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ベンチャーはどこへ行ったのか 〜 ベンチャー支援の「5階層」

2008/03/09 00:55
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プロフィール

村上敬亮

長年、官の立場からIT業界に携わり、政策の立案、実行をしてきた経済産業省 資源エネルギー庁の村上敬亮氏が、ITやエネルギー、様々な角度から、日本の発展のための課題や可能性について語ります。
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 最近、ベンチャーって、すっかり聞かなくなったなあ・・・、と寂しい思いをしていたところ、去る2月20日、”Tech Venture 2008”/”Beat Forum 2008”というCnet Japan主催(首都圏ベンチャーフォーラム共催)のイベントに呼んでいただきました。今回は、その時のお話を、誌上で多少再現してみようかなと思います。2週続けて週末に体調を崩していたものですから、講演してからかなり間があいてしまいました。お許しくださいませ。

 では、どんな話か。

 六本木ヒルズにはただの良い迷惑だと思いますが、ヒルズ族という言葉の終焉とともに、ITベンチャーブームも葬り去られたような感じがしませんか。「何だ、金儲けか・・・」みたいな。でも、今の日本には、ベンチャーを必要とする理由がある。ブームとともに単純な毀誉褒貶に晒されるような話とは別次元の重要な役割がある。

 したいのは、そんなお話です。

 

1.ITは最近暗い? 

 

 最近、ITというと、「IT投資ってなかなか成果が上がらない」とか、「電子政府が上手くいっていない」とか、若干、暗い話が多いなと感じています。かつては、ITの周りって、産業の中でも、何か新しいものを生み出し続けている雰囲気がありましたが、最近は、何かこう、ついに、ITも馬脚を現し始めたか、っていうような冷めた雰囲気があるような気がします。

 その大きな背景の一つは、インフラの大普及期が終わり、色々な人の間に、とりあえずITがビジネスや生活の一部として定着したからじゃないかと思います。

 例えば、インターネットの普及率を見ると、2002年に、300人以上の事業所では98%以上、5人以上の事業所でも80%以上の水準に達し、以降、ほぼ横ばいとなっています。PCの年間販売台数を見ると、2001年に一つのピークがあって、それ以降は、一進一退を続けています。こうしてみると、数字的には、03年当たりで、いわゆるITの普及期というのを日本も卒業したんだなという感じがします。

 政策的に見ても、90年代半ばに「電子商取引」という形でネットワーク活用を売り出し、そこにWintelPCとインターネットの波が追いつき追い越せであっという間に通り過ぎた。2000年にe−Japanと言い始め、インフラ整備に向けた規制緩和や電子署名法をはじめとする法制度整備の流れを加速化する頃から、今度はDSL、そしてあっという間に光ファイバーの市場が立ち上がるわけです。そして電子タグブーム。MSブラスターやWinnyなど、普及期に特徴的な「大丈夫??」という話も含めて、自分も、政策の現場にいて、何となくネタが尽き無いなあという感じがしていました。

  しかし、ちょうどWeb2.0と言い出す頃から、話題の質が変質しているような気がする。「行け!行け!電子政府」では、どうして成果が上げられないのか。ITインフラは導入したけれども、企業のIT投資はどうして目に見える成果を上げにくいのか。CGMのように消費者から膨大な情報が提供されるようになっているのに、なんでそれが、ビジネスに結びつかないのか。出てくるのは、その使い方のまずさに対する反省ばかり。

 今までは、普通にITという技術を売り、それを導入していれば、何やら新しさがありましたが、今や、ITがあること自体は、当たり前になってしまった。話題の主役も、マイクロソフトやインテルといった手段としてのITそのものを提供している会社ではなく、GoogleやApple。Googleは、膨大なコンピュータリソースを活用して検索サービスを提供しているサービス企業だし、Appleも、iMac/MacBookといったコンピュータではなくiTunes/iPodを中心に業績を伸ばしている。普及期が終わった今、ITの技術だけでは、市場で話題は掴めない。しかも、そういうグローバルに話題の主役を掴めるような部分、市場として最もエッジのたった部分に、日本企業がいなくなってしまったような気がするんですね。

 

2.「ITはインフラ化した」の半分真実、半分嘘

 

 やっかいなのは、ハードウエアにしても、情報サービスにしても、国内の既存型市場はそれなりに大きく、下手をすれば、その規模はまだ若干ながら伸びているいうことです。だから、みんな、営業利益率が悪くても、本当は将来の業績が心配でも、とりあえず目の前の売上の話に忙しい。「世界的な話題なんかとれなくなって、うちの会社、一応元気じゃん」みたいな。。しかし、この話、どこまで本当なんでしょうか。

 2003年に、ハーバードビジネスレビューで、ニコラス・カー博士が”IT dosen't matter”と表現し話題になったのは、まだ記憶に新しいところです。この話、僕は半分本当で、半分嘘だと思っています。会計上の厳密な意味ではありませんが、企業がIT投資を、コストと評価すべきか、戦略的な資産と評価すべきか、ラフに言えば両方のケースがありえるように思うのです。 

 例えば、今やどの企業でも、eメールが出来る、インターネットが出来るという環境があるのは、当たり前です。極端な話、会社で用意する事務備品と同じようなものです。事務管理に必要となるような基本的なサーバ/PC環境というのは、会社にとって、戦略的投資というよりも必要コストでしょう。実際、この手のマーケットは、今も、余り増えも減りもしていません。金融業界の世代交代みたいな大波が来ることに伴う変動はありますが、まあ、進歩も後退も余り無いのではないでしょうか。強いて言えば、SaaSをはじめとしたサービス化への流れの中で、情報処理量当たりのサービス単価は、ますます下がっていく方に働き、既存のインフラ型投資の市場規模全体を見ても、今後、長期的には縮小していくでしょう。

 これに対して、新たな事業戦略やバリューチェーンの構築を行うために取り組む投資もあります。欧州の規制動向を先取った取引先との化学物質管理のデータベースの共有・整備、流通業の戦略的インフラとするためのebXMLによるWeb-EDIの仕組みの整備、競合他社がまだ取り組めていないような携帯ベースの顧客管理システムの導入など、取り組み方、導入内容は様々です。

 後者の投資も、時がたち、誰でも当たり前に行うようになれば、それは、戦略的投資ではなく、当たり前に必要なインフラへと徐々に変質しているのかもしれません。その区別は、言うほど厳密に出来るものではないと思いますが、この区別をどこかで意識しないと、企業にシステムを納めている業者も、単なる事業インフラを提供しているのか、社会的に価値のある戦略的資産を提供しているのか、自らのビジネスの位置づけが分からなくなってしまうのではないかと思います。

 

     *     *     *

 

 この構造が最も先鋭的なのは、上記のようなビジネス空間ではなく、実は、消費生活空間の方だと思います。例えば、ある時期のi-modeは、確かにこうした戦略性に富んでいたと思いますが、その後、特別なインフラではなくなってしまった。インターネットにせよ、携帯にせよ、あっという間に生活インフラを支える消費財になってしまった。買い換えはあるけれども、自らの生活の差別化や特別な楽しさを見つけるために、買われているわけでは必ずしも無い。

 もちろん新たなサービスの萌芽が皆無な訳ではありません。楽天ビッターズといったショッピング&オークションサイトはすっかり定着をしました。GREEにせよMIXIにせよSNSの立ち上がりは日本は早かったですし、「はてな」の目指している取組も相当先進的なように思います。@コスメのようなモデルも、かなり日本オリジナルな気がしますし、かつては、よく、ホンダ バモスホビオ トラベルドックバージョンをご紹介させていただきましたが、これもトラベルドッグというページと連動させて商品開発に成功(現在はHonda Dog?)したかなり早い事例だと思います。価格.com空想生活百式なども、非常に日本的なネットサービスだと思います。

 問題は、これらが大きく育たない。結局、消費者の家計は通信料金の負担に押され、家電を買い控え、無料のサービスに走るという構図になってしまっている。だから、ネットサービスの方も薄く広く儲けるというパターンにつなげられず、しかも客足の増加に伴って自身のインフラ投資が膨らんでしまうものだから、次の戦略に向けた大がかりな投資が出来ない。また、国内では、そこで、どーんとリスクをとってくれるようなファイナンスも、なかなかついてこない。結果、小さくまとまることになる。

 加えて、インターネットや携帯アプリなど、オープンで参入しやすい市場出口は限られてしまっているので、そこに新規参入が集中する。ますます、なかなか次に勝ち抜けない。じゃあ、アメリカに行くか・・・? そんなことになってしまう。日本では、どうやったらグローバルに勝てるような新たなサービス・ビジネスが出てくるのか。

 

3.脱インフラビジネス

 

 「均等ある国土の発展」、「ユニバーサルサービス」、こういったコンセプトは、基本的に、インフラ産業にレントが貯まるときの論理のように思います。いつでも、どこでも、同じようなことが出来る環境を作ろう。ネットもそうです。「いつでも、どこでも、だれとでも」と言っていては、ベンチャー的には、次に行けない。

 規制緩和のおかげでインフラ業者同士が競うようになり、そのコストが下がったのは、非常に重要な進歩だと思います。しかし、インフラ同士が付加価値サービスとしてコンテンツやネット上のサービスを競うと、通信料金の獲得自身が主戦場になりますから、結局、その上のコンテンツやサービスはおまけになる。どのインフラ業者もみんな同じようなことを始めてしまうので、コンテンツやサービス自身が強烈な差別化の対象にはならない。

 「いつでも、どこでも、だれとでも」、同じではない環境。つまり、「今だけ、ここだけ、あなただけ」になってこないと、サービスやコンテンツは、高い価値を持ってこないんだと思います。大事なのは、エッジのたったユーザが人と違う行動空間が持てること。そういう人たちのニーズに応える思いっきり高品質な行動空間を作り上げること。次にそれを一般消費者にチョイ見せし、衒示的消費への誘惑に勝てない層に切り売りしていくこと。それが新たなサービスの基本的な価値創造パターンになるのではないでしょうか。

 仮にそこまでは良いとすると、では次に、どうすれば、最初に、思いっきり高品質な行動空間が作れるのでしょうか。もちろん、天才的なプロデューサーが作ってしまう場合もあるんだと思います。しかし、ITがこれだけ普及し、消費者からも様々な発信が行われるようになった中、威力を発揮してくるのは、一人の天才よりも、むしろ、設計的なコミュニケーションの広がりではないかと思うんです。

 オープンイノベーションということにもつながるんですが、

「消費者個々人にたいしたValueがあるわけではないが、消費者からものづくりに逆流するValueChainは、実はある種の設計的なコミュニケーションを形成している。その設計的コミュニケーションプロセスの要求に整合的なサプライチェーンを形成できたときに、最も効率的な最適機能分業が出来る(詳細はISEDの議論を参照)。

 そんなことになっているような気がするんです。

 例えば、Googleが恐れられるのは、検索技術の精度そのものではなく、Googleがその設計的なコミュニケーションプロセスの基点とフレームワーク(いわば、”つながり方のOS”)を押さえようとしているからではないでしょうか。iPodが強いのも、個々の技術力ではなく(記憶容量や小ささだけなら、既に今のSonyや松下製品の方が上です)、iPodとiTuneというValueを生み出すコミュニケーションプロセスを押さえているからではないでしょうか。

 「いつでも、どこでも、だれとでも」。思えば、高度成長期の三種の神器も、この論理に近い形で大衆消費社会を地でいってきました。今では、プライベートな空間からパブリックな空間まで、全国どこでも同じような駅前空間とコンビニがあり、どこの家にも似たような家庭内空間があります。しかし、こんな風に均質化が進んでしまった今だからこそ、単純に平準化されていない社会空間を取り戻していく必要があるような気がするんです。

 もちろん、必要なインフラが必要なコストの範囲内で入手できていれば、という大変贅沢な話ですが。。

 

4.脱マスマーケティング

 

 我が国発のサービス・ビジネスを育てる。そのための一つの鍵が上述の脱インフラビジネスだとすれば、もう一つの鍵は、脱マスマーケティングではないかと思っています。

 これまで、我が国の市場の作り方は、開発者と製造者が売りたいものを考え形にする。それをマス広告にかけて消費者に広く知らしめ、小売店に行けば同じものが並んでいるという環境を作る。そういうマスプロを起点にした市場創造モデルだったように思います。

 しかし、今、マス広告が商品選択に与える影響力は確実に落ち始めています(ブランドの確立や、リクルート活動といった面では別です)。あるテレビコマーシャルを見たことが直接商品選択に影響している機会は、ものすごく減り始めている。むしろ、消費者が欲しいのは、「もの」ではなく、「こと」。その商品を選択する理由付けになるような「ことがたり」。商品の機能・品質がある程度そろっているのは当たり前で、その前後に潜在的に付加されているサービスとかストーリーといったもの感性や信頼性に反応し始めている。

 先ほどの設計的なコミュニケーションという話にもつながるのですが、今後は、開発者とユーザがむしろ直接つながってしまう。そこでつくられた「ことがたり」に対して、生産者と流通業者が組んで、的確かつ迅速に、ものを作り、ユーザに届ける。そんな時代になっていくのではないでしょうか。

 例えば、先ほど触れた化粧品口コミサイトの@コスメでは、その口コミサイトの活動を基に作られたリアル店舗が、大盛況になっており、様々な商品やサービスが売れているそうです。海外などにも持っていけそうですよね。また、ファッション業界では、世界中のデザイナーが日本の裏原宿のサイト(このサイトは、あくまでも代表例です)に大注目。日本人の気づかないところで、日本発のトレンドセッティングが行われていたことも多かったと言います。

 あくまで仮想例ですが、昔であれば、日立の基礎研の人が一般ユーザと接する機会なんて、家族以外にほとんど無かったでしょう。でも今は、ネットがある。一度ネットでつながってしまえば、オフをどこでやるかは、本人達の盛り上がり方次第。メーカーの開発者とユーザが直接つながりあうチャンスはいくらでもあります。

 また、市場のトレンドということでもそう。例えば、今、ジュネーブで国際自動車ショーをやってるんですが、奥山さんという有名な日本人デザイナーがデザインした車が大評判になっているようです。しかも、2台のうち一台は、電気自動車。山形で作り、ジュネーブに出した車が、EV元年が近いことを期待させる一台として、急に話題になっている。そんなことが、日々どこかで起きてしまう状況になってきているんだと思います。

 もちろん、こうした市場がマスマーケットを完全に置き換えてしまうとは思っていません。マス市場は、それそれで、新たな世界とも相互補完性を持ちつつ、一定の役割を果たし続けていくと思います。しかし、この領域は、趣味やニッチの領域というほど狭いわけでもない。ある種の中間的な市場を作り出していくんだと思います。

 乗った方が得だと思わせる何かがある。しかも、積極的に外部にアクセスを認めることでネットワーク外部性を解消している。潜在的な貸し借り関係の連鎖。ただし、全体像はなかなか見えない。

 こんなネットセントリックなコミュニケーションが、そこはかとなく自立し、あちらこちらに出来てくる。地理的な近接性は問いませんが、ある種の地産地消的な世界を作ってくる。大企業の内外、地域内外を超えてコンテクスト的な理解が進み、単なるマーケティングを超えたトレンド的リアリズムともいうべき第三の読解のレベルをつくる。そんな関係が、あちらこちらに出てくるような気がするんです。

 こういう設計的なコミュニケーションに裏打ちされたミドルレンジの市場を如何に立ち上げていくか、その時、その設計的なコミュニケーションが持つ発信力がどれだけ強いかによって、そのサービスモデルがどれだけ世界で勝負できるかも、変わってくる。この辺に、日本の産業競争力を問い直す切り口があるのではないかと感じています。

 

5.ベンチャー支援の5階層

 

 かつて触れたことがありますが、米国で、ベンチャーに日が当たるのは、それを支える膨大な社会的ネットワークができあがっているからだと、僕は思います。もちろんベンチャー自身が頑張るのは当然ですが、それを支える膨大な支援者と社会的仕組みがあって始めて、浮かぶ瀬もあろう、という感じがします。

 自分がベンチャー関係の仕事のお手伝いをさせていただいたとき、非常に印象に残っていることが一つあります。当時は、主として東海岸に拠点を置いていたのですが、その時、彼らが西海岸の人たちを見る時の目線が、日本が米国を見る目線にとても似ていたのです。

西海岸の方が、ITに関しては、支援するネットワークの階層性が深い。だから、より先まで見通せるし、より幅広いポートフォリオを組み、いろいろなプロジェクトを支援することが可能になる。それは歴史が積み重ねてきたもので、後発の東海岸は、今からそこには追いつけないんだ。

 当時、僕の付きあっていた東海岸のVCや個人投資家グループは、そう指摘しながらバイオを中心としたポートフォリオに急速に舵を切りつつありました。

 僕が米国でベンチャー関連の仕事のお手伝いをしていたときは、西海岸のVCや支援者のネットワークの最上位層は、約13人と言われました。この人達は、だいたい5年後くらいのビジネスを正確に議論している。その次の階層の人は、3年先、その次の階層の人1一年先、その次の階層の人は、だいたい、今起きていることを正確に議論している。最下層の人は、今起きていることへの理解も、ちょっと怪しい。

 なまじ真面目な会議というよりは、大きなヨットの上でのパーティーだったり、ベンチャーサポートMtg.のコーヒーブレークの時だったりすることも多いのですが、ちょっと良いビジネスプランを持っていたり、良いことを考えていたりすると、お声がかかる。それが1年先を見て良いプランだと、さらにその上のランクの人に紹介され、さらにその先を見通して見込みがあると思われると、さらにその上のランクの人を紹介される。

 上のランクの人になればなるほど、より広い範囲でポートフォリオを組むことが出来るようになりますから、競争状況や組むべき相手などについて、より正確なアドバイスをもらえるようになる。だからこそ、逆に、この階層性が深くないと、カバーできるビジネスポートフォリオが狭くなってしまい、ITでは、東は西に勝てないという話になる。西海岸が5階層なら、東海岸は、3階層。そして、我が日本は、というと、1階層。こういうことではないかと。

 階層性が浅いことと、VCや支援者の個人的な資質の高低とは関係はありません。でも、階層性がないと、どんなに優秀なVCや個人投資家でも、一人で勝負しなきゃいけない。これでは、大企業が組めるポートフォリオの範囲にも勝てません。したがって、無理をしようとすると、一か八か勝負みたいなことになってしまう。どうしても、ここに階層性とネットワークがあること自体が重要になってくる。

 大企業は、自らのビジネスに自縄自縛となっており、新たなビジネスの横展開が出来ない。他方で、ベンチャー企業は、支援してくれる側に階層性とネットワークが乏しく、セットアップは出来るけれども、セカンドステージへとステージアップしていけない。この構図がそのまま、ちょっと弱りかけたマス市場と、ニッチを埋め続けるベンチャー企業という今の日本の構図につながってしまっているような気がするのです。

 

6.場の編集

 

 自分がいる経済産業省という組織は、まさに、これまで、大企業自身が縛られている○○産業という縦割りをつくってきた組織です。だからこそ、自分たちは、制度論だったり、プロジェクトだったり、ある種の運動論だったりを通じながら、これを横に繋げるような仕事をやらなくてはいけない。そのためにやっていることは何か。実感としていうと、日々、「場の編集者」をどう育てるかということに心を砕く。なんか、結局、そこに収斂しているような気もしなくもありません。ある程度密度の濃い空間を維持するための空間演出法のようなものを持ち、また、それが出来る人を見つけてくる、育てること。結局、これが凄く大事になるのではないかと思っています。

 そのためには、そういう場の編集者の育成とプレースメントを担う名伯楽を、日本社会全体から見てポジショニングさせる必要がある。ところが、大企業自身に余裕がなって、むしろ現実は逆方向に向かって走ってしまっているような気がするんです。

 現場では、潜在的な設計的コミュニケーションはどんどん生まれつつある。これをどう、顕示的に編集し直し、第三の読解レベルのコンテキストを共有するか。 そこで、サービスモデルを作りたい人、その中でモノを作りたい人、それを支援した人達を、一度に生み出し直さないと行けない。萌芽はあるけれどもつながらない。まさに、そこの「つながり力」が問われている。密度の薄いネットワークを、スモールワールドネットワークに仕立て上げていく。そこを鳩合するような強烈なパワースポットが欲しい。そんな風に感じます。

 だからこそ、ベンチャーを巡るストーリーは、今一度、ゼロから見直す必要がある。今あるビジネスネットワークの解体と再構築が必要なときだからこそ、ベンチャーという活力は、やはり、その原動力として欠かせないように思うのです。

 

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 今回は、講演録ということで、そうとうラフにしゃべった内容をそのまま再現しています。このため、このまま読んでいただいても分かりにくい部分が多いかもしません。しかし、これ以上長いエントリにするのもどうかと思うので、今回の話の行間は、また、少しずつご説明をさせていただければと思っています。

 立場を超えた思いのネットワーク作り、結局は、そこがどこまで広がるかが勝負のような気がするんですが、世の中では、それを裏切るような批判や行動ばかりが目立つような気がして、ついつい、僕も「くれない虫」になってしまいそうです。めげずにガンバらないといけないですね。

 

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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