お使いのブラウザは最新版ではありません。最新のブラウザでご覧ください。

CNET Japan ブログ

強制ライセンスの撤廃と音楽権利団体

2005/06/28 10:51
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

lessig

「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
ブログ管理

最近のエントリー

前回はsection 115を巡る著作権局長の議会証言についてポストしたが、cc-iCommonsサミットの最中で詳しい内容を書く時間がとれなかったため、強制ライセンスに関する1967年の議会証言に再び触れるだけに留めた。引用した証言は非差別性という点を強調している。

このポストについて、わたしも他の大勢からも高く評価されている二人のコメンテータから批判的なコメントがあった。Ernie (Miller)もJoe Gratzも著作権局長の提案のいくつかの側面を高く評価しており、それをわたしのコメントへの批評という形で述べている。

わたしもまた、提案の多くの部分を高く評価する。既存の制度においてトランザクション費用が足枷として働いている効果を示した点は正しいし、そうした費用を回避するための新しく創造的な方法を模索していることは賞賛されるべきだ。

だが前回のポストでのわたしの批判はきわめて限定的かつ具体的なものであり、JoeとErnieによる批判の中では本当には扱われていない。わたしの批判は差別の可能性に関するものだ。著作権局長の、「政策と法改正を判断するにあたって、利益を保護されるべきは作者であって中間業者ではない」という言葉はほぼ正しいといっていい。だがほぼという理由は、わたしの考えでは、重視されるべきは単なる特定の「作者」ではなく「作者全体」、すなわち著作権のルールによって実現される創造性の経済そのものであるからだ。1967年証言が力強く述べているのは、作曲者に与えられる派生権[derivative rights. 翻案など]を、例えば本の作家のそれよりも少なくすることが、より幅広い音楽の創造につながるという主張だ。わたしはこの議論には説得力があると考えている。

だからわたしが懸念するのは、著作権局長の提案にある「著作権者にMRO(音楽権利団体)への登録を義務づけるものは何もない」が、「現在だれもが実演権管理団体へ登録しているように、そうした仕組みによって得られる効率性は加入へのインセンティブとなるだろう。」という点だ。MROへ加入するか否かの判断は、ただトランザクション費用のみによって決定されるものとは思えない。

もちろんこれは、「なぜ作曲家には作家より少ない権利しか認められないのか」という問いを招くだろう(Joeは「ソングライターからレコード会社への、継続的かつ大規模な富の移転」を批判している)。わたしの答えは、他の場所でも長々と述べているが、その質問は事実を逆に捉えているというものだ。表現への規制――すべての派生権がそうだ――こそ、それ自体を正当化する責任がある。そしてリバタリアンの法学者Richard Epstein教授の言い方を借りれば、私権を正当化する根拠は「社会的でなければならない」。著作権における派生権というこの極めて奇妙な「私権」に対する困難な正当化は、Rubenfeld教授によって見事に論じられている。Rubenfeld教授や他の多くの人々による考察は、われわれにもう一度、そして繰り返しこう問うことを求める:法はどこまで広く"派生権"を認めるべきなのか。著作権はそもそも派生権なしで作られたことを思い出そう。

だから、著作権(Copyright)から"コピー"権を取り除くべしというErnieの提案はわたしもすばらしいと思う。またオンライン・コンテンツのためのもっと効率的なライセンス方式が必要だという点について、ErnieとJoeそして著作権局長に同意する。だがかれらの触れていない、著作権法によって扱われるべき重要な自由がある:(フリーに、あるいは平等で公正な条件の下で、) すでにある文化の上に築く権利だ。

[オリジナルポスト 6月26日午前6時02分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
運営事務局に問題を報告

最新ブログエントリー