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Google 訴えられる

2005/09/26 06:36
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「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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GoogleがAuthors Guildおよび何人もの作家から訴えられている。これはAmerican Association of Publishersがほのめかした同様の脅しに続くものだ。これらの作家と出版社は2000万冊の書籍をGoogle化するという壮大な新プロジェクトGoogle Printを「大規模な著作権侵害」と呼び、連邦裁判所に中止命令を求めている。

1976年がまたもや繰り返されている。当時も今も、コンテンツ所有者たちは法廷を利用して驚くべき新技術の差し止めを企てた。当時も今も、武器として選ばれたのは著作権だった。しかし当時も今も、コンテンツ所有者たちはもちろん本気で新技術を禁止したかったわけではない。当時も今も、かれらは他人のイノベーションから金を取りたかっただけなのだ。当時もそして今回も、コンテンツ所有者たちの訴えは退けられるべきものだ。

この出来事はわたしがFree Culture [邦訳]の冒頭で紹介した物語の良い実例といえる。財産法ははるかな昔から、土地の権利は地中から天にまで及ぶと定めていた。しかしそれから飛行機が、大昔の法が想定していなかった技術が発明された。地権者の許可がなければ飛行機は上空を通過できないはずだとして、数人の農民がこの古代の権利を行使するために訴訟を起こした。かくて最高裁は、この大昔の法律――著作権法よりもはるかに古い――は新技術よりも優先されるのか否かの判断を迫られることになった。

最高裁の答えはまったくもって明快だった:完全に否。「常識(commons sense)はこのような考えに反発する」Douglas判事はこう書いた。このひとことで、何百年にも及ぶ財産法の影響は消え去り、世界はずっと豊かな場所になった。

同様に、常識は今回の訴訟となった主張もはねつけるはずだ。わたしは学者だから少々ひいき目に見てはいるが、それでもGoogle Printは、知識の普及と拡散に対して、ジェファソンが国立図書館を夢見て以来最大の貢献になりうる。われわれの文化的過去を甦らせ、アクセス可能にできる息を呑むような好機なのだ。もちろん、Googleはそれで利益を得るだろう。それは良いことだ。だがもし法がGoogleに、あるいは他の誰にでも、知識をこのような形でアクセス可能にする前にまず許可を得ることを要求するならば、Google Printはそもそも存在できないのだ。著作権記録のひどい惨状を思えば、個々の著者にあらかじめ認可を得つつ、われわれの過去へのこうしたアクセスを可能にすることはまったく非現実的だ。あるいは少なくとも、たとえGoogleにはその費用を負担することができたとしても、他の誰にもそんなことは不可能だ。

Googleのこの利用はフェアユースだ。どう考えてもそうだが、著作権局が招いた現状の財産システムのひどい災厄はなおさらその結論を後押しする。これまでP2Pファイル共有の権利を擁護することに身を捧げてきたすべての人々にとって、一連の争いで本当に問題になっているのは何なのかを示す絶好の機会が訪れた:

Googleは2000万冊の本に対して、すでにインターネットに対して行っていること以上の何も求めていない。望むのはインデックスすることであり、また対象となったすべての人に離脱の権利を提供している。もし2000万冊の本に対してこれが違法だというのなら、なぜインターネットに対しては合法なのだ? この「著者たち」が主張しているのは、もし仮に正しければ、Googleそのものもまた非合法だということなのだ。常識(common sense)は、むしろコモンズ感覚(commons sense)は、そのような考え方に反発する。あなたもまたそうあるべきだ。

[オリジナルポスト 9月22日午前5時37分]

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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