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free cultureの子

2005/08/04 01:32
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lessig

「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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[Nelson Pavlosky (FreeCulture.org)によるゲストBlog]

ぼくはfree cultureと共に育った。あるいは、free cultureがぼくと一緒に成長したといってもいい。一貫した運動としてのフリーカルチャーはまだ新しいが、そのルーツは印刷文化の曙に遡るともいえる。Bloggerの前にはトマス・ペインのような個人パンフレット書きがいたからだ。文化そのものの始まりに遡るということさえできるだろう。なぜならDJの登場を待つまでもなく、リミックスと無断借用は過去から現在にいたる口承文化の本質であるからだ。それでも、デジタル技術とインターネットの持つ民主化の力を借りて、人々が点と点をつなぎ始めたのはごく最近といっていい。フリーカルチャー運動は(ぼくのように)まだ若いが、もしかするとそれこそ、われわれのような若者にとって特別な親和性があると感じられる理由かもしれない。

ぼくは1984年に生まれた。フリーソフトウェア運動と同じ年、RMSがGNUプロジェクトを始めるためMITを去った年だ。ストールマンはフリーソフトウェア運動を自分の子供と呼ぶが、ぼくは時々こんなことを考える。「もしフリーソフトウェア運動が本当の子供だとしたら、どんな若者になっているだろう。 付き合って楽しい奴だろうか。きっと父親に似て理想主義で、まあ、ある意味ぼくに似てるんじゃないだろうか」。1984年には、フリーソフトウェアを理想主義者の夢から現実に近づける力となるインターネットもまだ赤子同然で、ホストの数はどうにか千を超えたばかりだった。現在ではインターネット上のホストの数を把握している人間がいるとは思えない。1984年はまた最高裁判所がソニー対ユニバーサル事件、いわゆる「ベータマックス裁判」に判決を下した年でもある。テレビ番組を後で見るために録画するのは著作権侵害ではなくフェアユースであり、ユーザがビデオデッキを著作権侵害のために使ったとしても、製品が「実質的な非侵害用途」を持つ限りは製造したメーカーが責任を問われることはないとした判決だ。ベータマックス判決の正確な意味をめぐる論争は今日に至るまで続いており、がっかりするほど不透明な先日のGrokster判決を経てもまだ終わる気配を見せないが、ぼくが生まれた年のこの判決は自由な文化にとって重大な勝利だった。裁判で「こちら側」についていた当事者の誰ひとりとして、まさに生まれつつある運動に参加したとは思ってもいなかったろうけれど。

ぼくが生まれてまもなく、我が家はパーソナル・コンピュータの「アーリー・アドプター」(早期採用者)になった。家族の最初のコンピュータは$18,000したAltos computer製で、40MBのハードディスクは当時の最先端(!)だった(いま持ち歩いてるキーホルダー型USBドライブは512MBで50ドルだ)。父はこれを自宅オフィスの経費扱いにしたが、ぼくがちゃんと座れるようになるとすぐいろいろな「教育用」ゲームをあの単色のグリーンディスプレイで遊ばせた。成長したぼくはWordstarのようなワードプロセッサを使い始め、「コピー」と「ペースト」という革命的なコンセプトを学んだ。デジタル技術のおかげで文章をばらばらにして組み立て直すことができ、しかもオリジナルを取っておけるのだ。ぼくはおなじ文章の別のバージョンを作ったり、別々の下書きを混ぜ合わせたり、過去の失敗から学んでもっといいバージョンを試せる自由がほんとうに気に入った。この時は知る由もなかったが、後にインターネットはこれと同じことを世界規模で多くの人と協力してできるようにしてくれる。

Blogはぼくが高校に入ると同時に登場した。"weblog"という言葉が現れたのは1997年、"blog"という語が作られたのは1998年だ。もちろん当時のぼくはいずれ自分のブログを持つようになることも、Livejournalを通じてガールフレンドと知り合うことも考えもしなかった(Lauren, ここで「正式に」申し込むのはちょっと人目が多すぎるかな?)。

おそらく"blogger"たちが話題にしたに違いないNapsterの登場は1999年で、ぼくも他の数百万人とおなじようにNapsterを使って自分の音楽的視野を広げた。Napster以前に聞いていたのはお気に入りのバンドQueenの曲か、両親が聞く曲やその時ラジオでかかった曲がほとんどだった。Napster以降、ぼくはプログレッシブ・ロックトランス、third wave スカといった、聞いたことがない人も多いようなジャンルを聴くようになり、そうでなければ一生買うことがなかったはずの多くのCDを買うことになった。(これはまたぼく自身の作曲の傾向にも影響を与えた。ただギターをもてあそぶのではなくちゃんとした曲を書くようになったのはちょうどこの頃だ)。Napsterで最高の出会いのいくつかは純粋に偶然で、別の曲を目当てに検索したときに見つかった。たとえばマトリックスのサントラを探していたときは"Matrix ]["というトランスの曲に行き当たった。調べてみるとそれはthe Cynic Projectの"Grid ]["という曲で、どうやら自宅の地下室で曲を作っている大学生のようだった。The Cynic Projectのアルバム"Soundscape Sampler"は当時MP3.comで手に入ったので、MP3.comのオンデマンドCDサービスでCDを購入した。

もちろん、このCDは今や歴史的遺物だ。これを買った直後、MP3.comは潰されてしまったからだ。ぼくはNapsterとMP3.comの両方がレコード業界からの訴訟で潰されるのを目の当たりにし、憤慨した。当時はまだ新技術が登場するたびに繰り返される旧産業からの訴訟の歴史について知らなかったものの、こうしたサービスが他に一般へのアクセス手段を持たない無名な才能を掘り起こす市場となっていることは知っていた。もしかするともっと重要なのは、ちゃんとしたライブラリのすべてがそうであるように、聴衆を教育する助けになったことかもしれない。どちらもぼくの人間としての、また音楽ファンとしての成長に大きな影響を与えた。どちらもインディペンデントのアーティストたちがレコードレーベルに魂を売り渡すことなく一般に届くことができる先駆け的なサービスだった。当時なぜNapsterやMP3.comのコミュニティを守ろうという一般からのもっと強い働きかけないのか分からなかったし、両者が提供した革命的な可能性を守るために戦うチャンスがなかったことを悔しく思っている。ファイル共有の倫理については好きなだけ論争すればいいが、「正しい」か「誤り」かに分けられるほど簡単な問題ではない。いずれにせよピアツーピアはファイル共有よりも大きな概念であり、Napsterは既存の流通(そして支配)のチャネルを迂回するインターネットの力について教えてくれたものの、インターネットの持つ力はそれだけではない。インターネットが持つ世界を変える力を軽視し、それと共に育った世代の力を無視することは大きな間違いだ。

どの歴史マニアに聞いても、1776年はトマス・ペインが小冊子『コモンセンス』を刊行した年であり、それは植民地人たちが英王室からの独立闘争を続ける機運を高めたと教えてくれるだろう。またギークかスーパーボウルファンなら誰でも、1984年――ぼくが生まれた年――は最初のアップル・マッキントッシュが発売された年で、パーソナルコンピュータ革命はそこから始まったと教えてくれる。フリーカルチャー運動はまた別の種類の革命だが、革命には変わりない。フリーカルチャーとはいわば印刷文化の二乗であり、一方通行の放送から双方向コミュニケーションへの変化だ。人々が参加する文化(participatory culture)のための戦いを導くのはコモンセンス に他ならない。

[オリジナルポスト 7月30日午前10時51分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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