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今回の経済危機とITを考える3つのポイント

2008/12/31 01:30
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プロフィール

村上敬亮

長年、官の立場からIT業界に携わり、政策の立案、実行をしてきた経済産業省 資源エネルギー庁の村上敬亮氏が、ITやエネルギー、様々な角度から、日本の発展のための課題や可能性について語ります。
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 「情報産業の未来図」と称して、この一年を締めくくる内容をと考えると、どうしても、今回の経済情勢の問題をはずして考えられません。

 今回の経済危機そのものについては、既に多くの解説がなされていると思いますが、ここでは、ITとの関係を想起させるという意味で、特に印象に残った、水野和夫「金融大崩壊〜アメリカ金融帝国の終焉〜」岩井克人「基軸通貨ドルの退位する日」(文藝春秋信念1月号)の二つを簡単に紹介したいと思います。

 特に、この二つの論考の中でも、現在の経済危機とITに絡みそうなポイントを3つほど、拾ってみようかなと。

 

1.IT革命と時価会計システム

 

 今回の経済危機が米国のサブプライムローンに端を発していることは論を待ちません。加えて、米国が世界中の資金を海外から集め、それを世界に再分配する仕組みを確立していたために、米国内のサブプライムローンの破綻が、世界中にいっぺんに波及したことも、つとに語られて来たように思います。

 しかし、そもそも、このように世界中の資金を米国が集められるようになったのは何故か。こうした市場のグローバル化には、ITが不可欠でした。これが、当たり前ですが、はずせぬ第一のポイントです。この点を、水野さんの著書は、こう表現しておられます。

 インターネット革命が起きるまで、世界は「60日世界」でした。フランスの歴史学者フェルナン・ブローデルによると、かつて60日で情報と物資が届くところまでしか世界は一体化できなかったのです。ローマ帝国では手紙がローマからスペインの端まで、あるいは、ワルシャワのほうまで60日で届いた。だからこそローマ帝国は一体化できた。しかし、それ以上離れると、別の帝国があり、物理的に一体化できないというわけです。そのように世界には複数の帝国が成り立ち、それが基本的に20世紀まで続きました。

 しかし、90年代に入って、それがインターネットによって、60日はおろか、瞬時につながるようになってしまった。必要なIR情報やアナリストの情報もすぐに入手できる。あとは、金融と株価の基本的な知識さえあれば、世界中どこにいても、このマネーゲームに参画できる。

 インターネットで市場を一体化させ、実物経済を一体化させながら、金融の自由化と新自由主義の強いドル政策でお金は全部アメリカに集める。「全ての道はローマ帝国に通ずる」という言い方に照らしていえば、「全てのお金はウオール街に通ずる」。

 まさに、ITが世界中の資金の流れを接続し、ウオール街へと流れる動きを支えていたわけですね。ちなみに、ITとは直接関係ありませんが、これを更に一挙に進めたもう一つの重要な要因として、水野さんは、世界各国の会計基準の時価会計への統一を上げています。

 アメリカでは、投資に使用総資本事業利益率(ROA)を重視します。それは、経常利益を総資産(総資産)で割ったもので、資産によってどれだけ高い利益を上げているかが分かります。ところが、その資産の数値が簿価会計によるか、時価会計によるかによって、大きく異なるため、会計方式が異なると、比較が出来なくなってしまうのです。

 資産を最初に取得した時点の資産価格を採用する簿価と、決算時点の資産評価額を使う時価と、いずれがよいのかは、まだよく分かりません。むしろ、当面の金融業界は、まさにこの時価会計による評価によって苦しめられているとも言えます。

 しかし、いずれにせよ、会計基準の統一については、世界規模で進める必要があった。グローバリゼーションのためには、会計基準というソフトと、インターネットというハードの双方によって、各国のお金の流れの相互運用性が確保することが不可欠だった。その点は、間違いのないことなんだろうと思います。

 

2.「強いドル」とIT革命

 

 この第一のポイントは、今回の経済危機とITの関係について、誰しもが指摘することと思います。水野さんは、もう一つ、ITとの関係で重要な指摘をされているように思います。

 それは、IT投資の生産性向上神話が、米国への資金流入のきっかけとなったという指摘なのですが、そこにたどり着くまでに、多少ファクトの整理が必要です。よくご存じの方には大変恐縮ですが、多少前置きにお付き合いを。

 

(1)「強いドルは国益である」

 世界中の資金を一度米国に集めてしまう今のグローバル市場のスタイルは、95年に、「強いドルは国益である」というルービン財務長官の大政策転換から始まっています。

 実際、それまでの米国は、多額の経常赤字に苦しんでいました。ルービン以前は、プラザ合意以降のドル安協調介入、日米通商交渉による赤字解消努力などによって経常収支の赤字を少しでも減らすべく努力を積み重ねていたのです。しかし、前者はブラックマンデーを招き、後者もあまり成果を上げずと、湾岸危機による一時的な好調を除けば、それまで米国経済の不調に大きな変化はありませんでした。

 そこにパラダイムシフトをもたらしたのが、ルービン財務長官です。彼は、「強いドルは国益である」と称し、経常収支の赤字を是正する必要がないと、政策の大転換を行ったのです。

 「強いドルは国益である」というルービン財務長官の考え方がインパクトを持ったのは、それまでの経済学の常識に真っ向から反対するものだったからです。

 かつての「経済学の常識」流にいえば、こうなります。

 ドル安が進めば海外の商品が割高になるので、輸入が減る。経常収支の赤字も縮小する。逆にドルを強くしてしまうと、その逆で輸入が増えて赤字も拡大する。対外純債務も増えるので、ドルの価値が下がり長期金利が上昇する。企業の投資活動が鈍り、景気は後退する。よって、教科書的には、経常収支の赤字に悩む局面で、更に強いドルを志向する政策は好ましくない。

 しかし、ルービンは違う主張をした。引き続き水野さんの本からの引用です。

 まず、「アメリカのファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)が強い」ということから出発します。だから外国はドルを欲しがる。ドルが強くなって、アメリカは消費大国として世界からどんどんものを安く買うことができ、国民は豊かな生活を享受する。経常赤字以上に資金を外国から流入させれば、今後、発展が期待される新興国に投資ができ、それは将来にわたってリターンを生むだろう。

 輸入が増えても、ドルの価値が下がらない。それは、経常収支が赤字であっても、みんながドルを欲しがるからだ。実際、現実は、その通りになりました。経常収支の赤字に苦しんでいた米国が、更にその赤字を拡大させたにもかかわらず、95年以降、のびのびとドルの安定的な相場を享受できたのです。

 数字で見ても、米国の経常赤字は95年に1136億ドルから2006年には7881億ドルに膨らんでいますが、この間の円ドル相場は、100〜120円程度で安定しています。基軸通貨たるドルの面目躍如、といったところですね。

 では、経常収支を補って余りある資金流入を支え、ドルの価値を支えた仕組みとは何だったのでしょうか?

 

(2)レバレッジ 

 第一に、これまでの実物経済主導の成長ではない成長方法を採用したということです。だから経常収支とは関係のない世界で勝負ができた。実際、米国がとったのは、キャピタルゲインでリターンを極大化して、金融資産を実物経済以上に速いスピードで成長させていく方法。つまり、借り入れた資金を右から左に動かして回転率を上げる、いわゆる「レバレッジ」を如何に高めるかという競争でした。

 日本の銀行や米国の商業銀行には、BIS規制がはめられますから、自己資本比率8%、逆にいえば、自己資本の12.5倍までしか運用はできません。しかし、米国の投資銀行には、この規制がかかりません。更には、投資ビークルと呼ばれる運用子会社などを作って資金運用をしていました。この仕組みをフル活用することによって、

 94年以前は、アメリカに入ってくる資金はGDPの2.4%でした。95年以降はそれがGDPの8.3%となり、3.5倍にふくれあがりました。90年代後半からは投資銀行の全盛時代で、投資銀行は3.5倍に増えた外国からの投資に30〜40倍のレバレッジをかけて運用するわけですから、合計で100〜140倍の金融資本をアメリカは使えるようになっています。

 こうして、米国は、95年以降、わずか10年間で100兆ドル、一京円もの金融資産を増やしました。日本の個人金融資産を約1500兆円とすれば、その6倍以上を、たった10年間で稼いでしまったわけですね。

 この間、日本も、95年に1180兆円だった金融資産を1504兆円に拡大していますが、その拡大額は、わずか324兆円。一京円も増やした米国と較べると、非常に少ない金額であることがわかります。いくら日本が貯蓄率が高い国だといっても、例えば、個人金融資産の半分以上は預金。ほとんど増えないも同然です。結局、資産は運用しなければ増えません。

 やはり、日本はあくまでも、輸出立国。実物経済で輸出で儲けるのが基本の国です。ある意味、マクロ経済学の理にかなった成功モデルであり、90年前後までは、大成功モデルであった。しかし、レバレッジを活用した金融競争の中では、実物経済に頼る日本という国のポジションニングはどんどん低下していってしまう。ましてや、先進国の消費市場が縮小し、BRICs等新興国の消費市場では、中国、韓国など他国に先んじられているとなると、その輸出も危うい。

 今や、金融競争にも打って出れない、円高も相まって輸出競争力も弱っている、従来型の日本の成長モデル自身が重要な危機に立たされていることになります。

 っと、話題がそれました。 

  

(3) グリーンスパンの前言撤回

 では次に、ドルの価値を支えた第二の仕組みは何か。それが、ITとの関係で触れたい第二のポイントにもなる、ITという演出によって、米国のファンダメンタルズを如何に良く見せるか、という問題です。

 米国が如何にレバレッジを高めることに長けた金融の仕組みを用意したとしても、最初に資金が流れ込んでくるきっかけを作らないと、好循環は始まりません。どうやって、まず最初に、米国に資金が流れ込む動きを作るか。強い米国を内外に印象づけるか。

 そこに活用されたのが、アメリカ発のIT革命。という絵だったのではないか。そう利用できることに、アジア通貨危機前後のアメリカは気付いたのではないか、そう水野さんは、暗に指摘しておられるように思います。

 もしアジア通貨危機がなければ、アメリカよりもアジア諸国のほうが成長率が高いわけですから、資本はアジアへの直接投資にもっと流れたはずです。しかし、そこでアジア通貨危機が起きた。ヘッジファンドがアジアから大量に資金を引き揚げることになります。しかし、ヘッジファンドが資金を引き上げても、ドルが強いと言っているだけでは、資金は米国には流れてこない。アジア諸国に流れていた資金を米国に引き戻すきっかけが必要だったはずです。そこで水野さんは、こう指摘されます。

 96年の末にグリーンスパンFRB議長は当時アメリカで進行していたITバブルに対して、「根拠無き熱狂」だと加熱ぶりを批判する発言を行っています。そして、そのわずか半年後の97年7月、アジア通貨危機が起きる寸前に、議会報告で同じITバブルについて、「我々は現在、新技術が生産性を向上させている100年に一度か二度の時代にあるかもしれない」と賞賛しています。アジア危機が訪れようとしているときに、同じタイミングでアメリカで生産性の革命が起きていると言えば、世界の投資家はアメリカに投資した方がリターンが高くなると考えるはずです。

 残念ながら、当時、グリーンスパン議長が、ここまで考えてITによる生産性向上発言をしていたとは、やや考えにくい部分があります。もしそうだとすれば、相当に凄いことです。

 実際のところ、グリーンスパンを巡る様々な著書(例えば、「波乱の時代」グリーンスパン著)など)でも、この時期の利上げ判断を巡り、商務省の統計をどう読むべきか、本当に生産性が上がっていたと言えるのかどうか、利上げをして良いのかどうか、真剣に悩んでいた彼の様子が指摘されており、また、実態も、本当にそれに近いのではないかと思います。

 しかし、ITを巡る全体の論調と言うことでは、水野さんが暗に指摘するように考えても差し支えないのではないでしょうか。

 例えば、1998年以降、刊行されて話題になった米国商務省の一連の「デジタルエコノミー」シリーズなどは、明らかに、米国経済の良さを内外に印象づける役割を担っていたと言えるのではないでしょうか。その後、IT投資生産性論議そのものは、組織改革との相互関係を巡る議論や、カー博士の"IT doesn't matter"といった論議など、米国内で多様な展開を見せていくわけですが、対外的に、米国はITで世界の最先端を行く国、というイメージを植え付けるのには十分だったのではないかと思います。

 実際、米国IT産業の動向を見てみると、確かに大きく売上を伸ばしましたが、米国全体としてみて、それで経常収支の赤字が減ったのかといえば、むしろ、この期間、米国の赤字は増えています。マイクロソフトやインテルといったITの巨人を生み出しはしましたが、彼ら自身が輸出でがんがん儲けることが米国内の経済成長を支えていたわけではありません。

 どちらかというと、この分野ですら、輸出額より株価と時価総額のほうが重要だった。その辺が、非常にアメリカ的だなと思います。日本だとすぐ、売上と輸出、市場シェアが問題になりますが、もとより米国の先端産業は、国内でモノを作ることに固執していませんから、ひたすら頭脳労働だけを国内で行い、ビジネスモデルで利益の出るポイントだけを押さえてしまう。日本で考える成長産業のイメージとは、大分、「成長」の果実の中身が違います。

 何より、そういうIT産業のイメージを内外に印象づけることが、米国への資金流入を支える重要なポイントになっていた。それがIT産業の米国経済への貢献だ。そう考えて良いという発想が、日米のIT同士でしかものを考えたことの無かった自分には、非常に新鮮な感じがしました。

 

3.美人投票

 

 ITと経済危機を巡る第三のポイントが、岩井克人先生の美人投票の議論です。といっても、文藝春秋の論考自体は、従来からの岩井先生の主張に近いもので、目新しいというわけではなく、加えて、先生自身がITとの関係を意識して議論されているわけではありません。 しかし、改めて重要だなと思ったので、簡単にご紹介します。

 今回の経済危機が金融システムの崩壊に端を発しているのは、周知の通りです。また、その結果、おそらく、今後、金融への規制強化を何らかの形で検討すべきという議論は、今後すぐに起きるでしょう。実際、今回、崩壊のベースを作ったのは、BIS規制の及ばない投資銀行の領域でしたし、また、皮肉なことに、今回の破綻で、米国の5大投資銀行は、全て、破綻若しくは商業銀行への吸収合併という形で姿を消してしまいました。

 今回の危機を評して、金融経済が実物経済を振り回した、とはよく言われることですが、実際、三菱UFJ総研の試算によれば、95年時点で、実物経済の約2.2倍だった金融経済は、08年時点で2.8倍へと拡大しています。

 数字で見ると、95年に64兆ドルだった金融資産は、97年のピークの187兆円からやや減りはしたものの、08年11月現在で165兆円と、約100兆円(先ほどの一京円ですね)も膨らんでいます。この間、世界の名目GDPは29.5兆ドルから60.1兆ドルと約30兆円の成長ですから、金融経済は、実物経済の3倍以上成長した勘定になります。

 では、これだけの急速な拡大を支えたものは何だったのか。前述のとおり、グローバルな資金の集中管理と、レバレッジ競争だったわけですが、ただし、気をつけなければいけない点があります。

 というのも、単にレバレッジをきかせるということだけであれば、大儲けをする可能性もありますが、大損をする可能性もある。実際に根拠のある動きがなければ、触れ幅が大きくなりこそすれ、100兆ドルと、実物経済の3倍以上の規模で順調に金融資産を増やせるはずがないのではないか。

 岩井先生は、ここで、貨幣そのものの投機性を議論されます。

 市場原理に任せれば良い、それはハイエクでありフリードマンといった人々がつとに主張し、この10数年来の新自由主義の思想のベースを支えてきた考え方です。米国の金融主導型成長のベースも、まさにレバレッジ万歳、ある意味、市場原理を突き詰めた究極の成果だと言えると思います。

 ただし、フリードマンらが主張した市場原理の効能と、実際に起きたことは少し違う。

 フリードマンらが市場原理を賞賛した前提には、将来価格が伸びると思う人もいれば、それはあがりすぎだと思う人もいるからこそ、バランスが取れる。そういう実態認識がある。例えば、先物で価格下落のリスクをヘッジしようとしても、将来、高い価格でそれを買っても良いと思うオプションの取引相手がいなければ、先物市場は成立しない。このように、多様な見方をするプレーヤーがそれぞれの見方を競うからこそ、市場原理は、下手な規制よりも余程有効に、全体のリスクをカバーし、市場に適正な状態をもたらすのだという。

 確かに、市場で取引をする一人一人が本当に、それぞれの取引対象に評価付けを自分の目で行い、その目を信じた価格付けを行っているのであれば、その通りになると思います。しかし、実際は違う。そのことを、ハイエク以前に、ケインズが美人投票という形で指摘していた、そう岩井先生は指摘されます。

 ここでいう美人投票というのは、いわゆる単純なミスコンの類とは違います。ケインズは、「玄人筋の行う投資は、投票者が100枚の写真の中から美人へ投票する際、最も投票が多い選択肢に投票した投票者に賞品を与える新聞投票に見立てることができる」とします。つまり、投票者は自分自身が美人と思う人へ投票するのではなく、みんなが美人だと思いそうな人へと投票するようになる、これが、金融市場への投資の特徴であると指摘しているのです。

 様々な見方をする人が自分の評価をぶつけるのではなく、みんなが、どちらを向いて予測するのかということ自体を当てようとする。だから、みんなが、まだ価格が上がると思っていれば、自分だけ下がるという予測はできない。みんなが下がるという予測をしているときに、自分だけあがるという予測はできない。自分の思う価値を評価するのではなく、みんながこう思っているだろうという予測市場に、いつの間にか、市場が変化していた。だから、みんなであがると思い続けていれば、それをどうしようもなく否定する事象が現れない限り、金融資産の成長に限界は訪れない。

 実際、貨幣そのものには、実態的な価値があるわけではありません。まさに貨幣こそ投機性そのものともいえるという議論を岩井先生は展開されるわけですが、そちらの本筋は、やや難解なので、置いておくとして、実は、この予測市場ということと、ITは深い関係がある。(もし、先生の貨幣論そのもにご興味のある方は、先生ご自身の「貨幣論」、若しくは、ちょっと小難しいですが、「インターコミュニケーション」第56号 「情報社会のファンダメンタルズ」という特集にある「貨幣・法人・バザール」という対談が良いと思います。)

 さて、話を戻しますと、今回のサブプライムローンの破綻を演出したのは、CDSとよく言われていますが、サブプライムローンからCDSまでは、四重の関係が組まれています。まずは、サブプライム層(低所得者層)向け住宅ローン。それを証券化した住宅ローン担保証券。そのうち、更にリスクの高いものを他の債務とあわせてリスク分散させた債務担保証券(CDO)。更に、そのCDOの損失を補償する保険であるCDSです。特にCDOの部分が問題です。というのも、筋の悪い住宅ローン担保証券のリスクを分散するため、敢えてハイリスク部分がばらされ、筋の良い債務と組み合わされたことになってしまっています。では、合計がどれだけリスキーなのか、それはもう、実際にそのリスクを計算しCDOを発行した本人にしか検証のしようがない。ある意味、CDOのところでリスクの不可視化が起きている、としか言いようがない。

 それでもなお、プロの間でCDOの相場が信じられたのは、何故か。もちろん、数学的な理論が裏付けているからだと思いますが、実際、予測市場の考え方で、ITを活用しシュミレーションをしてみると、その結果が正しいというのも、大切なポイントではないかと思うのです。

 数学理論の方は、難しすぎて僕にはよく分かりませんが、実は、ITが作るこの予測市場というのが実に良く当たる。昔ISEDという研究会で、はてなの近藤社長が紹介してくれていた例を挙げると次のとおりです。

たとえば「HSX(Hollywood Stock Exchange)」というサービスは、アメリカの映画ファンたちがたくさん登録されていて、「アカデミー賞をどの作品が取るか」といった予測がそれぞれ銘柄になって証券化されて、取引されている。やはりこれも仮想のポイントを用いて、ユーザーたちが予測をしながら銘柄を自由な価格で売買しています。たとえば今年の春のアカデミー賞では、主な8賞すべてを的中させています*1。同時期に、“Yahoo! Movie”でも「アカデミー賞をどの作品が受賞するかと思いますか」という投票が行われていたのですが、結果は4賞、つまり半分くらいしか当てることができませんでした。その結果、投票システムを上回る予測市場システムの有効性がかなり見えてきているんじゃないかと思います。

 素人の想像ですが、CDOの相場形成というのは、それそのものが、こうした予測市場のゲームのようなことになっているのではないか。別に実物資産が動くわけではないですから、あとはとにかく、土地の値段が上がり続けるという思いこみさえ前提としてシェアされていれば、ある一定の相場を作り続け、確かめ合うのは、ITを使うと、実はそんなに難しいことではない。実は、今、金融市場で起きているのは、この膨大な予測市場ゲームであり、これが実際に良く当たっている、そういうことなのではないかと思うのです。

 実際、このITが作る予測市場の美人投票的予測の正しさは、圧倒的なものがある。それが、予測市場を体験した自分の感想です。ITは、単に、電子取引を通じて資金の流れをつなげただけではない。実は、ITのツールが金融市場の現場に持ち込まれたことで、どちらがリアルでどちらがバーチャルだかよく分からないほど正確な予測市場ゲームが、実際の取引として市場に定着したのではないかと思うのです。

  「神の見えざる手」は、見えないからこそ、意味がある。ハイエクも、人智の及ばない限界領域の世界を語っていたのだろうと思います。それがITの手にかかると、「神の見えざる手」が予測できちゃうことになる。それじゃ、市場である意味が無くなってしまう。そういうことだったというかもしれませんね。 

  

      *     *     *

  

 さて、仮にそうだとすると、今年の動向からITに得られる教訓は何でしょうか。

 第一に、これまで、ITは、時代の成長の象徴でもあり、ITの利活用に先陣を切ることが成長のリーダーの証のように思われてきた感があります。しかし、今年起きた経済危機は、そうしたITの見方に、重大な転機をもたらしているのではないでしょうか。

 ITがつないだ世界が、もう一度ブロック経済化するのか、ドルが基軸通貨から本当に退位するのか、その辺は、僕にはまだよく分かりません。ただ、ITが演出してきた米国のファンドメンタルズの好調さ、というイメージと、ITが支えてきたレバレッジによる世界経済の金融面からの成長という二大要素は、今回の経済危機によってブレーキをかけられることになるでしょう。

 第二のポイントで指摘したとおり、米国経済にとって、IT投資の生産性が本当に上がっていたかどうかは、実は、二の次でも良かった。それで米国に資金が流入するきっかけがあれば良かったんだ。そう思って良いとなると、ITを入れてもそう簡単には生産性を上げられなかったこれまでの自分の現場経験について、だいぶ気が楽になります。IT投資の生産性が、日米で違う。そういう統計もたくさんあり、何やら疑いたくてしようがなかったのですが、資金流入を促すためのプロパガンダが主目的だと考えて良いと言われると、気分的には、大分すっきりしてきます。

 逆に言えば、これからは、真剣にIT投資の効果を見据えないと、ITの導入だというだけでは、本当に、"IT doesn't matter"ということになってしまう。実際に成果を見せない限り、投資家もどんどんIT産業から離れていってしまうでしょう。具体的に利活用されないIT産業の投資成果は、いくらやっても見向きもされない。ただ闇雲にデータセンターだけ作ってみても、実需が見えない限り、冷ややかな評価を浴びる。それが、Postサブプライムの時代のIT市場の常識になっていくのではないかと思います。

 

 第二に、ITは、これまで美人投票的仕組みを助長することによって金融経済の繁栄を下支えしてきたのだとすれば、今度は、もう一度、実物経済に根ざした、多様な価値観がぶつかり合うための市場の仕組みに引き戻していくところで、新たな貢献をしていくべきではないか。美人投票の正確性を競うのではなく、多様な価値観のぶつかり合いを、如何に許容し、円滑な取引に結びつけていくのか、そこにITの新たな時代的役割があるような気がします。

 多様性作りのきっかけにつながるという意味では、CGMというのは、一つの切り口なのかもしれませんが、もう少し、プロ向けの、しっかりとした多様性のある市場作りを実現したい。ITは、従来型のマスムーブメントではない、様々な価値観や主張の多様性を保証するような複雑な市場の下支えに向けて、今後更に知恵を絞らないといけない状況になっていくのではないでしょうか。

 繰り返しですが、美人投票の強みでバブルを助長するのではなく、世界中にある多様な価値観が、そのまま市場を通じてぶつかり合い、ハイエクやフリードマンが夢見たような市場機能を本当に実現させる。そのために、ITが何をできるのか、そこをこそ真剣に考え始めなければいけないのではないかと思うのです。

 

 あ〜、そして、今年も、最後まで長いエントリで申し訳ございませんでした。良いお年をお迎えくださいませ。 

 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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