お使いのブラウザは最新版ではありません。最新のブラウザでご覧ください。

CNET Japan ブログ

ウイスキーに見る、クール・ジャパンの基本

2014/02/10 03:00
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

村上敬亮

長年、官の立場からIT業界に携わり、政策の立案、実行をしてきた経済産業省 資源エネルギー庁の村上敬亮氏が、ITやエネルギー、様々な角度から、日本の発展のための課題や可能性について語ります。
ブログ管理

最近のエントリー



 大切なきっかけがあって、もう一度、輿水精一さんの「ウイスキーは日本の酒である」を読み直した。サントリーのチーフブレンダーが自らウイスキーについて語った本だ。

 ここのところ、何故か、クールジャパンについて再び触れる機会が増えているからかもしれないが、改めて読んでみると、ここには、クール・ジャパンの基本が詰まっているような気がする。



 近年、日本のウイスキーは世界的なウイスキーの国際的コンペテイションでの常勝メンバーになった。2010年にインターナショナル・スピリッツ・チャレンジ(ISC2010)の頂点にたった『山崎1984』。デイステーラー・オブ・ザ・イヤーを日本企業としてはじめて受賞したサントリー。ISC2012では、シングルモルト「山崎18年」「白州25年」がウイスキー部門で史上初となる最高賞トロフィーを1メーカーでダブル受賞している(最近の受賞作品の紹介)。



 日本が貿易収支で絶対黒字になれない国が二つある。フランスとイタリア。負けているのは、食とファッションだ。どんなに機械や自動車を輸出しても、チーズ、ワイン、ブランド服など、1~2次産業の分野で必ず負け越す。自分がクール・ジャパンという旗頭の創設にかかわったときに意識していた数字の一つだ。

そんな中にあって、金額的には小さいが、日本のウイスキーはフランスでも気を吐いている。平成18年頃と比べると約2.5倍に増えた日本のウイスキーの輸出額(約25億円)。その中でも、国別トップはフランスだ(関連記事)。



 他方、この金額的なインパクト自体は、実はそう大きなものではない。例えば、日本酒もこの10年間で倍増し、その輸出額は約90億円となった。また、ワインの日本への輸入額を見れば約1000億円を超えており、いずれもまったく勝負になっていない。もともと、ウイスキーの市場が小さいこともある。

 しかし、シェアでみれば日本製品のそれは高く(トップはやはりスコットランド)、日本のウイスキーは世界で強い。ロイターがこういった形で記事に取り上げるのも、それが製造メーカーの株価にも反映されるなど、市場からも無視できない動きだからだろう。やはり、日本のウイスキーは、ブランデイングという文脈からは、今のところ十分勝ち組と言えるのではないだろうか。



 ウイスキーには、クール・ジャパンを語るのと共通しそうな、いくつかの特徴がある。本書を読んでいると、そう思わせられるところがある。





 第一に、ウイスキーには世界共通の歴史と言語があるということだ。




 ウイスキーには、スコットランドという本家がある。日本のウイスキー作りは、そのご本家に忠実に従いながら、サントリー創業者の鳥井氏が、執念をかけて生み出してきた歴史だ。熟成に最低数年、主戦場を12年ものに置くウイスキーでは、当然だが、事業を始めてから最初数年は、製品がリリースできない。実際、サントリーが最初に製品を世に問うたのは、山崎蒸留所を操業してから5年後の1929年。それまで、山崎の村民からは、「あそこには、ウスケという、大麦ばかりを食べる化け物が棲んでいる」と噂されていたそうだ(ちなみに、「ウスケ」というのは、おそらく「生命の水」というウイスキーの語源となったゲール語の「ウスケボー」からとられたのではないかと思われる。)。

 しかし、山崎には、同時に、三つの河が所狭しと流れる湿気の高さと、天王山の豊富で綺麗な水という好条件が揃っていた。その地形は、スコッチの故郷、ローゼス峡に近いんだとか。こうした共通の歴史の分派として、日本のウイスキーはスタートしている。しかし、山崎の地は、他方で僕が大好きなスコットランドのアイラ島で大西洋からの厳しい寒い風が打ち付ける自然環境とは、また異なる。そこには、竹や常葉樹の森に囲まれた日本独特の風土があり、それがウイスキーという共通言語の中での日本の味を作り出す土壌となっている。





 第二に、ウイスキーはブレンドする酒だということだ。



 ご存知のとおり、ウイスキーは複数の原酒をブレンドする酒だ。通常は、大麦から作られたシングルモルトウイスキーに、小麦、トウモロコシなどから作られたグレーンウイスキーをブレンドして、作られる。混ぜるプロセスがないと思われがちなシングルモルト自身も、一つの樽(だけ作られるシングルカスクもないわけではないが)だけではなく、複数の樽からバッテイングという作業を経てブレンドされ、各蒸留所固有のシングルモルトが作られる。まさにブレンドの美学が生み出す酒だ。



 加えて、それぞれの原酒にも個性が溢れている。ウイスキーの成り立ち自体、シェリー酒樽に寝かされていた酒が琥珀色に変化していたことが偶然見つけられたところから始まったといわれるが、熟成というプロセス自体が、樽貯蔵という神秘のメカニズムに包まれたものそのものだ。その樽での10年、20年という単位での根気強い熟成に加え、日本にしかないミズナラ樽をはじめ、樽の個性からも、様々な原酒が生まれてくる。「万樽万酒」。まさに、樽毎に違う個性の原酒が眠っており、「原酒の世界は人間社会の縮図」なのだという。



 また、それだけに、ブレンダーという匠の技が活かされる余地が多きいのだそうだ。通常の原酒に異分子となるような原酒を加えると香味が引き立つといった、人間社会・組織も顔負けのものがたりが、ウイスキー作りには欠かせない。このブレンドという文法がまた、日本のウイスキー独特のものがたり性を生み出しているのではないだろうか。





 第三に、市場全体が、常に変化を恐れていないということだ。



 著者の輿水氏自身が、「女性に嫌われる酒に将来はない」。そうはっきりと言い切る。これもまた、伝統が重んじられる酒造りの中では珍しいのかもしれない。



 例えば、サントリーにオールドという定番銘柄がある。しかし、売上げが下降線をたどった2006年。テイストの大幅な変更を断行したそうだ。その際には、ウイスキーを猛烈社員時代に楽しんできてくれた団塊世代にもう一度飲んで欲しいという思いから、徹底した市場調査を繰り返し、「その世代がしっかり系の味を求めている」、という結果をしっかりと得て、「リッチ&メロー」という全く異なるテイストに舵を切り直したとのこと。



 そのためには、今までの味を前提に作ってきた山のような原酒樽の組み替えも必要になる。コスト管理から含めて大作業だ。筆者は、「ブレンダーの仕事というのは、畢竟、貯蔵樽に眠る原酒をピースとするパズルを解くようなもの」という。ここまで大胆に伝統に革新を加えるのは、それはそれで、全社中を振り回す覚悟の居る作業なんだろうなと思う。



 また、著者には、「和食に合うウイスキー」という全く新たなコンセプトで、自らチーフブレンダーというウイスキーの世界最高峰の立場に立ったきっかけとなった成功をもたらした、「膳」というウイスキーがある。この『膳』の開発にあたってヘア、従来ブレンダー室の聖域にあった商品企画を、最初から積極的にマーケテイングなどの他部門と共有し、杉樽と竹炭濾過という斬新な方法論を用いたんだとか。また、その杉樽の使用にあたっては、強すぎる香りと個性が会社幹部には嫌われ、当初、3通りの試作品全てに駄目を出されたとのこと。それでも隠し持っていった4つめの試作品で、最後の最後、ギリギリのタイミングに会社のOKを取り付けたのだという。



 著者は、「創業者の鳥井氏がいう『やってみなはなれの精神』が実に重要。」と言い切り、不易と流行のバランスこそがウイスキーの醍醐味だと断言する。その伝統をベースとした革新性もまた、日本のウイスキーを際立たせる要因となっているのではないか。「終着駅こそが出発点。」だと仰るのだが、まさに、この精神は、ウイスキー作り、さらにはものづくりを超えて、全ての仕事にも通じるものがあるような気がする。





 最後に、日本のウイスキーにとっては、最初から世界が市場だということだ。



 実は、日本自身が、世界第二位の大ウイスキー消費国であることは余り知られていない。トップはアメリカだが、日本は堂々それに続く。 ちなみに、1000円以下の廉価版商品を加えると、トップは意外なことにインド。日本は4位となるが、それでもなお、そのシェアは小さくない。こうしたそれなりの国内市場があるにもかかわらず、日本のウイスキーが市場を見る目は、常に海外にある。



 世界中の有名蒸留所では、チーフブレンダーが、ウイスキーアンバサダーとして世界を巡るのが当たり前だ。著者も、アイラ島に向かう途中の空港その他で、よく著名ブレンダーと偶然会うことが多いと告白している。しかも、はっきりと、「ウイスキーの主戦場で勝負したい。」いつかは、主戦場となる、人にたとえれば丁度働き盛りに該当する12年もので勝負したい。と考えていたという。本書の中でも、再三再四、海外との交流が出る。良い蒸留所のトップは、世界と交流するのが当たり前。そういう文化の市場だ。



 「世界中のどこの一流のホテルやバーに行っても、「山崎」や「響」が置かれているのが当たり前になるようにならなければいけない。」著者の目標は明確だ。例えば、「世界の主戦場で勝負したい」。そうした思いから作られた『響12年』は、最初から、イギリス、フランス、スウエーデンで先行販売を行っている。国内にもそれなりに市場があってなお、世界で先に勝負する。この姿勢は、ものづくりの市場でも、よりストレートに学べるのではないか。実は、政策もだが。。。





 世界に通用するものには、常に、「作り手のこだわりとものがたり」がある。その「こだわりとものがたり」に感じ入ってもらえるような、そんな日本を作る。それがクール・ジャパンという活動の基本だ。



 著者が成功させた『膳』のヒットと、その次に取り組んだ『座』の挫折。そして、主戦場たる12年もので世界最高峰にたった『響12年』。味とものはウイスキーだが、話はとても普遍的だ。「結局の所、我々の仕事は、作り手の思いをどこまで大事に出来るかにかかっている。思いが本当に強ければ行動に反映される。行動に移れば必ず結果に導かれていく。」。そう思う気持ちは、全てのものづくりに共通している。「大切なのは、伝統の継承と革新」。そう感じながら、日々、「ぶれない仕事の軸」を持っていることが、著者の活躍と、世界のコンペテイションで常勝組に転じた日本のウイスキー作りの根底にあるのだということが、本書を読むとよく分かる。





 日本でも、いよいよクールジャパンファンドが本格的にスタートする。クール・ジャパンという言葉を、まずは麻生総理に語ってもらうことを考えていた2007年頃のことを考えると隔世の感がある。「こだわりとものがたり」。それをもって最初から世界を目指すスピリットを失ったら、そこに日本の産業の競争力はない。その原点の一つが、このウイスキーを巡るものがたりにも、隠されているような思いがした。改めて、面白い本である。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
運営事務局に問題を報告

最新ブログエントリー