■ラジオで話題の愉快なツール・・・
かつてアップルが創業される前のスティーブ・ウォズニアックがジョブズに作って見せたのは、無料で長距離電話がかけられる「ブルーボックス」と呼ばれる機械だった。それは当時のAT&Tが開発した通信基礎技術を応用したもの。これで国務長官だったキッシンジャーを名乗ってバチカンの教皇を呼び出すなど世界中にいたずら電話をかけまくったそうだ。悪いこととは言えさぞかし愉快なことだっただろう。
昨年から密かにラジオで話題になっている「トーンコネクト(Tone Connect)」の話を聞いたとき、あの「ブルーボックス」の逸話を思い出した。もちろん、いたずら電話を無料でできるような違法なものではない。でもこちらも耳に聞こえるピポパ音(可聴音)だけを使って様々な文字情報の送受信ができる「音のQRコード」のようなものだ。なのでこれもかなり愉快なことになているのではないか・・・。と、さっそく私の古巣のニッポン放送に伺うことになった。
■愉快なツールの育ての親は・・・
取材したのは、その育ての親、ニッポン放送アナウンサーの吉田尚記(ひさのり)氏。Yoppy(よっぴー)の愛称で親しまれる、今やラジオ界で超売れっ子のパーソナリティ。
それを裏付けるかのように、先日6月4日(月)に行われた日本の放送界のエミー賞とも言える「第49回ギャラクシー賞」(主催・NPO放送批評懇談会)では、同賞のラジオ部門で「DJパーソナリティ賞」を受賞。審査員からも、「リスナーを巻き込む力に目を見張る、日本初のtwinavi公認アナウンサーになれた行動力や、コミック誌と番組を連携させる企画力も合わせ持つ、アナウンサーを越えた「表現者」」とべた褒め。
また彼の看板番組でもある「ミュ~コミ+プラス」(月~木曜深夜0時)では、一昨年1月からツイッターをリスナーとの交流に活用するなど、既存メディアとソーシャルメディアの親和性を追求し続けている。彼の名前はラジオ界のみならず、ソーシャルメディア界でも知らない者はいないほど。そんな人物が育ての親の「トーンコネクト」なのだからこりゃ期待が持てる。
■きっかけはラジオで震災情報をもっと詳細に伝えられたら・・・
よっぴーと「トーンコネクト」との出会いは、プログラマーの加畑健志氏(現・株式会社トーンコネクト代表取締役CEO)と昨年はじめに会ったことから始まったという。加畑氏は当時、渋谷のとあるバーの定休日にアンドロイド携帯端末の開発者たちの集まり「Bar Android(バー・アンドロイド)」を開催していた。(現在も開催中)
そこで加畑氏から「ぼくらのような開発者にも何か震災復興に協力できることはないか」と打ち明けられたという。よっぴーはその時思った、震災後の計画停電情報を日々放送している際に、複数に渡る地域の停電の日程を寸分間違わずに聴取者に伝えることを、もっと愛情を持って伝えられないものかと・・・。
放送では時間も限られ、主な地域を伝えたあと「その他の情報はこちらのホームページでご確認下さい」と素っ気なく言わざるを得ない。しかし、そのホームページアドレスを耳で聞いて、一体何人の人がアクセスするのかと常々思っていたそうだ。IT技術を駆使すれば、自分の地域が停電してしまうのではないかと困惑しているリスナーに、もっと良い伝え方があるのではないか。
加畑氏はその話を受けて考えた末こう答えたという。「だったら、スマートフォンにラジオを読ませたら?」よっぴーは一瞬戸惑ったが、すぐにその意味を理解した。紹介しきれない情報を何らかの方法でラジオの音声に載せ、それをスマートフォンに読み込ませる。そして放送だけでは伝えきれなかった情報が手元で表示される。携帯プログラマーならではのアイデアだった。
吉田尚記アナウンサー
それから半年足らずの9月ころ、加畑氏はそのプロトタイプ(試作品)をよっぴーの元に持ってきたという。よっぴーは、そのコンセプトや完成度に魅了され、すぐにニッポン放送会長の重村一(はじめ)氏に直談判に行ったそうだ。「ラジオで伝えきれなかった情報がこれで詳細に伝えられます。これを広めたいんです。」
そこからトントン拍子に話が進み、正式な開発が決まり、名称も「トーンコネクト」となった。ラジオ番組でも随時紹介することとなり、トーンコネクトを普及させるための「株式会社トーンコネクト」も設立させた(2012年2月20日)。今では、ラジオで言葉だけでは足りない情報は、トーンコネクトを使ってリスナーの手元に送る実験も日常的に行われている。ラジオが聞きたくなったでしょ?
■新たな通信プロトコルが世の中を愉快にする・・・
よっぴーから「トーンコネクト」のしくみや利用方法について聞いた。
「トーンコネクト」は、「DTMF(デュアルトーンマルチ周波数)」という通信基礎技術を応用しています。あのピポパという音は、2種類の周波数の音声合成で「0」から「9」までの数字、「A」から「D」までのアルファベットと「#」「*」の記号、合わせて16種類の文字を表現しています。このしくみを使ってラジオから手元のスマートフォンへ、また、スマートフォン同士などへ情報を伝えるのです。
僕は、カバヤん(加畑氏)からプロトタイプを見せられたとき、これまでのどのアプリやサービスよりも凄いと思いました。それは現在使われているTCP/IPやHTTPなどの通信手順にも勝るとも劣らない、古くて新しくかつ愉快な「プロトコル(通信手順)」だと感じたからです。
「トーンコネクト」を介して情報を伝達させるということは、まるでコンピュータがインターネット回線を通じて情報を受信して何かを実行するのと同じに、空気の中を情報が波になって伝わり、スマートフォンでそのプロトコルを翻訳し、人間が実行ファイルになるようなものなんです。それも、赤外線通信などと違って伝えられていることが耳で実感できる。
技術面ではすべて基礎技術を使っているため特許的な要素は何もありません。誰でも真似ができます。だからこそ、各々の目的に合ったツールに組み込みやすく、普及促進させやすいと思っています。
しかし、ただ単に「DTMF」そのもので情報を伝達させようとすると、文字数の多い情報は時間がかかってしまいます。そこで「トーンコネクト」では、サーバーに必要十分な情報を置き、8音から10音のピポパ音でその場所を指定し、必要な情報を取り出せるしくみにしました。我々の役割は例えて言うなら「ピポパレジストリサービス会社」ってところです。
株式会社トーンコネクトを設立したことで、世界初のDTMF音の登録管理サービスが始まり、例えば、森永で有名な「ピポパポ」は既に登録済み。アプリを起動させて、例の「ピポパポ」を感知すれば、森永製菓のページが表示されるようになっている。これは様々な発展形が考えられる。ピポパ音で覚えやすい音階を作って周知させれば、現在のように「ダブリュー・ダブリュー・ダブリュー・ドット・・」などと言うよりずっと直感的。あの音階は確かSonyだったとか、あのメロディを奏でればニッポン放送のページに行けるとわかるので、誰もがやってみたくなる。みなさんこれほど愉快な通信手段は、のろしか伝書鳩くらい(笑)だと思いませんか?
■トーンコネクトの可能性をみんなで愉快に探りたい・・・
今から25年以上前のこと。私がラジオディレクターをしていた頃、今や大御所の上柳昌彦アナウンサーとオールナイトニッポン月曜第二部(深夜3時から5時)で「世紀の実験」と称し、当時普及し始めていた「MSXコンピュータ」のプログラムを放送の電波に載せて日本のどこまで届くかの実験をしたことがあった。
「これからMSXコンピュータで動くある短いプログラムを放送で流します。これをカセットで録音して、皆さんが持っているMSXコンピュータに読み込ませてみて下さい。コンピュータを持ってない人は、近くのパソコンショップの店頭にあるMSXコンピュータに読み込ませてもいいです。さてモニターにはどんな画面が映るでしょう。画面が見られた人はハガキにその画面の様子を書いて番組まで送ってください。」
翌週、全国から数十通の受信者からのハガキが届いた。どのハガキにも「上」「柳」「昌」「彦」の4つの文字が画面を右往左往したと書かれていた。全員正解だった。コンピュータプログラムが放送の電波で届けられると確信し、これからの未来にとてつもない可能性があると感じた瞬間だった。ただ、これは厳密に言えば「放送法」に触れる違反行為だった。放送法では、放送で流すことが許されるのは「耳で聞いて理解できるものに限る」ということが決められているからだ。
それから20数年、「トーンコネクト」はそんな先人たちの努力を「放送法」にも抵触しない形で完成させてくれた。この無限の可能性を感じる古くて新しいコミュニケーションツール「トーンコネクト」。
ちなみに現在「トーンコネクト」はアンドロイド版、iPhone版ともに無料アプリとして各アプリショップでダウンロード可能である。ラジオや友達からピポパ音が受信できるだけでなく、自分からも書き込んだ文字情報をピポパに乗せて送信することができる。
まだまだ言いたいことが盛り沢山なので、「トーンコネクト」に関しては引き続き連載していこうと思っている。ぜひその愉快な通信を体験していただき、皆さんと一緒にその可能性を探ってみませんか?
追伸:吉田尚記(よっぴー)氏のレギュラー番組「ミュ~コミ+プラス」(月~木曜深夜0時)では、6月11日(月)からの週で「1都3県リスナー対抗ウルトラクイズ」を放送。メールをくれた人から抽選で現金1万円が当たるプレゼントも実施。ぜひご聴取あれ。(残念ながら今週はトーンコネクトは使わないそうです)
参考資料
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トーンコネクト(ホームページ)
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トーンコネクト(アンドロイド版)
https://play.google.com/store/apps/details?id=jp.adlibjapan.android.ubiwa.dtmf
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トーンコネクト(iPhone版)
「トーンコネクト」生みの親プロフィール
▲代表取締役CEO 加畑健志
大学では人工知能の研究に携わる。アイザック(現NTTデータセキスイシステムズ)入社後、 UNIXをベースとしたシステム開発に従事。アスキーNT(現CSKソリューションズ)に転職後、プロ ダクトマネージャーとして、各種のインターネット関連製品の開発・販売を行う。アクセスメディア インターナショナル入社後、ベンチャーキャピタルのコンサルティングなどをする傍ら、各種媒体 に多数執筆。
2002年にアドリブを設立後、Webを中心としたシステム開発を行っている。 2012年に株式会社トーンコネクトを設立。また毎週月曜日に東京渋谷にて「Bar android」を運営 している。
▲代表取締役CMO(チーフ・マーケティング・オフィサー?) 吉田尚記
1999年 株式会社ニッポン放送入社 編成局アナウンサー室配属。以来、レポーター、パーソナリティとして数々のラジオ 番組に出演。
2011年 講談社より『ツイッターってラジオだ!』出版 アニメ系、IT系に長けたアナウンサーとしてニッポン放送以外の番組にも多数出演。
2012年 ニッポン放送『ミュ~コミ+プラス』パーソナリティとして、第49回ギャラクシー賞ラジオ部門DJパーソナリティ賞受賞。
5月4日現在、Twitterフォロワー数 45,108人。