中小企業政策の転換点<企業政策から市場政策へ>
一年間かかわった中小企業政策を離れ、内閣官房IT総合戦略室に移動となりました。これから再び、本ブログの表題どおりの話に戻ってまいりますが、その前に、この一年間、中小企業政策を学ばせていただいて感じたことを、数回に分けてご報告しようと思います。
1. アトキンソン氏の活躍
中小企業政策は、アトキンソン氏の議論のおかげで、政策論としても注目を集め、その是非が話題になった一年でした。氏の主張を非常に単純化すれば、「日本経済低迷の原因は、中小企業の低生産性にある。統計的にも企業規模と生産性には相関関係あり。企業統合や最低賃金の引き上げなどやや強制的な方法を用いてでも、企業規模の拡大を図り、生産性の高い企業を育てるべき」ということになります。
確かに、企業規模と生産性に一定の相関があるのは事実です。投資余力、資本装備率などの関係からも当然とも言えます。しかし、358万社(者)いる中小企業全てがScale Upするのは非現実的です。Scale Upすべき企業への環境整備を急ぐとともに、そうでない企業群への対策をどうするかどうかも重要ではないでしょうか。また、氏が主張する最低賃金の活用といった実現手法にも、まだまだ検討を深めるべき課題が残されているように思います。ただし、個人的には、この分野の議論にスポットライトを当ててくれた、氏の議論には感謝をしています。
2. スケールアップ組とパワーアップ組での施策の峻別
Scale Up組の最大の課題は、オーナー経営へのこだわりと資本政策の欠如にあるのではないか。そういう見方も出来るのではないかと感じています。あくまでも皮膚感覚的にですが、全358万者のうち30万社以上は、Scale Upのポテンシャルがあるのではないかと感じています。しかし、そうした企業であっても、多くの場合、その資金調達を自身の財産と借入金へ大きく依存しているのが現状です。しかし、それだけで、本当に、次の段階へ成長していくために必要な投資を維持できるでしょうか?
今でも、年商30億円のラインを超えればPrivate Equityや通常のEquityから声がかかります。年商10億円以上でも事業投資などから、ギリギリ声がかかると思われます。となると、特に課題となるのは、以下の二つではないでしょうか。
① 年商1億円未満の事業者
② 売上数億レベルの大量の中小企業
【図1(ここには様々な見方があって、正解も一つではないので、あくまでも、個人的に考えた一つの切り出し方の例です)】
また、地域密着型志向の飲食サービス・小売業など、規模を大きくしても生産性の上がらない業態があるのも事実です【図2参照】。こうしたサービス業や、特定の取引先依拠する小規模なものづくり事業については、単独での成長を目指すのではなく、地域や事業者が束になって市場ニーズに応え、地域経済とともに、持続可能な経営を目指すPower Up組と位置づけるべきではないかと考えています。
【図2】業種別・規模別生産性
中小企業庁の支援施策には、Scale Up/Power Up、両者共通に使えるものが多数あります。しかし、その活用の狙いや目的は、それぞれの企業タイプに応じて、別々のところを見て動くべき。Scale Up型企業とPower Up型企業では、共用できる施策も含めて、それぞれに向けた政策パッケージを用意し、その活用の方向性を積極的に説明すべきではないかと思います。
【図3 Scale Up / Power Up型のイメージ】
3. 企業政策から市場政策への移行
中小企業庁は、まさに文字どおり「企業庁」であり、その政策はまさに、「企業」支援施策。これらの施策を、スケールアップのために使うか、パワーアップのために使うかは、各経営者の自由です。しかし、実際には、多くの経営者が、自社の将来やそうした施策の活用目的を真剣に考える余裕もないまま、目の前にある取引先からの発注を追いかけてきたのが実態ではないでしょうか。そして、その結果、中小企業政策も、こうした経営者により、その目指すところを強く意識する余裕もないまま、漫然と使われてきた面があるのではないでしょうか。
昭和型の系列取引による安定した産業構造は終わりを迎ええつつあります。これまでの中小企業政策は、尖った成功事例を生み出し、セーフティネットがしっかりと機能していれば、それで良しとしてきた面もある。しかし、令和の時代に入り、系列取引やサプライチェーンの本格的な組み替えが起こっていく。そのような状況の中で、中小企業者がどこに向かっていくべきか。政策がもっと、様々な方の力を借りて、積極的に発信していかないと、多くの中小企業が、その持てる能力を生かせぬまま、逆に借金を抱え込みながら、道を模索し続ける迷路にはまり込む恐れがあるように思います。企業の皆さんが、今の国内市場のシグナルだけで、その迷路から抜け出すことが出来るか。ちょっと自信がありません。
事業者のスケールアップを目指す市場環境作り。地域経済のパワーアップを目指す市場環境作り、政策側からも、中小企業がそれぞれのゴールにあわせて動きやすくなるよう、明確にメッセージを発信し、それぞれに向けた政策パッケージを示す。そうすることにより、企業政策から市場政策へのシフトを図っていく必要があるかもしれません。Scale Up組においては、資本市場政策との融合により、Power Up組については、地域経済政策との融合により、企業政策から、二つの市場政策へと脱皮していくことが求められている。そんな気がしています。