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オライリーそして冷戦

2004/12/22 05:57
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「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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(Geoffrey Stone教授によるゲストBlog)

O'Reillyの番組に関する実に鋭く興味深いコメントの数々に感謝する。複数の人が尋ねているので、この質問には答えておきたい:「そもそもなぜ正気の人間があんな番組のゲストになろうとするのか?」。実を言うと、わたしはこれまでO'Reilly Factorや似たような番組からの出演依頼を断り続けてきた。今回の申し出を受け入れたのは、「反対意見は反逆か?」という問いかけが重要であり、これについて多くを考えてきたこと、そして議論に何かしら有益な貢献ができると考えたからだ。ともかく、O'Reillyが議題を変えなければそうなっていたはずだ! だが、わたしのゲストBlogの主な趣旨はどうやら過去の失敗から学ぶことのようだから、次に出演依頼があっても断るつもりだ。(理由は不愉快な経験だったからではなく、誰もああいったデマゴーグに利用されるべきではないからだ。)

ともあれ、歴史の話に戻るとしよう。前回は日本人・日系米国人の強制収容について扱った。コメントで指摘されているように、最高裁は1944年のコレマツ対合衆国で強制収容を支持している。最高裁の判断は、戦時にはわれわれ皆が犠牲を払わなければならない、そして強制収容が決定された時点では、その命令に軍事的な合理性がなかったとはいえないというものだ。コレマツ事件は合衆国最高裁の歴史のなかでもっとも恥ずべき判決のひとつと考えられており、判決からの60年間、国は強制収容は憲法違反であったとさまざまな形で認めている。(余談だが、この春わたしは最高裁でのグアンタナモ基地、Hamdi、Padillaの審理に際して、フレッド・コレマツの代理として意見書を提出している。かれはまだ存命で健在だ。[訳注:2005年3月30日他界])

第二次世界大戦が終わり、アメリカ人は将来を楽観していた。われわれには世界最強の軍隊があり、「偉大な」戦争に勝ったばかりで、正義は明らかにこちら側にあったのだ。世界は平和だった。だがそれも束の間、何もかもが変わりはじめた。ソビエト連邦は大戦中には味方だったものの、米ソ関係は同盟の必要性がなくなるとともに瓦解した。驚くほど短期間のうちに、アメリカ経済は急激に悪化し、ソビエトによる諜報活動が明らかになり、ソビエトは最初の核実験に成功し、中国は共産主義国となり、アメリカ人は核爆弾が降り注ぐ日に備えて核シェルターを造り始め、朝鮮戦争が勃発した。

悪いのは誰だ? ソビエトはどうやって核爆弾を手に入れた? 中国はなぜ共産主義者の手に落ちた? 反ニューディールの共和党グループと南部の民主党保守派は答えを用意していた。われわれを裏切り、ソビエトに協力するアメリカの共産主義者の仕業だ。カリフォルニアのRichard NixonやウィスコンシンのJoseph McCarthyのような人間は選挙に勝つために「レッドカード」を使い、当選した。1946年の選挙では、国民の選択は「共産主義か共和主義か」だと宣伝した共和党が54議席を獲得した。16年間政権から遠ざかっていた共和党は、権力を取り戻すために使える戦術を発見したのだ。

拡大する反共ヒステリーに圧倒されていた民主党は抵抗することを恐れて同じ戦術に加わった。わずか数年のうちに、400万人を超える連邦職員を対象とした連邦忠誠プログラムが開始され、下院に設置された非米活動委員会は隠れ共産主義者をあぶり出そうと数千人を取り調べ、連邦政府と各州政府はそれぞれ独自の忠誠プログラム、捜査計画、ブラックリスト、反共産主義者法を採用した。数万人が脅され、解雇され、屈辱を受け、さらには告訴された。

対象とされたのはどのような人々だろうか。かれらはスパイや工作員だったのか? 米国内にソビエトのエージェントがいたことは確かだ。だが、本物のスパイはほぼ決してこうした取り調べの対象にはならなかった。あまりに上手く身を隠していたからだ。政府によるこうした活動はむしろ共産主義の脅威を誇張し、国民の恐怖を利用することで政治的な利益を得ることを主眼としていた。では、対象はどんな人々だったのか?

大恐慌以降、多くのアメリカ人がこの国に一体なにが起きたのかと答えを探し求めた。共産主義に手を出した人々も多かった。当時のアメリカ共産党は全国で候補者を輩出する合法的な政党であり、例えば女性の権利、労働者の権利、公共住宅政策などを掲げ、欧州でのファシズム、国内での人種差別に反対していた。この時期のアメリカ共産党(CPUSA)党員は25万人を数え、さらに数百万人がCPUSA主催のイベントや目的の一部を共有する組織に参加していた。二次大戦中の米国はソビエトと肩を並べて戦い、Franklin Roosevelt大統領は、ソビエト連邦を同盟国であり友人と考えるよう国民に呼びかけていた。

しかし戦後はすべてが変わった。そして突然、アメリカでもっとも恐ろしい質問はこうなった:「かつて一度でも、共産党もしくは共産党と関わりのある組織の一員だったことはあるか。また共産党が関与した催しに出席したこと、共産党が主催した署名運動に協力したこと、共産党のデモ行進に参加したこと、あるいは共産主義の本を読んだことはあるか」。これらの質問のうちひとつでも否定できなかった者はただちに愛国心と国家への忠誠を疑われた。実は現在もアカで、合衆国政府の転覆を目指して密かに活動しているかもしれないではないか?

これがマッカーシズムの本質だった。

[オリジナルポスト 12月18日午前8時32分]

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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