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テレビ局の利益低下傾向をとめる勇気

2003/11/26 15:26
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mori

マイクロソフトやマッキンゼーで情報通信分野の戦略立案に携わってきた森祐治さんが、通信・放送業界やエレクトロニクス産業に関連した時事的トピックスについて、アカデミックな視点から分析していきます(このブログの更新は2004年4月9日で終了しました。続きは<a href="http://japan.cnet.com/column/mori/">コラムによる連載</a>をご覧下さい)。
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先週の21日、在京民放5局、いわゆるキー局の中間決算が発表になった。映画「踊る大走査線」がヒットしたフジテレビ以外は減収減益となった。その根拠として、当事者やメディア、アナリストたちは「昨年のワールドカップの反動」や「冷夏」、「経済の不調」「人気番組の不在」などを掲げているが、本当にそうなのだろうか

下げ止らない利益

例えば、日本テレビを例にとると、2001年3月期から2003年3月期にかけて営業利益、経常利益、当期利益と連続して降下しており、01年と03年の営業利益だけを見てみると約30%もの減少になっている。これを単に広告市場の不調として捉えるだけで大丈夫なのだろうか

決算期 03年3月期 02年3月期 01年3月期
売上高 336,299 358,682 352,409
営業利益  47,406 63,573 67,302
経常利益 46,332 62,662 68,089
当期利益 20,295 34,648 36,008

* 2002/3の売上高には、「千と千尋の神隠し」などの非放送事業の好調が影響していると思われる

これは尋常ではない。売上に対して、それでも利益を確保できているのは、制作費などに対する費用削減の努力の結果であって、制作会社の経営状態圧迫や番組の品質低下といった、悪影響も出てきている。そもそも、こんな状況では人気番組などは生まれないし、かつてあったような高視聴率の人気番組は生まれ得なくなっているのだ

テレビ半世紀の歴史初期にあった「国民みんなが見ている番組」の存在はもう夢物語であり、それが夢物語である限り、高い電波料を支払う広告主は減少するのはあたりまえだろう。崩壊したヨーロッパ・スポーツ・エンターテイメント産業の例を挙げるまでもなく、カンフル剤的な処方箋は崩壊にまっしぐらに突き進むものだ

売上低下は構造問題

放送局や代理店側ではなく、広告出稿者の立場から見てみよう

放送は、認知・周知に対してコストパフォーマンスの高いメディアであるという認識がある。しかし、広くあまねくの放送であっても、すべての視聴者が放映された情報に直接接触しているわけではないことは、先刻承知だ。それでもテレビメディアの効果を信じるのには、番組視聴した数%の視聴者が視聴後にインターパーソナルコミュニケーションや活字メディアなどによって、直接番組接触しなかった人々に対して、あるいは番組を視聴したが十分な影響を受けなかった人々に対して、2次的に流通し話題性を高めることが影響力を高めているという「マス・コミュニケーションの影響の2段階の流れ」モデルが存在しているからだ

しかし、多チャンネル化に伴い番組視聴が希釈化され、また視聴者が年齢や性別、職業などのデモグラフィック属性ではなく、その人のライフスタイルや価値観などによるセグメントの方が、情報流通経路を規定しやすい一方、類似したライフスタイルを持つ人以外の人々に情報が流布しにくいことなどがわかるにつれ、「広くあまねく」の放送というメディアの価値は相対的に低下し、話題設定(アジェンダセッティング)をするメディアではなく、地理的に分散したセグメント・マーケットに対して瞬時に情報を伝播するデリバリチャネルとしてコストパフォーマンスの高さのみが期待されるようになっており、「2段階の流れ」モデルをテレビ・メディアと制御のきかないパーソナルコミュニケーションだけに頼っているわけにはいかなくなったのだ。反動は、テレビメディアから、ダイレクトな顧客接点へと向く

当然、このような変化の下では、視聴率のような間接指標ではなく、対投資に対する直接効果指標の導入が求められるようになる。すると、今までのように、テレビで情報をあまねく散布することに対して対価を支払う=スポットやタイムという「枠」を買うという、効果が保証されることなく、且つオークションのように過度な市場原理が働きかねない「最適価格が存在しない」市場とは異なる行動規範で広告主は動き出す。日本では、主流になっているとは言えないが、欧米のブランドプレーヤーを中心に効率的な広告メディアの買い付けなど「マーケティングコストの最適化」を積極的に行う企業が増えてくると、当然、放送局の売上は圧迫されるようになる

反動や冷夏など、一時的な広告費用の抑制以外の理由が広告主にはあるのだ

それでも崩壊はしない放送産業

このように、放送産業へのインプットを行う広告主たちの発想が変化していることをに対して、放送局や代理店は「番組の品質を高め」たり、「番組自体への認知」や「接触のしやすいさ」などをフライング編成などのテクニカルなアプローチによって対処しようとしてきた。が、これらの努力は、すべて既存のソリューションスペースの中での問題解決努力でしかない

無駄とは言わない。しかし、そもそもの課題は既存の枠組みの中で対処するだけでは、どうしようもない状況に陥っていることを、放送局経営陣は認識し、具体的な対応策をとるべきだし、アナリストや研究者、メディア、株主を含めた視聴者もただぼんやりとテレビの画面を眺めて「つまんない」と番組の内容だけをうんぬんするよりも、「おかしいよなぁ」と声をあげるべきかもしれない

もちろん、視聴者の声にどう応えるかどうかは、放送局経営陣次第だ

しかし、以前のエントリーでも紹介したように、多チャンネルやセグメント化の進行などを前向きに捉え、他局との差別化を積極的に進めたアソシエーションなど、「視聴率それ自体の低下にもかかわらず売上は伸びる」という、既存のソリューションスペースの中では考えられない戦略は数多く考えられるはずだ

また、コストサイドも、ネットワークシェアリングなどによるデジタル化投資や、金融デリバティブに近い形で収益期待値に対する制作費の最適化を行うなどによって、放送産業は今まで以上の高収益体制に移行可能であることは、欧米の放送産業などがこれまた実証済だ

現在でも十二分に高い収益体制にあるため積極的な攻めの姿勢に出られないのは、業界横並びの発想もある点でも非常に近い携帯電話業界と同様で、成功している産業ゆえのジレンマではある

# 欧州などではすでに広く導入され、米国でも今週(11月24日)から導入された「番号可搬制度(Number Portability)」を、日本でも導入しようという議論が総務省の研究会で進めれらているが、外資系1社を除き、研究会開始前のヒアリングとは一転して携帯電話事業者3社は導入に対して否定的になっている。議論の回避策まで類似しているところを見ると、「横並び」という言葉以上のことを想像してしまうのは、僕だけだろうか

だが、現在の状況をかんがみれば、何らかのアクションを執らないことのリスクのほうが圧倒的に大きくなるのではないかと思うのは僕だけではあるまい

勇気のある挑戦を新たなソリューションスペースで

一昨年末の政府IT戦略本部のIT関連規制改革専門調査会が答申した「放送通信事業の水平分離による効率化の可能性」に対して、放送局は一斉に反発した。従来から言われる「制作」と「配信」の分離=上下分離という議論と受け止められたための抵抗だといわれるが、同様の産業構造を自ら破壊し、より強力なメディア産業へと進化した諸外国のケース参考にするというプレーヤーはまだ現れていない

マスメディアの集中排除原則など確かに様々な規制も存在するが、実質的に新聞社による放送局の所有やキー局による地方放送局のネットワーク化やBS放送子会社の支配など、かならずしもその原理原則が機能しているのとは言い難いのが日本の実情だろう。であれば、逆に自由度は十分にあるということになる

やはり、窮地に陥ってからの対応よりも、余裕のあるうちの対処のほうが、その後の競争優位を作りやすいのは、明らかな事実であるにもかかわらず、「他山の石」と思うのは逃れられない罠なのかもしれない

来週にはデジタル地上波放送が東名阪で開始される。寸前まで締結されていなかったCATVでの再送信についての協約が条件付で結ばれたが、その勢いで様々な挑戦をするプレーヤーが現れないものだろうか

# 打ち合わせの合間に六本木のStarbucksにて

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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