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六次の隔たりの世界(パート2 SNSの歴史)

2011/10/27 18:00
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プロフィール

村井亮

エンタプライズソーシャルからLINEやアップルウォッチなどのウェアラブルまであらゆるテクノロジーは表舞台の裏側、『楽屋』から始まっている。楽屋では色々な情報が飛び交い、その楽屋でしか体験できない物語がある。IT業界の日常にある出来事を、自由に感覚的に書き綴っていきたい。
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 (かなり遅くなりましたが、パート1の続きです。パート1http://japan.cnet.com/blog/murai/2010/09/16/entry_27042260/ )


日本ではBusiness to Consumerのマーケットにおいては2003年12月にネットエイジ社による合コンのSNS、GOCOO、2004年の初頭にGoogleのOrkut Buyukkokten氏によるOrkutが上陸し、英語バージョンのまま伊藤譲一氏や三木谷浩史氏など日本のIT経営者達の間で広がり、2月の最終週にはGree, 3月にはMixiなどがスタートし、他にも米国シリコンバレーにあるベンチャー企業の日本法人のUUMEやフレンドマップ、トモモトからゆびとまのEchooなど、幾つかのサービスが誕生した。一方、Business to Businessでは弊社、Beat Communicationが企業内SNSをリリースした。2002年頃から数々のソーシャルグラフの研究は慶應義塾大学のSFCキャンパスのさまざまな研究グループで行われており、企業内SNSはそれのソーシャルグラフの研究の一つから派生して生まれた。(今でもそうだが、当時も慶應SFCではIT分野における最先端の研究が村井純ゼミや國領二郎ゼミ等で行われていた。)
 


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慶應義塾大学 湘南藤沢キャンパス


当時Greeの勢いは凄まじく、最初はMixiが後追いする形であった。Greeはイベントも上手に活用し、4月25日の1万ユーザー時に六本木で第1回目の「Gree Night 1」を開催し、その勢いで爆発的にユーザーが増え、10万ユーザーの時に第2回目の「Gree Night 2」というイベントを開催した。只、IT業界では往々にしてあることなのだが、その後、ユーザーによる「巣移りの儀式」があり、Mixiに抜かされ、長い間、沈黙を守る。


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巣移りの儀式


蜂の群れが新しい女王蜂の誕生と共に集団で巣を移動することに似ていることからこう呼ぶ


当時のGreeの勢いが10万ユーザーで急に止まった理由としては諸説言われているが、当時の彼等のユーザーインタフェースはITリタラシーの高い人向けの複雑なデザインであったことや、Gree Night 2に参加した、それまでの彼等の支持母体でもあった学生ユーザーのサイト離れ、第2回目イベントでの男女会費の違い、SNSユーザー以外のイベント招待や名刺交換などビジネス色の強かったイベントへの学生ユーザーの反発がそれまで急成長してきたGreeの勢いを当時一時的にそぎ落とす事になったかもしれない。
 


一方、Mixiはユーザーの勢いをうまく生かすことに成功し、あのSocialnetworking.jpの運営者である原田和英氏、その後、Mixiに入社したふぁる氏などが「Mixi無敵会議」を開催し、ユーザーの意見がうまく汲み取られ、ユーザーのエネルギーをコミュニティの成長に結びつけることに成功し、みるみる成長していった。余談だが、SNSは初期の頃、IT業界関係者の間では「寂しさ再生産」と言われていた。なぜならばSNSの日記の書き込みを見ると多くの人が、自分が抱えている悩みや孤独といったものを告白していたからだ。


Greeはその後、社員の尽力によりKDDIとのアライアンスに見事成功し、不死鳥のごとき復活劇を遂げる。(後日パート3へと続く)

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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