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相手に安心感を与えるということ

2013/11/09 07:30
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プロフィール

クロサカタツヤ / KUROSAKA, Tatsuya

インターネットや通信、放送サービスが大きく変容する中、産業、政策、技術開発等の最新動向や、情報通信サービスと社会の関係性を考える上での「新たな視点」を、さまざまな分野でコンサルティング活動をしているクロサカタツヤ氏がお届けします。
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相手を安心させるワークスタイルか、心配させるワークスタイルか。
 
仕事に限った話ではありませんが、仕事をしていると、しばしば考えさせられる問題ではあります。
 
よく言われるのが、クイックレスポンス(即応)の有無。問い合わせに早く返した方がいいというのは、普通に考えれば常識的なことですし、事務的な作業(流れを止めてはいけないこと)については、早めの反応が正しいのでしょう。
 
しかし、こちらの判断が相手に及ぼす影響の大きさ・重さが見え隠れする時、即応で相手をひとまず安心させることが、本当に正しいことなのか。相手からすると「ぬかよろこび」となった局面も、これまで何度も見てきました。
 
説明の仕方というのも、安心と心配の分かれ道だといえるでしょう。自分が考えていること、思いついたことを全部開陳するというのは、「世界観の共有」につながり、相手に安心感を与える。あるいは安心を担保するため、何でも話してしまうのが親切だと、私たちは思いがちです。
 
ところが実際は、自分が誰かと世界観を確実に共有できるなんて、少なくとも仕事程度の人間関係ではほぼ間違いなく、ありません。だとすると「思いつくことをすべて説明する」のも、ノイズ(相手に余計なことを考えさせてしまうこと)になってしまう。
 
結局は、
 
 ・その場での共有がもっとも相応しいと思える情報を、
 ・できるだけ相手に受け取りやすい表現やパッケージで、
 ・自分が判断しながら説明していく
 
ということを目指すしかないのでしょう。ところがこれはこれで、かなり難しい。説明の技術や、リスクを引き受ける覚悟という、自分の努力だけでなく、自分という人格が相手からどう評価されているか、という「信用」が、大きく関わってくるからです。正直、自分ではコントロールしきれません。
 
ネットでは、「正しいことを言っているのに評価されないのはおかしい」という声が、たまに聞かれます。確かにそう思うことも多々ありますし、評価されないよりされる世の中であった方がいいだろうとも思います。
 
一方、自分の胸に手を当てて考えてみると、私たちは必ずしも相手が「何を言っているか」だけで、自分自身の安心感を得たり、あるいは評価したり、しているわけではありません。やはり、「誰が」「どのように」「どう」言うのか、そうした要素を排除することは、できないのです。
 
私たちはそうした、気の遠くなるような長い旅の中で、捨て鉢にならずに自分を高めていかなければならないのでしょう。だとすると、その持久戦に耐えるだけの、精神力、体力、あるいは動機(モチベーション)の維持が、よりよい仕事を実現するために必要です。相手に安心感を与えるとは、そうした「結果」なのでしょう。
 
そんなわけで、毎朝6時25分から放映されるNHKの「テレビ体操」を、このところ毎日の習慣にしています。ネタのような話ですが、1年続けてみると、いろいろ違うものです。

※このエントリは CNET Japan ブロガーにより投稿されたものです。朝日インタラクティブ および CNET Japan 編集部の見解・意向を示すものではありません。
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