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「くだらないこと」と思われないために

2005/07/28 06:25
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lessig

「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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[Nelson Pavlosky (FreeCulture.org)によるゲストBlog]

しばらく前、わたしたちは最高裁でのGrokster裁判の口頭弁論を前に、蝋燭の灯をともして祈る「イノベーションのための祈り」集会を考えていたことがある。結局実行はされなかったのだが、理由はあまりにメロドラマ的すぎるとメンバーの多くが考えたためだった。普通キャンドルライト集会は人々が亡くなったり、あるいは戦争の前夜で多くの人の命が失われるであろう時に催されるものだが、Grokster判決のおかげで直接人命が失われる事態は想像しにくい。技術的イノベーションは打撃を受けるとしても。

これは意義深い問いにつながる:フリーカルチャー運動をインターネットから解放し現実の街に持ち込むという文脈で、取るに足らない下らないことだと思われないためにはどうすべきだろうか。たしかにフリーカルチャーの運動には、多くの人命がかかっている側面もある。たとえばわれわれが第三世界の人々にジェネリック薬を送るのではなく、高価なライセンス付き医薬品をごく少量だけ提供するという愚かな行為のせいで数百万の人々が苦しみ死んでいる事実のように。だが、人命には関わらないことについてはどうだろう。iPodsを救うために抗議運動をするわれわれは単なる変人として切り捨てられてしまうだろうか。それは当然のことなのだろうか? 特にオンラインでの運動(アクティビズム)を乗り越えることは難しいように思う。インターネット上のコミュニティは著作権や言論の自由といった問題によって直接脅威にさらされているから、そうした場所での抗議活動は理解されやすい。だが現実の世界では、われわれの身体が物理的に脅かされることはまずない。著作権法が完全に行き過ぎ、人々が牢に入れられる場合のみ抗議行動は正当化されるように思われる。だが事態がそこまで悪化するまで待てるか? なにか先手を取った行動はできないだろうか?

こうした問題がすべての人々にとって重要だと示すには、また過剰反応だと思われずに「ミートスペース」で行動を起こすためにはどうすればいいだろう。

[オリジナルポスト 7月26日午前7時15分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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