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“理想主義”

2004/11/03 01:50
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「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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(『The Price of Loyalty』)

この一冊を読み終えるにはあまりに長い時間がかかった。親しい友人がこの本を薦めて、メールで「理想主義と合理性がなぜワシントンでは世間知らずになるのかという面白い教訓」と書いてきた。

このコメントには本そのものとおなじくらい気が重くなる。O'Neillは理想主義者ではない。かれは前に書いたように政策立案者だ。共和党政権のもとで数十年の経験を持ち、Greenspanの相棒であり、財務省入りする前はALCOAの会長とCEOを務めた。O'Neillは減税の必要性を信じてBush政権に加わった。だがかれは、Reagan政権がわれわれに重要な教訓を遺したとも信じていた:無責任な減税は結局得にならない。そのかわり、かれらは長年にわたって内政をコントロールしてきた。

O'Neillはかれが入閣した時点の事実に即して減税案を組み立てた。現実が変化して以来かれは政策の変更を進言しつづけたが、財政黒字は記録的な財政赤字に落ち込んだ。だがO'Neillが現実ベースの政策案を推すたびに、政治力学ベースの大統領側近にますます抵抗されるようになった。利用価値がなくなった事実はただ忘れ去られた。

O'Neillの政権批判のエッセンスはこれだ:かれらは仕事をしない。Bush政権はわれわれを記録的な財政赤字に追い込んだ政策を、結果を敢えて無視して選択した。結果を知るためには実際に事実と向き合う必要があるからだ。だが(選挙参謀の)Roveタイプの人間は政策にまつわる具体的事実にアレルギーを持っている。そして大統領は、本書の最初から最後まで、いつもの見た目通りに描かれている:何をなすべきかという、現実の複雑な問題を考える能力を完全に欠いている。

O'Neillは経済閣僚だったが、政権中枢のひとりとして、戦争についてもおなじ展開を目撃した。ことに重苦しい終章で、かれは大統領がイラクとの戦争を宣言する場面を見ている。Suskindの筆によれば、

オニールはこの演説を聞いて、肉体から何かが抜け出すような心地を味わった。これまで親しんできた世界がもやいを解かれて漂流しはじめたような感じがする。大統領は確信を持っているようだが、根拠はどこにある? しばらくしてから、オニールはそれを洞察しようとした。
「行動するには確信がなければならない」オニールは私に言った。「だが、その行動は、確信の根底となる証拠がどこまで徹底しているかに応じたものでなければならない。大統領がこの戦争についてあれだけの確信を抱いていることが、私には驚きだ。ブッシュはみずから経験していない……」[ここでいう「経験」は対象を認識してそこから理解を導き出すことを指す] 言葉を蒸留するあいだ、オニールの声は次第に小さくなっていった。「ブッシュはそんな程度の経験で、あそこまでの確信を抱いているわけだが、とうてい支持できない

(武井楊一訳『忠誠の代償』 強調Lessig)

そしてこの戦争の本当の災厄が誰の目にも(副大統領除く)明らかになるはるか以前に、この本はこう結ばれている:

オニールは……アメリカが「ニシキヘビの尾をつかんでしまう」のを心底恐れていた。「彼らはこのことを徹底的に考えようとしなかった」とオニールは言った。軍隊を派遣する前に「証拠を示す公聴会と本物の議論」が行われることを、そのときもまだ願っていた。望みが薄いことは承知していた。長い沈黙の後で、オニールはこう言った。「ここまで来たら、根拠となる証拠をことさらに重要なものに見せたがるだろう。こういう行動を撤回できるか、あるいは影響を一世代で打ち消すことができると言うなら、世界を破滅の縁に追いやるのではないと言えるんだが。引き返すことはできない」

(武井楊一訳『忠誠の代償』 (……)部省略Lessig)

O'Neillの政治的見解はわたしのものではない。だが重要なのは、O'Neillという人間はただの政治的見解だけではないということだ。現政権までは、現代のほとんどの政権がそうだったように。O'Neillはあなたが想像する典型的な保守派ではない――ALCOA社は大統領が問題の存在を認めてもいなかったときから地球温暖化の問題に取り組み、アグレッシブな対策を立てていた。そしてO'NeillこそU2のBonoと共にアフリカを巡った人物だということを思い起こそう。O'Neillが現政権に加わったのは、大統領が目指すと公言した価値観に身を捧げるためだ。かれは現政権を体現する病理を知り、政権を去った。政策なき政治――“信念”は虚仮おどしの宣伝文句だ。

そしてこれが、友人からのメールの気が滅入る部分だ。主要閣僚が、政策を決定するために事実を考慮すると期待するのは本当に「世間知らず」なのか? 事実に基づく決定は本当に「理想主義」になってしまったのか?

SuskindがTimesに書いた文章を思い出そう:

(Bushの上級アドバイザである)補佐官は、私のような人間は「われわれが現実ベースのコミュニティと呼ぶ世界の住人」で、「目に見える事実を注意深く調べることで問題の解決策が見つかると信じている連中」だと言った。わたしは頷き、啓蒙思想やら経験主義についてなにか言おうとした。補佐官はわたしを遮り、「世界はもうそんな風には動いていない」。「われわれはいまや帝国だ。われわれが行動するときは、われわれ自身の現実を作りだす。君のようなタイプがその現実をそれは思慮深く検討しているうちに、われわれはまた動き、また新たな現実を作りだす。それをまた君たちが学習する。これが今の世界だ。われわれは歴史を作っている……そして君や君のような連中は、ただわれわれのしたことを研究する側だ。」

わたしを「理想主義者」のグループに分類してもらいたい。「現実ベース」の政策決定を信じるタイプに。

もうおなじみのOrwell的瞬間だ。

[オリジナルポスト 11月1日午前9時19分]

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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