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FSFの重要な一歩

2006/10/03 05:45
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「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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Free Software Foundationは、Free Document Licenseの改定案に対する意見を一般から募る公開ディスカッションを開始した。GNU Free Documentation Licenseは「あらゆるテキスト作品に使える」ようデザインされたものだが、Wikipediaが世界をより豊かにしているいま、文章だけではなくあらゆる種類の作品に使われることを意図している。わたしも変更点を慎重に調べた上であちらとこの場所の双方でコメントするつもりだが、他の人にもそうすることをぜひ勧めたい。この件についてひろく伝えてほしい。

この取り組みは、FSFがGPLv3で始めた試みに続くものだ。GPLv3の是非を巡ってはますます議論が高まっているものの(Linuxカーネル開発者たちの意見、FSFの回答、Linus Torvaldの意見を参照)、FSFがライセンスの策定過程をここまで透明にしたことについて異を唱える者はいないだろう。FSFのパブリック・コメント募集にはとてもクールな(GPL)コードが使われており、われわれクリエイティブ・コモンズも今後の改訂で使用するのを待ち望んでいるところだ(まだ配布されていない)。(クリエイティブ・コモンズもコメントは受け付けていたが、古いやり方だった)。

本当のチャレンジはRichard Stallmanにとってのものだ。かれの働きによって、自由のための重要な運動の数々が生まれた。もっとも直接的にはフリーソフトウェア運動であり、そのインスピレーションはフリーカルチャーを生み、Wikipediaのような実例につながった。また、Stallman自身がこころよく思わない運動、すなわちオープンソースソフトウェアも生まれた。後者の多くの部分は前者を基にしている。またこうした運動には、Stallmanの理想の多くを、あるいは一部を共有するさまざまな人々が加わった(ここでもTorvaldsの言葉を参照)。こうした運動によって、Stallmanひとりが、あるいはどんな個人が達成できることよりはるかに多くが成し遂げられてきた。Stallmanにとってのチャレンジとは次のようなものだ。かれが生みだした運動の重要な部分から袂を分かったさまざまな価値観を認識しつつも、ライセンスをかれ自身の価値観にだけ沿うよう発展させてゆくのか、あるいはライセンスによって生まれたコミュニティを支援するように変えてゆくのか。これは原則か妥協かという選択ではない。そうではなく、ライセンスの守護者を律するのはどのような原則であるべきかという問題だ。

この問題について考えているうち、ある明白な例えに思い当たった。ラテンアメリカのある国でクリエイティブ・コモンズを立ち上げたとき、自分の作品がccMixterでリミックスされてゆく体験について、あるアーティストがこんな風に語っていた。彼女いわく、最初は「わたしの曲」(it is mine)だった。それはやがて「わたしだけのものではなく」(less mine)なった。「わたしだけの曲」ではなくなったなら、「わたしもの」ものだったときのように完全な、個人的なコントロールを行使するのは誤りではないだろうか。彼女はそう語った。

別の例を挙げれば、Margaret Mitchell estateが「風と共に去りぬ」の翻案を訴訟で脅すのがなぜ間違いなのかは誰にでも理解できる(べき)ことだろう。あの物語はアメリカの、特に南部の文化にとってきわめて大きな存在になっている。だがわたしとて、「風と共に去りぬ」が最初に出版されたとき、結末部分だけ変えた出版社に対してミッチェルが起こす訴えは支持しただろう。作品を所有することに対するこの二つの態度の違いは、わたし見方では、極めて大きなものだ。だが、あるアーティストたち(一部の者たちが好む言い方では「所有者たち」)にとって、この違いを理解することは難しい。

[オリジナルポスト 9月26日午後9時59分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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