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日本という先端消費国の危機と機会

2004/02/27 16:34
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mori

マイクロソフトやマッキンゼーで情報通信分野の戦略立案に携わってきた森祐治さんが、通信・放送業界やエレクトロニクス産業に関連した時事的トピックスについて、アカデミックな視点から分析していきます(このブログの更新は2004年4月9日で終了しました。続きは<a href="http://japan.cnet.com/column/mori/">コラムによる連載</a>をご覧下さい)。
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常々思ってきたのだが、日本という国は消費最先端国家で、これほど上手に記号や情報を消費する国民はほかにないのではないか。そしてそれに加えて、その高いレベルに加えて、文化的民族的背景が均質でありながらも、嗜好による「分衆」という極度に分散した消費形態、生活習慣をもった人々の集合体になっている。このことを何とか活かせないものかと、ずっと考えてきた。また、これを活用するということ以前に、この高度消費形態は、高コストであり、一歩間違えると自滅する可能性もある・・・

内生的に需要を高度化してきた日本市場

ずっと日本の産業は日本国内を対象にしてきた。また、国家政策レベルで、内生需要を高めるための産業振興が重んじられ、結果、日本国内の市場は高度に先端的な消費文化が形成されている

これに異論を挟む向きは少ないだろう

この流れは輸出超過国家としてのポジションを確立して長い時間を経た今も依然として続いており、むしろ加速される傾向が強まっている。それは、国内製品だけではなく、輸出によって豊かになった消費者生活は、海外から様々なブランドやライフスタイルそのものが流入・定着したことに伴い、いよいよ多様化し、先端的ではあるが均質、という80年代にピークを迎えたフェーズから、次のフェーズに移行してきている

しかし、依然としてハードウェア的な社会インフラそのもの(とはいえ、箱モノだけではなく、組織なども含めてだが)の変化は進んでおらず、ずんずん進化し多様化が進む需要に対して対症療法的にソフトウェア的なサービスやコンテンツでぎりぎりの対応をしているに過ぎない

だが、これもかなり限界まで行き着いてしまった気がしてならない

過剰な機能の日本向け製品は海外市場で売れるのか

高度な消費文化というと聞こえはいいが、高コスト体質でもあるのだ。故に、このままでは、日本市場は、分化した下位市場それぞれに特殊な製品を投入せざる得ない、非効率市場になりかねないことを危惧してしまう

典型的に、対外市場に対して競争優位を打ち立てられる携帯電話や放送、家電といった市場でも、国内市場での過剰な消費形態による弊害が目立ってきた

例えば携帯電話のように、直接的に通信需要を喚起しない高精度のカメラを搭載した端末を投入することで、表面的な需要拡大を行ってきた。1〜2年で過半数が端末を変えてきたという異常な市場は、機能そのものが需要を喚起してきたというよりも、プロモーションであり、下位グループ成員間でのピアプレッシャーであり、そして膨大な販売促進費の小売店支給によって成立してきた。一種、カンフル剤を打ちっぱなしで、気が付くと別の生き物になっていたようなものだ

この結果、メーカーとしては単価の高い製品の出荷が増えるメリットが生じる(この分は、携帯電話事業者がすべてあらかじめ決まった額で買い取るため、市場価格の変化の影響を受けない)。が、一方、直接的な収益に新たな端末の導入が寄与しなくなりつつある現在、携帯電話事業者が販売促進費を維持できなくなるのは明らかだ

とはいえ、今までの販売促進費で充当された市販価格に慣れきった加入者は、3万円以上であれば新しい端末といっても目もくれないにちがいない。にもかかわらず、加速度が加わった機能の余剰は、RFIDレシーバ、電子マネーや認証などの付加機能を備えた高機能端末を希求し、消費していくに違いない。加えて、最近ではデザインの多様化という、コストのかかる新たな付加価値のつけ方もでてきた

携帯電話は、象徴的ではあるが代表的なものではないかもしれない。だが、このように開発容量を上回る消費スピードと、必ずしも収益に直接的なインパクトを与えられない先端的な商品の継続的な上市は、家電やハイテク製品とは言わず、日本市場向け製品では一般的であり、本質的には企業の体力を消費させる

これまでは、国内市場で熟成し、洗練させた技術や製品を、海外市場に出して利益を拡充するというという手法が機能してきた。が、過剰に高度化した製品をそのまま海外に出すことは、そもそも高コスト製品であるが故に収益率が悪い上に、消費文化が十分に成長していない市場では製品の消化不良を招くのがオチだ

# まあ、一部に「JDM(日本国内市場向け)」というプレミアを感じ取ってくれる層もあるとはいえ、それは現在少数派でしかない

では、機能を限定し、国内市場でこなされた技術だけの製品をだしておけばいいということでもなくなりつつある。典型的には、学習能力の高い中国製造業の台頭などが、それを阻むからだ

製品や市場を変えることよりも海外市場の啓蒙が有効

じゃあ、一体どうすればいいんだろうか

正直、即効性のある対処策は思いつかない。しかし、ちょっとだけ気の長いものになるが、過去に実証された手法はある

文化の先行という消費スタイルの輸出である

製品そのものや、日本国内の消費形態を今更変えるのは不可能だし、一消費者として僕個人がつまらない製品しか入手できなくなることは嫌だ

であれば、回収しやすい市場を、啓蒙し、日本と同様に高度な機能を持った製品を受け入れられるレベルにまで引っ張り上げればいい。そのとき、単に製品を消費するだけではなく、それに関連した様々なサービスを取り込んでしまえば、市場としては非常に効率が良いことになる

典型的には、米国は2次世界大戦以降にハリウッド映画でアメリカン・ライフスタイルを先行輸出し、それを受容し、希求し、欲望する頃に、コカコーラが、マスタングが、ジーンズが、マクドナルドが、ミッキーマウスが、輸出され、圧倒的な市場を築いた

幸いなことに、日本の消費文化はアジア圏でお手本にまだなっている。レストランやファッションなどだ。この打ち手が効いている間に、もっと高度な製品の消費スタイルを一刻も早く輸出し、より単価の高い高性能の製品市場を海外に広げる必要がある。できれば、すべてはひも付きにして、サービスとセットであれば、なお良い

本来、これに近いアプローチをNTTドコモがiモードでとったのだが、その投資に必要な費用が当時の第3世代携帯バブルで急騰し、十分なプレゼンスを得ることができなかったため、成功には至っていない

それに、単に事業者への投資だけではなく、消費者自身にもっと体験ベースの刷り込みを行わないとうまくはいかないのかも知れない

国内で慣れないコンテンツ市場などにメーカーが取り組むよりも、体力に劣るコンテンツ・プレーヤーを支援し、自社製品をフィーチャーしたイメージを氾濫させることが有効ではないか。これを文化侵略といわれると、ちょっと困った向きもあるが。。。

昨今、政府も「日本というブランドを打ち立てる必要がある」という理解をしているようだ。これに関しては、政府にはもっと積極的に、明確なリーダーシップをもって進めてもらいたいのだが

# 最近お気に入りの六本木ヒルズ49階で、東京湾を眺めながら

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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