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消費インテリジェンス とは何か。   ~ソーシャルエンジニアリングとテクニカルエンジニアリングのリバランス~

2012/10/21 23:30
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プロフィール

村上敬亮

長年、官の立場からIT業界に携わり、政策の立案、実行をしてきた経済産業省 資源エネルギー庁の村上敬亮氏が、ITやエネルギー、様々な角度から、日本の発展のための課題や可能性について語ります。
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最近、「消費インテリジェンス」という議論を、抱き起こそうという動きがあります。その動きについて、少し書いてみようかと。。


1.価格決定力の回復


今の日本の産業界は、グローバルな市場における価格決定力の喪失に苦しんでいるのではないか。消費インテリジェンス論のコアとなる仮説は、この「価格決定力の復活」という議論です。


例えば、テレビ。一生懸命技術開発を進めて、大型化し薄型化してきたけれど、でも、値段がすぐに下がってしまいう。今、テレビは、薄型大型テレビの出た当初と似たような値段で、遙かに大きくて薄いテレビが買えるようになってしまったのが実情です。


我が再生可能エネルギー業界をみれば、事情と理由は色々ですが、結果的に、太陽光パネルは作っても作っても、利益が出る値段がつけられない状況にあります。風力はまだまだ世界的に伸びる市場となりそうですが、こちらも、この10年、欧米の後塵を拝してきており、何とかトップレベル復活を狙っているところです。


自分を育ててもらったIT業界で見ても、コンピューターの値段は下がるばかり。携帯電話市場すら外国勢にじわじわ攻め込まれている状況です。実際、ITがらみで言えば、競争があってもなお、高値で止まっているのは、通信料金くらいではないでしょうか。


ではと、目を向け直して、地球温暖化対策の関係でお世話になった、クリーンな発電所などのインフラ輸出などで勝負に出てみようとすると、今度は、手厚い国家的支援に守られた中国勢の厚い壁が立ちはだかられます。激しい安値攻勢を受ける一方、日本のOperation & Managementの良さはなかなか市場で評価されず、簡単には受注できません。


部品産業や製造装置は、iPhoneブームなどに支えられ気を吐いているものの、これも、その生殺与奪は完成品市場頼み。流石に炭素繊維などの素材系までくれば相当強みを発揮していますが、それでもなお、こうした技術が生きるも死ぬも、最後は完成品市場側のニーズ次第。思えば、日本の産業も、上流シフトをしたものです。。


エンドユーザーと向き合い、最終的な価格を決める局面をなかなかキープできない。こんな状況を放置しておくと、消費者と直接、「価値観」の交換ができなくなってしまいます。具体的には、楽しいものは楽しい。美味しいものは美味しい。製品に対する、そういう評価を直接言い合っていないと、作り手側には、元気も自信も出てこないのではないでしょうか。


 


2.ものづくりと農業が最近似てきている


価格を自分で決めようとしない。そのメンタリテイーは、悪しき時代の農業に似てきている感じがします。自分も、農家の皆さんを回ってくれた仲間の話を聞いて、感じたことがあります。



「(こちらに背中を向けたまま、)食えば分かる」。そして、本当に美味そうに食べると、今度は「(嬉しそうにこちらを向いて、)いくらでも持って帰れ♪♪」と、段ボール一杯、野菜をくれてしまう。でも、普段の売値は、農協や大型市場が決めた値段通り。


値段は本来、作った人が自分で付けるものです。ただし、その値段の理由を説明するのも、また、生産者の仕事。何故、その値段を出さないと買えないのか? その説明が肝心です。しかし、農協や大型市場頼みでは、値段の理由を説明するのは流通業者の仕事。値段も流通業者が勝手に決めてしまいます。こうした状況の下では、生産者の思いは、なかなか消費者には、伝わりません。


最近、農業でも、直売所が更に本格的に増えて来たようです。その数1万4千(こんなページも)。セブンイレブンの店舗数より多いとのこと。ここでは、生産者が直接値段を決めています。何より、消費者の反応を直接見れることが、生産者の大きな励みになっているようです。市場は値決めだけでなく、エンドユーザーとのコミュニケーションをつなぐ役割も持っています。もちろん、価格は高ければ高いほどいいのですが、更に言えば、そこでリアルに見える消費者の笑顔や売れ行き自体が、作り手にとってとても大切なインセンテイブになるんだと思います。


加えて、僕はさらに思います。まだ直売所の野菜の値段は安すぎると。「食」の場合、作ることに加え、運ぶことも重要なコスト要素。地産地消の販売所と、大都会に出荷する場合とを直接比べてはいけないとは思いますが、でも、作っているものそのものの価値は、本当は、もっと高くても良いのでは? 逆に言えば、高く買ってくれる人を探す努力が足りないのでは。もちろん、ものにもニーズにもよりますが、そんな気がします。


プライスリーダーが欲しい。今足りないのは、値付けの名士。。


 


3.値付けの名士


では、値付けの名士は、一体どこにいるのでしょうか。


ものの値段は、高く買ってくれる人さえ見つければ、ある意味、理由無く高く出来るものです。こう言っては、大変失礼ですが、難解な美術品の市場が典型です。高く買う人がいるんだから、安くは出来ない。欲しければ高く買ってください。この「バリア感」が作れないと、ものを高くは売れません。高く売る努力とトレンド作り抜きに、高値を付けるのは不可能です。


では、アートはともかく、今の経済の中で、値付けの名士はいないのか。


おそらく、その典型は、Top Downの流行作りで攻めてくるフランス、イタリアのファッション業界などではないでしょうか。今は、日本全体が貿易赤字になってしまいましたが、貿易黒字基調だった時代、どうしても輸入超過が解消できなかったのが、フランスとイタリアでした。まさに、デザイン系、ブランド系の輸入で、この両国には勝てなかったのです。


彼らのトレンド作りも、実は入念な仕組みの積み上げの上にできあがっています。パリコレ。トレンドセット委員会。ハイソサイエテイの演出。雑誌のネットワーク化。ポジションニングの入念なチェック。これらは、一社一社毎の個社の戦略によって担われている部分と、パリ、ミラノなど都市や地域単位での戦略によって担われている部分とが、複雑に組み合わされており、かつ、その組み合わせは、伝統的に時間をかけて積み上げられてきたものです。


例えば、日本でも、裏原ブームを20年続けることができれば、その時は、似たような一つの形ができあがっているのかもしれません。クールジャパンとして、アジアから相対的に見えている日本のトレンドを、継続的に積み上げることが出来れば、同じようなことを、将来起こせる可能性も、無いとは言えないでしょう。


ただ、今の日本の問題は、すぐトレンドが変わってしまう。価値付けのネットワークを集積させることに弱い、という点です。何かが集積しきる前に、週刊誌やトレンド予測誌が出てきて、トレンドを、お買い得感の観点から分解してしまう。


もちろん、日本の伝統的な部分は、しっかりしており、こんな安直なトレンド・イレイザーには妥協していません。でも、これはこれで、逆に、それぞれの奥深い「道」の中に入り込んでしまって、そう簡単に素人を寄せ付けない何かがあります。


トレンド作りには、



 「暮らしている地理的空間を超えて広がりを持つという説得力」 若しくは


 「時代を超えた普遍性を見せるだけの時間的蓄積」


そのいずれかが必要なのではないかと思います。消費者にとっては、何を楽しいと思うか、何を素敵だと思うか、何を美味しいと思うか、そのトレンドに、自分の生活的価値観の何かを委ねるわけですから、そこがフラフラしていたら、とても頼りには出来ません。


テレビの大きさとか薄さといった、機能面だけを競争していると、中国・韓国などが簡単に参入してきては買い叩かれる。技術のみの革新を続ければつけるほど、逆に価格競争に自らを追い込んでしまうというパラドックスが、今、発生しつつあります。


ユーザの価値観を支える強固な市場フレームワーク作り。技術的裏打ちが不可欠なのはもちろんですが、今は、バランス論で言えば、まさに、これこそが、価格決めの基礎となるように思うのです。


 


4.消費サイドから仕組みを作る


クールジャパンがアジアで流行っているとすれば、実は、その動きを一番美味く値付けに使っているのは、日本人自身ではなく、中国人だったり、ベトナム人だったりといった、現地の方々の方なのではないでしょうか。まさに、クールジャパンなるものがあるとすれば、一番儲かっているのは、そうした現地の方なのではないかと思うのです。


実際、日本のファッションは、コピーされ、模倣され、果てはプライスタグまで無断に持ち出されて、アジアで自由に売られているわけですが、でもそれは、自分達でトレンドを作る能力がまだ乏しいという自覚症状から来る行為です。海外のトレンドを借りてきては、本当は自分達が作っているものを高く売ろう。そういう意図でやっているうちに、だんだん、本物自体の作り方も覚えていく、ということなのかもしれません。


もちろん、コピーや模倣自体は、国際的にも違法であり、許さざるべき行為です。けれども、アジアの側で、現地の人が、必死になってものを高く売る方法を考えた結果であるというのも、また、反面の真実です。値付けへの必死度が違う。その点は、僕等がいつしか忘れかけている可能性があるものとして、注意しても良い。


じゃあ、日本人は、値付けの仕組み作りをサボってきているのか。そうでもない。全てが意図的かどうかは別にしても、日本がリードしていると思える分野もあります。


例えば、デジカメ。


デジカメには、そのトップに、一眼レフという世界があります。そこには、圧倒的高価格でも許されるEOS1の世界があり、また、EOS5markⅡに引き上げられるユーザがいます。だからこそ、真ん中の価格帯の商品がその値段をたるませずに済んでいるのではないでしょうか。


そこには、EOS1(若しくはNikon D4)を愛好するプロの写真家というコミュニテイがあり、その写真家にあこがれる一般の撮影者という構図がある。そのユーザ側の階層性ある指向性が維持されているからこそ、商品の側も、体系化と値付けの仕組みが維持できているように思います。逆に、そのヒエラレルキー構造が切り崩されてしまうと、iPhoneに組み込まれた、小型なのに高性能なSONYのデジカメユニットくらいしか儲からなくない市場になってしまうのかもしれません。


例えば、過渡期にあるオーデイオ市場。


オーデイオ市場も、従来のような超高級オーデイオのトレンドがより強固に続けば、中級機・入門機と安定したトレンドは、今でも根強く続いているでしょう。この市場が持つか持たないかは、オーデイオマニアがどういう形で生息し続けることが出来るかにかかっている。


今ちょっと厳しいのは、まさにPC(orネットワーク)オーデイオへの過渡期に入って、その価値観の体系の根本的作り直しが求められているからなのかもしれません。個人的には、PCオーデイオは、音質も機能も、相当良くなったと、もう昔には戻れないなあと感じるくらい、良くなったと思います。ですが、その構造をうまく、次の消費構造に書き直せておらず、高級、中級、入門それぞれのユーザがどのように移行すれば良いのか、全体の構図の見える化ができていないため、オーデイオマニアというカテゴリー自体が稀釈化されつつある。これからのもって行き方が、ちょっと大変になるのかなと感じています。


以上を、トップユーザから下におろすトップダウン型だとすると、例えば、ユニクロは、全く逆のパターンですよね。


高級機から入るのではなくて、価格に対する圧倒的高機能でもって、低価格商品帯から攻め上がっていく感じです。ユニクロが凄いところは、低価格高機能製品のバリエーションをどんどん横に展開し、少しづつ、高価格帯の商品にちゃんとリーチしているところのような気がします。


その商品展開は、いかにターゲットユーザの衣類におけるユニクロ比率を高めていくか。いかに、少しづつ高額所得者を市場に巻き込んでいくか。ユニクロ店舗に来る、というバリア感を巧みに活用しながら、そこに来て、自分に合う着物を見つける楽しみを綿密にシュミレーションしつくしたかのように、ラインナップの充実を図っている。結果として、広範な層の顧客に対する消費者のユニクロ的価値観への誘い込みに、見事に成功しているような気がします。


 


5.鍵を握るのは、「階層化」


トップダウンのハイエンドコミュニテイーは、一朝一夕には出来ません。カメラファンだって、オーデイオファンだって、時間をかけてマニアから一般まで裾野を広げてきましたし、ユニクロだって、長い間、時間をかけて、顧客の支持層を広げていきました。ポイントは、このユーザコミュニテイの裾野の広がりあるネットワーク化、もっと言えば、階層化を、こつこつ、どう実現していくか。若しくはITを戦略的に活用しながら、その集積を加速化していくか、なのではないかと感じています。


ここで敢えて、ネットワーク化に加え、階層化という表現を足してみたのは、自分が個人的には、この階層性を内包することが、案外、市場創出の鍵なのではないかと思っているからです。


大きなトレンドを作る上では、最終的に、いろいろなタイプの人が混じっていて、色々な人にとって、総体としてアクセスしやすいことが大切です。そうでなければ、そもそも大きなトレンドになりません。まさに、そういうユニバーサルな性格があることと、一部の人にだけ理解される趣味性とがどうバランスしているかが重要であり、趣味性だけでは、トレンドには育っていかないでしょう。しかし、マスマーケテイングの時代は終わっている。それを実現するには、緩やかな階層を積み上げていくしか答えがないかな、と思います。


カメラファンにも、人物派、風景派、鉄っちゃん、いろいろな趣向と、レベルの違いがあります。オーデイオだって、ジャズでJBLみたいな指向性から、クラッシックをタンノイで楽しみたいという方まで、様々な音への指向性があり、かつ、レベルの違いがあります。まさに、裾野の広い、階層性のあるファン・コミュニテイができあがっています。


ユニクロの場合、販売している商品自体に、趣向やレベルの違いがあるわけではありません。しかし、その代わりに、顧客層の方を見てみると、一般的なご家庭のみならず、超富裕層までにも、便利だと買わせてしまう説得力を持っています。結果、ユニクロ・ユーザコミュニテイをみれば、その性格の横の広がりも、富裕度的な縦の広がりも、相当な広がりを持っています。また、そのことが、上手に消費者にもアピールされているように感じます。


これだけ幅広い裾野が出来ると、そこで見えるトレンドというのは、どの消費者から見ても、そう簡単に崩れそうには見えません。むしろ、そこに乗り損ねるリスクの方が、高そうな感じがしてくるでしょう。かつ、自分にも、その端っこくらいには常にアクセスできそうだという柔らかさがある。


消費者も、もし一人一人が、全てのものの価値を判断できる審美観を備えている。そんなスーパーな消費者ばかりであれば、こんな議論は不要でしょう。でも、そんな強いお客さんは、そうはいません。実際には、個々のお客さんがやることはといえば、多くのユーザコミュニテイが積み上げてきたこれまでの価値評価軸に、若干、自分の好みにフレーバーを載せて、自分の払うべき金額に納得している。そんなところではないでしょうか。


大切なことは、この「揺るぎそうにない」ユーザ側の価値観の体系を、どう一挙に、作り手の側から仕掛けに行けるかだと思います。


パリコレ、ミラノサローネ型発信戦略は有力ですが、同じレベルに日本が届くには、まだまだ時間がかかるでしょう。


クールジャパン、中でも、オタク系トレンド発信は、ネットの力と虚脱した若者の有り余った時間を集積して、膨大なパワーをWonder Festaや秋葉原に集めていますが、問題は、どこまで長続きするかです。あまり一過性だとすれば、それはあくまでも時代におけるニッチだという整理で終わるでしょう。


カメラやオーデイオ。この機械系マニアによる発信の世界は、日本の場合、結構根強いネットワーク力と裾野の広がりを持っているように思います。問題は、そんな余裕が、日本のこれからの家計やサラリーマンに続くかどうかですが。。。


ある分野に存在する異なる趣味趣向を、より大きなトレンドでかぶせて、新たな市場に見せる。その時には、撮り鉄から人物写真愛好家、年配のご趣味の世界から、若い人の写真愛好家まで、むしろ異なるグループの人たちが、異なる志向のママ、緩やかにつながっている。そういうフレームの方が、よりしっかりとした消費トレンドに見えていくでしょう。


あとは、その中に、自分が作っているものを上手に位置づけて、技術を活かす価値観自体を、従来から転換させる。このように、ユーザが潜在的に持っている消費インテリジェンスをどう引き出して、自分の技術に対する新たな市場フレームを用意することができるか。そこが大事になっているんではないかと思います。


技術を磨くのはもちろん大切なことですが、テクニカル・エンジニアに寄りすぎて、ソーシャル・エンジニアが仕事をしていない。それが、今の日本の産業界が抱えている大きなアンバランスです。


くどいようですが、もう一つ事例を出してきますと、


太陽光と太陽熱を併用する新型太陽エネルギー利用機器は、もう実用化一歩手前まで来ています。でも、この商品、パネルの次世代といっても、太陽熱の新世代商品と言っても、あまり行けそうな感じがしません。太陽光は太陽光で、過剰生産設備に苦しんでいることが広く知られてしまっていますし、太陽熱は太陽熱で、悪徳商法以来、腰折れてしまった市場のイメージから、まだ完全には立ち直っていません。そこに新たなハイブリッド商品を持ち込んだところで、その商品については、おそらく、いずれもマーケテイング上、うまくはまらないでしょう。こうした技術の視点をベースに市場フレームワークを定義しようとしても、価値創出という観点からは難しいのが現状です。


では例えば、視点を変えて、省エネ上、今、最も課題となっているビルの効率化に切り込むことにしてみてはどうでしょうか。断熱材をつけ構造的に効率性を向上するのもビルの省エネですが、再生可能エネルギーを新たに取り付けて外部からの買電量等を減らすのも、一つの「省エネ」。この際、本技術も、その「グリーンビルソリューション」市場に、一番手として乗り込むための投資なんだと言ってもらったらどうでしょうか?


色々な人からシェアされることが可能な、新しい、潜在的に骨太な市場トレンドを上手に作る。消費者が潜在的に持っているインテリジェンスを、ネットワーク化して、見える化する。サプライサイドの技術で市場をフレーミングするのではなく、顧客側で実現する価値観の側から、市場をフレームを確定し、そこに自分の技術を敢えてはめ込みに行く。そういう作業が必要になっているような気がします。


消費サイドのエンジニアリングと、製造現場のエンジニアリングが再度結びつき直したとき、もともと高い技術的能力を誇る我が日本の産業競争力は、強固に復活するのではないか。それが、少なくとも、僕にとって、この消費インテリジェンス論を支える中心的な仮説です。


技術的イノベーションだけだと価格競争に陥りやすい。それを回避するための価値転換の仕組みとしての消費インテリジェンス。この議論が、今後どう発展していくのかは、まだ未知数ですが、個人的には、とても関心がある分野でもあり、特に、階層性の重要性と作り方と言うことについては、IT時代からの問題意識にかぶるところも多いため、今後、また、別途、どこかで整理してみたいと思います。


まあ、以上は、マーケテイング論から見れば、当たり前といえば当たり前の話しなのかもしれませんが・・・(苦笑


 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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