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障壁を取り除く

2006/11/15 12:16
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「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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アル・ゴアの映画に、プレゼンテーションを作ることについての印象に残る言葉がある。いわく、プレゼンテーション作りとは常に「障害物を取り除く」こと、すなわち人々が理解しないのはどの部分か理解するよう努め、分かってもらえるように変えることだという。もちろんそれが不可能なこともある。単に意見が合わないというときだ。だが、意見の食い違いと思えたものが実は単なる誤解にすぎない場合もある。

わたしのWeb 2.0記事への反応を読むうちに、わたしもゴアの言葉が分かりはじめた。あの記事で、わたしは「倫理」という言葉を使った。その言葉がブロックの元凶だ。あの言葉によって、多くの人はわたしがウェブに対してなにか道徳律を課そうとしており、善いことと悪いこと、正しいことと誤ったことの区別を持ち込もうとしているのだと受けとった(無理もない)。PC版のPC主義といったものだ。

あの文章の読みとしてはまったく妥当だが、わたしの主張はそうではなかった。わたしはウェブに押しつける道徳律を持ち合わせていない。そうではなく、わたしなりに考えた、成功するWeb 2.0ビジネスの要素を説明しようとしたのだ。わたしが書いたのは「善いことだからXをしなさい」ではなく、「現在までの成功をさらに大きなものにするためXをしなさい」というものだった。わたしの主張は、囲い込みが栄えることは決してないというものではない(たとえばAOL)。そうではなく、囲い込みは、少なくともWeb 2.0の環境では衰退するというものだ(たとえばAOL)。

それを倫理という言葉で語ろうとしたのはお粗末なやり方だった。倫理とは、わたしの(だけの?)の語法では、われわれがどのように振る舞うかについての言葉だ。よってあの記事で書いたのはWeb 2.0企業がどのような行動を取るのか、神に命じられたからではなく(道徳とは関係ない)、どのようなふるまいがもっとも有利と考えるのかについてだった。

それとは別に、簡単な答えが見つかるとは思えない反応もあった。世界とは大学生のときに理解したようにできているのだと信じる人々がいる。内容にかかわらず、二年次に読んだテキストがなぜか世界のありかたを永遠に決定してしまうのだ。資本主義と共産主義の違い、コミュニタリアニズムとリバタリアニズムの違いを理解した興奮が脳に焼き付けられる。その瞬間があまりにも強烈なため、あらゆるものが大学二年で考えたとおりに見えてしまう。

そうした人々にどう対応すれば良いのかは分からない。(Barack) Obamaは政治の文脈でこの現象について触れている。過去3回の大統領選はすべて1960年代の論争(ベトナム、性革命、etc)に基づいて戦われてきたこと、これに対処するにはただ先に進むことだと語る部分だ。

ここでもそれが起きることを願う。大学の哲学の教科書を捨て、いま起きていることについての研究を読んでほしい。まず理解し、ラベルを作るのはそれからだ。もし、例えばvon Hippel の書いていることを理解したなら、それがコミュニズム/コミュナリズム/コミュニタリアニズム/コミュナンタラカンタラとは何の関わりもないことが分かるはずだ。問題のすべては、ある新しい技術環境のなかでビジネスが栄えるにはどうすべきかなのだ。あたらしい技術環境なるものが果たして本当に存在するのか疑うもっともな議論も(そして重要な本も)ある。それは自然なことだ。だがコミュ左寄りだからではなく、ましてや文化大革命に憧れてでもなく、イノベーションを民主化する(democratizing innovation)ビジネスも存在しているのだ。

(邦訳『民主化するイノベーションの時代』,フリーpdf版)

[オリジナルポスト 10月23日午後11時00分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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