◆4月から出版デジタル機構が発足
4月2日、新年度の出版業界に新たな動きがあった。出版物の電子化をサポートするため出版業界が連携して「出版デジタル機構」を設立したのだ。米国では昨年5月、アマゾンの売上高がペーパーバックの売上を電子書籍の売上が上回ったとされ、日本の出版業界も国際社会に遅れを取らないようにとようやく電子書籍に目を向け始めた形だ。
機構には、講談社や集英社など大手出版社のほか官民ファンドの産業革新機構など約15社が出資し(賛同出版社は約300社に及ぶ)、5年後に電子書籍点数を現在の約20万点から100万点に増やし、約2千億円の市場の実現を目指すという。
気になるのは、その「出版デジタル機構」の前身に当たる「印刷文化・電子文化の基盤整備に関する勉強会」(座長=中川正春防災相)で3月30日に発表された「出版物原版権」という新たな権利の創設の件だ。
◆出版物原盤権とは
「出版物原版権」は、作家の著作権を100%保護したうえで、紙の本や電子書籍という形に加工した「原版」に対する権利を、追加的に出版社に与えようとするもの。これまで電子書籍の違法コピーに対し、出版社から訴訟を起こすことができないなどの不備を改めることも目的の一つなのだそうだ。
「出版物原版権」については施行されるまでにはまだ法整備など時間がかかると思われるが、今回は出版物原盤権を通じて、デジタル時代の「著作物の運用や管理」のあり方について考えてみたい。
◆出版社は海賊版電子書籍は取り締まれるようになるが・・・
現在、出版された文学作品などを誰かが勝手にデジタイズしてインターネットにアップロードしても、出版社には、それを保護したり取り締まる権利がない。著作者には権利があるのだが、作家一個人が海賊版を取り締まるのは非常に難しい。ここを解決しないと日本で電子書籍ビジネスを本格化するのは難しというのが出版社の主張である。
しかし私から見ると、この権利はこれからさらにデジタル化が進むこの世の中に相応しいものとは到底思えない。出版社が「出版物原版権」を有することになれば、海賊版対策にはなるがその反面、一度出版された作品については、出版社主導で様々な形で世に出ていく可能性がある。
電子書籍を売る場合も、作家が気に入らないサイトでも、出版社が決めれば文句は言えない。趣味が多岐に渡るデジタル時代に、そんな多種多様な売り場を大手出版社が把握できるのだろうか。ましてや契約した出版社が倒産でもしたらその作品が幻のものになってしまいはしないか。
◆音楽業界では著作者を幸せにできているのか・・・
私が放送マンとして関わってきた音楽業界での著作権運用の流れを見直してみると、もっとその理由が明白に浮かび上がってくる。
音楽の場合は作詞・作曲・編曲等についてはJASRAC(日本音楽著作権協会)が著作権を管理、歌手や演奏者等については、主にそれらをまとめあげるレコードメーカーが著作隣接権として管理している場合が多い。
音楽の場合はこのレコードメーカーが有している権利を原盤権と言っている。即ち、著作そのものではなく、作品を形にするために関わった人たちにも権利を与えたのが原盤権である。
JASRACは音楽を放送で流すことについては特に便利な組織だった。JASRAC登録楽曲であれば、放送マンはアーテイストにいちいちお伺いをたてなくても自由にかけたり編集したりすることができるからだ。アーティスト側も全国にいる様々な趣味嗜好の放送ディレクターが視聴者の志向に合わせてピックアップしてくれるのだから文句をいう理由は何も無い。
◆団体任せの著作権運用がもたらしたこと
ところがデジタル化が進み、楽曲販売がインターネットでダウンロードされるようになると、今度は原盤権を有するレコードメーカーがどこの音楽サイトでどのように販売すれば喜んでもらえるユーザーが多くいるかを把握しなければならなくなった。JASRACはどうぞみなさんでお使いください、お金の徴収はお任せください、と言うだけで何もしてくれない。
アーティスト側がファンの動向を関知しすぐにでもiTunesで作品を販売したくても、原盤権者であるメーカーがもたもたしていると、いつまでたっても販売されない。海外で発売したいと思ってもメーカーが交渉するのがめんどうだと思えばボツにされる。多種多様な趣味の時代には図体の大きいレコードメーカーでは太刀打ち出来なかった。
その結果今の音楽業界は、一握りのミリオンアーティストと、ほとんどビジネスにならないミリオンな数のアーティストになってしまった。これはソーシャルネットワークなどでユーザー側が個々の趣味嗜好のマイナーな音楽に辿りつけるようになった割には、原盤権者側すなわちレコードメーカー側は未だどんぶりマーケティングしかして来なかったからなのではないか。趣味やジャンルが多様化したのだから、売り場も売り方も多様になるべきが、そこをメーカーは怠った。
そんな状況を反映して、坂本龍一氏ほか進んだ考え方を持ったアーティストたちはすでに、自分たちで著作権や隣接権を管理・運営していこうと10年以上前から様々な活動を続けている。まだ成果は見える形で出ているわけではないが、権利を団体任せにしてきたことが音楽業界を縮小させる原因の一因になり、著作者が本来得られるべき利益を得られない。これが音楽における原盤権がもたらした罪なのだ。
◆デジタル時代に相応しい著作権運用のありかたとは
大沢在昌、京極夏彦、宮部みゆきらは、「大極宮(たいきょくぐう)」という作家のマネジメントと著作物の運営を共同で管理するプロダクションを2001年に立ち上げている。これからは、こういったユーザーの趣味嗜好を反映できる個々のプロダクションが出版社の支援を得て、自分たちの著作物を運用していく時代だと思う。
「出版デジタル機構」の設立は、著作者の利益を最大限に守ると共に、読者やリスナー・視聴者に彼らの素晴らしい作品を継続的に届けられるようにしていくために必要なことだと思う。だがしかしこの団体がするべきことは、主導権を握ることではなく、個々の著作者たちを支えることなのではないか。
そう考えると、政治でも全く同じようなことが起きている。政府は地方を支えるべきものであって支配するべきものではないと・・・。出版業界も音楽業界も、さらなる議論を続けて欲しい。そして作品を生み出す著作者自身も、個々の著作物の管理や運営についてもっと学んでいく必要がある。デジタル時代の著作権ビジネスはこれまでの経験だけでは通用しないのだ。
(参考資料)
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◎出版デジタル機構
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◎出版デジタル機構発足(記事)
http://sankei.jp.msn.com/life/news/120329/bks12032920120002-n1.htm
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◎出版物原版権(記事)