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2004/07/15 19:00
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「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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Variety誌の厚意で、 映画『Outfoxed』について書いたコラムを転載する。こちらがPDF版、テキストは以下に。

Fair Use or "Fair and Balanced"
Lawrence Lessig
Variety, July 14,2004

Robert Greenwaldの最新作『OutFoxed』は、Fox Newsの共和党寄りバイアスを扱った政治ドキュメンタリーだ。これはまたNew York Times Sunday Magazineが名付けたように「ゲリラ・ドキュメンタリー」でもある。

Foxの元スタッフとのインタビューや"Fox effect"の影響に関する学術研究、そして流出した内部メモに加え、GreenwaldはFox Newsからの実際の映像を数多く用いて「公正で中立」“Fair and Balanced”というスローガンを裏切る偏向を明らかにする。

Greenwaldは、Fox Newsから映像の使用許可を受けていない。

FoxはGreenwaldの行為を盗みと呼び、他のネットワークに対して、もしこの「違法な著作権侵害」を紹介すれば同じ非難を(おそらくFOXから)受けることになると警告している。Foxの法務部門はさらに、このドキュメンタリーに関してNew York Timesから寄せられた質問状について「回答に充分な時間を与えられなかった」と主張し、よってNew York Timesもこの著作権侵害映画と共謀しているのだと非難している。

もしGreenwaldによる利用が「フェアユース」にあたるなら――明らかにそうだとわれわれは信じているが――、それを「盗み」と呼ぶことは、近所の家の前の歩道を通るのは他人の土地という財産への「不法侵入」にあたるというようなものだ。

著作権もまた財産ではある。だがすべての財産と同じく、それが与える権利には一定の制限がかけられている。「フェアユース」もまた憲法が定めたそうした制限のひとつだ。それがGreenwaldのような批評者に、あらかじめ許可を得ることなく、著作権で保護された素材を一定の範囲内で利用できる権利を与えている。

民主主義はこのような批評に依存している――われわれの文化の所有者がますます少数になり、かれらの揮う力がメディアの寡占化をつうじてますます強くなっている今は特に。

Foxはみずから“Fair and Balanced”と称している。そうだろうか?

番組のホストBill O'Reillyは視聴者に「いかなる政治的意図もイデオロギー的偏見もなく」戦争のニュースを伝えると約束している。はたしてそうだったか?

これらの質問はいつでも問われる価値があるが、その答えが公衆の意見形成にこれほど大きく影響する今ではなおさら重要だ。そして答えは、偏向しているとされる映像そのものを使ってはじめて効果的に示すことができる。

ジャーナリストはこうした批評を奨励すべきだ。もしニュースネットワークに偏向などないのなら、ジャーナリストや批評家はそれを示すことができるはずだ。もしGreenwaldの主張が間違っているというなら、別の映像作家に反論させればいい。あるいはABCだって同じくらい悪いというのなら、ABCにも同様の批判を許すべきだ。

だがこうした意見はもちろん、Foxだけでなく、公共の電波を支配するすべての(しかし少数の)ネットワークをも震え上がらせることだろう。それこそ、Greenwaldの映画に対してFoxが取った最初の行動が、これを真面目に取り扱わないように――さもなくば「(あなたがたの)著作権つき素材が文脈から離れて政治的に利用される」ことになると他のネットワークに向けて警告することだった理由だ。

Foxと同類はかれらが著作権を持つ素材のどんな利用も「窃盗」にあたると強硬に主張するだろう。かれらは一致団結してこの「窃盗」と戦うはずだ――望まない批評からみずからを守るために。

理性がネットワーク局の所有者たちにこの戦争を思い留まらせることを祈ろう。

なぜなら、「フェアユース」は憲法修正一条の定める原則のひとつに根ざしているからだ。その原則はすべての報道機関にとっても欠かすことができない:New York Times対Sullivan裁判で示されたように。

最高裁はこの判例で、記者はほとんどの場合において名誉毀損の訴訟から免れるとした。「公共の問題についての議論は禁止されることなく広く開かれるべきであるという原則への、深い国民的な合意」という言葉は、たとえ結果的に事実と異なっていたとしても、それが意図的なものでない限りは保護されなければならないことを意味している。

報道機関を批評するドキュメンタリーという文脈でも、同じ原則が「フェアユース」の指針となるべきだ。もし報道機関が存在するための余地として公人の評判が犠牲にされねばならないのなら、フェアユースの範囲もまた、報道機関に対する批評が存在できることを保証するものと解釈されるべきだ。

言論の自由という価値を認めることは、アイデアの戦いを訴訟ではなくさらなる言論によって戦うことだ。

FoxがAl Frankenを"Fair and Balanced"の無断使用で訴えるのは、Michael Mooreが自作への批評を名誉毀損で訴えると脅すこと同様に恥ずべきことだ。ここアメリカでわれわれが必要としているのはより多くの議論であって、議論がなくなることではない。そしてGreenwaldのような映画制作者が、弁護士に編集作業を監視させることを強いる法律なしに作品を作ることができるなら、より多くの批評と示唆に富んだ議論が生まれることになる。

Fox Newsはネットワーク局であり、1日24時間ほとんどのアメリカ国民にアクセスできる特権を持っている。もしFox NewsがGreenwaldのドキュメンタリーで不当に扱われていると信じるなら、Greenwaldの批評とFox自身による批評を競わせるべきだ。弁護士によってではなく、ジャーナリストによって。

Foxの法務部門がNew York Timesからの質問状に答えるには三日間で充分かどうかについていえば、冗談も休みやすみというところだ。もし三日もかけて単純な質問への答えさえ用意できないようなら、もっと仕事が速くて効率的な弁護士はどこで見つかるか経営陣に喜んでアドバイスしてさし上げよう。

Lawrence Lessigはスタンフォード・ロースクール教授。著書に『Free Culture』(Penguin Press, 2004)。レッシグはGreenwaldに法的助言を提供している。

[オリジナルポスト 7月14日午前7時37分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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