このたび、思うところあって、過去のツイートのうち、直近1ヶ月程度を除くすべてを、削除してみました。
アーカイブによると、私は2007年4月14日に、ツイッターで発言をはじめたようです。この最初のツイートから、2010年12月31日までの、すべてのツイートを、4月29日に削除してみました。
どんな反応があるかと思っていたのですが、まったく反応がありませんでした。どなたも気づかれなかったようです。
次に、2011年1月1日から、2013年3月31日までの、すべてツイートを、5月3日に消してみました。その際、「ツイートを削除しました」という事後報告をしたところ、ごく一部の方から反応をいただきました。
私には現時点で12,000弱のフォロワーの方々がいます。どの程度アクティブなのか、また私のツイートへの関心を維持されているかは、相当眉に唾をつけてかからなければならないと思います。特に根拠はないですが、大体1,000-2,000名くらいが、見てくださっているかな、と見積もっています。
しかし幸か不幸か、反応いただいたのはごく少数、かつある特定のクラスタが中心でした。概ね予想通りではありましたが、ほぼ何も起きなかったと言っていい水準だと思います。ちなみに、いくつかのクエリでエゴサーチもしてみましたが、そもそも言及されている方がほとんどいない、という結果でした。
この反応の少なさが、昨今の日本におけるツイッターの特徴を、表しているように思います。ほとんどの人にとって、ツイッターはフローのメディアであって、ストックのメディアではない、ということです。過去に何をツイートしたかは、当の本人もフォロワーも忘れてしまっていて、大事なのはいま目の前にあるタイムラインだということなのでしょう。
もはや「そんなの当たり前じゃないか」と思われる向きも、大勢いらっしゃると思います。確かに私も薄々そう考えているのがマジョリティだとは思っていました。
その当たり前を確認するのに、今回の削除とその反応(の少なさ)は、とても役に立った次第です。