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明日のテレビ チャンネルが消える日 (朝日新書) 志村 一隆 朝日新聞出版 2010-07-13 |
「明日のテレビ〜チャンネルが消える日 (朝日新書) [新書]」という本がおもしろいです。著者は元WOWWOWの社員でCNET JAPANブロガーでもある志村一隆さんという人です。2010年4月のNABショー(全米放送協会の年次集会)は「ブロードキャスティングからブローダーキャスティングへ」というテーマだったそうで「いま以上に多重で放送してゆくことを念頭においてビジネスを考える」ということだったようです。これを信じて日本の放送局が動き出すか否かが、明日の日本のテレビ業界(放送業界)の行く末を決め、引いては我々の生活環境も変わってしまうのかもしれないぞ!ということが書かれています。
そもそもは、2008年にスタートした「hulu」(フールー)というテレビに「オープン」「シェア」「レコメンド」という概念を持ち込んだインターネット配信型テレビサービスからブローダーキャスティングは始まったようです。ここは全米4大ネットのうちのCBSを除くNBC、ABC、FOXの3チャンネルが出資して設立させた、局が認める公式映像配信サイト、日本で言えばGyaO(ギャオ)のようなものですが(GyaOはフジ、テレ朝、日テレ、TBSが出資)、感動したワンシーンだけ切り取って友達とシェアすることができたためテレビのブロードキャストパワーをさらに押し進めたそうです。
日本の放送局員は未だに「とんでもない!」と言うでしょう・・・。でもフールーのカイラーCEOは2008年のNABショーで「待っていても人は集まってこない、インターネットの無限のコンテンツを使って我々の方から視聴者に刺激(インパルス)を与えるべきだ」と言ったそうです。さらに全米局の元親玉であるリール会長までもが「もうすでに世の中は変わってしまった・・・後ろのドアは閉まった、しかし、我々にはもうひつつのドアが開いている」と言ったそうです。放送局にとってはよそ者であるフールーの言葉に耳を傾け、放送局の親玉までも受け入れる米国の明日のメディアビジネスに乾杯です。
実際、フールーは2009年度の売り上げが1億ドルを超え、今年はさらに急増しているというそうで、その考えを見事に形にしています。USENの宇野さんもGyaOを始めたときにきっとカイラーCEOのような野心がみなぎっていたに違いありません。しかし日本ではそんなよそ者には出資はしても協力はしてくれず、GyaOはお釈迦になりました。それでも生きてゆける日本の放送マンがさぞ米国の方々はうらやましいでしょう。米国は変化に対応しなければ生き残れないのだと誰もが思っているところがすごいです。
でもうらやましいのも束の間、そんなことやってる日本は、結局はクリエイターの育成とコンテンツ開発という根幹的なところを停滞させ始めており、このままでは、映像メディア全体が地盤沈下してしまうと言います。米国は映像配信のオープン化を局も同意して始めたため、「ロンリーガール15」などのヒット映像が次々と生まれ、その制作チーム(EQAL)も有名となり、映像クリエイターが次々と育つ流れを作っているそうです。いくら安定したメディアビジネスになっていても、新しくて面白い映像はすべて輸入品になったら日本の映像ビジネスはどうなるんでしょう。すでに日本のBSは韓国ドラマで溢れ返っています・・・。
さらにもっと凄いことがこの本には書かれています。パソコンでテレビを見るフールーなら、まだ日本にも似たようなサービスがあるから追いつこうと思えばまだ追いつける・・・と思いきや、米国にはさらにその先を行く「明日のテレビ」があるというのです。
2009年にCES(米国家電見本市)で賞を取った「Boxee(ボクシー)」です。これはいま持っているパソコンにインストールすると、そのパソコンがケーブルテレビや、IPTV(通信会社が作ったケーブルテレビサービス)のセットトップボックス(STB)に早変わりしてしまうという技術だそうです。これによって視聴者はケーブル会社と月間100ドルなどの視聴契約をして専用STBをレンタルしなくても、手持ちのPCがたちどころに汎用STBになってしまうので、今日からインターネット回線で好きなケーブル局の好きなチャンネルを思う存分無料で見られちゃうというのです。これってケーブルテレビの「ダダモレ」じゃないですか? 日本人の理屈から考えると、どう考えてもケーブル局が黙ってないと思うのですが、ケーブル局は自社のケーブルを使った人からケーブル利用料を取るビジネスなので、インターネット回線で見られるのであれば、ケーブル局はお金を取れません。つまり、ケーブル局に映像を流している4大ネット局や専門チャンネル局はインターネットにも無料で配信しているので、それを自分のインターネット回線使用料さえ払えば合法的に見られるというわけらしいです。番組を供給する側は見てもらえばいいだけなので、このボクシーの仕業で困るのは、ケーブル会社だけなのです。
米国って凄いですね!日本でもNTTが全国に張り巡らせたインターネット回線に地上波や専門チャンネル各局が映像を流すことに合意したら同じサービスができちゃうわけですが、そもそも放送の電波やケーブルでしか流す権利を持っていない地上波局や専門チャンネル局は、日本では流したくても流せないのです。米国では映像配信の権利は流すルートに規制されていない!!これが日本と米国の「明日のテレビ」の発展を左右させる最も大きな壁になっているわけです。さすがにネット映像配信を束ねるフールーはこのボクシーへの配信を拒絶したと書かれていますけど、各局が「いや、フールーにも供給するけど、ボクシーにも出すよ」と言われちゃったら終わりですね。これが変化への対応の重要性、そして、映像ビジネスは受信手段ではなくて映像コンテンツそのものが大切だということに他なりません。
「明日のテレビ」を読んで、米国のテレビ局は、もうすでに、映像の流通ルートビジネスとそれに乗せるための映像コンテンツ開発できるクリエイターの育成サポートに特価してきていると感じました。日本の局はまだまだコンテンツ開発ビジネスにもしがみついていますし、映像の流通手段を電波以外にもっと開発してゆこうというクリエイティブな頭脳にも消極的です。最も重要なのは、せっかく流通手段がたくさんできても、それに乗せる映像の制作者が育成されていなかったら元も子もないということを直ちに理解して行動に移す必要がありますね。なんと米国CBSは流通手段を電波だけでなく、街のビルボードのデジタルサイネージ(電子看板)にまで広げていると書かれています。何歩も先を行く米国の「明日のテレビ」に追いつくことができるのか!日本の映像業界!?
ここにまとめた衝撃的な話は「明日のテレビ」に書かれていることのほんの一部です。ぜひ2冊購入してお仲間にもあげて欲しい1冊だと思います。