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今こそ、全体感が必要 (前編)

2011/03/28 03:00
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プロフィール

村上敬亮

長年、官の立場からIT業界に携わり、政策の立案、実行をしてきた経済産業省 資源エネルギー庁の村上敬亮氏が、ITやエネルギー、様々な角度から、日本の発展のための課題や可能性について語ります。
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 日本のあり方を変えてしまうような甚大な震災が起きてから、2週間以上がたった。いや、実際はそこまで大きくは変わらないかもしれない。そういう見方もある。しかし、個人的には、これから起きる議論に備え、今こそ、全体感が必要なのではないか。そう強く感じ始めはじめている。そこに至った、この二週間の風景感を、文章に残してみたい。


 


1.  今みえる「風景」を振り返る


 


(1) 海外から日本を見る風景


 


 今ほど、日本人が、「国家」を意識していることも少ないだろう。東浩紀さんのNYTへの投稿にも、指摘があるとおり、日本という国民意識が、戦後復興後、これほど自覚されたことはないに違いない。 “国民国家”という神話が、徐々に形骸化し始めている。そう感じ始めていた時に、皮肉な取り合わせだと思わなくもない。


 海外から日本を褒め称える美談もまた、後を絶たない。16時間、列車に閉じ込められた外国人教授が、乗客のマナーの良さと駅員の丁寧な対応にびっくりしたといった話をはじめ、海外メデイアからも、日本の対応を賞賛する論調が多くみられた(その代表格は、この記事か。支援ということではんな記事)。


  しかし、自分は、この過度なほめられ方に、多少、違和感を感じた。今起きていることは、単に、日本人が自分の行動様式に従って、淡々と、事態を受け止めようとしているだけだからだと思う。 特に、その点に気づかせてくれたのは、CNN次の記事だ。 "a country quietly mourning"という表現は、言い得て妙だと思う。 



But unlike other disasters where the world has observed looting, rioting and public outbursts of sorrow and rage, it has seen a country quietly mourning, its people standing patiently for hours in orderly lines for a few bottles of water.


 ちなみに、その後、海外からの報道は、一転して、日本に在留し続けることの危険性へと転じた。僕は、そのこと自身を、非難するつもりは全くない。むしろ冷静な判断だろうと思うし、何より、東京に集結した在外プレスのスター記者自身が、本当に怖かったんだと思う。素直な結果だ。


そうこうしているうちに、彼らの関心はリビアに移行し、そのままスター記者も国外に移動。日本を巡る海外プレスの報道合戦は、ちょっと一段落した。今では、淡々と、日本の原子力発電で起きていることが世界に与える影響に、また在留記者から見える日本のこれからに、論調を移していったように思う。


 


   *   *   *


 


 日本を拠点とする記者が書かれた3/17付けのFTこの記事(「日本の奇跡は終わっていない」)をはじめ、様々な論調がある。こうした震災後二週間のメデイア論調については、ここに非常に秀逸な記事がある。自分が多くを語るより、是非、この記事の一読を勧めたい。


 こんな時だからこそ、今、日本人は、海外から自分たちがどう見えているのか、正しい正しくないではなく、もっと別の視点から、関心を持つべきだ。自分のことを知りたければ、自分を語る外側の言葉に素直に耳を傾けることが大事。この記事は、その期待に応えてくれる、非常に優れたまとめだと思う。


 


 また、このつぶやきにも、瞠目させられた。海外で教えておられる先生なればこそ、日頃から、こう感じておられるということかもしれないが、こういう風に感じられる国際性を、日本人として持ちたいものだと、自分も思った。 



日本の人たちには、今大打撃を受けているのは「孤立した日本」だけではなく、「連帯した世界」でもある、という認識を是非持ってほしい。自分たちのために頑張るのはもちろんだが、同時に世界のために頑張らなければならない。それを世界は日本に望んでいるし、その期待を裏切ってはならない。(飯吉透さんのTwitterから)


 やや古色蒼然たる例を引き合いに出して恐縮だが、今、僕らには、日露戦争後に「日本の禍機」を著し、うぬぼれる日本と、その後の第二次世界大戦への流れを警告した朝河貫一教授と同じような感度で、国同士の間の人間関係ならぬ、国家関係について、想像力と観察力が、求められているのかもしれない。


 


  


(2) 日本が日本を見る風景


 


 被災地の方、被災しうると考える「東京」な人たち、「東京」よりも西にいる人たち。それぞれに、今回の事態に対する受け止め方は全く違う。違うはずだと思う。だから、日本人が、今の日本を見る目を単純に総括するのは難しい。


 


    被災地について


 


 被災地の方にとっては、何より、災害情報の共有が重要だ。受け止めるも何も、現実が先に動く。思いをぶつけ合う時間も手段も無い。それが実態ではないだろうか。


 そんな中で、とにかく課題は、情報の収集・提供。震災直後の状況において、電話がほとんどつながらない中、今回、みんなが必死に頼り、かつ最初に復活したのは、携帯も含めてe-mailだった。そして、実際多くの情報が、つながったインターネットの中では、あふれかえった。


 


 今ほど、ネットに分散した情報の集約が課題となったことはなかった。


 


 GoogleFacebookYahooなどが、災害情報の集約のお手伝いに積極的に手を上げた。こちらは、リテラシー上、ややユーザーが限られてしまうが、Wikiのページも良い。なかには、SaveJAPANと称し、こんな形で、 ネットに分散した情報の集約を試みたページも出てきた。この手は有りだと思った。


 また、例えば、こんな風に、ボランテイアで情報をまとめようとする人も少なくなかった。情報の集約という意味では、経済産業省からのCSV.形式(XLSX方式?)でのデータ提供のお願いを始め、ITリテラシーで解決し、むしろクラウドの強みを発揮するきっかけの萌芽が見られつつある。この面では、佐々木俊尚さんのこのまとめが秀逸だ。


 誰かの強力な編集作業を経なくても、一次情報を一次情報のまま、さらに共有していく方法は、あるはずだ。例えば、Googleが本田やJSTと協力して立ち上げた、自動車・通行実績マップもある。この変化を日々追いかけるだけでも、実に示唆深い。


 ネットは、その適切な情報集約機能を身につけることによって、更にパワーアップできる。そこには、ビジネス上の付加価値だって、もっとあるはずだ。必要なのは、コンテンツに対するビジョンと、それを顧客目線でまとめる技術力。先進的なユーザと技術者のコラボが必要だ。我が国IT業界の力に期待したい。


 


 


   *   *   *


 


他方、根本的なところで、課題は残った。


回線さえあれば、デジタル時代の双方向技術(デジタル技術)は強い。今回、最初に家族と連絡を取れたのが、携帯メールだったという人は、少なくないと思う。しかし、回線がないところでは、アナログ時代の一方通行技術(アナログ技術)に頼るしかなかった。NHKのありがたみを、今回ほど痛感した人も少なくなかったと思う。


今もなお、両者がそれぞれに健闘しているのは間違いない。しかし、その隙間に、被災地からの情報の吸い上げという大きな溝が残ってしまった。デジタル技術は回線がなければ届かない。しかし、アナログ技術では、相手側の情報が吸い上げられない。


こうして、被災地の情報の集約という機能が、失われたままとなっている。現場で何が起きているのか。その集約は、いまだに困難を極めている。


 


世代を超えた個々人のレベルのどこまで、しかも相当の冗長性を持って、デジタル技術を持たせることができるのか。双方向のコミュニケーションインフラの必要性が、厳しく問われた。乾電池/充電インフラという単純な技術の重要性もまた、厳しく痛感させられた。


これらは、今後更にわき上がるであろう電力需給問題に負けるとも劣らない大きな社会インフラ上の課題を、わが国の情報通信基盤に残したように思う。


またゆえに、被災地の思いを見つめ直すには、まだ材料が足りない。


 


 


     「東京」な人たち、「東京」以西な人たち


 


 今回の「東京」は、いたく冷静だ。震災当日の整然とした帰宅の徒歩の列は、歴史に語られて良い現象だと思う。被災地への協力、自らの電力需給問題への今後の対応、来たるべき日本経済へのインパクト、いずれも、みんな冷静に、当事者意識を失わずに議論されているように思う。 


 ここでも、Twitterなどソーシャルメデイアの威力は遺憾なく発揮されている。その多くは、Twitter有名人の属人的な見識や発信力に頼る部分が大きい。とはいえ、RTのチェーンが、創造的発見のプロセスを強化しているのは間違いないように思う。


 


例えば、こんな時だからこそ、定番の感もある政府批判についても、こんな落ち着いた見方が出ていた。TwitterRTがなければ、自分もこの存在に気づかなかったと思う。


Twitter有名人の方々も、いつもと変わらず、いや、むしろいつもにまして頻度高く発信し、言論の平均値を引き上げている。Twittter以外にも、例えば、村上龍さんのこのコメントのような発信は、今回非常に多い。また、こうした励まし合い系のページ(元気の出るつぶやき元気になろう福島など)や、こんなCMを発掘してくる動き。政府も官民連携サイトを立ち上げた。


ほかにも、いつもとは違う形で、Twitter上の活躍をされている方が増えた。専門外ながら、科学者(音楽家?)として客観的な態度を貫こうと継続的に情報を発信をされている伊東乾さん。このツイートを頼りに一般の報道を相対化している人は相当多いのではないか。また、福島県出身の詩人として発信を続けられる和合亮一さんの歌に、心を慰められている人の数も、多いことだろう。


 


こうした有名人tweetの効能は、情報のフィルタリングという点でも役立っているように思う。一般に、質の担保に課題を残すソーシャルメデイアだが、こと実名で発信している人のつぶやきについては、今回、思い切って言い切っておられるケースも多く見られる。マスメデイアの不適切な報道に対して、きちんとした軌道修正を伝えようとした例も目立った。こうした言説の存在が、多くの「東京」な人の気持ちを落ちつかせている効果は無視できないのではないか。


また、FacebookTwitterなどから超・リアルタイムで提供されるメッセージの同時性が、特定少数の人による特定の誹謗中傷の輪唱を防止し、適度な落ち着きを提供しているという点も、更に注目されて良い。


こうしたネットの活躍も含め、アナログ技術に依存したマス・メデイアと、デジタル技術をベースにしたネットの役割分担のようなもの。この二つが、今回、おぼろげながらポジテイブにかみ合ってきているような気がする。Ustreamと放送の一時的連携なんていう現象見られた。これらは、両者の今後のあり方を論ずるに当たり大きな収穫だ。


 


かように、「東京」は、救済への準備と、将来に向けた議論を始めるための心構えについて、十分、必要な作業を終了しているように見える。


#edano_neroは、その余裕の表れかもしれない。。


 


(後編へ)


 


 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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