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直線的? そうならいいが

2004/02/07 17:08
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「CODE」「コモンズ」等の著書や「クリエイティブ・コモンズ」などで知られるスタンフォード大学ロースクール教授ローレンス・レッシグ氏のBlogの日本語版。著作権や特許などの知的所有権の問題やオンラインカルチャー関連のトピックスを紹介します。
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Dave Winerから、Naderの責任について直線的に考えすぎだという批判があった(考えうる限り建設的なやりかたで)。わたしは自分の主張を固持するつもりだが、それは自動車会社などの責任を追求する際にNader自身が(正当にも)展開した議論とまったくおなじ考え方だからだ。

法はどのように「責任」を割り当てるのかという例え話がある。ある男が、買った牛乳を店に忘れてきてしまった。彼はCorvairを運転してそれを取りに戻った。その日は雨だった。同時刻に、集会から帰る途中のガールスカウトの一団がバスに乗っていた。女の子のひとりがなくした鞄を探していたため、バスの出発は五分遅れていた。Corvairを運転する男はカーブの多い山道にさしかかる。反対からバスが来る。一頭の鹿が道に飛び出し、Corvairの男は避けようとブレーキを踏み急ハンドルを切る。Corvairのステアリングコラムの欠陥のせいで、車は制動不能になる。車が制動不能になったせいで、対向のバスは避けようと急ハンドルを切る。だが運転手が目測を誤り、バスは崖から転落する。30人の女の子が死ぬ。

誰の責任だろう? 説明したどの事実も「さえなければ」悲劇が避けられた要因だ。男が買い物を店に忘れなければ、そもそも取りに戻ることもなかった。女の子のひとりが鞄をなくさなければ、バスが問題の時間に通ることはなかった。もし鹿が道路に飛び出さなければ、男が急ハンドルを切ることはなかった。もしCorvairに欠陥がなければ、急ハンドルを切っても制動不能に陥ることはなかった。

よって、「さえなければ」という要因がすなわち「責任」を意味するわけではない。なぜなら、同時に起きた多くの出来事のどれかひとつでも違っていたなら、事故はおきなかったからだ。そのかわり、法的な「責任」は予測可能な害をもっとも効果的に、あるいはもっとも容易に避けることができた人物に課される。

まずあきらかに、鹿と雨に責任能力はない。われわれが「責任」を認めるのはなんらかの意志によって起こされた物事に対してであり、それによって将来同じことが起こるのを防げる場合だ。鹿も雨もだれかの意図を代弁しているわけではない。またCorvairの男は買ったものを置き忘れるべきではなかったし、女の子は鞄をなくすべきではなかったとはいえ、これらは通常自動車事故のリスクを高める要因であるとはいえない。またバスの運転手がレーサーとしての訓練を受けていれば、急カーブしてくる対向車を避けることができたかもしれないが、すべての運転手にレーサーとしての訓練を受けさせるには莫大な費用が必要だ。

だからこそ、これらのアクターが事故を引き起こした「原因」だったとしても、われわれはかれらに対して「責任」を負わせはしない。そのかわり、「Naderタイプ」の人間(わたしは思いきりその一員だ)が責任を帰すのは、予測可能なリスクを発生させ、かつ妥当なコストでそのリスクを回避できたはずの行為者――自動車の製造者だ。もっとましな設計がされていれば、あの車の有名なふらつきを防止することができたはずだ。製造コストはわずかに高くなったかもしれない。だが、それは同様の事故を防ぐにはもっとも安上がりな方法だったはずだ。

では、車の製造者には何に対する責任があるのだろうか。それは、その過失によって引き起こされたすべての損害に対する責任だ。車の製造業者がバス一杯の子供たちの殺害を意図していたということだろうか? もちろんそうではない。リスクを予測しながら見過ごしにしたものには、その行為がなければおこらなかった被害のすくなくとも大部分に責任があるということだ。

おなじ分析がNaderにも適用される(かれが消費者運動の指導者としての経歴の最初から自動車会社に対して適用してきたように)。Bush当選には無数の「原因」がある。だがそのすべてのなかでも、わたしの考えでは、Naderが責めを負うべきことがひとつある。投票日直前の週末の時点では、(1)Naderに当選の可能性がないこと、(2)だがBush当選の手助けになる程度には票を集めるであろうこと、このどちらも完全に明らかだった。この時点で、かれがこう発表するのは簡単なことだったはずだ:「主張は示すことができた。わたしはわたしの選挙戦を戦った。理想はまだ現実になってはいないが、理想がよりよい変化の敵になってはいけない。わたしはこのレースから身を引くことにした。わたしを支持してくれる人々には、残る候補者のなかから最善と思う人物を選んでもらいたい」。

Naderにとってはたやすいことだったはずだ。かれにはなんのコストもない一方、わが国が得たはずの利益は計り知れない。にもかかわらず、かれはそうしないことを選び、リスクを理解していながらそれを無視した。その結果がGeorge Bush大統領だ。

では、Bushが当選していなければ恐らく起こらなかった害とはなんだろう。挙げればきりがないが、Bushが大統領でなければ、イラクとふたたび戦争をしていた可能性はなかったとわたしは信じている。

Naderが戦争を起こそうとしたわけではない。また、GoreではなくBushが大統領になったおかげで起きた無数のひどい事態もかれが意図したものではない。だが、もし事故で失われた子供たちの命について自動車の製造者に責任があるとすれば、Mr. Naderもまたかれの行為によって起きたことについて非常に大きな責任をもつといわねばならない。そして最低でも、かれはもう一度おなじリスクを作り出さないことで責任を果たすべきだ。

[オリジナルポスト 2月5日午前8時55分]
※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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