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