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ケール対ゴンザレス II

2006/12/12 12:00
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lessig

「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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ひとつ前のエントリーへのコメントから:

jkの質問:「オプトイン対オプトアウトについては同意。だが"利用/アクセス" 対 "コピー/配布"の問題、またオフラインの古本とは違った情報の再販の問題もあり、従来は出版者についての規則だったものが、情報の利用者に不利な形で使われている。著作権保護の「ありかた」とは具体的に何を指すのか?」

本質的には難しい質問だが、現実に大きな問題になるとは考えない。基準は「著作権保護の伝統的なありかた」であり、エルドレッド判決自体が明確にしている。最高裁は、これまで議会が著作権保護期間を延長したときは常に既存の著作権についても延長してきたことを挙げ、それをもって「伝統的なありかた」とした。質問で触れられている点についても同じことがいえるだろう――議会は保護の範囲についても、著作権の歴史を通じてそのつど異なる判断を下してきた。挙げられている点に関しても、そうした判断と断絶してはいないと考えることができるのではないかと思う。わたしの考えでは、基準は著作権の主要な側面において大きな不連続点があるか否かだ。程度ではなく、種類の違い――とはいえ、その線引きもまた自明ではないが。

Paul Campbellの指摘:「上告人側の摘要書がリンク切れ。404」

ああ、申し訳ない。この事件の書面はひどく古く、切れているリンクも多い(そして事実として挙げられている点の多くも恥ずかしいほど時代遅れになっている。例えばわれわれは500万のblogが存在すると誇らしげに記しているが、読み返して歯ぎしりしたい気分だ。現在の数字はおそらくその10倍にもなるだろう)。

わたしはKozinski判事から学んで以来、第九巡回区裁判所とは意見を違えないことという考えを強く信奉しているが、今回の弁論での体験はそれを改めて確認するものとはいえなかった。われわれがすべての文書を提出したのは2005年の4月だ。弁論は19カ月後に設定された。そしてわたしの知る他の法廷と異なり、判事たちは仕事に圧倒されているようだった。第10巡回区裁判所では(それをいうならDC巡回区でも)、判事たちは事件を理解して弁論に備えるため充分以上の時間を持っているように思えた。だが第九巡回区では、まるで学生と共にいるときのわたし自身のようだった。もちろん言葉を交わし話を聞くためにそこにいるのだが、わたしが仕事に追われていることは誰の目にも明らかだ。当日の朝早くには、弁護士たちは赤ランプが灯ってもすぐには下がろうとしなかった。だが朝の終わりには、赤ランプが点灯するより早く「そこまで」が来るのだ。

opening briefのほぼ最終版はここにある。最終版はこのマシンにはないのだが、リンクは修正するつもりだ。

週末には、著作権者を見つけることができない「孤児作品」(orphan works)の問題でどのような影響を被ったかという体験談を集めた本件のサイトも復旧した。著作権局がこの問題について独自の対応を始めるはるか前に始められたものであり、寄せられた体験談は非常に読み応えがある。もっとも印象に残るのは、記念や追悼のために大切な人の古い写真を複製しようとして断られたという(繰り返し報告される)例だ。キンコーズの規則では、プロの写真家による写真は著作権者からの許しがないかぎり複製してはならないことになっているからだ――たとえ50年前の写真であろうと。

われわれの主張は、オプトアウトのシステム(「希望したものだけ延長」のオプトインから「希望したものだけ離脱」の一律延長になったこと)によって生まれたこの「足枷」は議会によって検討されたことはなく、政府の正当な目的のため必要とされる以上に言論への重荷となっているというものだ。後者については議論の余地があるかもしれない。しかし前者については否定のしようがない。この「副作用」はネットの出現によってはじめて目に見えるようになったものだが、著作権法へのこうした変更はすべてネットの出現より以前におこなわれたからだ。

anonいわく:「で、今日の首尾は? 判事からはどんな質問があった?」

口頭弁論を満足に思えたためしがないのはわたしの性格だが、質問は興味深いものだった。判事団はSchroeder首席判事、Farris判事(研究者たちの協力のもと、人種隔離政策が及ぼす害についての証拠を得た業績で有名。最高裁はこれを基にBrown対Board of Educationの判断を下した)、Rawlinson判事(ご家族に急があり、ビデオで出席)だった。

質問はSchroeder判事から受けた。判事はこの事件とEldredの違いを理解することに集中しているように見受けられた。わたしの反応は、まるで誰かにあなたの子供たちはそっくりだと言われた親のようなものだった――親にとってはこれ以上ないほど違っていても、やはり他人には変わらないように見えるのだ。

法廷で明らかにしようと試みたように、違いはふたつある。ひとつはわれわれが問おうとしている条文の実質であり、またひとつはその論拠となるルールだ。

実質:Eldredでは、われわれはすでに作られた作品の著作権を延長することを問題にした。最高裁が「伝統的」である、なぜなら議会は常に既存の著作権の保護期間も同時に延長してきたのだからと判断した点だ。判決によれば、伝統である以上、その変更についてさらなる審査は認められない(言いかえれば、「伝統的な著作権保護のかたち」の範囲内にある)。議会が何度も繰り返してきたのだから、半端な法学教授ごときが文句を付ける筋合いはないというわけだ。

今回のKahleでは、われわれは著作権保護の「オプトイン」方式から「オプトアウト」方式の変更を問題にしている。著作権の歴史のなかでもっとも根本的な変化であるかもしれないものだ。伝統に支えられていないのみならず、186年の伝統を根幹から動かした変更といえる。

ルール:Eldredは憲法修正第一条を根拠に著作権法の条文の合憲性を問うた初の訴訟だった。手がかりとなる判例はほとんどなかったため、われわれは単純に、それが言論に対する規制である以上、著作権法のどの部分も修正一条による審査を受けねばならないと主張した。

Kahleでは手がかりとなる判例がある。Eldredがそれだ。前にも書いたように、最高裁は著作権法一般が修正一条に基づく通常の審査の対象となることは否定したが、そもそも「対象にならない」との裁定を求めた政府の主張もまた否定した。著作権法の条文への修正一条にもとづく審査がおこなわれるか否かは、Eldredという判例がある今、議会が「著作権保護の伝統的なありかた」を変更したかどうかにある。

われわれは、オプトインの制度からオプトアウトへの変更はそのような変化であると主張した。伝統的な仕組みであり(186年の伝統だ)、著作権保護のありかたを定めるものがあるとすればこれこそがそうだ。政府の主張は、伝統的なありかたとはかつて法廷が認めた「修正一条のための伝統的なセーフガード」、すなわち「フェアユース」と「アイデア / 表現」の二分法のみというものだ。

政府側の立場の真の問題は、弁論で明らかにしようと繰り返し試みたのだが、DC巡回区裁判所がEldredに対して採り、最高裁によってはっきりと否定された立場とまったく同じであるという点にある。言いかえれば、もし「著作権保護の伝統的なありかた」がアイデア / 表現の区別と「フェアユース」しかないのであれば、最高裁のEldredへの判決はDC巡回区のそれとまったく同じであったはずだ。ただひとつの問題は、DC巡回区裁の決定は誤りであったと最高裁がはっきりと述べていることにある:「著作権法が「憲法修正一条による審査の対象となることは本質的にありえない」239 F.3d, at 375としたDC控訴審の判断は行き過ぎた一般化であった」。もしDC巡回区裁の判断が「行き過ぎ」であったなら、最高裁がみずから否定したものとおなじ判決を下すとは考えがたい。

弁論についてはひとつ後悔していることがある。オプトインからオプトアウトへの変更が「著作権保護の伝統的なありかた」の範囲内であるか否かに関する地裁の判断が「勘」に基づいていたというわれわれの発言について、政府側からの批判に応える機会がなかったことだ。地裁の判断は、そうした手続きは「単なる手続き」であって、伝統的なありかたの変化というレベルにはなりえないというものだった。

国側は、判決の根拠が「勘にすぎない」という発言は法廷を軽んじているとした。だが、地裁の判断はまさにそれを根拠としているのだ。われわれは変化の重大さを示す証拠の提出も認められず、口頭弁論すらおこなうことなく棄却された。

おなじ勘が下級審だけに限られたものではないことを恐れる。われわれが異議を申し立てているのは、「孤児作品」とそれがもたらす問題についてだ。これが本質的には重要でない問題だと思ってしまうのは容易なことだが、例えばGoogle Book Searchの例を考えてみることだ(あるいは、こちらでわたしのプレゼンテーションを見てもいい)。Googleがスキャンを望んだ1800万冊の本のうち、16%がパブリックドメインにある。9%は著作権が存続しており、現在も出版されている。そして残りの75%は、著作権保護の期間内にあるが、すでに絶版となっている作品だ。この75%は厳密には「著作権者の見つからない」作品ではないが、Google Book Searchプロジェクトの目的からすれば実質的にはそうなっているも同然といえる。本文を検索するだけでも権利者からの許可を得る必要があるならば、プロジェクトは成り立たない。これらの本はすでに絶版になっているため、現在だれが著作権を保有しているかを突き止めるのは事実上不可能であるからだ。

われらが「著作権」と呼ぶこの所有のシステムは、もっと効率的でありえないのだろうか。だれが何を所有しているのか容易に分かるようになれば、インターネットのもたらした多くの問題(「インターネットのもたらした多くの機会」と読む)は軽減されるだろう。法廷が許しさえすれば、1976年のシステムが21世紀の言論に与えている重荷の証拠を示すことができるのだが。

いずれ分かることだ。わたしはベルリンに、サバティカル休暇と具合の悪い息子のもとに戻る。ウィレムは美しいベルリンの寒さにまだ慣れていないし、どの配偶者も病気の子の面倒を一人で見ることに慣れるべきではない。

[オリジナルポスト 11月14日午前5時06分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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