お使いのブラウザは最新版ではありません。最新のブラウザでご覧ください。

CNET Japan ブログ

アドバイスは受けとった

2005/05/10 05:40
  • このエントリーをはてなブックマークに追加

プロフィール

lessig

「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
ブログ管理

最近のエントリー

読んだ。話し合った。みな寝不足になった。結論を出した。

まず初めに、みんなありがとう。今回の件についてわれわれに説明を求めたSuwに、また支持・批判ともにそれぞれの意見を付け加えてくれた皆に感謝したい。あなた方はわれわれが始めたことを自分のこととして受けとってくれた。友人からの批判ほどありがたいものはない。この議論はすばらしいものであり、わたしにとって大きな助けとなった。ありがとう。

次に、BzzAgentに感謝したい。われわれがBzzAgentを見つけたのではなく、彼らの方から協力を申し出てくれた。われわれCCは厚意に感謝している。わたしは一部の、BzzAgentは悪という見方には与さない。「気味が悪い」といった言葉はフェアな言論の戦いで用いるには卑怯な武器だ。わたしは大半のマーケティングを、あるいはそのモデルを嫌悪している。われわれはメッセージを広く伝えるための新たな方法を探る試みを奨励すべきだと思っているし、伝わったものは何かから学ぶべきだと思っている。それがわたしの理解するBzzAgentのモデルだ。そして透明性を初めとする根本的な原則を守る限り、BzzAgent社の活動にはまったく問題がないと考えている。もし友人が、BzzAgentであることを隠したままわたしに製品やアイデアを売り込もうとしたなら、確かに関係を考え直すだろう。だがマイクロソフトで働いている友人がマイクロソフトの動きを弁護したり、政治キャンペーンに関わっている友人がある広告についてわたしの意見を求めても、わたしは「気味が悪い」とは思わない。われわれはみな別の人生を歩み、心から支持する人や会社や候補者のために働くことができる幸運な者は一部だ。雇い主から学んだり、雇い主の利害に関わると言うだけで、自分の考えを友人に話すことさえ許されない世界は奇怪な潔癖症じみたものだろう。われわれは利害に基づいた意見に対処できるだけの判断力を持っている。

第三に、各所で撒き散らされた険悪な感情について残念に思う。われわれがこうしたことなしでやってゆく方法を学ぶことを願っている。Dave BalterがSuwにあのように返答したのは間違いだった。だがかれは過ちを認め、謝罪した。最初の謝罪はあいまいなものだったが、今では十分に明解だ。Balterは、かれ自身も認めるように、「嘘つき」という言葉を使ったときは度を失っていた。

彼の返答には失望させられたが、理解はできる。Balterは企業家だ。優れた企業家なら誰でも、自分の設立した会社を我が子のように思うものだ。誰かがあなたの子について真実でないことを公言したと思えば、Balterの反応も想像できるはずだ。建設的ではなかったし、また冷静でもなかった。だがそれは事業に対する献身の真摯さを示すものでもある。わたし自身も同じ過ちを繰り返してきたし、この過ちについては子供の頃から知っている。わたしの父も企業家であり、人生の非常に多くを自分の会社に捧げていた。会社への危害に対しては、わたしへの危害と同じくらい敏感だった。Balterは人生の多大な部分を何かを築くことに捧げている。かれもまたわれわれ皆と同じように、自分はすべき以上を捧げているのではないか、まだ足りないのではないかと思い悩むことがあるはずだ。不公正と思える批判に怒りをもって応じるのは正しいことではない。だが人間的な反応だ。もしBalterが一部の者が示唆したような邪悪な企業人であったなら、かれがBlogで見せたようなありのままの感情が「ブレーンストーミング」の場より外に出ることは決してないだろう。そのかわり、マネージャの集団によって経営されるどの企業でもそうするように、計算された無味乾燥な言葉が創業者の本当の反応を隠していたはずだ。Balterは間違いを犯した。かれは謝罪した。われわれは互いに、われわれ自身の人間性を理解し敬意を払うべきだ。

第四に、議論で示されたいずれも説得力のある理由すべての通り、CCのメッセージを広めるためにこの道具を使おうというわれわれの判断は間違いだった。繰り返すが、これはBzzAgentが悪だからではない。何らかのメッセージを広めるためにBzzAgentを使うことが間違いだからでもない。人同士のつながりを通して得られる知見が、従来の調査方法によって得られる知見より劣っているからでもない。理由は、この方法を採用することは、われわれのメッセージが持つ強みを薄れさせてしまうからだ。

クリエイティブ・コモンズは、あなた方が改めて教えてくれたように、ひとつの文化運動だ。狙いはクリエータたちが、(設立者のひとりJamie Boyleの言う)「創造性の環境」に対して自ら責任を持てるようにすることだ。CCはアーティストや著者に無償の道具を提供し、作品と共に送りだしたいと望む自由の印を付けられるようにする。CCはクリエータたちが声を上げることを助け、クリエータたちは「全権保留」と「全権無視」の両極端のあいだに立ち、正しい場所はここだと伝える。

かれらがそうするのは、バランスの認められる環境こそ、どちらの両極端の環境よりも優れていると信じるからだ。少なくともわたしはそう望んでいる。だからかれらは、作品にそのバランスを表すしるしを付ける。だがこの図式では、それが自発的な行為であることが不可欠だ。クリエータたちは自ら信じるがゆえに参加するのだ。

この運動に力があるとすれば、それはこの自発的な図式によるものだ。CCのために働く人々が無給だという意味ではないし、労働の成果に対して見返りを得ることは間違いだという意味でもない。そうではなく、誰かが「私はコモナーです」ということの意味を弱めるわけにはゆかないということだ(誰も実際にこんな言い方はしないだろうが、意味は分かってもらえるだろう)。真正さは決定的に重要だ。本人自らの行動――リミックスの権利を差し出すアーティストや、著書が自由に共有されることを許す作者――こそ、この運動を育てる力だ。

この真正さは、われわれクリエイティブ・コモンズが(薄給で少人数の)スタッフを雇っていることで損なわれるものではないと信じている。ここで働く誰も金を目的にはしていない。また、CCと企業との「提携」によっても損なわれはしないはずだ(とはいえ、われわれの「提携関係」はどれも一般的な意味での提携とは異なる):企業がもっとも有利な戦略を選ぶのは当然であり、かれらが提携を選ぶなら、われわれの戦略にとっても有利になるというだけだ。しかしわたしは、伝えられるメッセージがひとつではないとしたら、この真正さが損なわれかねないとようやく納得するようになった。もしBzzAgentたちがその規則通り、BzzAgent社とアフィリエイトの関係を結んでいることを明かすなら、かれらの話を聞いた人々はこう思うだろう:この話をするのは本心から良いものだと信じているからだろうか、それとも見返りを得るためだろうか? もし見返りを得るためだとしたら、こちらの見返りは何だ? わたしの分は?

もちろん見返りはある。作品を提供するさまざまな方法を実験してみることは、創造性全般にとって、また個々のクリエータにとって利益となるだろう。だが誰かがあなたにこのアイデアを売り込むときは、その動機に対してどんな疑いも招かないようにしたい。メッセージの意味に疑いがないのは、伝える者の動機に疑いがないときだけだ。

もしわたしが車を、あるいは「ナイキ」といったブランドを売り込もうとしているなら、あるいは赤十字の責任者を務めているなら、BzzAgentの作りだした道具をぜひ試してみたいと思う。そうした事業の成功は信条といったものとは別の何かにかかっているからだ。だがもし私がローマ教皇あるいは上院選の候補者だとしたら(どちらになる確率もまったく同じだが)、メッセージの伝え手には単なる説得力のある言葉以上の何かが必要だ。クリエイティブ・コモンズについては、メッセージの伝え手であることの意味にどんな曖昧さもあって欲しくはない。

それでは、われわれは何をすべきだろう。BzzAgentのアイデアは優れたものだ。われわれに必要なのは、現在すでにCCを理解しているコミュニティを超えてメッセージを広めてゆくことだ。それを実現するための仕組みを作らねばならない。その仕組みは目標も手段もわれわれの主張と一貫している必要がある。機能し始めるには、自発的な参加者と多くのアイデアとエネルギーが必要となるだろう。

それがどのような形になるのかはまだ分からない。Firefoxの「spreadFirefox」のアイデアを盗むべきだろうと思うものの、まだ確信はない。だから話し合いを始めるためにWikiを用意した。誰からの助言も歓迎だ――もちろんBzzAgentからも。メッセージを伝えるもっとも良いやり方は? メッセンジャーそれぞれが体験したことから学ぶ方法は? 費用を上回る効果がある道具は? メッセージを届けるべき場所は? 政治キャンペーンのマネージャが答えねばならないのはこうした問いだ。CCにはCCにとっての答えが必要だ。問題を理解するためのプロセスは始まった。答えを飲み込みしだい、われわれは実現に取りかかる。

だがこれらすべてには、他の誰よりも、われわれが始めたことを自らのこととして受け入れたあなた方の助力が必要だ。CCは一般からのより広い支持を、あるいはより広い一般からの支持を必要としている。それを実現するために力を貸してもらいたい。一部はこうした場での活動でも実現できるだろう。だが現実に顔を会わせる場ではなく、blogのような意見表明の場だけで生きることはあまりにもたやすい。これは現代政治のすべてに当てはまる根本的な誤りだ。われわれは意見を伝える媒体(それがblogであろうと、新聞やテレビであろうと)以上のものを必要としている。人々が実際に相手の目を見て、これは良いアイデアだ、これを試してみるべきだと口にすることが不可欠なのだ。

それがどれほど難しいことか、あなた方の誰もが知っているだろう。こうした仮想の壁の後ろに隠れることのほうがはるかに楽だ。だがわれわれの運動に不足しているのは、BzzAgentが提供を申し出てくれたまさにそのもの――ただ画面の上の言葉だけではなく、現実の生身の人間によって伝えられるメッセージだ。それを伝えるのは曖昧さのない真に信用できる声でなければならない。ブンブン言う"エージェント"たちよりも百万のCory Doctorowを、というあなた方の主張は正しかった。だからこそ、それを築くために力を貸して欲しい。われわれの間違いには説明を求める声を上げることによって。そしてBzzAgentに任せるべきではないと主張したことをみずから行うことによって。

[オリジナルポスト 5月4日午後1時29分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
運営事務局に問題を報告

最新ブログエントリー