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「著作権永久化論」への返答:わお

2007/06/11 06:10
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「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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Helprinの「著作権永久化論」への反論を募るエントリーを載せ、ボストンからの飛行機に乗った。フランクフルトについて受信したメールは:「わお!すばらしいWiki記事ですね」。まさにそのとおりだ――有用な事実やアイデアに満ち、秩序立ってアクセスしやすくなっている。レッシグ平均から多いに進歩しているのは間違いない。

わたしもほとんどおなじように反撃したと思う。だが、どこを強調するかには多少の違いがある。わたしの見方では、答えは財産とは何かについての形而上学的な考察よりも、それぞれの著作権制度が課す重荷についての現実的な検討から得られるものだ。圧倒的多数の作品は、非常に短い期間のあとはまったく商業的価値を失うことが分かっている。作者におよそ必要とするかぎりの創作へのインセンティブが与えられたあと、著作権という規制の重荷を続けることを正当化できるどんな理由があるだろうか。あるものはこの問いに「ない」と答え、またあるものは(たとえばポズナーのように)、「では、追加の保護期間を望むものには、少なくとも積極的な手続きを求めるようにしよう」という。だがこの現実的な見方をするものならば、期間は永遠よりずっと短い方が良いという点では一致している。

Helprinの文章で考えさせられたことのひとつは、しばしば「独創」と「翻案」をめぐるレトリックのなかでうやむやになってしまう論点だ。オリジナル対リミックスという議論には、作者への「敬意」といった言葉がよく持ち出される。リミックスする側の問題は、わたしがたびたび聞かされてきたところでは、作者への敬意を払っていないというものだった。

だが、Helprinの文章とJonathan Lethemの「The Ecstasy of Influence」を比較してみよう。Lethemの文章は他者の言葉を通じて組み立てられている。Helprinはほとんど誰の言葉も引いていない。しかしHelprinが語っているのは、もしかすると著作権法の歴史でもっとも一般的な主題だ。このおなじ問題について人々が考え、興味深い、また説得力のある論考を残したことは無数にあるはずだ。(わたしが気に入っているのはNimmerのものだ:「Blackacre(土地)を永遠に所有することが許されるなら、なぜBlack Beauty(小説)は駄目なのだろう? 答えは憲法修正一条にある。現実の、私的な財産を永遠に所有することに対して、バランスを取らなければならない言論の自由の問題は存在しない。だが書かれた言葉という財産、あるいは著作権については言論・表現との対立がある」。Melville B. Nimmer, Does Copyright Abridge the First Amendment Guaranties of Free Speech and the Press?, 17 UCLA L. Rev. 1180, 1193 (1970).)

にもかかわらず、Helprinはこれまで他の人々がなにを書いてきたかなど気にもかけない。ある朝突然、著作権法のなかでも2世紀以上に渡って受け継がれてきた要素に疑問を抱いたかれは、少々の時間を調査に費やしたり他の人々がなにを語ってきたか考えてみることもせず、いきなりNew York Timesへのop-edを書き上げたのだ。

さて、ではLethemの文章(純粋なリミックス)とHelprinのそれ(純粋なHelprin)を比べて、より著作という行為に敬意を払った態度といえるのはどちらだろうか。

[オリジナルポスト 5月31日午前5時04分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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