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「内在的理由を無限の舞台装置にしてしまう」とはどういうことか:第13回トンコネJAM

2013/07/29 16:00
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土屋夏彦

radikoが有料で全国が聴けるようになり、いよいよ聴き逃しサービス「タイムフリー」も始まるかと思いきや、2016年になってしまいましたが、AMが在京3局も含め順次ワイドFM化を始め、TOKYOFMグループのi-dioもいよいよこの3月から始まるようで、今年の地殻変動はかなり大きいかも!
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■ものづき力は我々の生活にどう関わっているのか・・・

IT使いのスペシャリストでラジオパーソナリティの吉田尚記氏、音のQRコード「トーンコネクト(Toneconnect)」を生み出した株式会社トーンコネクト社長CEOの加畑健志氏と共に、最近気になるネットとラジオの近未来をトークセッションする会「トンコネJAM」。

今回はこのトークセッションを始めてちょうど1周年の記念すべき回。ここ数回にわたって話してきた「ものづき力」が日本を救うという話題もピークを極め、さらなる深い話に入ってきました。

我々メディアに携わるものが感じる、今の日本で起きていることの正しい理解と、これから成すべきことは何なのか。今回はその集大成。まずは今の日本の音楽業界で「ものづき力」がどう蠢いているかの話題からスタートです。


ビジネス業界の縮図を書いてみたところ(左:加畑、右:吉田)

■いまの音楽は物語性の強いものほど共感を呼ぶ・・・

(吉田)サウンドホライズンのレボさんと、私のやってる番組ゲストでお会いしたんです。サウンドホライズンと言っても、彼がボーカルとか作曲とか全部やってるんですが、コミケでCDを手売りするこことから始めたそうです。

その段階から「物語り音楽」というのをやってて、ストーリをアルバム一枚で語るみたいな音楽になってるんです。これがいまものすごいことになってるんですよ。

サウンドホライズンがメディアとタイアップしたりすると「リンクドホライズン」という名前に変わるんですが、ニンテンドー3DS用ゲーム『ブレイブリーデフォルト』の音楽を担当したり、アニメ『進撃の巨人』の主題歌を担当したりしてて、ものすごい人気になっています。

代々木第一体育館の単独ライブにも行ったのですが、通常いるであろう、業界関係者が一人もいなかった。つまり、マスコミの力を何にも使わないで、代々木を一杯にできるアーティストなんです。

月曜に私と一緒にラジオやってるSKE48の松井レナは、サウンドホライズンが大好きで、SKEでは見せないようなオタクぶりを発揮しています。

一方、ボカロPの世界では、じん(自然の敵P)という人が注目されていて、彼は音楽制作と同時に、カゲロウプロジェクトという小説のシリーズを出版しています。それが50万部レベルのヒットとなっています。これはメカクシ団という登場人物たちの物語が小説と曲になっているという設定。絵師と言われる方々が挿絵もつけてくれる。5月にはその集大成として「メカクシティレコーズ」というアルバムも発売されました。

つまり最近の気になる音楽ヒットでは、音楽だけ独立しているということが非常に少ないということのようです。

(吉田)これまでの音楽にも物語があるとすれば、僕らの生活を前提にしていたと思うんです。僕らが主人公になって、つまり、広瀬香美とか、バブル期の音楽というのは、聞いている僕らが主人公。僕らの生活にテーマソングをつけるみたいな・・・。音楽と自分の生活を重ねあわせて共感するものだった。

でもサウンドホライズンやじんの音楽に出てくるものは、我々の生活とはかけ離れたもの。これって音楽に出てくる世界観を改めて理解する必要があるわけです。共感してくれる人も探さなきゃならない。

でも思うんです。音楽と自分たちの生活に、関係ある必要がどこにあるか。これが今の音楽。これのほうがパワーが圧倒的にある。なんでこれまで自分たちの生活にぴったりの音楽を聴こうとしてたんだろうと思うことすらあります。

リンクトホライズンの世界だと、剣と魔法の世界。井戸の中で人が殺された、さあどうしよう、みたいなことだし・・・。そこに共感のしようはないわけです。

その分、音楽で描ける世界観が広がったとも言えるんです。音楽が自分たちのためだけのものではなくなってきたということなんじゃないかな。

アーティストが作った物語に我々が乗るってこと、これまさにファンタジーの世界ですね。「ものづき力」はファンタジーから生まれているんですね。これまでの音楽は、日常のできごとに自分が共感していた。これがファンタジーになると、その物語の世界を共感する周りの人々が必要になるということ。

以前は、周りの人と共感する手段が「近所」とか「学級」とかの小さい単位でしかなかったが、ソーシャルメディアの普及で、共感できる範囲が急速に広がり、こうした物語性の強い音楽が大ヒットを生むようになったわけですね。

■物語を演ずる「演歌」という「舞台装置」

(加畑)そういう音楽の世界を「舞台装置」と言う切り口から考えると、サウンドホライズンもメカクシティレコーズも、「演歌」の世界なんじゃないでしょうか。

演歌って舞台設定が決まっているんですよ。港があって、女がいて、泣いて別れて恋をして・・・。ファンタジーだって、剣があって、竜が出てきて、魔法でえいやーとやって・・。フレームワークが変わらない。誰も演歌の世界に生きちゃいないし、演歌の世界は完全にバーチャルの世界。

「演歌」の世界は、まさにファンタジー。サウンドホライズン以外でも、多数のボカロPを輩出している「エグジットチューンズ」も、ライブは、演歌の世界といううか、梅沢富美男さんとかがやっている「大衆演劇」に通づるものがあります。決まった舞台設定によって完成された舞台装置(世界観)が共感を呼ぶかどうかに懸かっているということのようです。

(加畑)今までは若者は演歌を知ろうとしなかった・・・。昭和の演歌だったら、そりゃないでしょうとなっていたし、「ロード・オブ・ザ・リング」の世界の中にいたいわけじゃなかった。ところが舞台設定を持ってきて、ビジュアルをつけて、演歌のような舞台装置にすれば、ちゃんと響くわけです。

(吉田)いつの時代も、音楽は舞台装置がとても重要なんだということがわかりました。アニソンは何の歌かというと舞台装置のための歌なんですよね。演歌もアニソンも同じ。

舞台装置がなければ、作っちゃうという時代になってきた。ヒットした歌というのは、その舞台装置の作りがうまかったのかもしれない。

例えばグループアイドルの場合は、実在の複数の女の子を使って、架空の女の子一人を作り出すという舞台装置。

モモクロとAKBは舞台装置で見れば特徴的。AKBは、理想のアイドル像一人に全員が遠慮しながらあこがれてグループが構成されている舞台装置。それに対しモモクロは、天真爛漫でなんとなく可愛くて元気良くて前向きな女の子が次々出て来て、彼らとリーダである百田夏菜子の関係は恐らく仲がいいという舞台装置。

AKBもモモクロも、アイドルにおいて理想の少女が舞台装置。だからモモクロの歌を作るときは、その世界観、舞台装置、キャラ設定を作ることになる。

ある舞台装置の上で、設定されたキャラを演じている。曲によってはある少女だったり、娼婦だったり・・・。演じる歌だから「演歌」。アニソンも設定されたキャラになりきってその世界観を歌うから演歌。しかしそういった舞台装置(キャラ設定)が、アーティスト自身が演じてる場合もあれば、歌手自体をさらけ出すアーティストもいるのでは? 例えば尾崎豊は演じていないと思うわけです。

(吉田)ボカロPで自分の舞台装置で失敗している人はまずいません。ここで気がつくのは、あるアイドルグループのこと。彼らは「他のアイドルがやらないことをする」という舞台設定のため、自分の舞台装置で失敗してしまう。

彼らは、ほとんど裸で挑戦するとか、ライブでダイブを流行らせるとか、アイドルらしからぬことを次々やってるのですが、それって自分たちが好きだからやってるわけじゃない。彼らのディレクターか誰かが勝手に決めたことを守ろうとしているだけ。自分たちが演ずるべき舞台装置は、自分たち自らが好きでなくてはいけないんです。

(加畑)アイドルになりたいからダイブしますじゃなくて、ダイブしたいからそういう歌を歌いますでなきゃだめなんですよ。つまり決めた設定に完全に成りきらなければならない。それができないとブレイクしない。

(吉田)つまりそれは「外在的理由」から舞台装置を組立てようとしているからだめだということ。もっと「内在的理由」でアイドルの舞台装置を組み立ててあげないと、結局はファンに届かない・・・。

「内在的理由」でやり通しているお手本が中川翔子。あと上坂すみれという声優さん、彼女が凝りに凝っているのが「ロシア」。延々ロシアの話。一番好きな歴史上の偉人がモロゾフだそうです。これもすべて「内在的理由」からくることですよね。だからファンもロシアの話に付いて行く。

結局本当の自分を出さなきゃ「ミラクル」は生まれないのかもしれません。

■「内在」と「外在」そして「怠け者」

いまは「内在的理由」で成功できている人が多い時代のように思います。逆に「外在的理由」で成功できた時代もあった、それが高度成長期やバブルの時代など。いまはまさに内在的理由で成功している人が時代を背負って立ち、時代の象徴の人たちのように見えます。

(加畑)アーティストだけじゃなくて、モノづくりビジネスも同じような図式になってますよね。外在的理由でモノを作ってる人、内在的な理由で作り続けている人。

ファブレスやクラウドファンディングなどは、これまで内在的理由で作ることができなかった人たちに、手を差し伸べたってことですね。ちょっと前までだったら、食うためにモノづくりしていた人も、インターネットの普及で、自分のモノづくりに共感を呼びこむことが出来るようになったんです。

でも音楽でもものづくりビジネスでも、内在的理由の人たちと、外在的理由の人たちで分けようとすると、ここにひとつ抜けてるセグメントがあります。どちらでもない人です。実はここが一番多いんです。

人の意見でいかようにも左右されていく人たち。そのままだと彼らは単なる「怠け者」です。この中から、お金を稼ぎたい、裕福になりたいという外的欲求で、自ら活動を始めた人たちが抜けだして「外在的理由の人」の集まり、すなわち「資本主義」を形成します。

(吉田)「共産主義」が崩壊した1991年(ソ連崩壊)には、「外在」も「内在」もない、すなわち「怠け者たち」がどっと押し寄せたということですね。人間本来的には誰もが「怠け者」。自然になればなるほど共産主義、運命共同体。しかしそれだけでは、世の中が発展しない時代になった。だから共産主義が崩壊した。怠け者がどっと増えた。彼らが進む一つの道として「資本主義」があるわけですね。

(加畑)本来は内在的理由で生き抜く人たちは圧倒的に少ないわけです。でも日本ではこっちのほうでも生きていけるくらい裕福になってきたので、内在的理由の人たちが増えてきているんだと思います。

やはり、日本が文化的にも経済的にもある意味「完成された(成熟した)」社会になっているからこそ、内在的理由を追いかけて生きていけるわけです。このことを深く理解していかないと、日本での「ものづき力」の重要性が浮かび上がってこない・・・。

音楽の世界の話から日本経済のしくみにまで関わる話になってきました。日本の文化や経済を考えるときに重要なのは、日本が世界のどこよりも「成熟した文化や経済のしくみ」を持っているということ。

そこで重要になるのが「内在的な理由」から「設定」された「舞台装置」に伝説的な「物語」を吹き込むこと、即ち「ものづき力」。「ものづき力」はネットの「ソーシャル力」で全世界に伝搬され、世界中の「怠け者」たちの生きがいになっていく・・・。

近所の人たち、学級の人たち、国内での共有、これが今や、世界を舞台にした「共感」が期待できるというところが、これまでと最も変化したことなのではないでしょうか。書いていて、あたりまえじゃん、グローバル化のことじゃないですか、とか思うのですが、そんなレベルでは、まだ深い理解が出来ていないということなんですね・・・。

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■おまけトーク:内在的理由を無限の舞台装置にしてしまう人・・・

(加畑)バブルが崩壊して内在的理由で人生を歩んでいる人たちが多くなると、今度はなにが怖いかというと、その貫き通すものが、あるときぽっと消えてしまうことなんですよ。オレがこれをしたいという欲求だけだったら、かなってしまえば終わり。ヨーロッパの場合は、お金持ちになると、誰かの内在的欲求をかなえてあげるというほうに向く、いわゆる「パトロン」です。誰かの欲求は無限に生産されるから、人を追い求める限り無限に「内在的理由」の実現ができる。

(吉田)内在的理由が無限かどうかということですね。無限なものを見つけた人はラッキーですよね。それって秋元康さんじゃないですか。彼はいまさら少女の歌詞を書きたいとは思ってない。でも少女だったらこう書くんじゃないかとか想像して書いてみたらけっこう書けるじゃないという自分に酔いしれる・・・。

秋元さんは「少女の内在的理由を無限の舞台装置にしてしまった」天才なんですね。


(参考資料)

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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