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ネットワーク型産業構造への衣替え?

2008/10/06 00:17
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プロフィール

村上敬亮

長年、官の立場からIT業界に携わり、政策の立案、実行をしてきた経済産業省 資源エネルギー庁の村上敬亮氏が、ITやエネルギー、様々な角度から、日本の発展のための課題や可能性について語ります。
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 いよいよコ・フェスタの時期がやってきました。CEATECは既に終わってしまいましたが、次の大きなイベントは、我が東京ゲームショーであります。個人的に創設に関わっていただけに、10数年して、再び担当に戻ってくるのは、感慨深いものがあります。

 それはさておき、これまでの日本の産業構造を、タテ割り・ヒエラルキー型とすると、今後目指すべき産業構造は、ネットワーク型、ということになるような気がします。今回は、ゲームショー直前と言うことで、ゲームを話題に取りながら、その辺のお話を。

 

1.ゲーム産業を例に取れば

 

(1) 産業の一極集中型構造と市場の急成長 

 今年は、ちょうど、スペースインベーダーが1978年に登場してから30周年に当たります。30周年記念サイトも出てますね。3000点を初めて超えたときの感動を思いだしします(苦笑)。ちなみに、世間を唸らせたファミコンが1983年に出てからだと25周年という感じです。

 この間に、従来全く存在しなかった市場カテゴリーが、国内で5000億円超、海外も含めれば1兆円を超える産業になったわけですから、本当に急速な成長ですね。特に、家庭用ゲームソフトの市場は、80年代後半から急速に根付き、90年代半ばを境に猛然と拡大、21世紀に入って少し落ち込みはしたものの、現在また、Wiiという新たな展開と、DSやPSPといった携帯型ゲームの普及で、再度活況を呈している。凄いことだと思います。

 この成長を支えてきたのが、任天堂、若しくはソニーを核とした、強力なゲーム業界秩序だと思います。もちろん、セガの役割も忘れてはいけませんね。もっといえば、思想は先進的だったMSXやピピンアットマークなど、いろいろあったと思いますが、90年代前半以降は、とにかく任天堂、90年代半ば以降は、加えてソニーの求心力が、良くも悪くも圧倒的に強かった、そんな時期だったように思います。

 任天堂さんは、良くも悪くも、ソフトの内容や方針まで含めて、任天堂のブランドに沿うものかどうか厳しくご覧になられる企業ですし、ソニーは、ハードのスペックの充実ぶりに対して価格を最低限に抑え、ライセンスしたソフトの売上から利益を回収するビジネスモデルを志向されておられました。ですから、どちらをとっても、これらメーカの強力な求心力のもとに、サードパーティもしっかりと組織化され、市場が展開していったのではないかと思います。

 「ファミ通」などの強力な媒体を得ながら、翌日の学校の話題を盾に急速に市場を拡げたファミコン。その流通モデルを見て音楽CDの流通思想を持ち込み、テレビCMなどを強力に展開しながら可処分所得の高い層に集中的に広告を展開し追撃したソニー。そして、今また、任天堂がWiiとDSで市場全体の流れをリードと、時によって強い「極」に変化はありますが、基本的には、日本のゲーム産業は、一極集中型のヒエラルキー構造の下に、 市場開拓を進めていったように思います。

 「一極集中」、「ヒエラルキー」などと書くと、それだけで何か悪いことのように聞こえるかもしれません。しかし、これはこれで、様々な開発情報や最新の技術トレンド、市場の動向などが明確に編集されており、メーカーをハブにして各開発者の間で非常によいコミュニケーションが取れていたという意味では、日本のゲーム産業の急成長を支える前提条件ですらあったように思います。

 問題は、これからです。

 

(2) 世界の追撃と多極化

 かつて、アーケードゲームで育ち、ゲームになじんだ日本の若者が、日本のゲームソフト開発に大量に流れ込み、そのベースを支えたように、今では、日本のゲームソフトで育ち、ゲームになじんだ欧米の若者が、それぞれの国のゲームソフト開発に大量に流れ込み、そのベースを支えるようになりました。

 僕が担当していた頃は、世界のゲームソフトメーカーのトップは日本企業でしたが、今では、その座も米国に明け渡しました。プレステ、Wii、ともに、引き続き世界で話題を引き起こす大きな影響力を持っていますが、X-Boxもそれに比肩する市場に育ちつつあります。

 また、海外では、パソコンをベースにしたオンラインゲームも急成長。特に、お隣韓国は、日本のゲーム機の輸入に規制を欠けたこともあり、パソコンベースのオンライン市場を急速に拡大。世界シェアNo.1を誇っています。日本国内でも、地味ですが着実にオンラインゲームの市場は伸びており、デジタルコンテンツ白書2008によれば、その市場規模は800億円を超えました(ちょっと数字が古くなりますが、そのベースとなった調査報告はWebでも読めます)。

 例えば、パソコンをベースとしたスポーツに関するオンラインゲームである(スタンドアローンのものもある)e-Sportsの市場も海外では急拡大。実際のスポーツ選手としてどうかは知りませんが、e-Sportsの世界は、プロ市場まで出来ていて、そのトッププレーヤーの年収は億円単位に上っていると伺います。日本でも、少しづつ動きが出てきていて、コ・フェスタイベントの一つであるDCEXPOでも、e-Sports Festivalが予定されていますが、欧米の異様な盛り上がりを考えると、まだまだ、これからのようです。

 このように、日本を中心に成長してきた家庭用ゲーム市場は、海外展開の面で、はたまた、オンラインゲームやe-Sportsなどの新たな動きの面で、急速に多極化を進めているような気がします。中でも、問題は、こうした一極集中構造から多極化構造へと市場がシフトしつつある中で、ヒエラルキー構造による情報共有を強みとしていた日本型産業構造に不可欠の、ハブとなる拠点が失われつつあるのではないかという点です。

 

2.市場の成熟ネットワーク型産業構造への転化

 

(1) ヒエラルキー型産業構造の優位性

 市場の開拓期・成長期であれば、ヒエラルキー型産業構造は、大きな強みを持ちます。全く存在しなかった商品カテゴリーを認めさせるためには、一糸乱れぬチームワークと、消費者を唸らせるだけの品質や性能管理が重要になります。しかし、市場が成熟し、消費者が商品カテゴリー自身に飽き始めているとすれば、今度は、商品の性格自体を、縦横に変化させ、新たな魅力を訴え続けていかなくてはなりません。

 Wiiの凄いところは、これを一極集中型のまま実現してしまっているところです。Wiiシリーズの中では、脳トレのような教養分野ソフトを根付かせる地道な努力を展開したり、ネットワーク機能を無理のない形で着実に普及していったり、全く新たな発想のコントローラを導入することで、Wii FitやWii Music などのような全く新しいカテゴリーのソフトを展開していったり、それはもう、ものすごいパワーで新たな動きを起こされているなと実感します。

 Wiiである限り、その開発情報のハブには、任天堂という強力なプレーヤーが存在します。今でも、その関連のライセンス管理は厳しく行われていますし、まあ、ソフトウエアを提供するサードパーティからみてどうかという問題はありますが、その統制があるからこそ、Wiiの強いビジネスモデルが実現しているのだと思います。

 そう考えると、ゲーム産業も、このまま、一極集中構造でも良いのかもしれません。しかし、この展開は、90年代にコンピュータの世界で起きた変化を考えると、独自仕様のまま、全てを飲み込んで成長しようとしていると言うこと。もちろん、上手くいけば、そのままであるに越したことはありません。しかし、これが維持できているのは、おそらく、中にいる人材が、それだけ無茶苦茶に優秀だからこそ、成り立っているのではないかという気がします。

 

(2) 人材育成モデルから見ると

 これからのゲームには、例えば、ネットワーク技術の知識がもっと必要になるでしょう。そういう時代になれば、今度はセキュリティも大事になってきます。画像や音響に対する技術知識ももっといるでしょうし、VR関係や、認知科学的な知見など、技術的に必要となる要素は急速に膨らんでくるでしょう。

 また、Wiiがそうであるように、ソフトの内容面を見ても、ロールプレイだけでは飽きられるとなれば、教養ゲームに展開したり、スポーツに振ったり、音楽を取り入れたり、ひいては、それがゲームから実際の楽曲のダウンロードにつながったり、スポーツ観戦やイベントとの連動になったりと、様々な横展開を考えていく必要が出てくると思います。

 そうなれば、今度は、様々な分野の教養自体に深く識見を持つ必要が出てきますし、スポーツをゲーム機を通じて再現するための人間工学や、音楽をよりリアルに再現するための音源管理をはじめとした音響技術など、様々な分野固有の知見が必要になってきます。

 更に、最終的には、それぞれの分野でよりリアルな実感を求めようとすると、単に画像の解像度を上げるばかりでなく、ディスプレイで伝えられるようなラフな情報ではない、より感性に訴えるような、より深みのある情報の質を、人間工学的な部分も含めて追求していくようになるでしょう。

 こうして、ゲーム産業に求められる技術や知見は、ソフトウエアや映像技術そのものや、画面を作り込むノウハウそのものから、どんどん多様化・複雑化していくと思います。また、他分野との連携ももっと重要になっていくのではないでしょうか。

 実は、これと同じような変化がまさに起きたのが、80年代から90年代にかけてのコンピュータ市場だったのではないかと思います。それまでの独自仕様市場の時代には、コンピュータエンジニアたたき上げのチームが、IBMに追いつけ追い越せと、猛然とパワーを発揮し、欧州のコンピューターメーカが次から次への市場脱落していく中、世界で生き残っていきました。しかし90年代に入って、ネットの普及も含め、急速に、ソフトの内容まで含めて市場に縦・横の広がりがでてくると、従来のたたき上げコンピューターエンジニアでは、結果としてとても追いつけないような、必要な知見の横の広がりがでてきた。

  この問題を、人材育成の側面から見てみると、もう少し具体的に実態の変化が見えてくるように思います。

 従来の日本のエンジニアのキャリアパスは、極論をすれば、大工の棟梁型です。各職人が、棟梁と師匠−弟子の関係を築き、各チームのヒエラルキーの中で動いている。各棟梁をトップとした富士山型のキャリアパスになっている。これに対し、米国型は、末広がりです。プログラマーからこの世界に入って、上級者になればなるほど、プロジェクトマネージメントのプロ、セキュリティのプロ、アーキテクチャデザインのプロなど、バスが分化してくる。

 実際の作業を見ても、日本家屋なら大工の棟梁チームで作れます。むしろ、芸術的な日本家屋なら、その方がよいのかもしれない。他方、六本木ヒルズは、大工の棟梁チームを何チーム連れてきても作れない。やはり、プロジェクトマネージメントとのプロ、耐震設計のプロ、構造設計のプロ、緑地設計のプロなど、それぞれのプロが、その建物の仕様に合わせてチーム編成を行い、世界でもトップ仕様の高層建築を作っていく。米国型です。

 日本のIT業界では、まさに今、この大工の棟梁型から米国の末広がり型に人材市場が変わろうとしつつある。そして、それと同じようなことは、今後のゲーム業界にも起きていくのではないでしょうか。

 ここで大切なことは、各社に閉じたキャリアパスの中で、こうした末広がりのキャリアパスを作ろうとしても、難しいということです。最後は、誰が役員になる、社長になるといった任用の論理に押しつぶされてしまって、結局、エンジニアの腕より上司受けの世界になってしまいやすい。だから、産業構造自体を変えていかないと、キャリアパス構造や人材市場の構造も変わらない。

 米国がこのようなキャリアパスの変化を起こしたのも、IBMをはじめとした巨人が全体をヒエラルキー型に押さえ込む市場構造から、マイクロソフトとウインテルが始めたよりオープンなネットワーク型の産業構造への転換が実現できたからです。その結果、それぞれの技術分野のプロが、市場動向の変化に合わせ柔軟に変化していく企業間ネットワークの中で、より正当に処遇される機会を得ることが出来た。

 日本のように、大手ベンダを頂点とした産業構造が根付いている限り、現実の事業の力学が強く働きますから、下請のエンジニアは所詮下請のエンジニア、といった非常に不当な、冷たい仕打ちを受けることになる。よしんば、本当に現場に入って役に立っているのが、最下層の協力会社の人達であったとしてもです。

 前述したとおり、この構造には、一点集中突破による新規市場開拓や、特定のターゲットに対して急速にキャッチアップをする際には、優位性もあります。しかし、市場が成熟して、様々な横展開が必要になってくると、弱い。

 そうした変化がゲーム産業にも、コンテンツ業界にも、今後起きるのだとすると、今度は、音楽、レコード、ゲーム、アニメと盾に仕切られてきた産業自身が、様々な形で、横にネットワーク型の産業構造を作り、横につながり始めていくのではないかという気がするのです。まあ、まだちょっと、時間がかかりそうな話ではありますが。

 

(3) 法制度から見ると

 同じようなことは、法制度論議についても言えます。

 例えば、この数年、コンテンツの流通促進を巡って様々な議論が展開されてきています。とても結論の難しい議論です。こうした議論にとって、大切なことは、やはり、個々の局面・行為を捉えた是非ではなく、人材育成の問題と同様、今後向かうべき産業構造自体の変化をどう考えるか、という点にあるのではないかと思います。

 かつてのヒエラルキー型の産業構造の時は、例えば、70年代の音楽産業にとって、ラジオはすり込みメディア、レコードが利益回収メディア、コンサートはコアユーザのつなぎ止めと、それぞれの位置づけがビジネスモデル上明確であり、かつ完全に統制されていました。JASRACの利用料金も、そうした各メディアの性格に応じて、ラジオは安めに、レコードはそれよりは高めに設定されるなど、調整もされていたように思うし、だからこそ、著作権法の権利制限規定で、細かい用途のところまで、行政を介して事前に調整することが出来たのだと思います。

 しかし今は、なかなかこうはいきません。いろいろなコンテンツ供給者がおり、それぞれが、ラジオ、ネット、パッケージなど各媒体に違うビジネスモデル戦略を持つ。ネットを単なるすり込みメディアだと思う人もいるし、ネットしか回収手段がないと思っている人もいる。ネットで販売するコンテンツの単価を100円でも良いと思う供給者もいれば、その単価ではとても無理だと思う供給者もいる。

 また、二次利用を自由に促進すると言っても、それが本格的な課金回収の段階なのか、それ以前かで、促進の度合いが全く違ってくると思います。本格的な課金回収段階に入ってから、横で無料提供する事業者がいたら、ビジネスモデル全体が崩れてしまうのは当たり前の話です。他方で、制作面でより柔軟に二次利用させたい、いろいろな良さを取り込みたいと思う部分があるのも、広く共有されるところでしょう。こういう局面から整理した場合、問題は、この制作フェーズから課金回収フェーズにいつ移行するかが、事前に調整しきれない、事業者によって考え方が違う。こうした問題が他に多数あるからこそ、英米型のフェアユース規定が不可欠だという議論になっているということです。

 しかし、現実の議論はなかなかこうはいきません。話の内容が専門的で難しいこともあって、ついつい、二次利用促進の在り方全体の是非や、逆に個々の利用行為の是非を直接議論し、同じ議論の繰り返しになってしまいがちです。それ自体を議論しようとしても、逆に、その課題設定が議論自体の出口を無くしてしまっている面がある。

 背景にある重要な論点は、従来の、レコード、実演家、テレビ、映画など、それぞれの縦に閉じた世界とそれぞれの中で統制の聞いたビジネスモデルがあったヒエラルキー型の市場構造から、様々なビジネスモデルがそれを跨いで横につながっていくネットワーク型のビジネスモデル構造へと変化しつつある、その構造変化自体なのではないかと思います。

 二次利用自体が良いとか悪いとか、個々の利用行為が良いとか悪いとか(中には、明らかに極端に悪質な行為もありますから、そういうケースについてはどんどん議論をすればよいと思いますが)、ということではなく、こういう産業構造の変化を受けて、大陸法型の行政による事前調整型の法文化自体を、著作権法の分野では見直していくべきと言うことではないでしょうか。そこをはずして各論を議論しても、逆に新たなビジネスモデルの目をどんどん摘んでいってしまうだけになるおそれがある。

 コンテンツをカネにしようとしているときに無料二次利用があったら困るのは当たり前ですし、だからといって、それがネットを介した自由な創作活動の促進や、ネットという流通媒体のビジネスモデルへの取り込みを否定するものでも全くない。問題は、そうした各論の背景にある構造変化そのものではないかと思うのです。

 

3.ネットワーク型産業構造への衣替え

 

 ここでは、人材育成と法制度、という二つの切り口から、ネットワーク型産業構造への転換という視点を見てきましたが、実は、同じように難しい議論が、資金調達の面から見ても、パッケージの流通構造という面から見ても、他産業との比較における産業規模という面からから見ても、人間工学をはじめコンテンツ技術という面から見ても、既に出始めているように思います。

 もう、コンテンツ各分野がバラバラに動いているのは、ぼちぼち限界に来はじめているのかもしれません。少なくとも、そういう議論は、多少本格的に行われて良い時期に、さしかかり始めているように思います。

  もちろん、現実を見ると、日本のソフトで、唯一、大幅な輸出超過を実現しているゲーム産業ですら、任天堂という一極集中の雄が、世界の市場を引き続き大きく切り開こうとしています。映画も、いくらデジタル技術と叫ぼうが、映画のデジタル化の実益をなかなか見出せず、むしろシネコン戦略を始め、既存のビジネスモデルを前提に映画産業固有の現状と課題の解決に乗り出そうとしている。アニメも、いくら3Dといわれようが、2Dの世界と手書きセル画の良さを新たな技術が超えられず、今の枠組みを中心にビジネス展開を進めている。こうした現実を見れば、ネットワーク型産業への構造変化と、コンテンツ産業の大統合みたいなことが、そんなに急に、理想的に起きるとは思えません。

 しかし、映像で言えば、ハイビジョンの時代を超えて、4K(若しくはスーパーハイビジョン(見させていただきましたが、凄かった・・・))の時代は着々と近づきつつある。立体映像の要素技術もずいぶんと出そろってきた(ご関心お方は、是非、国際3DFair2008に)。音響技術で言えば、ハイパーソニック(栃木で行われる蔵の街かど映画祭でも上映されます)をはじめ、様々な技術が出始めている。ロボット技術は、人とソフトとのインターフェースを大きく変えようとしていますし、コンテンツ産業の将来を予感させるような胎動は、着実に始まっています(ConTEXでもいろいろな展示があります。アジアグラフの対談では、布袋寅泰氏、河口洋一郎氏、秋元康氏や香山リカ氏などにそのあたりを熱く語って貰う予定です。)。

 大事なことは、こうした将来の方向性への変化と産業構造への変化を同時に起こしていかないと、80年代までにコンピュータ職人として追いつけ追い越せを実現してきた日本のコンピュータ産業が、90年代後半以降、IT市場の中で自前技術の出番をすっかり失ってしまったのと同じようなことが起きはしないか、ということです。

 もっともっと、良く現場の足下で起きていることを勉強する必要があるとは思いますが、個々の現場レベルの課題と、ここで概観したような構造変化の枠組みのレベルで捉えた課題と、両方を同時にバランス良く見ていく。そうした複眼的思考が、いよいよコンテンツ業界でも本格的に必要な時期に入ってきたかなあと思います。

 テーマの割に、書いていることが断片的ですが、例によって長文ですので、書ききれなかった話題は、また、次回以降に。

 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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