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コンテンツ制作と農業の類似点 〜 「コンテンツ流通促進」の理不尽?

2008/12/15 00:18
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プロフィール

村上敬亮

長年、官の立場からIT業界に携わり、政策の立案、実行をしてきた経済産業省 資源エネルギー庁の村上敬亮氏が、ITやエネルギー、様々な角度から、日本の発展のための課題や可能性について語ります。
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 「コンテンツの流通促進」が色々なところで話題になっています。政府の中でも、これはこれで重要な政策課題になっています。でもちょっと待てと。本当に問題なのは、コンテンツの流通促進ではなく、コンテンツ製作への投資不足ではないのか。もちろん、流通促進をいらないとは言いませんが、むしろ製作ではなく流通への過剰投資を生み出すアンバランスな構造にこそ、深刻な問題があるのではないか。僕自身は、そう感じています。

 では、何故、製作側への投資が増えないのか。そういう視点から現場の課題を見ていくと、実は、コンテンツ制作業が抱えている課題が、農家の抱えている課題と、ものすごくよく似ている。もっと言えば、広告制作下請、ソフトウエア開発下請、印刷下請、その他、Creativeということに関わる製作現場の多くが、実に似た課題に悩まされているのではないか。そんな風に感じています。

 最近、こんな話をする機会が増えているので、ちょっとメモ風にまとめてみました。

 

1. 流通が製作をリードする時代から、製作が流通をリードする時代へ

 

 例えば、音楽を例にとると。音楽と言えばCDの販売減少が叫ばれて久しい印象があります。実際、以前もご紹介したとおり、この5年間で言えば、CDの販売は、25%以上、売上を落としています。先般発売されたミスチルのCDがどこまで売上を伸ばすか楽しみですが、いずれにせよ、メガヒットもすっかり少なくなって、音楽ファンとしては寂しい限りです。

 では、音楽市場全体が縮小してしまったのかというと、実は、案外そうでもない。確かに、カラオケ市場が5年前と較べて縮小してしまったので、 その分は小さくなってしまったのですが、それを除いた、いわゆる音楽ソフトの市場規模は、実は、この5年間、余り変わっていません。着メロ・着うた、音楽ネット配信などに加え、DVDの販売・レンタルの成長によって、実は、ほとんど相殺されています。ちなみに、コンサート市場も活況を呈しています。先般、東京ドームで行われた沢田研二さんのコンサートには、なんと3万人以上のお客さんが集結。7時間にわたり熱唱ライブが続いたそうです。

 これに対し、欧米の音楽ソフト市場は、CDのみならず全体的に厳しく縮小しています。そう思うと、メガヒット不足に悩みながらもこの数字を維持している日本の音楽産業は、非常に良く健闘しているというべきではないでしょうか。

 ただし、内部事情はちょっと複雑です。というのも、昔は、音楽産業の売上といえば、即イコール=レコード・CDの売上でした。テレビやラジオもありましたが、位置づけとしては販促ツールとしての側面が強かったですし、ライブやコンサートはどちらかと言えば赤字が常識。レコード会社側がコンサート支援金を支払う方が普通でした。したがって、音楽業界全体として見ると、CDの売上に、人の育成の仕組みからエンジニア養成まで、全ての制作の仕組みが依存する構図になっていたとも言えます。

 今でも音楽産業の市場は萎んでいません。でも、流通メディアの選択肢が増えたために、CDは「その一つ」になってしまいました。その結果、CDの売上は当然低下していきます。引き続き、音楽制作の仕組みはレコードの売上に依存していますから、制作現場から現状を見ると、音楽市場全体が縮小していないと言われても、制作全般がどうにも非常に苦しい状況に追い込まれている印象となります。

 こうなってくると、CDなどの従来型メディアの人々は、ネットなどの新しいメディアを、「苦労して育ててきた果実を奪うアンフェアな媒体」と恨み、新しいメディアは、従来型メディアを、「未だに古いやり方にしがみついている媒体だ」とその古さを嘆く、非生産的な構図が出来上がってしまいます。 市場全体は縮小していないにもかかわらず、不幸なことです。 

 では、こうした事態を解消するためにはどうすればよいか。 論理的な答えは簡単です。流通メディアが多様化しているのですから、コンテンツ制作側が主導して流通メディアを選べばよい。以前、コンテンツ学会のことに触れた際、「業界の重心の移動」として同じ議論をさせていただきましたが、まさに、制作側の立場から主導権を取って、流通を再編成できれば、逆に流通側も生き生きと蘇ってくるのではないかと思います。

 

2. 流通への過剰投資と制作への投資不足

 

 最近、様々な機会で、「コンテンツの流通促進」が話題となります。流通メディア側から見れば、そう仰りたくなる気持ちも分かります。でも、本当にそうなんでしょうか。繰り返しになりますが、僕は、むしろ、日本全体で見た場合の流通への過剰投資と、それに伴うコンテンツ製作への投資不足こそが問題なのではないかと思っています。

 チャンネルの増加、IPTVなどの新メディアに積極的に投資されている方を悪く言うつもりは全くありません。むしろ、この業界にリスクを張ってイノベーションを持ち込んでいただいているわけですから、感謝しています。しかし、そこで、疑問が、「どうやってコンテンツの流通を促進させるか」にとどまってはいけない。大切な問いかけは、「放送やネットといった流通メディアには投資が進むのに、何故、コンテンツ制作分野へは投資が進まないのか」、という点にこそあるのではないでしょうか。

 色々な論点があるだろうと思うのですが、ここでは、5点ほど、課題を例示してみたいと思います。

 

?制作側の下請マインド 

 コンテンツ製作の現場は、ある意味、常に、CD売上、テレビ局からの番組制作資金など、流通メディアが提供する制作資金に甘えてきました。このため、自らファイナンスリスクを取り、資金調達をするという事業管理モデルがない。簡単に言えば、「利回りの概念」がありません。

 もちろん、製作サイドだって、作品が当たらなければ収入が無くなる場合もありますから、リスクがないとは言いません。しかし、他産業のビジネスは、当たる当たらないに加えて、当初の資金調達から販売促進まで、一手に背負って「製造」しているのが普通です。

 こうしたコンテンツ制作業界に対して、製作資金を提供するファンド創設などの動きはあります。しかし、コンテンツ製作の場合、やはり投資側にも作品への思い入れや愛情がある程度は必要ですし、また、コンテンツ業界内部の資金の流れが不透明なため、外部資金を受け入れにくいという体質問題もあります。こうした課題が積み上がると、製作産業としては、一向に、成長サイクルに入れないということになります。

 

?成長マインドの低さ、賃金水準の低下

 映画、音楽など伝統的コンテンツ市場は、売上維持の安定志向が強い面があります。正直なところ、海外への展開意欲も、かつてはあまり高かったとは言えません。人口増加などの理由により自然体で国内の市場が成長しているときは、今のビジネスモデルのままでも、そこそこ市場は成長します。また、制作側が一定のものを作り続けていれば、あとは流通側が販促活動を通じて工夫を凝らせば、大成長も期待できます。何と言っても、日本の国内市場は、世界第二位の規模を誇ります(来年、中国に抜かれるという節もありますが・・・)。そういう意味でも、これまでは、これで良かったのかもしれません。

 しかし、一度国内の市場が飽和すると、内部的に成長の芽を育てないと、簡単には成長できません。加えて、成長をリードしてきた流通側が多様化によって苦しい状況に追い込まれると、ますますコンテンツ全体としての成長率は低くなってきます。その結果、産業の成長率が他産業と較べ相対的に低くなる。それに伴い、賃金水準も相対的に低下することになります。

 モノを作りたいクリエーターは、多少賃金が下がっても集まるものです。そういう意味では別に構わない。しかし、販路開拓や販促活動など、コンテンツビジネスの企画を担当するビジネスプロデューサーの市場は、年収に敏感です。どの流通を選ぶか、いくらで販売するか、利益構造をどう設定するか、そういったビジネスセンスは、クリエーターとはまた、別のものです。今こそ、流通の多様化によって、ビジネスプロデューサーが欲しい。でも、このタイミングで、この相対賃金の安さは、ビジネスプロデューサー不足に悩む業界にとって決定的です。

 

?イノベーションマインドの不足

 映画、音楽、アニメ、マンガなど、日本のコンテンツは海外から非常に高く評価されています。だからこれで良いと言えば、これでよいのですが、良くも悪くも、実際のところ、ネットなどの新しい技術、3D化やデジタル化などの新たな潮流、メディア横断的な大型プロジェクトなど、新たな動きへの忌避感は強いのが現状です。

 総じて言えば、技術革新との接点も少ない。NHK技研を介した番組・映像制作の技術進歩については、長期的ながらも着実にイノベーションの跡が見られるように思いますが、その他コンテンツ製作産業は、この2〜30年来、デジタル技術の導入がありこそすれ、あまり本質的には、その制作スタイルやビジネスモデルを変えていないのが現状ではないでしょうか。

 今や、ネットに熱心なFTが生き残る一方、あのヘラルド・トリビューンが破綻する時代です。日本の2Dアニメも、日本のコンソール型ゲーム(PS,Wii)市場も、未だに強い人気を誇っているものの、オンラインゲームの多様化と成長、e-Sportsなど拠点系ビジネスの広がりなど中長期的な世界の潮流から見れば、ガラパゴス化の前兆ありと言えなくもありません。

 

?強いTVメディアの販促力への依存 

 現在、コンテンツに限らず、様々な製品のマス市場形成に向けて最も影響力があるのは、テレビだと思います。コンテンツについて言えば、アニメも映画も、場合によっては単行本や音楽も、テレビの取り上げられ方一つで全く売上が変わる状態です。このため、コンテンツ市場におけるテレビの影響力は非常に大きいものがあります。

 コンテンツ制作側は、自ら資金調達努力も販促活動も余りしていませんし、基本的な制作・流通コストの配分構造は各コンテンツ分野で固定化していますから、結局、著作権の配分は、販促力の強さに応じて決まってくる面があります。最近、映像分野では、すっかり定着した感のある製作委員会方式でも、コンテンツ制作側が自分で資金を調達できないとなれば、当然、金も出し販促活動でも主役になるテレビ局などが主導権を持つことになります。

 こうした実態に対して、コンテンツ製作サイドからは、販促力が強いメディアの事情に振り回されて、作れるコンテンツの内容に枠がはめられている、自由にその他のメディアを選べない、といった不満も出ています。

 

?下請構造が生み出す作りすぎ 

 案外重要なのが、下請構造の生む「作りすぎ」の問題です。確かに、コンテンツの場合、すそ野を拡げるべく現場に多くの作品を制作させることは重要なことです。しかし、その結果、例えば3000円のCDが一枚売れた時のアーティストへの還元額が、30円なんていうこともあります。

 もし、CD一本づつについて、独立的に採算を考えるのであれば、制作費用、流通コストなどを考えても、アーティストに還元できる金額は30円ではなく、100円以上、場合によっては200〜300円くらいあってもおかしくはありません。では、その差額はどこに消えているか。実は、そこで、売れないアーティストや業界全体の仕組みのサポートを行っているわけです。

 それ自身は決して悪いことではないので、要は程度の問題です。ただし、その程度がよく分からないというところが問題です。この業界の場合、例えば、30円なら30円という還元額の相場が先に決められてしまっていますから、あとは、売上がよければ、その差額で沢山のアーティストを養う、売上が悪ければ絞り込む。そういうことになります。と、原価管理も何も無いということになりますから、どの程度の作品総量が適正かを判断する基準がない。下請制作側も商売は多い方がいいですから、構造的に作品が作られすぎることになります。

 しかし、芸術活動という面ではなく産業育成という視点から見ると、作品総量も大事ですが、大事なのは売るための販促活動と結果として得られる採算性です。そのためには、今のやり方では、構造的に作品の過剰生産が起きる。しかも、新人アーティストや下請クリエータは、一見、際限なくいるように見えますが、結局、現場で本当に実力のある人の数は限られていますから、ますます、そういう人達に仕事が集中し、業務が圧迫されることになる。市場が資源配分に失敗する良い例だと思います。

 

3.「脱・下請」という重い課題

 

 こんな課題満載の状態で、本当にコンテンツ制作の側から流通メディアをリードするような市場が作れるのでしょうか。僕も確たる自信はありません。でも、そういう市場を作りたいという思いはあります。

 今までは、メディアが作ったフレームワークにあわせて、コンテンツを提供するのが仕事だったコンテンツ制作業界。流通側が演歌と言えば演歌を作り、ヒップホップと言えばヒップホップを作る。

 しかし、下請製作という業態を続けている限り、作った作品に人気が出ても出なくても、コンテンツ製作側が流通メディアからもらえる制作費は一向に変化しません。仮に、製作側が流通メディア側から権利を頂戴し自らパッケージの企画・販売という商売にたどり着くことができたとしても、今度は、今のコンテンツの価格戦略のままでは、映画1800円、CD3000円、マンガ単行本・マンガ雑誌ともに数百円と、その他産業と較べ商品単価が安いという特徴から逃れることが出来ません。結局、ミリオンという薄利多売構造に依存せざるをえなくなります。

 今こそ、コンテンツ製作業界には、ビジネスプロデューサーが必要です。そこを外部に依存している限り、成長産業への芽は閉ざされるでしょう。でも、そのためには、賃金水準を上げる必要があります。もちろん、中には賃金水準が下がってもこの業界のためにと思ってくださる方もいます。でも、実例を聞いたら、やはり、年収は三分の一になったとぼやいていらっしゃいました。

 今必要なのは、構造的な変化です。部分的に好きな人が流入してくるというだけではとても足りません。製作業態が成長できなければ、引き続き、人材も投資資金も、流通業態側に流れ、「コンテンツの流通促進」が叫ばれ続けるという理不尽が継続することになるでしょう。でも、課題を例示したとおり、これには自業自得の面もある。人口増加などの自然要因に頼らず、自らもっと成長は必要悪と捉えてリスクを取る方向で頑張らないといけないでしょう。

 芸術文化の振興ということだけ考えれば、別に無理矢理、名目市場規模を成長させる必要はないように思います。むしろ、悪影響すらあるかもしれない。でも、コンテンツ産業を日本のリーディング産業として成長させようと思えば、また、メディアの多様化とコンテンツの持つ創造産業のパワーを、その他産業の活力につなげたいと思えば、今必要なのは、コンテンツ製作側のビジネス企画力とリスクテーク能力です。儲かるから、人材も金も集まる。流通サイドではなく製作サイドで、その好循環の輪をどこから作り始めていくのか、政策的にも大変悩ましいところです。

 

      *      *      *

 

 例によって長いので、ここでいったん切りますが、実はこの構図と例示した5つの課題は、農家と農業流通、下請ソフト開発会社と大手SIer、広告制作下請と広告代理店など、様々な業態に共通しているのではないかと思うのです。

 しかも、これらの共通の特徴は、実は、農業にせよ、ソフト開発にせよ、広告制作にせよ、下請の現場にこそ、Creativeな制作の現場があるということです。

 逆に、流通ビジネスや、チャンネルや開発リソースの確保販売ビジネスを主体にしてきた大手企業にとっても、いかに製作側に自分の重心を移すかによって、外国農産品の圧力がかかろうと、従来型IT投資が落ち込もうと、従来型マス広告市場が減少しようと、それぞれの大きな業態変革と新たな創造型産業への脱皮の可能性を持てるはずです。

 このあたりの全体の動きをうまくリードしていくことが出来れば、日本は、ものづくりの品質で勝負する国から、創造産業型ビジネスがリードする国家へと、大きく生まれ変わることが出来るのではないか。僕自身は、そんな楽観論を持っています。

 今回はこの辺にしますが、どうしてこれらが農家とそっくりだと思うのか、など、あまり仔細な点は説明していません。この周辺のネタは、今後も引き続き、取り上げていきたいと思っています。

 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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