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Makersと日本  ~Rasberry Piの衝撃

2014/03/24 03:00
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プロフィール

村上敬亮

長年、官の立場からIT業界に携わり、政策の立案、実行をしてきた経済産業省 資源エネルギー庁の村上敬亮氏が、ITやエネルギー、様々な角度から、日本の発展のための課題や可能性について語ります。
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Makers(著者の来日講演記事などを参照)という議論がある。それは皆さんもご存知のとおりだ。


ややもすると、この議論、日本ではDプリンタの論議などに流れがちだが(別にそれが間違いというわけでは無い)、その裏には、もう少し違う底流がある。Makersは、マスマーケテイングに代表される大衆消費社会的なモデルを、変えていく力を持っている。僕は、そう思う。問題は、その実力がいったいどこまで及ぶのだろうか、ということだ。その答えは、その流れの使い方次第ではないかということを、3部(4エントリ)に分けて考えてみたい。




  Ⅰ.ITReference Kitにやられた。次は製造業か?【準備編】




   1. Rasberry Piの衝撃


今、Rasberry Piが熱い。簡単に言えば、シンプルなカードサイズのコンピュータ、もうちょっと複雑に言えば、ARMプロセッサを実装したLinuxボードだ。元々は子供向けのコンピュータ教育の活性化を狙って用意されたものだが、現在、そのハイパフォーマンスに注目して、様々な形での活用が広がりつつある。世界への販売実績も200万台を超えたという。



 そこには、コンピュータや電子機器を作るために必要な基本的な機能、すなわち、CPU、メモリ、各種インタフェース(USBその他)などが全て実装されている。一つが25$~35$。とにかく、安い。オリジナルを作ったのはイギリスのベンチャー企業だ。これに、スクリーンなり、スピーカーなり、必要なユーザーインターフェースや通信用モジュールを付け、3Dプリンタで筐体を実装すれば、お好みのパソコンができあがる。最近では、RasberryPi用の拡張キットも売られているらしい。

大切なことは、これが単なるパソコンにはとどまらないことだ。なぜなら、これに何を付け加えていくかによって、テレビから、デジタルAV機器、電子カードリーダーはじめ産業用の電子機器まで、実に色々なものを作れるからだ。


そもそも、この動きには、ご先祖が居る。Arduino(アルドゥイーノ)。こちらはイタリアで2005年に始まった。ロボット製造用コントロールデバイスよりも安価なプロトタイピング・システムを製造することを目的としてスタートした。詳しい人ならば、次の絵を見れば、何が実装されているのか、だいたいわかるだろう。


 


こうした動きが、イタリアで最初に本格化したのは面白い。というのも、産業革命で資本と生産が分離される前は、イタリアがものづくりの主役だったからだ。レナオルド・ダ・ヴィンチをはじめ、一人のアルチザンが、設計から製作まで、使い手選びからどうやって使うかまで、一人でこなしてきた。そういう工学的伝統に回帰している部分でもあるのだろうか。


なお、Beagle Bone Black(こんな比較記事も)IntelのGalileo(ガリレオ)など、Arduinoに刺激された進化形は、今や各所からリリースされている。STマイクロエレクトロニクスが提供するマイコン評価ボードSTM8L-DISCOVERYや、YAMAHAの・eVocaloidを搭載した「NSX-1」(音源ボード)も同じ性格(例えば、こんな使い方(歌うキーボード、ポケット・ミク)。ちょっとコアな記事はこちら)のものと言えるかも知れない。もはやトレンドの一つだ。


 


2.携帯の世代で変わった、世界の電子機器作りのルール




(1)Refernce Kit


僕たちが、この風景感と出会うのは、実は二回目だ。下の写真を見て欲しい。これは、携帯電話だ。いや、正確に言うと、携帯電話のリアルな設計図とでもいうのだろうか。外見は、ただのジュラルミンケースだが、これが曲者。中身を見ると、携帯の作り方が全て分かってしまうところがミソだ。米国で用意されたこのキットは、中国、台湾などに持ち歩かれ、彼の地の中小工場は、最初はこれを手本に携帯を作っていたという。おかげで、今や中国では数えきれないほどの機種の携帯電話が作られようになった。ちなみに、これを持ち歩くときには、ご丁寧に、どの部品がどこでどう入手できるかのアシストもついたのだという(当時の分析はこちらもご参照ください。)。





(2) 背後で支えているのはモジュール化とオープンソース


 このKitを見るとき大切なことは、単に設計が外部に漏れているということだけではない。中身の構造が、モジュール化されており、ベースにオープンソースライセンスが用られている、ということだ。


もしこれらが、情報処理もメモリ処理も少しづついろいろな部品に分散し、それらが全て組み合わさって始めて一つのコンピューターや自動車として動くように設計されていたら、どうだろう。その製品はオリジナルの製造者にしか再現できないだろうし、部分的に良いところ取りをしながら特定の部品に精力を集中する、といったようなアプローチを後発者がすることもできない。しかし、情報処理(狭義)の機能がCPUとメインメモリに集約され、通信、音声などそれぞれに必要な部品も、一つ一つが独立したモジュールとして部品化されていたらどうだろうか。これならば、後から参入してくる事業者でも、機能毎に必要な部品を組み合わせれば良く、多少複雑な製品でも簡単に再現し、製造することが出来てしまう。


モジュール化、Wikipediaによれば、「いくつかの部品的機能を集め、まとまりのある機能を持った部品のこと。モジュールに従っているものをモジュラー (modular)という。入出力を絞り込み、標準化することで、システム開発を「すり合わせ」から「モジュールの組合わせ」にすることが出来る。」こと。まさに、日本の強いすりあわせの哲学の対極を行く。しかし、世界の常識は、どちらかと言えば、徐々にこちらに傾きつつあると言えるだろう(この辺の原点は、日本語ならこのあたりだが、本来的には、「デザイン・ルール」という本がこの分野の原典に該当すると思う。ご関心の向きは、やや難解だが是非、手にとってみられてみたい)。


 二つ目のポイントがオープンソースだ。オープンソースで使える基本的な情報処理のソフトと、それを一定のスピードで動かせるCPUとメモリがあれば、基本的に電子機器は何でも作れる。それまでの知的集積のないアジアの製造業でも、高度な電子機器が簡単に作れてしまう。

 2000
年前後の初期普及期にあったオープンソースでは本当に苦労が多かった。だから、MovableTypeといった初期のWebオーサリングツールや、MozillaなどのExplore対抗のオープンソースブラウザが普及し始めたときは、素直に嬉しいなと思ったものである。

 しかし、今気付くというのも皮肉なものだが、オープンソースが怖いのは、当時進めたくてもなかなか壁が高いと思っていたオープンソースの商業利用、それが本気で進んだときだった。2003年当時、日経さんと一緒に「GPL最前線」という別冊特集を組んだ時は、それが大きな課題の一つだった。しかし、今はそれが黙って、普通のように行われている。

僕は今でもオープンソースは正しいと思っている。OSなどの圧倒的な知的インフラの収益を、いつまでも特定の人が独占しているのはおかしいからだ。問題は、それを使う側の知恵。しかし、日本には、その仕組みを上手に利用するという発想が育たなかった。その後、アップルが自らのOSを限定的にオープンソースライセンスで提供し始めて、始めて、日本企業も薄々そのポテンシャルに気付き始めたが、その時ですら、本気でオープンソースの動きを追いかける気にはならなかったのである。そして、携帯やタブレットなどの今の情報処理端末での勝負は、終わってしまった。


「統合型のアーキテクチャで、伽藍に籠もった企業」方式の生産は、「オープンなアーキテクチャで、バザール方式に攻めてくる産業」に、負けたのである。レイモンドの「伽藍とザール」の言うとおりだった。


 

(3) そしてRasberry Pie

そして、Rasberry Piの動きだ。


基本は同じだ。心臓部にはみんながこっそり使っていたCPUとメモリのセット。その他モジュール化された部品たちと、主要コンポーネントのソフトに用いられたオープンソースライセンス。


ただし、違うのは、これが堂々と、「ものづくりに使えますよ」といって市販されているところ。しかも、25$~35$という値段でだ。台湾企業や中国企業に裏で売っているというのでない。秋葉原で堂々と、素人も玄人も誰でも手に入れられてしまう。そして、今では、筐体作りには3Dプリンタが使える。こうした動きに、Makersのような動向を重ね合わせると、コンピュータのみならず他の消費者用電子機器全体にも、コンピュータの世界を覆い尽くしたこの波が、着々と押し寄せていることが、実感を持って感じられ始められるのではないだろうか。


 この”Reference Kit”的なるもの、そして今、Makersの流れで広がりつつある新たな物作りのプロセスをつぶさに見ていくと、次の3つのポイントが、これからの市場作りを司る大事な特徴として浮かび上がってくる気がしている。そのことについて、次では述べてみたい。


Ø  伸びる市場にはLiteracy Gapが無い


Ø  ファイナンスは需要側に着く


Ø  知恵の余剰をネットで集める


 


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※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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