■違法ダウンロードに罰則が・・・
2012年6月20日「著作権法の一部を改正する法律案」として、インターネット上で違法に配信されていると知りながら音楽や映像をダウンロードする行為(私的違法ダウンロード)に罰則を設けることが、参議院本会議で可決成立した。
これまでは、違法と知りながらダウンロードした場合、違法ではあるものの、特に罰則は決められていなかったが、今回の法改正で、このような行為が発覚した際には、2年以下の懲役または200万円以下の罰金またはその両方が科されることになる。
米国でもすでに違法ダウンロードに関する対策は進んでおり、米大手通信事業者を中心に7月から、国内の音楽や映画、ソフトウェアに対しての大掛かりな違法ダウンロードの取り締まりを実施するようだ。
これを受けて日本では、罰則が良いか悪いかなど、ネットでも様々な意見が活発化しているが、私は、取締りとともに代替となるソーシャルメディアを立派に成長させ、ビジネス化に邁進しているアメリカに注目したい。
それは「ソーシャルミュージック」という分野だ。中でもつい先日、ソーシャルミュージックのパンドララジオ(Pandra Radio)(※以降パンドララジオ)が地上波メディアを越えて大躍進中との記事が、Facebookやツイッターを駆け巡った。その記事を書いたITメディアコンサルタントの榎本幹朗氏に話を伺った。
写真:榎本幹朗氏
■パンドララジオが地上波を追い抜いた!
インターネットストリーミングラジオサービスのパンドララジオが、メディアアダルト社の4月24日にリリースした世論調査で、ロサンゼルスの聴取者数で、No1ラジオ局になったとロサンジェルスタイムス誌が報道したんです。
これは、昨年10月の54000の成人を対象とした隔年電話世論調査で、KIIS-FM、KNX-AM4、KROQ-FM5とKOST-FMなどのローカル局をたたきのめした(beat out)という内容でした。
パンドララジオは1.5億人(米国のみ)の登録ユーザーを誇り、過去30日に同社のサービスを利用したアクティブなユーザーは4,900万人に上ります。
パンドララジオとは、米国パンドラ・メディア社が2006年初頭より立ち上げた「音楽発見ラジオ(メディア)」とも言われているソーシャルグラフを活用したインターネットラジオのひとつ。
当時の記事(2006/07)を引用すればこんな仕様になっているという。(現在パンドララジオは日本では利用不可)
パンドララジオの仕組みは、一見シンプルだ。会員は無料で、自分専用のラジオ局を最高100局まで作成できる。それぞれの局は、自分のお気に入りの曲やアーティストを指定すると、そのサウンドをもとに設定される--たとえば、The Beatlesの「Blackbird」や、より簡単に「Princeの曲」といった具合だ。ひとたびシステム内にアーティストや楽曲が見つかると、ラジオ局は数秒のうちにリズムやサウンドの似た音楽をインターネットを通じてストリーム配信する。ライセンスの制約があるため、パンドララジオはリスナーが指定する特定の曲を配信することはない。
新しい曲がかかるたびに、気に入った場合は「thumbs up」、気に入らなかった場合は「thumbs down」のアイコンをクリックすることで、以降の選曲の傾向を自分の好みに合わせて調節できる。また、曲のバリエーションを広げるために、新しい曲やアーティストを追加するようリクエストすることも可能だ。
パンドララジオには、ミュージック・アナリストと呼ばれる従業員が42名いる。その多くはミュージシャンで、音楽理論の素養があったり、正式な教育を受けたことのある人たちだ。アナリストたちは1曲につき20分から30分を費やしてその楽曲の「DNA」を記録する。現在パンドララジオは50万曲の「遺伝子」を保有しており、その数は毎月約1万曲ずつ増えている。
榎本氏は、以前ビートリップというネットラジオをやっていた。ビートリップは、2001年にスペースシャワーやJ-WABVE、FM802などが出資して立ち上げたインターネットコンテンツ配信会社。残念がら2004年に閉鎖されたが、彼はスペースシャワー等と連携して、今でも日本におけるネットラジオのあり方を研究されている。
Facebookやツイッターを駆け巡った彼の記事(文末参考資料)によれば、
itunesなどの音楽ダウンロードサービスが続く限り違法ダウンロードはなくならないが、パンドララジオやスポティファイ(後述)なら、聞きたい音楽を都度ダウンロードする必要がなく、基本無料で、ラジオのようにシームレスに音楽が流れてくるので、誰もめんどうなダウンロードをする必要がなくなる。
と語っている。
スポティファイ(Spotify)(※以降スポティファイ)は、月10時間まで無料でどんな楽曲でも聴き放題で、楽曲のダウンロードすら不要という驚異的なサービスとしてPandra radioと並んで人気の音楽ストリーミングサービス。
現在、スポティファイのユーザーは約1,000万人(全世界)で、そのうち課金ユーザーは300万人。楽曲のオンデマンドサービスから、地上波(IPサイマル放送)+パーソナライズド放送という方式が、いよいよ米国の音楽業界復活の方程式になりつつあるという。
■ダウンロードをさせる限り違法は収まらない、代替サービスにソーシャルミュージック
榎本氏によれば、全世界における楽曲のダウンロードのうち、合法的なダウンロードはたった5%(2008 IFPI調べ)だという。この数値は日本でも大きく変わらないと思われる。
iTunesは確かに、楽曲ダウンロード販売の7割を占める圧倒的なシェアを持っているが、トータルでみるとiTunesは5かける7割の3.5%しかカヴァーできてないことがわかる。
日本はとにかく違法ダウンロードの罰則ばかり強化し、代替サービスの検討を怠ってきているのです。これは音楽サービスのわずか5%にも満たない部分を少し伸ばす効果しかないのではないでしょうか。
そこで米国では違法ダウンロード対策を検討するとともに、ここ数年、iTunesなどに代わる新しい音楽サービスモデルを探してきた。そこで白羽の矢が下されたのがパンドララジオやスポティファイなのだという。
事実、2008年にスウェーデンでスポティファイがサービスインし、違法ダウンロードが大幅に減っただけでなく、スポティファイ経由の収入で、レコードメーカーの売上がV字回復したという事例があります。現在、スウェーデンのメジャーレーベルは、iTunes経由の収入よりもスポティファイ経由の収入が多くなっているんです。
特に代替サービスとして現在注目なのがパンドララジオ。現在アメリカ限定のサービスですが、アメリカだけでアクティブユーザー数は5100万人。テレビの視聴率に相当するレーティングは全国平均で6%を越え、地上波ラジオを含めた全ラジオ局の中で1位の座になりました。運営元のパンドラ・メディアは昨年、2100億円の時価総額で上場しています。
ビジネスモデルは8割以上が広告収入で、残りがサブスクリプション収入。収入直近の四半期で65億円の売上を出しており、通年で売上300億円を越えると目され、昨年の売上100億を大きく向上させそうです。その約50%がレコードレーベルへの音源利用料となるわけですから、米国でレーベル各社がこういったパーソナライズドラジオビジネスに協力を惜しまないのは、そういった事実と共に、音楽業界再燃への希望がみなぎっているからに他ならないわけです。
さらに追加情報として、米国ではCBSが、イギリスのパーソナライズド放送「Last.fm」を340億円で買収し、自社のインターネットラジオと融合させた。さらに「Clear Channel社」も、「EchoNest社」(楽曲のレコメンデーションエンジンをスポティファイなどに提供)と提携して、「iHeartRadio」というパーソナライズド放送をつくり、やはりもともとやっていたサイマル放送と融合させているそうだ。iHeartRadioは始まって8ヶ月目だが、会員数は1,000万人を越える、すばらしい滑り出しを見せているとのこと。
そしてまたつい先日6月19日には、スポティファイがコマーシャルを挿入することで完全無料化のサービスに参入すると発表。
米国ソーシャルミュージック業界はすでに戦国時代に突入しているのだ。
■イマドキの音楽聴取環境は・・・
榎本氏によれば、
今や10代ー20代の音楽の聞き方はyoutubeやニコ動からなんです。昔の音楽ファンがラジオで情報を得ていたように、今の若者はyoutubeやニコ動で音楽情報を得ています。ラジオを聴く時間は平均で約40分/日、YouTubeは約10分/日です。YouTubeにおける音楽ビデオのシェアは6割なので、6分/日。
ラジオ時代なら一日に10曲以上耳にしていたのが、YouTubeだけになると一日に2曲、聴くか聴かないかぐらいになってしまっています。2曲程度だと、YouTubeのランキングの上位1,2位をチェックしたら終わり。すなわち音楽業界ではロングテールの逆が起こっているわけです。ゆえにネットから新人は育たない・・・。
それに対し、パンドララジオの平均聴取時間は40分/日。まさにyoutubeにソーシャルメディアの機能を組み合わせた画期的な放送メディアなんです。何と言っても、自分の好みにあった楽曲やアーティストを自動で分析して、思わぬ掘り出し物を発掘できるのが特徴です。昨年(2011年)パンドララジオ経由でAmazonやiTunesに行って購入された楽曲数は、推定で5000万曲。今年はおそらく1億曲は行くとの予測もあります。
違法ダウンロードの対策は整ったかのように見える日本だが、榎本氏の発想を借りれば、自由に音楽を聴くことを単に法で縛るだけのやり方ではなく、いま必要なのは、合法に音楽を自由に便利に聴けるサービスを生み出すことなのではないか。
■いつの時代もスタートアップは混乱から・・・
インターネットの登場でレコード産業の売上は42%減ったそうだが、かつてラジオメディアがアメリカに登場したときは、レコードの売上が4%にまで減ったという事実があるそうだ。
1927年に1億4千万枚あったアメリカのレコード売上は、ラジオの急激な普及と大恐慌が重なって、たった5年で600万枚の96%減にまで落ちこみ、文字通りの壊滅状態に陥った。
それがラジオと音楽レーベルの良い関係に戻った理由は、1つは、レコードメーカーがラジオより良い音のレコードを開発したこと、そして、レコードの値段を低価格に抑えたこと、そしてコンテンツとプロモーションの革新を行ったことだと言われている。
特にそれまでラジオでのプロモーションが米びつだったクラッシックだけだったのを、ジャズやブルースなどの当時のマニアックジャンルにも広げ、音楽業界の底上げプロモーションをしたことで売上を倍増させた。そしてラジオとレコードメーカーの共存が成立したというのだ。
そんな歴史的事実が、いままさに繰り返されている。これに習えば、CDパッケージの価格を下げることに加え、売れ線のアーティストではないインディーズジャンルを掘り起こすことがインターネットでのプロモーションとすれば、違法ダウンロード撲滅になるだけでなく、これまであまり売れていなかったジャンルの楽曲が売れ、音楽業界売上の底上げが出来るという効果も期待できるではないか。
■未来のラジオ・・・
以前私もラジオディレクター時代、「未来のラジオ」というテーマで番組を企画・製作したことがあった。ラジオの役割がテレビに取って代わり、これからラジオを改めて見直さねばならないと言っていた頃のことだ。
それが「未来のラジオ・テクノスケ」という番組だった。パーソナリティに演劇界の風雲児・ケラリーノサンドロビッチ氏と、彼の劇団に所属していた犬山犬子を起用。これからラジオはどうあるべきかを真剣に探るのだが、始まって数カ月は全く結論が得られぬまま放送が続いた。
テクノスケというネーミングにも象徴されるように、当時のテクノロジーを駆使すればなにか新しいラジオが見えてくるのではと思い、ラジオメディアが勝負すべき原点である「音」を様々なテクノロジーで表現しようとした。例えば、イコライザーやエキサイターなどの様々な音声変換ツールとパソコンを組み合わせて、パーソナリティが楽曲紹介をすると、その楽曲名に反応して、自動でレコードのターンテーブルが回り始めるとか・・・。
しかしいづれもリスナーに理解されるようなテクノロジーの利用法は編み出せず悶々とした日々を過ごしていたとき、たまたまパソコンで打ち込んだ文字列を「ロボット声」で発声してくれることに気がついた。この技を利用すれば、パーソナリティがスタジオに来てしゃべりをせずとも、喋りたい内容を文字で打ち込めば、代わりにロボットがしゃべってくれる。しゃべり間違いもない。当時はそこまで技術は進んでいなかったが、ロボット声の代わりにパーソナリティの声のサンプリング音を利用すれば、パーソナリティがしゃべりたいことを文字で打ち込んで、いつでも、何度でもしゃべらせることが可能だと気づいた。
これが未来のラジオではないか・・・。しかしこの番組の企画は思わぬことでブレイクすることになる。それは、例のロボット声を使って、いくつかの汎用フレーズを作っておき、そのフレーズ音声を使って様々な場所に電話するというものだった。
蕎麦屋の出前では「ニッポン放送の第3スタジオですが」「ざるそば3つお願いします」この2つのロボット声でいともたやすく注文できたのだ。さらには当時大流行していたダイヤルQ2(キューツー)のツーショットダイヤルにテクノスケと名乗って相手の回答者の「パンツの色は何色か」を聞き出すことにも成功(笑)。当然こちらは用意された数種類のロボット声でしかしゃべれないので、その数種類を巧みに使い分けることがリスナーをハラハラドキドキさせることになった。
中でも相手から思いもよらぬ質問を投げかけられた際に発するフレーズ「なるほどね」がぽんこつロボットを彷彿させ、ツーショットダイヤルの回答者の女性をも笑いの渦に巻き込んだ。
■テクノロジーは日常を楽しくさせるためのもの・・・
このときテクノロジーとは元来そういう意味合いのものだと痛感した。日常を楽しめるものにできなければ真のテクノロジーとは言えないのだと・・・。
パンドララジオは、現代のテクノロジーを巧みに活用して、我々の日常の音楽環境を楽しくせてくれることは間違いない。思いもよらぬお気に入りの楽曲を発見できるパンドララジオのしくみが世界に普及することは、自分でセレクトした音楽だけを持ち歩くiPodとiTunesの組み合わせの時代から、かつて全盛を極めたラジオの楽しさを再び我々に呼び戻してくれることは間違いない。
榎本氏は現在、そういった一連の音楽業界の未来を描いた書籍「未来は音楽が連れてくる ~日本が気がつかないソーシャルミュージックの大席巻(仮称)」を執筆しつつ、メディアや音楽業界に日夜働きかけている。何かお手伝いできれば幸いである。
榎本氏プロフィール
榎本 幹朗(えのもと・みきろう)
1974年 東京都生
上智大学英文科出身。大学在学中から映像、音楽、ウェブのクリエイターとして仕事を開始。2000年、スペースシャワーTVとJ-Wave, FM802、ZIP-FM, North Wave, cross fmが連動した音楽ポータル「ビートリップ」にて、クロスメディア型のライブ・ストリーミング番組などを企画・制作。2003年、ぴあ社に入社。モバイル・メディアのプロデューサーを経て独立。現在は、エンタメ系の新規事業開発やメディア系のコンサルティングを中心に活動中。
Facebook:http://www.facebook.com/mikyenomoto
Twitter:http://twitter.com/miky_e
(参考資料)
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パンドララジオ(日本からはサイトも制限されている)
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スポティファイ
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違法ダウンロードに罰則、DVDリッピングも違法化~
改正著作権法が成立、2012年10月1日から施行(2012/6/20) -
Pandora: The No. 1 radio station in Los Angeles?(04/24)
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榎本幹朗氏特別連載企画『未来は音楽が連れてくる』