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印刷改革のヒントは、印刷の中にある

2009/03/02 00:38
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プロフィール

村上敬亮

長年、官の立場からIT業界に携わり、政策の立案、実行をしてきた経済産業省 資源エネルギー庁の村上敬亮氏が、ITやエネルギー、様々な角度から、日本の発展のための課題や可能性について語ります。
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 印刷産業は今、市場全体のIT化の波に加え、昨今の経済危機に伴う経費削減の中で、厳しい経営を迫られています。全国に散らばる中堅・中小の印刷企業の集まりである、全日本印刷工業組合連合会(「全印工連」)では、こうした事態への対応を先取りするべく、業態変革実践プランを作成し、その普及を急いでいます。

 その業態変革実践プランを勉強させていただいて、「印刷業を変えるヒントは、印刷業の中にある。」ということが、自分の中で強く印象に残りました。

 印刷産業、というと何やら唐突ですが、実は、印刷は、ポスプロや音源制作などと同じように、コンテンツ産業、もっといえば、コンテンツ制作の現場そのものではないでしょうか。今回は、その印刷をネタに、自分の中に自分を変えるヒントを探す、という話を整理してみたいと思います。

 

1.印刷産業とは

 

 まず最初に、印刷産業の現状について、少し。

 印刷産業の出荷額は、現在約7兆円です。平成3年の約9兆円をピークに、その市場規模は着々と減少を続けており、同じ傾向は、事業所数も従業員数にも言えます。大変厳しい状況です。

 印刷業の一つの特徴は、地域密着型の産業であるということです。すなわち、顧客の近いところに張り付いて、顧客の求めに応じて印刷サービスを提供するのが印刷産業の基本です。印刷産業というと、凸版印刷や大日本印刷の事例がすぐに思い浮かびますが、こちらが、むしろ特殊な例です。実際、全国には、非常に多くの印刷企業が存在していますが、その多くは中小企業です。7兆円の売上の半分弱は、凸版印刷と大日本印刷の2社が占めており、あとは東京にある中堅・大手の数千億クラスの印刷会社が数社ありますが、これを除く半分弱の市場は、地域に密着した膨大な数の中小印刷企業が担っていると考えていただいて差し支えありません。

 東京で比較的大規模な印刷企業が成長したのは、顧客の集積度が高いからです。さらに、凸版さんと大日本印刷さんが突出しているのは、両者が、半導体ビジネスや液晶パネルの部品ビジネスなど、印刷技術を活用した新たな分野展開に、途中から特に大きく成功したからです。これらは、多くの印刷企業全体の中から見ると、特殊な例とも言えるでしょう。 印刷業の基本的な業態は、やはり中小企業業態であろうと思います。

 全印工連の調べによると、印刷業全体の経常利益率は、市場全体の規模縮小にかかわらず、上ったり下がったりしています。しかし、中小企業業態が多いところでは、利益率や赤字・黒字の状況を見るだけでは、正しい業況は分かりにくい。むしろ、従業員に対する給料の支払いの流れを見ると、実態がよく分かるというのが僕の経験値です。

 そう思って印刷業界の1人平均の人件費をみてみると、営業利益率があがったり下がったりする中でも、実は人件費は、着々と落ち続けていて、平成18年の時点では大きく前年までのトレンドを割っています。やはり下請の下の方に来ると、かなりしんどいことになっているということだろうと思います。

 ITの普及を始め、印刷業を巡る様々な状況を考えれば、今後、いろいろな意味での業態変革が必要になっていくのは間違いありません。実際、既に凸版、大日本の大手二社でみれば、狭い意味での印刷業の売上は半分から3分の1くらいになっていると思います。生産性向上をとっても、新規ビジネス開拓をとっても、そのための僅かな先行投資すら、なかなかままならない、中小印刷業にとっては、今後、業態変革はますます深刻な課題です。

 

2.印刷産業はコンテンツ産業 

 

省庁再編が行われる前の通商産業省時代、印刷業は、「紙業印刷業課」といいまして、今で言えば製造産業を見ている局に分類されていました。いわゆる紙・パルプと一緒の課です。

それを、2001年に経済産業省になってからは、印刷産業は、映画、ゲーム、アニメ、出版その他と一緒に、コンテンツ課へとくくり直されました。紙・パと印刷が一緒という整理の方が、素直だという見方もあるかもしれません。しかし、僕自身は、このくくり直しは大変慧眼だったのではないかと思っています。 

 自画自賛するのも変な話ですが、印刷産業がコンテンツ課所管となった理由は何なのでしょうか。

 

(1)メディアとコンテンツの不可分性

 例えば、これまで何度かご紹介してきたとおり、コンテンツ産業14兆円のうち、放送業の売上は3.7兆円を計上しています。この放送業の売上3.7兆円のうち、放送会社から実際に放送番組制作会社に受託製作として流れている金額というのは、多分そのうちの4分の1か、場合によっては、それ以下くらいではないかと思います。

 ではほかの4分の3は何かというと、もちろん放送会社の編成管理、販促活動、鉄塔などの放送インフラ維持管理費用、広告代理店のコミッション料など、流通メディア分の売上となります。シナリオ等々を書き、ものを製作し、ポストプロダクションのところでまとめていくというようなコンテンツ制作作業部分は、3.7兆円の一部分です。

 なぜ放送の電波の鉄塔を建てている分までコンテンツ産業の売上として勘定しているのか、というご意見もあるかもしれません。が、実は放送業の次に大きい新聞業の2.4兆円の使い道にも、新聞をトラックに載せて運んでいる経費、印刷している経費などが全部入っています。それを分けて計上しろといってもほとんど無理でしょう。単純に、書籍やCDの売上を考えても、印刷料金やパッケージ制作代金、それらの流通コストなど、やはり流通を含めて消費者の下に届けるための全体のコストが反映されています。

 したがって、やや無責任に聞こえるかもしれませんが、コンテンツ部分とメディア部分との統計を分けて整理する手段が、今はなかなか無いのが現状なのです。言葉を変えれば、メディアとコンテンツは一体して産業を成しているということなのでしょう。

 

(2) メディアとコンテンツを跨ぐ様々な業態

 実際、その業態をみても、まちまちです。放送コンテンツ一つとっても、テレビ局の側で企画・制作から流通まで全て自社でこなす場合もあれば、番組制作は制作会社に全てお願いしている場合もあります。製作工程の一部のみを放送局が外部の業者に委託することもありますし、逆に、制作会社が企画を持ち込んで制作し、それをテレビ局の側で放映することもあります。また、東京のような市場の大きな地域では、制作プロセスにも、スタジオ、ポスプロ専業企業など、いろいろな業態の会社が関与しています。地方のテレビ局を考えれば、自主制作ものは、最近比率が上がってきたとはいえ、それでも20%台ですから、7〜8割方は、キー局が作ってきた番組にCMをつけて流通させるのが役目です。このように、業態を見ると、どの企業を流通メディア、どの企業をコンテンツ制作企業というように単純に分けるのは難しく、その業態は複雑に分かれています。

 音楽でみても状況は似ています。レコード会社が、タレントマネージから制作、さらには流通まで一社で全部行う企業のケースもありますが、制作までを一社で担い、CDにプレスして流通するところは別のレコード会社にお願いする場合もあります。制作プロセス自体にも、スタジオをはじめ、いろいろな会社が関与しています。制作から流通まで、業態は本当にまちまちです。

 書籍出版の場合も、出版企画があり、編集、製版、印刷といった制作工程があり、東・日販などの取次以下、流通の世界があります。マーケティング・企画から制作・流通までかなり出版社側で主体的に仕掛けることもあれば、出版社に持ち込まれた原稿をベースに、そのまま市場に流す場合もあります。自主制作に近い中小出版社のような作り方もあれば、大手出版社のマンガ書籍のように、きわめてシステマティックに作られていくものもあります。また、そもそも単行本・書籍と雑誌の場合とでは、業態も作り方も相当違います。最近、雑誌では、他業種とのタイアップが進み、雑誌編集部自身が、ライブ、イベントなどその他のサービスにもいろいろな形で関与するようになってきました。

 このように、流通メディアとコンテンツ制作は、簡単には分かちがたい形で、いろいろな業態を形成しています。このため、実際に存在する企業ベースで一つの絵をまとめることは困難ですが、機能・プロセスに着目してラフにまとめると、正確性は二の次になっていますが、次のようなイメージかと思います。

 

 

(3) 印刷産業の位置づけ

 さて、印刷産業は、この中でどのように位置づけられているでしょうか。既に図の中にもありますが、我が印刷業も、出版印刷という形で、出版の売上には含まれています。細かかいことを言えば、例えば、音楽のCDパッケージの製作、映画のパンフレットの作成といった部分にも印刷が必要なので、音楽や映画の中にも、印刷の売上は混じっています。

 しかし、こうした出版印刷等の分野は、印刷産業全体の売上の中で、10〜20%くらいのシェアしかありません。では、他にはどんなものが混じっているのでしょうか。

 出版印刷は、その印刷物が直接、文化・娯楽市場に出ていく、いわゆる、対消費者、「to C」のマーケットです。他方、この部分は、まだあまりコンテンツ産業とは呼ばれていませんが、「to B」のマーケットもあります。

 例えば広告やチラシ。カレンダーなどもそうですね。これは印刷業の大きな仕事の一つです。この場合、広告主から発注があり、広告代理店等から話が回ってきます。広告やチラシの中身のデザインについては、そこまで印刷会社が自分自身で手がける場合もあれば、外注される場合もあります。いずれにせよ、デザインをして、製版をし、印刷をして、納めるという作業が発生します。

 社内文書の外注も同じです。行政でも、審議会の報告書や法案審議用の正式書類など、多くの印刷発注をかけることがあります。また、包装用紙や包装用の箱なども重要分野です。家電を買っても、台所用品を買っても、ついてくる段ボール箱には、いろいろなメッセージや注意表示などが乗ってきます。薬を買えば、大切な表示や説明が、中の注意書きも含めてついていきます。こうした梱包用の資材調達・印刷はもちろんですが、場合によって、印刷企業が箱の成形や裁断、ものによっては実際の商品の詰め込みまで一括して行うこともあります。

 他にも、冷凍食品を買っても、ペットボトルを買っても、表にはしっかりと、美味しそうな食べ物の絵や飲み物の商標などが印刷されています。そうやって考えると、我々の生活環境には、本当に印刷物が溢れています。むしろ、視野の中に印刷物が入ってこない方が珍しいかもしれません。

 しかし、こうした「ToB」の市場は、まだ14兆円の中には計上されていませんが、コンテンツを制作する中で印刷業が力を発揮しているという意味では、こうした商業印刷だって、直接の顧客は「ToC」ではなく「ToB」ですが、同じことであります。

 映像を編集し完成品にするポストプロダクション、作詞・作曲された楽曲を録音し音源に落とし込むスタジオ編集作業、書かれた本をデザインし、形に、印刷・製本する印刷業、いずれも、コンテンツ製作の現場を支える重要な仲間です。むしろ、印刷業は、伝えたい情報を紙で形にする、情報製作業の主役とも言えるのではないでしょうか。

 To B市場も含めた統計全体の整理は、今後の課題ですが、これらは、むしろ似たような課題を抱えた共通の仲間といえるのではないでしょうか。 また、こうした見方を徹底してみることで、印刷業自身の課題の発見にも役立つし、印刷業の課題が、他のコンテンツ分野のヒントになる、そういった側面もあるのではないでしょうか。

 

3.業態変革促進プラン 

 

印刷産業が攻めの改革を目指すとすれば、課題は、多くの中小企業がそうであるように、印刷の現場自身が、受注を待つのではなく、自ら提案し市場全体を引っ張っていくような動きが必要だと思います。全印工連の同プランの中でも、次のような課題設定が行われています。

印刷媒体の可能性は将来にわたって追求し、社会に強くアピールしていかなくてはなりません。ただ、みんながそれで伸びていければ言うことはないのですが、印刷物以外にも多くの情報伝達手段が登場しており、印刷物製造への特化だけでは業界全体の大きな発展は望めなくなっています。印刷の周辺部分にも目を向け、自分たちの仕事の範囲を拡げる必要が出てきました。・・・(中略)・・・印刷物の可能性を更に追求する方向性の中でも、様々な印刷や加工の方法を組み合わせ、顧客の要求に幅広く応えていくサービス展開が考えられます。(「業態変革・ワンストップサービス実践ガイドブック」(全印工連)より)

大変、前向きなメッセージだと思います。

こうした提案が行われる背景には、単に紙かITかということだけでない、大きな時代の変化があるような気がします。特に、情報化の進展のおかげで、消費者はどんどん情報リッチになっているという点が重要かなと思います。

消費者にあまり情報がなかった時代というのは、テレビにしがみつくか、印刷物にしがみつくといった形でしか情報の収集ができませんでした。これが80年代頃までの印刷業を取り巻く基本的な環境でした。ところが今はネットを見れば山のように情報があります。むしろ、山のようにある情報の中のどれを見ればいいのか、どういう風に情報を扱っていけばいいのか、ということに対して、消費者はものすごく積極的になっています。そういう意味で、印刷物で情報を形にすれば、消費者の方からどんどん飛びついてきて読んでくれる、という時代は、徐々に終わりつつあるのではないかと思います。

 製品の販売促進やサービスの紹介を考えても、普通にチラシや説明文書を配布したくらいでは、全く飛びついてくれません。急ぎのニュースを号外などといって配ってみたところで、「それ携帯で見たよ」ということになってしまいます。企業の社内印刷物を考えても、単に紙で綺麗に成形された情報より、生のデータベースを扱いこなす力の育成の方に、今後ウエートが移っていくでしょう。これらが、印刷発注を待っているだけでは、ノウハウを活かす機会が訪れない、本当の理由のような気がします。

 他方、印刷の内側をよく見てみると、デザイン、素材としての紙の取り扱い、いわゆる出版その他も含めた進行管理、情報の管理、情報のアウトソース管理といったところまで含めて、実に様々なノウハウがつまっています。今後は、情報製作業として何をコアコンピダンスとし、何を売り込みに行くのかというところをはっきり定義させている印刷企業と、そこがぼんやりとして印刷ノウハウで終わっている企業とで差がついていくのではないかと思います。

 そうした視点から見てみると、全印工連がまとめた業態変革促進プランには、非常に興味深い五つの事例が出ています。これが、いずれも大変面白い事例ですので、紹介していければと思います。

 


(1) 事例1:株式会社Qプレス 

 一つ目は、Qプレスという会社の事例です。この企業は、印刷会社からプロモーションサポート会社へと大きく業態の変貌を遂げました。「(印刷の)価格の話を離れ、販促の話をする」というのがテーマです。

 第一に、受注産業に特徴の価格勝負の世界を、定価販売の世界に切り替えました。例えば、「QRコード付きカラー名刺」や「ミニカタログ名刺」、素材を選べるオリジナル写真製品「オリフォップ」など、新しい商品を開発しては、「売れる印刷商品」として定価販売をしていきました。サービスについても同様で、顧客に在庫を持たせないオンデマンド・デジタル出版を「デジタル倉庫」、顧客が自社のプリンタで追加印刷できるPDFデータ納品サービス、「Do−Pi!」などを開発。言われてみれば、どれも、なるほどね、というものばかりです。

 第二に、これらの商品・サービスの販促活動を、ネットを使って積極的に展開。個人のホームページやブログとQプレスのホームページが自動的にリンクする仕組みを作り、強力な口コミネットワークを構築したり、SEOを駆使するなど、実績を着実に上げていきました。

 第三に、こうした自社のケースのノウハウと経験を生かして、今度は他社向けにメールマーケティングを積極的に展開。そのノウハウを更に活かして、今度は、印刷媒体を主にした「GeTown」というエリアマーケティング商品を開発しました。これがまた、印刷業自身としての顧客開拓にもつながっていますし、顧客との関係でも、印刷受注から、販促活動全体のパートナーへと変貌していきました。

 社長さんご自身のお言葉です。

 色々なデータを加工、印刷して納めるという本業の部分は今も当社の軸ですが、企画から効果想定、調査・分析、コンサルティングまで、印刷の前後をまとめた総合サービス企業になることで可能性は大きく広がります。価格の決定権を握ることもできます。ビジネスの種を広い分野に求め、他社と競争する部分をできるだけ小さくしていきたい。」

 最後の部分がまた、沁みる感じです。

 実は、印刷企業が販促コンサルティングパートナーになった、という類の話というのは、中小の印刷業でも、日本を回っていると、時々聞きます。この会社の例ではありませんが、お酒のラベルを印刷していた会社でも似たような話を伺いました。

 というのも、あの狭いラベルの中にどういう世界観を表現するかというのは、実は顧客企業のある種のコアを消費者に伝えるデザイン力そのものなのだとのこと。その作業を通じて培ってきた印刷会社側のDNAと、顧客企業の酒のプロモーション企画にはかなり共通点が多い。そこから、ラベルの印刷だけではなくて、酒類の製造に携わる顧客企業の販促活動を総合的にお手伝いさせていただく形に、少しづつ業態を転換。5年かかったが、今では1億円の売上を立てるまでになったとのことでした。

 Qプレスの場合、単に、ビジネスモデル開発力があったと言うだけではなく、組版における品質管理を、10万文字に対して誤植1.5時以下と置いており、その顧客データの品質管理能力が、様々な製品・サービス開発のベースにあります。また、後者の企業の場合でも、酒ラベルという特殊な世界の中で培ったデザイン力という、譲らぬ核があります。

 後の例でも出てきますが、こうした印刷業として培ってきたコアが、新たなサービスの他社との差別化の核にあることは、改めて指摘しておいても良いかなと思います。

 


(2) 事例2 株式会社美創印刷 

 二つ目は、印刷の中でも紙の部分にプロフェッショナビリティを見いだして、紙というところからいろいろなビジネスを作っていった、美創印刷という企業の例です。

 同社の一番のヒット商品は、「フラッパー折り」と言います。フラッパー折りとは、1枚のカードが、1面から4面へと開き、またまた一面に戻り繰り返し開いていきながらメッセージが飛び出す不思議なカード。思わず何度も開きたくなる楽しさがあります。

 フラッパー折りそのものは、アメリカ企業に特許のあったもの。サーフィン付き合いのご縁でその企業の社長さんと話ができて、日本での製造・販売権を入手。それでも最初一年間は、とにかくあらゆる会社のチラシを集め、それをスキャニングしてフラッパー折りにし、提案し続ける毎日だったそうですが、それが結果的に、優良顧客を獲得するベースになったそうです。

 他にも、スライドカード、フォールディングマップなど、紙を加工した独特な商品を多数開発。紙製品のプロとして独創的な商品を次々と開発し、業績を上げておられます。

 美創印刷さんの件と直接関係するわけではないのですけれども、経済産業省では、昨年12月、パリで「感性価値創造フェア」をやらせていただきました。その中では、印刷マイスターのコーナーも設けられ、全印工連に全面的に協力を頂いて、合計6組の方にご協力をいただいて、パリのルーブルの非常にアーティスティックな美術館で、日本の中小印刷ビジネスが持つ新しい技術の成果を展示させていただいております。

 その中で話題を呼んだ商品が幾つかありますが、例えば、ワビ・サビ氏(2人のグラフィックデザイナーのユニット)の作品では、本の表紙とケースの表面に、日本の伝統工芸である樺細工を施しました。桜の樹の皮をスキャニングし、印刷技術を使って独特の色や質感を出した。あえて表面加工をしていないため、表紙やカバー部分の経年変化が起こるが、より使い古した“味”が出るように計算された工夫となっています。

 また、高橋正実氏の作品『ようふくの本』は、オフセット印刷で洋服を作るという斬新なアイデアのアーティストブックでした。ページをめくるとTシャツ、パンツのセットが水玉模様と二ット柄、無地の3種類で次々に出てくる。これを本から切り離して実際に着ることができる。もちろん、すぐに実用にと言うことではありませんが、パリでも1万人を超えた参加者の多くから、強い関心が寄せられていました。この中にも、洋服を作れる用紙(不織布)の選定と、そのオフセット印刷、紙の縫製、表紙のミシン縫いなど、印刷会社ならではの応用ノウハウが多く詰め込まれています。

 こういったところにも、実は「おれたち印刷のプロは印刷のプロだけど、それは因数分解してみると、紙の取り扱いがプロだった」とか、「こんなインクの取り扱い、おれたちにしかできない」とか、分解してみるといろいろなデザインや新しいコアコンピタンスというのが見えてきているのではないかと思います。

 

(3) 事例3〜5

 長くなってきたので、恐縮ですが、あとは簡潔に紹介します。

 

? 株式会社 萩原印刷

 次の萩原印刷さんの場合は、印刷から出版社のビジネスプラットフォームを目指して変革を遂げたという事例です。

 「出版印刷というのは、実は、単なる印刷ではなく原稿を入稿してから本にして誌上に載せるまでの出版プロセスの全てに関与している。そのプロセス管理・サービスには、ある意味出版社以上に詳しいのではないか」ということへの気付きが原点にあります。

 DTPも含めて下請をしていたといえばそれまでですが、そこを逆に主体的に持っていけば、別の側面から高品質なサービスが提供できるのではないか。今では、クロスメディアの本格到来によって、こうしたデジタル出版の進行・管理のプラットフォームは、更に大きな成長性を持つと考えておられるようです。

 

? 株式会社ミヤプロ 

 次のミヤプロさんの例は、印刷を待つのではなく、一挙に、川上への事業領域の拡大を実現した例です。

 現在の社長が就任されたときが、ちょうど一挙に印刷にデジタル化の波が到来した時期。予想以上に早い環境変化に、社長自らがコンピュータの勉強を開始。デザイン企画部門を早速立ち上げられたのだそうです。

 仕事を選んでいる余裕はなかったと仰りながら、Web用、印刷用のデータのマルチユース提案、ホームページの運用管理、インターネット上での会議システムからイベント参加受付サイトの構築、3Dグラッフィクスを利用したWebプレゼンテーションツールの開発などで、顧客をどんどんと開拓。

 2007年から始めた大手メーカーの教材用パソコンのカタログ販売における業務代行では、印刷受注で培ってきた顧客情報管理(受信・開封、イメージデータ化・アップロード、原本保管管理など)のノウハウを活かし、個人情報の管理を始め徹底して業務を合理化。辛抱強く育ててきたIT関連サービスのノウハウも活用することができて、今では、重要な業務の柱に育ったとのことです。 

? 株式会社三宅

 最後の例は、株式会社三宅さんです。

 企業の機密情報を扱った書類の印刷から、シール・ラベル印刷などを手がけていました。そこからスタートして、今では、家電製品、ビデオ・CD本などに張る防犯ラベルの国内シェア30%を同社が押さえていらっしゃいます。

 しかし、ビジネスはそこだけにはとどまりません。本質は、「情報のセキュリティ管理に長けている」ということ。単に、タグやQRコードの印刷そのものだけではなく、「それをどう使えばセキュアに、的確に欲しい情報を取ったり出したりできるのか、QRをどこに使うのか、どこに印刷させるのかといった議論に、実は、自分達はとても強い」という気付かれたわけです。

 今ではICタグ製品を広く展開されているだけではなく、それを活用したサービスも展開。そこで培った電波関連のノウハウと、印刷のノウハウの両者を押さえている企業は、全国でも数少ないということで、今も着実に、成長を続けておられます。


            *        *        *

 以上、くどくどと、実例を紹介してまいりましたが、ポイントは、次のとおりだと思います。

  • 印刷を「印刷」という業態の固まりとして見ると、なかなか今の市場環境は苦しい

  • しかし、印刷の内側をみれば、実は、紙の取り扱い、情報管理、出版進行管理、デザイン、プロモーション能力など、まだまだ多くの優れたコアになるものを持っている。

  • また、印刷自体に含まれるもの以外にも、印刷を通じて長年お付き合いしてきた顧客との関係で育んできたノウハウも少なくない。

  • それを逆手にとって、まさに印刷業が製作側からメディアや顧客に対して働きかけていく余地は、まだまだあるのではないか。

 印刷という製作サイドがイニシアチブを取ってコンテンツの新しい世界を広げていくことができる、そんな心強い未来への展望を、これら5つの例は、そこはかとなく示してくれているような気がします。いずれも重要だと思うのは、これまでの印刷の中にある自分自身の強みへの気づきです。

  • Qプレスでは、印刷の商品化で掴んだ販促ノウハウ。
  • 酒ラベルの印刷メーカーの例では、ラベルに潜む直感力とデザイン力
  • 美創印刷では、紙の加工
  • 萩原印刷では、出版工程管理
  • ミヤプロでは、情報管理
  • 三宅では、セキュリティ管理

 いずれも、業態改革を考えてみて、初めて見えてきた、自社の中に眠っていた強みだったのではないでしょうか。

 農家しかり、受託システム開発業しかり、高い技術を持った中小の製造業しかり、そしてコンテンツ制作の現場しかり。今後、市場全体のグローバリズム化のうねりの中で、クリエーターを活かした経営を考えていかなければならない人達にとっては、こうした他分野の取組の一つ一つが、とても重要な示唆を与えてくれるのではないでしょうか。

 もちろん、商業印刷をはじめとした産業界の動きと、コンテンツのクリエイティブの世界は、前回も取り上げることとなったように、単純には一緒になりません。顧客からの要請が先にある市場と、作り手の創造性があくまでも基点にある市場とでは、性格も中身も全く違います。しかし、制作企業の経営としては、示唆に富む部分もあるのではないでしょうか。

 行政は、クリエーターによる創造活動の中身には、とても太刀打ちできませんが、こういう制作経営環境のお手伝いみたいな部分では、もっともっとお手伝いできるところがあるように思っています。

 自分を変えるヒントは、自分の中にある。自分自身も肝に銘じていかないといけないですね。 

 いつもにも増して長いエントリで、恐縮でした。

 


 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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