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2つのパネルディスカッション

2009/06/16 22:53
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先週は2つのパネルディスカッションを行いました。それぞれに、とても面白かったので、そのお話をしましょう。

早稲田大学IBM Day

早稲田大学IBM Dayのパネルディスカッションでは、早稲田白井総長と日本IBM大歳会長に、学生3名と同列に並んでいただき、その間を早稲田の若手教授である草鹿先生にとりもっていただく、という豪華布陣で、私がモデレータをつとめました。2時間のパネルで、パネリストのプレゼンテーションは一切無し、シナリオも無し、出たとこ勝負の議論だけ、という無謀なプランで臨みましたが、何とか無事乗り切ったようです。

シナリオ無し、といっても、準備をしなかったわけではありません。イベントの企画・運営をしてくださった早稲田総研の方々が、あらかじめ会場に質問票を配布していて、パネルの始まる1時間くらい前には既にいくつかの質問が集まっていました。そのうちの1枚は白井総長あての質問でした。いわく、「白井総長どの、この会場(井深大記念ホール)の空調は何度に設定されているか?持続可能社会の議論をするのに、こんなに電力を使ってよいのか?皆さん、上着を脱いだらいかが?」。おっと!まったくその通りですね。早稲田総研のスタッフはこの質問票を見て、すでに会場の温度設定を23.6度から24.3度に上げてくれていましたが、さらにそれを25.0度まで上げてもらいました。パネルディスカッションが始まって、スポットライトのあたるステージに上がるとさすがに暑かったので、まず始めにこの質問をご紹介して、上着を脱がせていただきました。他のパネリストの方々も一斉に上着を脱がれたので、結果として場が和んで(英語では、このように緊張をほぐすきっかけを、アイス・ブレーカと呼んだりするようですね)、スムーズに議論に入れました。

3名の学生さんとは、前の週に1時間くらいのブレーンストーミングをして、いろいろなキーワードをもらっていましたので、まずは環境に関する生涯教育についての議論を行いました。学生パネリストの一人、塩田さんが環境に関する初等・中等教育を実践されていて、そこから話は始まったのですが、生涯を通して、というところから、環境負荷に関する世代間の公平性に議論が移っていきました。午前中の永田先生での講演でもあったのですが、環境に関するライフサイクル・アセスメント(LCA)を考える時に、「問題のつけかえ」を考える必要があります。典型的には、国内の二酸化炭素排出量を減らすために、生産性の効率の悪い海外から輸入すると、かえって地球全体の排出量が増えてしまうような問題があります。「問題のつけかえ」の軸はこのように地域的なものもありますが、同時に時間軸も考えなければならない、というのが永田先生のお考えで、パネリストの方々もそれを強く感じているようです。時間軸による問題のつけかえ、とはすなわち、気候変動の問題を将来の世代に押し付けたり、逆に今の世代が過剰な負担を強いられたり、というものです。白井総長も大歳会長も世代間の公平性は大きな問題であり、「そもそも持続可能性の問題について、工程表なしに次世代に渡してはいけない」という意識を持っているようでした。また、関連して白井総長は、社会人になってからも何年か周期で大学へ戻ってくることによって、生涯を通して世代間の理解促進ができる、というようなことをおっしゃっていました。

持続可能な社会にどのような人材像が求められるか、というのはシンポジウム全体を通してのテーマでしたが、このパネルディスカッションでも大変に盛り上がったテーマです。ものづくりを超えて発想できる人材、グローバルに発信できる人材、夢を語れる人材、などが繰り返し現れたキーワードでしょうか。午前中の講演でも、早稲田の橋本先生が「孤立しない基礎科学」ということをおっしゃっていましたが、それはまさに、ものづくりを超えて、イノベーションに結びつく学問、ということを指しているのだと思います。この橋本先生が最後にお使いになったチャートは、「ドラえもんチャート」と名づけてパネルディスカッションでも使わせていただきました。このチャートのメッセージは、技術の進歩はどんどん進んでいるが、私たちの夢はあまり進歩していないのではないか、もっと大きな夢を見よう(たとえば「ドラえもんを作る」、という夢)というものでした。きっとそうなのだと思います。夢と現実がちょうど良いギャップを保ちながら、夢が現実を引っ張っていく、そういう姿が理想なのでしょう。

フロアからの議論もとても活発で、2時間のパネルディスカッションがあっというまに過ぎてしまいました。最後にパネリストから一言ずついただきましたが、草鹿先生のおっしゃった、「環境にしろイノベーションにしろ、それを好きになることが一番重要だ」という言葉が心に残りました。IBM Dayの講演やパネルディスカッションは、いずれIBM Day at Waseda Univesityのウェブサイトに掲載されると思います。ご期待ください。

ソフトウェア戦略会議

もう一つのパネルディスカッションは、社内のものです。古巣の東京基礎研究所のソフトウェア研究グループの人たちに呼ばれて、スマーター・プラネットを推進するためのソフトウェア技術について講演をし、またいろいろ意見交換をしました。その中で、面白かった議論の一つはグローバリゼーションと複雑さへの挑戦の問題です。パネリストの一人、IBMの大和研究所でグローバルなソフトウェア製品を作っている方が、「今や、IBMの個々の部門が部分最適に動こうとしても、インタラクションが複雑になり過ぎていて、全体最適にはつながらない」ということを言いました。

ご存知のように、世の中はフラット化しています。IBMの社内も同じです。なぜフラット化しているかというと、その主な原因はITにあって、組織構造に縛られずに世界中の誰もが他の誰もとつながっていられるからなのです。このようなフラットな社会構造の帰結の一つは、このような社会に対してDivde & Conquer、すなわち分割統治の戦略が使いにくい、ということです。分割統治は、分割された構成要素間のインタラクションが小さい、ということを前提にしているものですから。。。構造の無い、フラットな集団には分割統治法が使えない、というのは言われてみれば当たり前のことですが、私には新鮮な気づきでした。

以前、やはり社内の議論で、複雑になりすぎたソフトウェアをどうしたら簡単化できるか、と言う議論がありました。複雑さを扱う戦略のもう一つの方法は、抽象化です。でも、今のソフトウェアは、OSやミドルウェアの抽象化のレイヤーを重ねすぎて、かえって複雑になっているようです。アブストラクション・リーケージ(抽象化の漏洩)という言葉があって、せっかく抽象化のレイヤーを作って実装の詳細は隠したのに、性能やセキュリティやその他のいろいろな非機能要件を追い求めていくと、結局実装が透けて見えてきてしまう、というものです。

世の中の複雑をなんとかする手立てはないものでしょうかね?

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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